206 / 266
閑話2 蛍招き
6 不審者と行く怪異道中 5
しおりを挟む
◆
「新盆……というには、ちょっと違うのかもしれませんが」
そう前置きして、奈月は口を開いた。
信用した、というよりは、そうしなければ帰れないんじゃないか、という恐れが勝ったからだ。
青年はただ静かに奈月の話を聞く態勢で待っている。
「うち、犬、いたんです。ゴールデン、レトリーバーの。私が、生まれた時から一緒、だったので、老衰だったんですけど、今年の、一月に」
最初に、青年を痴漢と疑った時のしょぼくれた様子は、その子が悪戯した時ととてもよく似ていると思ったのだ。
「心当たりは、それぐらいしか」
「そっか。名前は?」
「マロン、です。母が、栗みたいな目の色してるってつけたらしいんですけど」
「生まれた時から一緒で、ゴールデンレトリーバーなら、さぞかし仲が良かったんだろうね。ゴールデンレトリーバーは賢いと同時に、特に人懐っこいという犬種だったはずだし」
最初に歩き出した時と同じように、そっと背を押されて、ゆっくりと奈月は青年と再び歩を進める。
「それなら、留めたり呼ぶより、招く方か……キミ、蛍の童謡、知ってる?」
唐突な話題の変更に奈月は思わずぱちくりと目を瞬く。
いや、話題はさっきからずっと、可哀想なほどに急カーブを攻めるハンドリングをされてる気もするが。
「蛍の、童謡ですか?」
「そう。ほ、ほ、ほーたるこいってやつ」
「こっちのみーずはあーまいぞ、ですか?」
それそれ、と青年はにこにこと笑う。
「今でこそ有名なのは、その小倉朗が作曲した歌だけど、小倉朗が元にしたと考えられるのは秋田のもの。本来は各地に似たような内容の歌が分布していたんだ」
「蛍を呼ぶ歌が、各地にあった、と」
「そう。で、さっきも言った通り、貴族間の共通観念だった平安期を経て、民間でも蛍は魂の表象だ。ということは、この歌は招魂、魂招きの歌である、とも考えられる」
容赦なくドリフトする話題になんとなく心の中で合掌する。
とりあえず、奈月がわかるのは、普通に童謡として知っていた蛍を呼ぶ歌に別の意味がありそう、というところである。
そもそも、「しょうこん」なんて言われても、商魂たくましい、としか奈月の頭には浮かばない。
「招魂は文字通り魂を招く儀礼だ。ところで、呼ぶという語と、招くという語には大きな違いがあるんだけど、わかる?」
「え……でも、呼ぶっていう言葉自体に招くって意味もあります、よね」
友達を家に呼ぶ、海外から人を呼ぶ、外部から講師を呼ぶ、というように頭の中で例文を作って奈月はそう答える。
「そうだね、確かに招くは呼ぶで代替できる。けれど、逆は成り立たないだろ? 呼び止めるはあっても、招き止めるなんて言葉は存在しない」
「……それは、呼ぶは口偏なので、本来、声、だから?」
「ということは、招くは手偏で手を使うってことになるね。まあ近いかな」
くすくすと笑いながら、青年が言う。
「呼ぶ、は向こうが来るよう、こちらで働きかける、つまり呼び寄せる。ここで重視されるのは物理的、心理的な相対的距離の縮小であり、双方が主体であること。招く、は向こうが来るきっかけをこちらで整える、つまり引き寄せる。ここで重視されるのは、引き寄せた側に主体がある、引き寄せた側が確実にホストであること……難しく言うのは簡単だけど、つまり、呼ぶより、招く方がアウェイをホームに呼び寄せるという感が強いということさ」
「……じゃあ、その招魂は死者の魂を呼び寄せる、ということです?」
普通と普通じゃないの話を思い出し、生きる人が普通なら、と考える。
うん、と頷いて、青年は少し含みのある笑みを浮かべる。
「新盆……というには、ちょっと違うのかもしれませんが」
そう前置きして、奈月は口を開いた。
信用した、というよりは、そうしなければ帰れないんじゃないか、という恐れが勝ったからだ。
青年はただ静かに奈月の話を聞く態勢で待っている。
「うち、犬、いたんです。ゴールデン、レトリーバーの。私が、生まれた時から一緒、だったので、老衰だったんですけど、今年の、一月に」
最初に、青年を痴漢と疑った時のしょぼくれた様子は、その子が悪戯した時ととてもよく似ていると思ったのだ。
「心当たりは、それぐらいしか」
「そっか。名前は?」
「マロン、です。母が、栗みたいな目の色してるってつけたらしいんですけど」
「生まれた時から一緒で、ゴールデンレトリーバーなら、さぞかし仲が良かったんだろうね。ゴールデンレトリーバーは賢いと同時に、特に人懐っこいという犬種だったはずだし」
最初に歩き出した時と同じように、そっと背を押されて、ゆっくりと奈月は青年と再び歩を進める。
「それなら、留めたり呼ぶより、招く方か……キミ、蛍の童謡、知ってる?」
唐突な話題の変更に奈月は思わずぱちくりと目を瞬く。
いや、話題はさっきからずっと、可哀想なほどに急カーブを攻めるハンドリングをされてる気もするが。
「蛍の、童謡ですか?」
「そう。ほ、ほ、ほーたるこいってやつ」
「こっちのみーずはあーまいぞ、ですか?」
それそれ、と青年はにこにこと笑う。
