怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

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昔話2 弘の話

憑き物 3

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「よし、行こうか」
「……いいの?」
「呼び鈴と同じだよ。返事があったってことは、僕らはってこと。わざとまたげるように低い位置に張ってあるんだろうし」

そう言って一つ目の標縄しめなわまたいだ瞬間、ちりちりしていた気配がぴりりとわずかな像を結ぶ。
振り返れば、ロビンが眉間にシワを寄せていた。

「見えた?」
「……」
「たぶん、内から外に出すのを阻止するためだね、これ」

考え込んだような顔をしたロビンは僕のその言葉にうなずく。

「ロビンもおいで。魔除まよけの音で招かれたんだ、簡単に手出しできるはずもない」
「……わかった」

背も脚も僕よりたけのあるロビンは軽々と一つ目の標縄しめなわまたいで、そしてまたきょろきょろと辺りを見回す。

「……影が
「ロビンの目で実体が見て取れないなら、確実に実害はないね」

とはいえ、おそらく内に入れば入るほど、からの干渉度合いが高くなるだろうことは想定できる。

「影から何かわかる?」
「……とりあえず、動物」
「わかった」

一応警戒はしたまま、つかつかと廊下を歩いて、引き戸を開け、そこに張られた標縄しめなわまたいで、離れとの間に敷かれた置き石の上に立つ。
もともと二人で来るとはわかってたからか、つっかけるタイプのサンダルが二足、置かれていた。
ぴりりとした気配は、じりじりと肌を焼く日光のような感触に変わり、警告のように鼻先を獣特有の匂いがかすめた。

「あー、わかってきたぞ、これ」

身の安全についての対策法が無くはないというか、無理矢理にでもたぶん僕なら確保はできる。
ロビンも標縄しめなわまたいで母屋から出ると、引き戸を閉めながら、せわしなくきょろきょろと見回してる。

「……犬」
「……ふむ、そうか」

想定リストの最上段にひっかかるものをロビンが口にしたので、納得しかない。
ロビンが緊張しているように見えるのも気のせいではないだろう。
ちょっと手を打つか。
かすかに獣の匂いのする空気を一度大きく吸う。

「……我は虎、如何いかに鳴くとも犬は犬、獅子の歯噛はがみをおそれざらめや」

びりっと静電気のように強烈な警戒が僕に向けられたのがわかった。
ロビンのとがめるようなセンセイ、という呼びかけと視線は心配からのものだろう。

「大丈夫、大丈夫。ロビン、手出して」

素直に差し出されたてのひらに、右の人差し指で『虎』の字を書くように動かす。
にぎって、と言えば、ロビンはまた素直にそのてのひらにぎりこんだ。

「はい、これでもう警戒されるだけだから」

不思議そうなロビンはそのままに、置き石を渡って離れの前に立つ。
やはり、その戸口には標縄しめなわが張ってある。

ひろちゃん、聴こえてる? 入るよー」

できる限りの自然体で少し声を張って声をかけてから、引き戸を開けて標縄しめなわまたいだ。
ロビンもあきらめという覚悟で固まった表情で、僕に続いて標縄しめなわまたいだ。
動物園に来た時のような、獣のつんとくる匂いとうなるような息遣いきづかいの気配がする。

サンダルを脱いで上がれば、最後のとりでとばかりに、ふすまに沿って、今までと同じ高さに標縄しめなわが張ってあった。
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