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1-2 逆さまの幽霊 side B
8 真か嘘か、瓢箪から駒か
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「んー……でもさ、センセイ、例の先生が『頭から落ちた』って語ってたんだから、そこって確かに推進力にはなったけど、事実なら、そこまで意味はないんじゃ?」
ロビンの眼鏡は伊達でも、人間嘘発見器は伊達ではない。
ロビンにとって、嘘は聞くにも見るにもノイズでしかない。
そのノイズを例の依頼人側の先生からは感じなかったのだ。
ロビンの指摘に、きょときょとと瞬きをした紀美は、あっけらかんと言い放つ。
「実際には一瞬だし、四十年ばかり経ってるわけだし、そんなんわからんでしょ。ロビンの嘘感知能力って、結局本人が嘘と認識してるかどうかに関わってるし」
紀美の指摘自体はもっともだ。
ロビンは本人が嘘と自覚していなければ、それを嘘と見抜けない。
嘘と自覚している事が視界を介してわかるから、ロビンは嘘だと見抜くことができる。
「いくら本当にそれを目撃したからって、それがどれだけ衝撃的だからって、いや、衝撃的だからこそ、都合のいい記憶の改竄は発生するものだ。まして、今回みたいな明らかに心的外傷ものなら、心理学で言うところの乖離に繋がるし、信じるには足りない」
そうだろ? と紀美は首を傾げた。
「人はあくまで現実の一観測者でしかなくて、時として現実は人を脅かす。それから逃れるために健忘に走るのも、記憶の改竄に走るのも、無理を通して道理を引っ込ませるのも、正常な動きではある……キミは、それを一番よく知っているじゃないか」
「……そうだね。それはそう」
――人は現実の観測者に他ならない。
現実の実像は誰にも分からない。
結局のところ、感覚器官で捉えることができた結果の電気信号によって脳内で再現されたものを現実としているからだ。
――じゃあ、その感覚器官が壊れったら?
電気信号からの再翻訳が誤ったら?
そうした結果を受けて、心が拒絶したならば?
ロビンはひっそりと、今日何度目かのため息をつく。
他人よりも見え過ぎるロビンとて、常に全てが見えているわけではない。
見ようと思えば見えるものもあるし、望めばそれ以上もできるかもしれないが、そこまでいっては恐らく人間に見えていいものではないし、無意識にでも人間の範疇にいたいと思っているはずだから、きっとロビンはそれを見ていないのだ。
それがきっと、祝福の範囲の限りなのだろうとロビンは認識している。
「傲ってた」
「反省できてえらーい」
ロビンの重くなった心を見透かしたような、あえての軽すぎる答えは、後ろから頭に丸めた紙を雑に投げ当てられたような苛立ちをロビンに覚えさせた。
「……センセイもちょっとは反省すれば?」
「何を? 僕はいつだって自分の最善を尽くしてるから、後悔はしても、反省すべき点はないんだよなあ」
そう紀美は嘯いて、いたずらっぽく笑う。
「普通、逆じゃない?」
「んー、その場の最善を尽くすから、あれがあれば、とか、これがあればっていうもしもの後悔があるんだよ。たとえば、キミと会うのがもうちょっと早かったら、なんて」
――ばさり
そう、音を立てて、ロビンが手にしていた資料が床に落ちた。
それを拾い上げる事もなく、ただ唖然と思考停止するロビンに、紀美は真っ直ぐな視線を投げかけて、そして一度目を閉じた。
「……でも、それは詮無い話だろ?」
表情に比して、わざとらしいほどに朗らかな声でそう言うと、紀美はにっこりと笑った。
「どうせ、弘も織歌も、茶をしばいてるんだろ? で、ロビンはついでに僕を呼ぶように言われてたのに、忘れてたと見た」
怒るのではなく、からからと笑いながら紀美は立ち上がると、ロビンが落とした資料をテーブルの上に置いてから、すれ違うように戸の方へ向かう。
「先に行ってるよ、ロビン」
「……」
紀美が戸を閉めると同時に、漸くロビンの思考が巡り出す。
――なんで、どうして、そんなこと。
「……はあ」
口元を覆って、ため息をついて、壁によりかかってそのまま、ずりずりとへたり込んで、右手で左の肩を掴む。
服越しにそうと知らねばわからぬほどまで薄くなっている、真っ赤に焼けた鉄の火掻き棒による古い火傷の痕《あと》に触れる。
とりとめもなく思考が流れるままに、暫しそのまま、ロビンは虚空を見つめていた。
――そんなこと
「ないのになあ……」
どう流れても、ロビンの思考の帰結はそこだ。
