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昔話1 ロビンの話
Arthur O'Bower 2
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「それであれば、どうぞおかけになってください」
先程倉庫番パズルで引っ張り出したガーデンテーブルセットの椅子を示せば、エインセルは遠慮なく腰掛けた。
その向かいに座り、僕は本題を切り出す。
「さて、エインセル殿、聞けば貴女方は彼にご執心なようで」
「ええ、そうね。だって私達の軟膏を使ったのだもの。それ以上の理由は必要かしら?」
「おや、食い違いがあるようですね」
ここからが祝福への転換交渉開始だ。
ニワトコの下のロビンの方を向き、問いを口にする。
「キミは、突然現れた妖精に瞼に何かを塗られた。そうだね?」
「……はい」
「それはキミ自身の意思でも、キミ自身がどうにかできた過ちでもない。キミは、それを神に誓えるね?」
「はい」
しっかりとこちらを見て、ロビンは答えてくれた。
そして、僕は、どこかわくわくとしている子供のように無邪気に、にこにこと微笑んだままのエインセルに向き直る。向こうもわかった上で言っている。
「と、申しております。彼は軟膏を使ったのではなく、使われた。しかも、人どころか、貴女と同じ妖精によって」
「……だから、この可愛そうなロビンをこのままにしろと言うの?」
向こうは、人の道理を理解しても、それに乗るかはわからない。
「そうですね、どうやら彼もそれを望んではいないようなので」
「……ふうん、本当に?」
「彼は、神に誓っているのですよ?」
「でも私達の軟膏を使ったわ」
「使われたのです、他でもない妖精自身に。人が妖精に使うべきそれを、故意であるかにかかわらず、自身に使ったのとは異なり、妖精が妖精自身に使うべきであるそれを人である彼に使った」
「貴方はそう思うの?」
「はい。彼は何も知らず、受け入れるしかなかった。不可抗力というものです。であれば、貴女がその罪を償わせたいならば、その代償はそれを人に使った貴女の同胞であるべきでしょう」
譲らずに詰めていく。道理を説いて、ただ譲らない。
エインセルはふと、笑みを緩めてため息をついた。
そして唐突に歌うように言う。
「……だれがロビンをころすのかしら?」
「それはおそらくすずめ……つまらぬ人界にこの子を置くことはならないと、そういうことですか?」
唐突な問いかけに答えて、その意を汲んで問い返せば、くすくすと彼女は玉虫色の目ではにかむ。
「よくわかっているのではなくて、嵐の匂いのエインセル。そう、徒人はただのすずめ。ぴいぴい、ちいちい、口うるさくて、口汚くて、穀物を盗むしかない、しがない小悪党よ。貴方だって、そうは思わなくて?」
「……時と場によれば、否定することもないでしょう」
「あら、ズルいわ、ズルいわ、そんな言い方」
――ますます欲しくなってしまう。
絶世の美女に無邪気な笑みというアンバランスさが、圧としてのしかかってくるのを感じる。
彼女の動きにやたら目が向いてしまうのは、魔性の魅了というやつだろうか。タイプではないんだけど。
「私達、あの子のような純粋な優しい子が好きだけれど、貴方のような賢い子も好きだわ」
「お褒めに与り、恐悦至極」
けれど、流されてはならない。
これは、例えそれが既に堕ちたものだとしても、神との対話と同じである。
つまり、一歩間違えれば死。とはいえ、まだ楽な方。
「そうよ、二人とも来ればいいのだわ」
「誠に申し訳ございませんが、そうもいきません」
「そうだったわね……貴方、いいわね、一途だわ」
「では、彼自身については不問に処して頂けますか? 繰り返しますが、貴女の同胞による不可抗力だったのですから」
多少無理矢理にでも話を軌道修正する。端的に言えば、根比べなのだ。
まして、向こうの言い草を聞くかぎり、ただでさえ暇に飽いているだけで。
くすくすとエインセルは笑って、朗らかに言う。
「いいわね、いいわね、智慧があって勇敢で、本当に旧き嵐の王みたい」
「彼のそれは貴女と同じ、妖精が与えたものです」
「ええ、ええ、そうね、貴方の言うことはそう、ごもっとも。だから、こうしましょう、これはいばらの奥深くの眠りに同じもの」
「いばら姫に与えられた死を回避する、眠りの祝福と?」
問えば、彼女は微笑んで、ええ、と答えた。
第一関門突破。まだ気は抜けない。
先程倉庫番パズルで引っ張り出したガーデンテーブルセットの椅子を示せば、エインセルは遠慮なく腰掛けた。
その向かいに座り、僕は本題を切り出す。
「さて、エインセル殿、聞けば貴女方は彼にご執心なようで」
「ええ、そうね。だって私達の軟膏を使ったのだもの。それ以上の理由は必要かしら?」
「おや、食い違いがあるようですね」
ここからが祝福への転換交渉開始だ。
ニワトコの下のロビンの方を向き、問いを口にする。
「キミは、突然現れた妖精に瞼に何かを塗られた。そうだね?」
「……はい」
「それはキミ自身の意思でも、キミ自身がどうにかできた過ちでもない。キミは、それを神に誓えるね?」
「はい」
しっかりとこちらを見て、ロビンは答えてくれた。
そして、僕は、どこかわくわくとしている子供のように無邪気に、にこにこと微笑んだままのエインセルに向き直る。向こうもわかった上で言っている。
「と、申しております。彼は軟膏を使ったのではなく、使われた。しかも、人どころか、貴女と同じ妖精によって」
「……だから、この可愛そうなロビンをこのままにしろと言うの?」
向こうは、人の道理を理解しても、それに乗るかはわからない。
「そうですね、どうやら彼もそれを望んではいないようなので」
「……ふうん、本当に?」
「彼は、神に誓っているのですよ?」
「でも私達の軟膏を使ったわ」
「使われたのです、他でもない妖精自身に。人が妖精に使うべきそれを、故意であるかにかかわらず、自身に使ったのとは異なり、妖精が妖精自身に使うべきであるそれを人である彼に使った」
「貴方はそう思うの?」
「はい。彼は何も知らず、受け入れるしかなかった。不可抗力というものです。であれば、貴女がその罪を償わせたいならば、その代償はそれを人に使った貴女の同胞であるべきでしょう」
譲らずに詰めていく。道理を説いて、ただ譲らない。
エインセルはふと、笑みを緩めてため息をついた。
そして唐突に歌うように言う。
「……だれがロビンをころすのかしら?」
「それはおそらくすずめ……つまらぬ人界にこの子を置くことはならないと、そういうことですか?」
唐突な問いかけに答えて、その意を汲んで問い返せば、くすくすと彼女は玉虫色の目ではにかむ。
「よくわかっているのではなくて、嵐の匂いのエインセル。そう、徒人はただのすずめ。ぴいぴい、ちいちい、口うるさくて、口汚くて、穀物を盗むしかない、しがない小悪党よ。貴方だって、そうは思わなくて?」
「……時と場によれば、否定することもないでしょう」
「あら、ズルいわ、ズルいわ、そんな言い方」
――ますます欲しくなってしまう。
絶世の美女に無邪気な笑みというアンバランスさが、圧としてのしかかってくるのを感じる。
彼女の動きにやたら目が向いてしまうのは、魔性の魅了というやつだろうか。タイプではないんだけど。
「私達、あの子のような純粋な優しい子が好きだけれど、貴方のような賢い子も好きだわ」
「お褒めに与り、恐悦至極」
けれど、流されてはならない。
これは、例えそれが既に堕ちたものだとしても、神との対話と同じである。
つまり、一歩間違えれば死。とはいえ、まだ楽な方。
「そうよ、二人とも来ればいいのだわ」
「誠に申し訳ございませんが、そうもいきません」
「そうだったわね……貴方、いいわね、一途だわ」
「では、彼自身については不問に処して頂けますか? 繰り返しますが、貴女の同胞による不可抗力だったのですから」
多少無理矢理にでも話を軌道修正する。端的に言えば、根比べなのだ。
まして、向こうの言い草を聞くかぎり、ただでさえ暇に飽いているだけで。
くすくすとエインセルは笑って、朗らかに言う。
「いいわね、いいわね、智慧があって勇敢で、本当に旧き嵐の王みたい」
「彼のそれは貴女と同じ、妖精が与えたものです」
「ええ、ええ、そうね、貴方の言うことはそう、ごもっとも。だから、こうしましょう、これはいばらの奥深くの眠りに同じもの」
「いばら姫に与えられた死を回避する、眠りの祝福と?」
問えば、彼女は微笑んで、ええ、と答えた。
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