怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

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閑話2 蛍招き

6 不審者と行く怪異道中 5

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新盆にいぼん……というには、ちょっと違うのかもしれませんが」

そう前置きして、奈月なつきは口を開いた。
信用した、というよりは、そうしなければ帰れないんじゃないか、という恐れがまさったからだ。
青年はただ静かに奈月なつきの話を聞く態勢で待っている。

「うち、犬、いたんです。ゴールデン、レトリーバーの。私が、生まれた時から一緒、だったので、老衰だったんですけど、今年の、一月に」

最初に、青年を痴漢と疑った時のしょぼくれた様子は、その子が悪戯いたずらした時ととてもよく似ていると思ったのだ。

「心当たりは、それぐらいしか」
「そっか。名前は?」
「マロン、です。母が、栗みたいな目の色してるってつけたらしいんですけど」
「生まれた時から一緒で、ゴールデンレトリーバーなら、さぞかし仲が良かったんだろうね。ゴールデンレトリーバーは賢いと同時に、特に人懐っこいという犬種だったはずだし」

最初に歩き出した時と同じように、そっと背を押されて、ゆっくりと奈月なつきは青年と再び歩を進める。

「それなら、とどめたり呼ぶより、まねく方か……キミ、蛍の童謡、知ってる?」

唐突な話題の変更に奈月なつきは思わずぱちくりと目をまばたく。
いや、話題はさっきからずっと、可哀想なほどに急カーブをめるハンドリングをされてる気もするが。

「蛍の、童謡ですか?」
「そう。ほ、ほ、ほーたるこいってやつ」
「こっちのみーずはあーまいぞ、ですか?」

それそれ、と青年はにこにこと笑う。

「今でこそ有名なのは、その小倉おぐらろうが作曲した歌だけど、小倉おぐらろうが元にしたと考えられるのは秋田のもの。本来は各地に似たような内容の歌が分布していたんだ」
「蛍を呼ぶ歌が、各地にあった、と」
「そう。で、さっきも言った通り、貴族間の共通観念だった平安期をて、民間でも蛍は魂の表象だ。ということは、この歌は招魂しょうこんたままねきの歌である、とも考えられる」

容赦なくドリフトする話題になんとなく心の中で合掌する。
とりあえず、奈月なつきがわかるのは、普通に童謡として知っていた蛍を呼ぶ歌に別の意味がありそう、というところである。
そもそも、「しょうこん」なんて言われても、商魂しょうこんたくましい、としか奈月なつきの頭には浮かばない。

招魂しょうこんは文字通り魂をまねく儀礼だ。ところで、呼ぶという語と、まねくという語には大きな違いがあるんだけど、わかる?」
「え……でも、呼ぶっていう言葉自体にまねくって意味もあります、よね」

友達を家に呼ぶ、海外から人を呼ぶ、外部から講師を呼ぶ、というように頭の中で例文を作って奈月なつきはそう答える。

「そうだね、確かにまねくは呼ぶで代替できる。けれど、逆は成り立たないだろ? 呼び止めるはあっても、なんて言葉は存在しない」
「……それは、呼ぶは口偏くちへんなので、本来、声、だから?」
「ということは、まねくは手偏てへんで手を使うってことになるね。まあ近いかな」

くすくすと笑いながら、青年が言う。

「呼ぶ、は向こうが来るよう、こちらで働きかける、つまり呼び寄せる。ここで重視されるのは物理的、心理的な相対的距離の縮小であり、双方が主体であること。まねく、は向こうが来るきっかけをこちらで整える、つまり引き寄せる。ここで重視されるのは、引き寄せた側に主体がある、引き寄せた側が確実にホストであること……難しく言うのは簡単だけど、つまり、呼ぶより、まねく方がアウェイをホームに呼び寄せるという感が強いということさ」
「……じゃあ、その招魂しょうこんは死者の魂を呼び寄せる、ということです?」

普通と普通じゃないの話を思い出し、生きる人が普通ホームなら、と考える。
うん、とうなずいて、青年は少し含みのある笑みを浮かべる。
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