少なくとも、ロビンの世界がこうなってから、初めて見た強い清浄な煌めきは、紀美だったのだから。
――だから、あれが、遅かったなんて、ロビンは欠片も思ってないのに。
ロビンの眼鏡は伊達でも、人間嘘発見器は伊達ではない。
ロビンにとって、嘘は聞くにも見るにもノイズでしかない。
そのノイズを例の依頼人側の先生からは感じなかったのだ。
ロビンの指摘に、きょときょとと瞬きをした紀美は、あっけらかんと言い放つ。
「実際には一瞬だし、四十年ばかり経ってるわけだし、そんなんわからんでしょ。ロビンの嘘感知能力って、結局本人が嘘と認識してるかどうかに関わってるし」
紀美の指摘自体はもっともだ。
ロビンは本人が嘘と自覚していなければ、それを嘘と見抜けない。
嘘と自覚している事が視界を介してわかるから、ロビンは嘘だと見抜くことができる。
「いくら本当にそれを目撃したからって、それがどれだけ衝撃的だからって、いや、衝撃的だからこそ、都合のいい記憶の改竄は発生するものだ。まして、今回みたいな明らかに心的外傷ものなら、心理学で言うところの乖離に繋がるし、信じるには足りない」
そうだろ? と紀美は首を傾げた。
「人はあくまで現実の一観測者でしかなくて、時として現実は人を脅かす。それから逃れるために健忘に走るのも、記憶の改竄に走るのも、無理を通して道理を引っ込ませるのも、正常な動きではある……キミは、それを一番よく知っているじゃないか」
「……そうだね。それはそう」
――人は現実の観測者に他ならない。
現実の実像は誰にも分からない。
結局のところ、感覚器官で捉えることができた結果の電気信号によって脳内で再現されたものを現実としているからだ。
――じゃあ、その感覚器官が壊れったら?
電気信号からの再翻訳が誤ったら?
そうした結果を受けて、心が拒絶したならば?
ロビンはひっそりと、今日何度目かのため息をつく。
他人よりも見え過ぎるロビンとて、常に全てが見えているわけではない。
見ようと思えば見えるものもあるし、望めばそれ以上もできるかもしれないが、そこまでいっては恐らく人間に見えていいものではないし、無意識にでも人間の範疇にいたいと思っているはずだから、きっとロビンはそれを見ていないのだ。
それがきっと、祝福の範囲の限りなのだろうとロビンは認識している。
「傲ってた」
「反省できてえらーい」
ロビンの重くなった心を見透かしたような、あえての軽すぎる答えは、後ろから頭に丸めた紙を雑に投げ当てられたような苛立ちをロビンに覚えさせた。
「……センセイもちょっとは反省すれば?」
「何を? 僕はいつだって自分の最善を尽くしてるから、後悔はしても、反省すべき点はないんだよなあ」
そう紀美は嘯いて、いたずらっぽく笑う。
「普通、逆じゃない?」
「んー、その場の最善を尽くすから、あれがあれば、とか、これがあればっていうもしもの後悔があるんだよ。たとえば、キミと会うのがもうちょっと早かったら、なんて」
――ばさり
そう、音を立てて、ロビンが手にしていた資料が床に落ちた。
それを拾い上げる事もなく、ただ唖然と思考停止するロビンに、紀美は真っ直ぐな視線を投げかけて、そして一度目を閉じた。
「……でも、それは詮無い話だろ?」
表情に比して、わざとらしいほどに朗らかな声でそう言うと、紀美はにっこりと笑った。
「どうせ、弘も織歌も、茶をしばいてるんだろ? で、ロビンはついでに僕を呼ぶように言われてたのに、忘れてたと見た」
怒るのではなく、からからと笑いながら紀美は立ち上がると、ロビンが落とした資料をテーブルの上に置いてから、すれ違うように戸の方へ向かう。
「先に行ってるよ、ロビン」
「……」
紀美が戸を閉めると同時に、漸くロビンの思考が巡り出す。
――なんで、どうして、そんなこと。
「……はあ」
口元を覆って、ため息をついて、壁によりかかってそのまま、ずりずりとへたり込んで、右手で左の肩を掴む。
服越しにそうと知らねばわからぬほどまで薄くなっている、真っ赤に焼けた鉄の火掻き棒による古い火傷の痕《あと》に触れる。
とりとめもなく思考が流れるままに、暫しそのまま、ロビンは虚空を見つめていた。
――そんなこと
「ないのになあ……」
どう流れても、ロビンの思考の帰結はそこだ。
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――だから、あれが、遅かったなんて、ロビンは欠片も思ってないのに。
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