怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

文字の大きさ
28 / 266
2-1 山と神隠し side A

6 光陰は百代の過客なり

しおりを挟む
「そういう前提を踏まえた上で、だ」

ごそごそと、ロビンが自分のリュックを探り、スティックパッケージのチューイングキャンディを取り出した。チューイングキャンディの代表格とも言えるポピュラーなそのお菓子の中でも、一際ひときわポピュラーなぶどう味である。
そのパッケージをぴりぴりと開けると、一粒をたけるに、もう一粒をひろに渡して、自分の分の一粒を取り出すと、本体自体はさっさとしまってしまう。

「……ええと、これで帰れる?」
「ことはそこまで簡単じゃない」

言いながら、包み紙を開いてロビンは中身を口に放り込む。
ひろもなんら躊躇ためらいなく口に入れているので、たけるもそれにならってキャンディを口に入れた。
慣れ親しんだお菓子らしいぶどうの味に少しホッとする。
その様を見届けたロビンが口を開いた。

「とりあえず、これで一蓮托生いちれんたくしょう。運命共同体」
「つまり?」
「キミが帰れないなら、ボクらも帰れないってこと」

一人よりマシだろ、とロビンが言う。
一方、ひろはふんす、と気合を入れて言う。

「まあ、いざとなれば強行軍です! 少なくとも、たけるくんのことは絶対に帰しますから安心してください」

なんとも言えない視線でそれを見たロビンだが、ため息をついて頭を横に振った。
どんどんこの二人の力関係が透けて見える。

「で、また最初に戻ろうか。タケル、君は自分が両親とはぐれてから、どれぐらいったと認識している? ざっくりでかまわないよ」
「え……えーと」

そういえば、この情況になってからたけるは時計とかは確認していない。
だが、体感からして言えば。

「一時間とか、二時間とか、それぐらい?」
「これは幸いですね。この様子から短い方とにらんではいましたが、ここまで体力が残ってるのも道理です」

うんうん、とひろうなずく。
なんというか、その言い方はまるで――

「……なあ、ひろねーちゃん、実際はどれぐらいってるの?」
「……」

ひろが無言でロビンをちらりと見て、ロビンがさらにそれにちらりと視線を返してうなずく。
ひろは言いにくそうに、口を開いた。

「さ、三週間……です」
「うそ!?」

せいぜいが一日、二日じゃないかと思っていた。
そもそも、たけるはこの場所で夜を経験していないのだが、しかし、この状況がそんな常識ではかり得ないものとはすでに把握している。
ロビンが当然と言わんばかりの表情で口を開く。

「竜宮城での三年が地上の七百年になる浦島太郎を考えれば、ないこともないだろ」
「ええ……そんなんでいいの?」

そりゃ、浦島太郎ぐらいならたけるだって把握してるし、そんなこっちゃろうぐらい予想はついた。
でも、そこまで当然として話されるのは別である。

「ケルトのオシアンだって妖精の国での三年が三百年、妖精系の伝承だと一晩、妖精の踊りに合わせて、一晩バイオリン弾いてただけと思ってたのが百年で、聞いた瞬間、ちりになったなんてのもあったなあ。『あやまち仙家せんかりて半日はんじつの客とるといえども、おそらく旧里きゅうりに帰れば、わずか七世しちせいの孫にはん』は、大江おおえの誰だっけ。備中国びっちゅうのくにの狐にたぶらかされた良藤よしふじは十三年が十三日だから、長短が逆転してるけど、まあそれは今回の主題ではない。人の領域とそうじゃない場所で、時の流れが違うのは当たり前という話だからね」
「ロビンの場合、経験者は語るですしね。数分が半日でしたっけ」

ひろのその言葉に、ロビンはあっさりとうなずいた。
それでも、たけるとして受け入れがたいのは事実である。

「さんしゅうかん……三週間……」
「前後をはさまれた状態なんていう余りに有り得ない状況だったから、これでもこっちに比較的早くおはちが回って来たんだ。まあこんな胡散臭うさんくさやからに普通、簡単には事を回さないよ。実際、キミだって、こんな状況でなければボクらみたいなの、頼らないだろ?」

大概たいがい詐欺師さぎしののしられるのが関の山だからね、とロビンが言う。
納得と同時に悲哀を感じる言葉だった。

「……オレ、今後似たようなことあったらロビンみたいなの頼るし、オススメするわ」
「……おや、それはどうも」

同情と敬意と感謝が入り混じったすえの敬称を、ロビンは片眉を上げて受け入れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/5:『ひとのえ』の章を追加。2025/12/12の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/4:『こうしゅうといれ』の章を追加。2025/12/11の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/3:『かがみのむこう』の章を追加。2025/12/10の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/2:『へびくび』の章を追加。2025/12/9の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/1:『はえ』の章を追加。2025/12/8の朝4時頃より公開開始予定。 2025/11/30:『かべにかおあり』の章を追加。2025/12/7の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...