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4-1 うろを満たすは side A
6 粃
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「目眩とか起こす可能性はありますから、ひとまずは座ってください」
その誘導に、はあ、と答えつつも美佳は座る。
その横に、失礼します、と弘が座った。
あとは緊張した面持ちの織歌が立っているだけだ。
「織歌、始めてください」
「……はい」
固い表情で一度目を閉じて、深呼吸をした織歌は少し不安げに弘の方を見て、弘が頷くのを見ると、覚悟を決めたように美佳を見据えた。
美佳としては、そういう動きをされると、不安がないとは言えない。
けれど、ひとりかくれんぼで砂嵐のテレビを見つめていた時と同じように、既に止め時を逸していた。
「……あれさくなだりのたぎつはやきせ。うつしきつみというつみのあらざれば、あれみましのうつほのしひなをもちいでん」
不意に、美佳の鼻先を山奥の渓流や雨を思わせる清々しい匂いが、ひやりと擽る。
そう思った次の瞬間、臍の辺りに、氷のように冷たい何かが差し込まれたような強い違和感を覚えた。
「きゃっ」
「おっと、すみません。そのままで」
反射的に後ろに仰け反りそうになった身体を、背中側からしっかりと弘に支えられる。
いや、逃げられないようにがっちりと身体を拘束されたと言った方が正しいのかもしれない。
ぐるり、とその刺すような冷たさが、美佳の腹の内で廻った。
「ひっ」
「大丈夫です、大丈夫です」
強張った身体は逃れようとするが、後ろから羽交い締めするように拘束した弘に阻まれる。
そして、美佳を落ち着かせるように弘が口にする大丈夫は、歯を削るにあたって痛い時の歯医者の大丈夫と完全に同じ質のものだった。
「や、やだ」
まるで、見えない冷たい手に身体の内側を探られるような感触が気持ち悪いのに、同時に真夏の暑い日、冷え切ったジュースを一気に飲み下した時のように、冴え冴えしくさえあるのだ。
それが只管に奇怪で、怖い。
「大丈夫ですって、痛くはないでしょ?」
「いや!」
自然と目から涙が溢れる。
と、見えない手が何かを掴んで、くん、と引いた気配がした。
何と思うまでもなく、頭の中が真っ白になる。
「や、何、なんで、やめて、しーちゃん!」
無我夢中で口から転げ落ちたその名前に対して、真っ白な頭の片隅から奇妙な懐かしさが湧くと同時に、ぞっと背筋を腹とは別のどろりとした冷たさが蛞蝓のように這った。
「駄目ですよ」
弘の落ち着いた声が、美佳をしっかりと拘束したまま、まるで言い聞かせるように言う。
「だって、お前はそこにいるはずはない」
「嘘!」
真っ白な頭で、自分でもよく分からないまま、美佳の唇は言葉を紡ぐ。
ただ、しーちゃんが奪われようとしているのだということだけが、わかっていた。
「しーちゃん、しーちゃんはここに、私の」
泣き声が聞こえる。小さな女の子の。しーちゃんの。青い目で、緑の目で、私を見ている。睨んでいる。呪っている。腹の奥から、赤い糸でぐるぐると巻かれた女の子が、つながってる私を水の底から見ている。白い八木をいっぱいに詰めた女の子が、私を見ている。
「いるはずがないんですよ」
それを上書きするように、弘の落ち着いた声が否定を繰り返す。
「だって、そこは虚をして普通であるべき、なのですから」
女の子が泣いて、嗤って、白い禾穀が歪な縫い目から零れ落ちて、彼女と私を繋ぐひたひたと濡れた赤い糸が――
ぶつん、と清冽な見えない手によって、それは容赦なく引き千切られた。
その誘導に、はあ、と答えつつも美佳は座る。
その横に、失礼します、と弘が座った。
あとは緊張した面持ちの織歌が立っているだけだ。
「織歌、始めてください」
「……はい」
固い表情で一度目を閉じて、深呼吸をした織歌は少し不安げに弘の方を見て、弘が頷くのを見ると、覚悟を決めたように美佳を見据えた。
美佳としては、そういう動きをされると、不安がないとは言えない。
けれど、ひとりかくれんぼで砂嵐のテレビを見つめていた時と同じように、既に止め時を逸していた。
「……あれさくなだりのたぎつはやきせ。うつしきつみというつみのあらざれば、あれみましのうつほのしひなをもちいでん」
不意に、美佳の鼻先を山奥の渓流や雨を思わせる清々しい匂いが、ひやりと擽る。
そう思った次の瞬間、臍の辺りに、氷のように冷たい何かが差し込まれたような強い違和感を覚えた。
「きゃっ」
「おっと、すみません。そのままで」
反射的に後ろに仰け反りそうになった身体を、背中側からしっかりと弘に支えられる。
いや、逃げられないようにがっちりと身体を拘束されたと言った方が正しいのかもしれない。
ぐるり、とその刺すような冷たさが、美佳の腹の内で廻った。
「ひっ」
「大丈夫です、大丈夫です」
強張った身体は逃れようとするが、後ろから羽交い締めするように拘束した弘に阻まれる。
そして、美佳を落ち着かせるように弘が口にする大丈夫は、歯を削るにあたって痛い時の歯医者の大丈夫と完全に同じ質のものだった。
「や、やだ」
まるで、見えない冷たい手に身体の内側を探られるような感触が気持ち悪いのに、同時に真夏の暑い日、冷え切ったジュースを一気に飲み下した時のように、冴え冴えしくさえあるのだ。
それが只管に奇怪で、怖い。
「大丈夫ですって、痛くはないでしょ?」
「いや!」
自然と目から涙が溢れる。
と、見えない手が何かを掴んで、くん、と引いた気配がした。
何と思うまでもなく、頭の中が真っ白になる。
「や、何、なんで、やめて、しーちゃん!」
無我夢中で口から転げ落ちたその名前に対して、真っ白な頭の片隅から奇妙な懐かしさが湧くと同時に、ぞっと背筋を腹とは別のどろりとした冷たさが蛞蝓のように這った。
「駄目ですよ」
弘の落ち着いた声が、美佳をしっかりと拘束したまま、まるで言い聞かせるように言う。
「だって、お前はそこにいるはずはない」
「嘘!」
真っ白な頭で、自分でもよく分からないまま、美佳の唇は言葉を紡ぐ。
ただ、しーちゃんが奪われようとしているのだということだけが、わかっていた。
「しーちゃん、しーちゃんはここに、私の」
泣き声が聞こえる。小さな女の子の。しーちゃんの。青い目で、緑の目で、私を見ている。睨んでいる。呪っている。腹の奥から、赤い糸でぐるぐると巻かれた女の子が、つながってる私を水の底から見ている。白い八木をいっぱいに詰めた女の子が、私を見ている。
「いるはずがないんですよ」
それを上書きするように、弘の落ち着いた声が否定を繰り返す。
「だって、そこは虚をして普通であるべき、なのですから」
女の子が泣いて、嗤って、白い禾穀が歪な縫い目から零れ落ちて、彼女と私を繋ぐひたひたと濡れた赤い糸が――
ぶつん、と清冽な見えない手によって、それは容赦なく引き千切られた。
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