怪異から論理の糸を縒る

板久咲絢芽

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5-2 夢の浮橋 side B

9 the ends justify the means

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「センセイはさらにここで、状況を静的拒絶と受容の狭間はざま、と見たわけ」
「はい?」

流石さすが織歌おりかも若干、何言ってんだろう、と思ってしまった。
そんな織歌おりかを見て、何故か少し安堵あんどしたような様子を見せながら、ロビンが口を開く。

リャナン・シーLeannan-sidheは対象者の理想の姿で現れて誘惑するけど、対象者がそれを拒絶する限りは対象者に従順と言われる。メリットとデメリットはリャナン・シーLeannan-sidheのソレとそっくりだけど、タカハシさんは拒絶も受容もせずに夢に見るだけだったわけ。それもトラウマに関わることだから、具体的に記憶しておくことを無意識に拒否してたぐらいに」
「それを、拒絶ととらえた、と?」

織歌おりかの問いにロビンがうなずく。

「だからといって、明確に拒絶したわけではない。本人も拒絶したと自覚してないしね。となると、中途半端な拮抗きっこう状態、と言える、とセンセイはした」
「なる、ほど? いや、先生が言うならなんですよね」

どちらかというと、紀美きみが言うからと言うべきなのだろうけど、と思いつつ、織歌おりかはまたチーズケーキを切りくずす。

「それで図式に整合性を持たせた、と」
「まあ本人にとって悪夢であるから、妖精の夢alptraumとかも補強には使ったけど、あの時点のメンバー間でリャナン・シーLeannan-sidheという認識が固定化できれば、後は善き隣人達good fellowsに対する対応の延長線上にできる。つまり、善き隣人達good fellowsが嫌うものを魔除まよけとして利用できる」

織歌おりか達が支持する内容的には、信仰心のあついタイプの人間には大掛かりな祈祷きとうは大変効力があるが、そうでない人間に対しては下手をすると不安を増幅しかねない。
だから、前者に該当し得ない現代社会に理路整然と適応している者には、できる限り不安をぎ、こじんまりとしつつも効力がある、と信用にあたいする対症療法を提供するのがベストな手段なのだ。

「高橋さんがおっしゃられてたメモはその一環ですか?」
「ああ、うん。善き隣人達good fellowsにはキリスト教的権威を含むもの全般がくから、すぐ思い出せた聖ザカリアの十字cross of St.Zachariasを書いて渡した」

日本だとただの十字じゃ効力が薄い。
そうロビンが付け加える。

「聖ザカリアの十字?」
「本来は疫病、特にペストけの護符amuletなんだけどね。ペストけの祈りの言葉の中に出てくる十字架cruxギリシャ十字Greek crossで表したものと、それ以外の語句の単語の頭文字を総主教十字patriarchal crossの形に配置したものだよ」

ロビンが指で机に書いて見せた軌跡は織歌おりかにはカタカナのキのようにも見えた。

「それってロレーヌ十字っていうやつじゃありませんでしたっけ」
ロレーヌ十字cross of Lorraineは横二本の長さの差が定義に入らない。総主教十字patriarchal crossは上にくらべて下が長い、と定義されてるから総主教十字patriarchal cross

細かい話であるし、そのあたりが定義されてるということは、おそらく文字の配置が決まっているのだろう。
なお、ギリシャ十字はギリシャの国旗やスイスの国旗に見られる、交わる縦横の線の長さの比率が等しいものを指すことを織歌おりかは知っている。

「さっきの話し方的に、本来の使用法は伝えてないんですよね、その十字」
「あくまでキリスト教系の護符amuletとしての意味だけ使いたかったからね。下手へたに伝えたらかなくなるでしょ。だから、センセイも何も言わなかった」

嘘も方便Circumstances may justify a lie.
そう、ロビンが小さくつぶやいた。
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