「今でこそ有名なのは、その小倉朗が作曲した歌だけど、小倉朗が元にしたと考えられるのは秋田のもの。本来は各地に似たような内容の歌が分布していたんだ」
「蛍を呼ぶ歌が、各地にあった、と」
「そう。で、さっきも言った通り、貴族間の共通観念だった平安期を経て、民間でも蛍は魂の表象だ。ということは、この歌は招魂、魂招きの歌である、とも考えられる」
容赦なくドリフトする話題になんとなく心の中で合掌する。
とりあえず、奈月がわかるのは、普通に童謡として知っていた蛍を呼ぶ歌に別の意味がありそう、というところである。
そもそも、「しょうこん」なんて言われても、商魂たくましい、としか奈月の頭には浮かばない。
「招魂は文字通り魂を招く儀礼だ。ところで、呼ぶという語と、招くという語には大きな違いがあるんだけど、わかる?」
「え……でも、呼ぶっていう言葉自体に招くって意味もあります、よね」
友達を家に呼ぶ、海外から人を呼ぶ、外部から講師を呼ぶ、というように頭の中で例文を作って奈月はそう答える。
「そうだね、確かに招くは呼ぶで代替できる。けれど、逆は成り立たないだろ? 呼び止めるはあっても、招き止めるなんて言葉は存在しない」
「……それは、呼ぶは口偏なので、本来、声、だから?」
「ということは、招くは手偏で手を使うってことになるね。まあ近いかな」
くすくすと笑いながら、青年が言う。
「呼ぶ、は向こうが来るよう、こちらで働きかける、つまり呼び寄せる。ここで重視されるのは物理的、心理的な相対的距離の縮小であり、双方が主体であること。招く、は向こうが来るきっかけをこちらで整える、つまり引き寄せる。ここで重視されるのは、引き寄せた側に主体がある、引き寄せた側が確実にホストであること……難しく言うのは簡単だけど、つまり、呼ぶより、招く方がアウェイをホームに呼び寄せるという感が強いということさ」
「……じゃあ、その招魂は死者の魂を呼び寄せる、ということです?」
普通と普通じゃないの話を思い出し、生きる人が普通なら、と考える。
うん、と頷いて、青年は少し含みのある笑みを浮かべる。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
まだ見ぬ未来へ駆け抜けて!
小林汐希
ライト文芸
2年5組の生徒:松本花菜(17歳 高校2年生)
2年5組の担任:長谷川啓太(23歳 教師歴1年目)
幼い頃から、様々な悩みを抱えながら過ごしてきた花菜。
それは幼い頃に父との離別を経験した家庭環境だったり、小学校の最後に作ってしまった体の古傷であったり。
学校外の時間を一人で過ごすことになった彼女の唯一、かつ絶対的な味方でいてくれたのが、近所に住む啓太お兄ちゃんだった。
しかし年の離れた二人の関係では仕方ないとはいえ、啓太の大学進学や環境変化とともに、その時間は終わりを迎えてしまう。
ふさぎ込む花菜を前に、啓太は最後に「必ず迎えに来る」という言葉を残して街を離れた。
言葉を受け取った花菜は、自分を泣かせないための慰めだったという諦めも入りつつ、一方で微かな希望として心の中で温め続けていた。
数年の時を経て二人が再び顔を合わせたものの、もはや運命の意地悪とでもいうべき「担任教師と生徒」という関係。
最初は様子伺いだったけれど、往時の気持ちが変わっていないことを再確認してからは、「一人じゃない」と嬉しいこと・辛いことも乗り越えていく二人には少しずつ背中を押してくれる味方も増えていく。
再会した当初は「おとなしい終末的運命キャラ」になっていた花菜も次第に自信を取り戻し、新米教師の啓太も花菜のサポートを裏で受けつつ堂々と教壇に立ち続けた。
そんな互いを支えあった二人の前に開けた世界は……。
たった一つだけの約束を胸に、嬉しいときは一緒に喜び、悲しいときは支えあって走り抜けた二人の物語です。
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
【最新版】 日月神示
蔵屋
歴史・時代
最近日月神示の予言本に不安を抱いている方もあると思うがまったく心配いらない。
何故なら日月神示では「取り越し苦労や過ぎ越し苦労はするな!」
「今に生きよ!」
「善一筋で生きよ!」
「身魂磨きをせよ!」
「人間の正しい生き方」
「人間の正しい食生活」
「人間の正しい夫婦のあり方」
「身も心も神さまからお借りしているのじゃから夜になって寝る前に神さまに一旦お返しするのじゃ。そうしたら身と心をどのようにしたらよいか、分かるじゃろ!」
たったのこれだけを守れば良いということだ。
根拠のない書籍や情報源等に惑わされてはダメだ。
日月神示も出口王仁三郎もそのようなことは一切言っていない。
これらの書籍や情報源は「日月神示」が警告する「臣民を惑わすものが出てくるから気をつけよ!」
という言葉に注目して欲しい。
今回、私は読者の皆さんに間違った解釈をされている日月神示を分かりやすく解説していくことにしました。
どうか、最後までお読み下さい。
日月神示の予言については、私が執筆中の「神典日月神示の真実」をお読み下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる