怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

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昔話1 ロビンの話

How many miles to Babylon? 1

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How many milesバビロンまでは  is it to Babylon?何マイル?
 Threescore miles六十マイル  and ten.と十マイル
 Can I get thereろうそくの  by candle-light?光で行けるかい?
 Yes, and back again!行けるさ、戻って来るのもね!
 If your heels areキミのかかとが  nimble and light,はやくて軽ければ
 You may get thereろうそくの by candle-light.光で行けるとも

バビロンまで何マイルHow many miles to Babylon?」は英国に古くからあるわらべ唄nursery rhymeの一つ。

時に、旧約聖書に記述された新バビロニア王国ネブカドネザル二世によるユダ王国のバビロン捕囚ほしゅうと関連付けられて語られる事もある。
「ろうそくの光」と「六十マイルと十マイル――つまり七十マイル」の双方を人の寿命と考えて、死ぬまでには故郷に帰りつけるだろうか、という意味合いで。

結局のところ、歴史的に発生した事実という観点から言えば、このバビロン捕囚ほしゅうとその前のアッシリア捕囚ほしゅうの二つが主な起因となり、かつおのれの伝統を守り続けた、今でいうところのユダヤ民族は、自身が固着するべしとした土地を外的要因で一度失うことになったのだが、まあそのあたりは根深いし、うっかり触ると深度三の火傷やけどを負うこと必至ひっしなので置いておいて。

何にせよ、遥か遠く離れてる場所に行けるか、思いを馳《は》せる歌なのである。

ちなみに、「by」と「candle-light」をどう訳すか――「ろうそくの光によって」か、「夕暮れcandle-lightまでに」か――で、ナンセンスの度合いが変わる歌でもある。



おかあさんMumも、いっしょだから、行こうっていわれたの」
「シンシアのまわりの彼らに?」
「……うん、おばあちゃんのまわりでみたのも、いっしょだった」

ティッシュを取って渡せば、ロビンは両の目をぬぐってから、鼻をかんだ。
さて、今となっては親切ごかした顔をしていたというシンシアのまわりのもの達まで言い出したとなると、妖精達は、ロビンの母がいれば、勝算しょうさんがあるとんだ、ということになる。
いや、この場合、妖精の乳母うばの文脈にもかかってくるのか?

「……ねえ、ロビン、二年前のこと、なんだけど、キミは善き隣人達good fellowsに連れ去られた。そうだね?」
「……たぶん、そう。にわで、ひとりであそんでたの。そしたら、だれかがうしろでわらうこえがして」
「その時には連れ去られてた?」

こくりとロビンがうなずく。
そうなれば、問題は何をされたかだ。

「そのまま、にわだとおもってたの。でも、みずのなかみたいに、ゆらゆらしてて、きらきらしてて……そしたら、きれいなしろい人がきて、目をとじなさいって」
「目を?」

ふしぎだったの、とロビンがつぶやく。
首をかしげて続きを待つ。

「目をとじたはずなのに、とじてないみたいになって、その人、そのままぼくのまぶたをなでるみたいに、なにかつけたの」
「つけた……った?」
「うん、ぬるってickyした。それで、もういいよっていわれて、目をあけたら、シャボン玉がはじけるみたいに、夜になってた」
「……じゃあつまり、キミのそれは妖精の軟膏なんこうか!」

まぶたに塗れば、真実を見通す事ができるようになるという妖精の軟膏なんこう
民話で語られるそれは、妖精の出産に際して連れて来られた産婆や、妖精の子供の世話役として連れて来られた娘が、その子供のまぶたに塗るように指示された軟膏なんこうを、あやまって彼女自身のまぶたに塗ってしまう事で真実を見てしまい、追い出される。
その真実は立派な御殿ごてんのようだった家が洞窟だったり、自分を雇い入れた主の人ならざる姿だったりする。

「少なくとも、あの文脈から紐解ひもとけば、軟膏なんこうに対しては人界としての真実を見せるものだけど……」

ああ、まどろっこしい。
では文脈を読み切れるほどの知識がない。
となれば、もう心当たりは一つしかないわけだけど、敵に情報を売るのはいやだ。
一度、長く息を吐き出してからあたりを見回して、見つけた電話横のメモから一枚引き千切ちぎり、同じく電話横のペンを取って、僕は十字架を書きつけた。
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