怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

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昔話2 弘の話

犬神 3

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「最初は、それこそ、鉛筆ぐらい、だったんです。まあ、一応筆箱に入れておいた程度なので、支障は美術の時間にあったぐらいで」
「いや、充分支障あるでしょ、それ」

同時にシャープペンシルの普及具合に思いをせる。
今やなくてはならない文房具だよなあ。

流石さすがに、教科書や体操服になったあたりで、父にもバレて、教師陣も、これはダメだと本気を出したようで」

そう言うひろの表情が苦しげにゆがむ。
空間に満ちた敵意がより密度を増した。

呑気のんきなもんなのか、忙しすぎるのか。まあ学校教育の範囲内かというと、外寄りのしつけとか常識というものの話ではあると思うけどさ」
センセイの口から常識が語れるかなI wonder that you may tell common sense……」

ぼそりとしたロビンのつぶやきを耳がひろうが無視する。

「そう、ですね、そうかも、しれません」

苦笑を見せるひろの表情にはかげりがあった。
しかし、ここまで聞いた感じでは、あくまで全て前段、前提でしかない。

「……それでも、ひろちゃん、キミは決定的な場面まで耐えてた。違う?」

僕のその言葉に、ひろはまたきょとんとして、まばたきを繰り返す。

「そう、ですね……そう、言えるのかもしれません。わたしが大事おおごとにはしたくないだけの、意気地いくじなしだっただけかもしれませんが」
「でもそれが悪いワケでもないよね? センセイ」

ひろの言葉を間髪かんはつ入れずにすくい上げたロビンが僕の方に話を振る。
全て見えてるからこそ、そういうフォローがやたらうまいのがありがたい。

「そりゃまあね。忍耐強い、つまり自身を律する事ができるって事だし、この界隈かいわい的には特権にともなう義務として当然ができてるってことだもの。僕だって過去に一度やらかしてるし」

犬神いぬがみもそうだけど、感情の揺れというものがもたらす影響は能力上大きいというのは、自明の理。
かみなり(リアル)を落とした事のある僕が言うんだから間違いはない。くだんなおくんを巻き込んだやらかしがそれ。
あの時は流石さすがに基本不干渉だった祖母にも怒られた。

「先生達が動いた。そこまではわかったけど、それから?」
「それから、まあ、お決まり、といえばわかりやすいでしょうか。もともと、問題児をリーダーとしたグループではあったので、先生達としても、捕捉ほそくはしやすかったでしょうし……」

ひろの目が遠くを見て、同時に不安からか揺らぐ。

あやまるぐらいなら、最初からやらなければいいし、さとされて、強制的にあやまるぐらいなら、その謝罪の価値は一円玉より軽いじゃないですか」

読み間違えた。不安じゃなかった。
これは、いかりだ。

――その程度の敵意で攻撃するな、折れるな。まして、いつわるな。
それが、ひろが相手に抱いたいかりの根幹だろう。

そう考えると、ひろみずからをりっすることはできても、根はなかなかにじゃじゃ馬なのかもしれない。
というか、その程度の覚悟で手を出すんじゃない、という考え方ということだから、思い切りも含めかなり気が強い。

「……その程度の謝罪であっても、受けた以上、許すべきとは思いました。けれど、どうしてそんな半端で本当に許されると思うのか、理解できなくて、そしたら、犬の、鳴き声がしたんです」

教師陣としては、迅速な対応の証として加害者を一同に集め、被害者に謝罪させた。
それが、事を荒立てずに穏当な内に手打ちとするためにとった行動であることはわかる。
ただ、それには二つの条件がともなう。
一つ、被害者が本当に許していること。
二つ、加害者が本当に反省していること。

結局、そこで白紙にしたところで、白紙の上に同じ図形をえがくなら、それはなんの意味もなく、同じ図形でなくても、その白紙に敵意を描くなら、やはりそれに意味はなくなる。
ひろの場合、その白紙に敵意の痕跡を明確に読み取り、あまつさえ自身も筆を握ってしまったのだ。
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