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4-1 うろを満たすは side A
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◆
「う……」
思った以上にすっきりと目が覚めて、美佳は身を起こす。
「おはようございます。気分はどうですか?」
どきりとしてそちらを見れば、どうやら美佳が起きるまで待っていたらしい弘がいた。
同時に先程までの、アレが現実であることにも思い至って、じっとりとした汗が美佳の背中を伝った。
「……少し、台所借りますね」
そう言った弘は、美佳が了承しない内に、何故か美佳がいつも使っているマグカップと紅茶のティーバッグを迷わずに取り出して、電気ケトルからマグカップにお湯を注ぐ。
そして、それをことりと部屋の中央に置いている座卓の上に置いた。
「どうぞ。何も入れてないのは見てましたでしょ?」
そう言って笑って見せた弘は、座卓を挟んだ向かいに座る。
美佳が目を落としたマグカップの中では、お湯を入れた後に投入されたティーバッグから赤茶色が滲み出し、そして底に淀みのように溜まっていた。
「……しーちゃん」
「……ひとりかくれんぼの時につけた、ぬいぐるみの名前ですね?」
ぽつりと美佳が、ついさっきまで頭の中を支配していたその名を口にすると、弘は確定事項を確認するかのようにそう問うた。
そして、それと同時に夢で見た時には朧げだったぬいぐるみの名前をはっきりと思い出す。
しーちゃん。
確かに、そう名付けたのだ、自分は。
「わたし、まどろっこしいのは苦手なんで、ちょっとはっきりさせますね」
その声に顔を上げれば、弘は美佳をしっかりと見据えていた。
そして、そのすっぱりと小気味いいまでの言い方は何か、不吉な予感がする。
美佳はぎゅっと唇を引き結んだ。
「小柴さん。あなた、妊娠なんてしていないですよ、最初から」
「……そんなの」
「わかるんです。わたしとロビンは」
それに、と弘はさらに続ける。
「どうして、まず彼氏さんに相談しなかったんです? それを考えると、彼氏さんとはまだそこまでの信頼関係が出来てないか、そういう方向でおかしいと無意識にでも自覚してるか、なんですよ」
「でも、しーちゃんは」
食い下がる美佳に弘が向けた視線は、あえて言うならば、憐れみだった。
「小柴さん、依頼の際には妊娠一週間で、安定するまでは彼氏に伝えない。そう言いましたね。それなのにもう名前を決めてるんですか? まだ性別もわからないのに?」
「でも、私、確かに」
「まだ、混濁してるだけですよ……お茶、そろそろ、出過ぎじゃないです?」
渋くなりますよ、とマグカップに目を向けた弘につられて目を落とせば、ティーバッグから滲み出た赤茶色が、何度も何度も重ね塗りをしたように赤黒く底に溜まっている。
ティーバッグを持ち上げると、自然とその溜まったものが広がって、マグカップの中は全面的に普通の紅茶の色となった。
そのティーバッグの紐を、弘が手を差し伸べて絡めるようにして取ってきたので、手を放せば、彼女はそのまま立ち上がって迷うことなく生ゴミ入れにティーバッグを入れた。
それを見ながら紅茶を一口飲むと、ほうっとため息が出て、美佳は自分が漸く普通に戻ったのだ、という実感が湧いた。
「う……」
思った以上にすっきりと目が覚めて、美佳は身を起こす。
「おはようございます。気分はどうですか?」
どきりとしてそちらを見れば、どうやら美佳が起きるまで待っていたらしい弘がいた。
同時に先程までの、アレが現実であることにも思い至って、じっとりとした汗が美佳の背中を伝った。
「……少し、台所借りますね」
そう言った弘は、美佳が了承しない内に、何故か美佳がいつも使っているマグカップと紅茶のティーバッグを迷わずに取り出して、電気ケトルからマグカップにお湯を注ぐ。
そして、それをことりと部屋の中央に置いている座卓の上に置いた。
「どうぞ。何も入れてないのは見てましたでしょ?」
そう言って笑って見せた弘は、座卓を挟んだ向かいに座る。
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「……しーちゃん」
「……ひとりかくれんぼの時につけた、ぬいぐるみの名前ですね?」
ぽつりと美佳が、ついさっきまで頭の中を支配していたその名を口にすると、弘は確定事項を確認するかのようにそう問うた。
そして、それと同時に夢で見た時には朧げだったぬいぐるみの名前をはっきりと思い出す。
しーちゃん。
確かに、そう名付けたのだ、自分は。
「わたし、まどろっこしいのは苦手なんで、ちょっとはっきりさせますね」
その声に顔を上げれば、弘は美佳をしっかりと見据えていた。
そして、そのすっぱりと小気味いいまでの言い方は何か、不吉な予感がする。
美佳はぎゅっと唇を引き結んだ。
「小柴さん。あなた、妊娠なんてしていないですよ、最初から」
「……そんなの」
「わかるんです。わたしとロビンは」
それに、と弘はさらに続ける。
「どうして、まず彼氏さんに相談しなかったんです? それを考えると、彼氏さんとはまだそこまでの信頼関係が出来てないか、そういう方向でおかしいと無意識にでも自覚してるか、なんですよ」
「でも、しーちゃんは」
食い下がる美佳に弘が向けた視線は、あえて言うならば、憐れみだった。
「小柴さん、依頼の際には妊娠一週間で、安定するまでは彼氏に伝えない。そう言いましたね。それなのにもう名前を決めてるんですか? まだ性別もわからないのに?」
「でも、私、確かに」
「まだ、混濁してるだけですよ……お茶、そろそろ、出過ぎじゃないです?」
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