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3章
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学園を飛び出して走って向かったのは風紀委員寮。
走ってきた勢いのまま入り、階段を駆け上がった。
部屋まで寮長と鉢合わせなかったが、足音で誰かが帰ってきたのはバレているかもしれない。
(もうここには帰って来ないかも────)
麓はクローゼットを開け放し、夏の間は洗濯してしまっておいた袴を履き、着物に袖を通した。箱にしまってある編み上げのショートブーツに足をいれ、紐をキッチリしめる。
窓を開け、すぐそばの桜の木に足をかけて、逡巡した。
数ヶ月間お世話になった部屋に別れを告げ、スルスルと桜の木を伝って地面に足をつけた。
思えばこうして部屋を出たのは2度目だ。1回目は実質誘拐だったが。
部屋主が消え、窓から入る風がカーテンを揺らす。ベッドの上には几帳面にたたまれた制服だけが残された。
(どなたか帰って来ましたわね?)
寮長は自室で昼寝をしていたが、突然の足音で目覚めた。彼女は机に突っ伏していたがゆっくりと立ち上がり、伸びをして部屋を出た。
(やっぱり…凪様かしら)
寮長がすぐに思いついたのはサボり魔の委員長。しかし彼のサボりの定番は学園の屋上で、こちらに来ることはまずない。なぜなら風紀委員寮の番人である寮長がいるから。凪が授業中に帰ってこようとするのならヘアピンを投げつける。
「凪様、入りますわよ」
寮長はヘアピンを抜き取りつつ彼の部屋に入った────が、人影どころか気配もない。
(なんだ…。まぁ、やっぱりって言うところかしら)
それから1つ1つの部屋を確認したが結果は同じ。
そして残るは麓の部屋。
(いやいやいや。麓様がサボりで帰ってくるわけないでしょう!)
寮長はそのまま笑顔で通り過ぎようとしたが、思い直してノックをする。
「麓様ぁ? …あ」
寮長はドアを開けてひょっこりと部屋の中に半身を入れ、硬直した。
自分の視界に飛び込んできた光景は嘘だと信じたかった。しかし真実を変えることはできない。
(ま、まさか────)
几帳面な彼女らしくきれいにたたまれた制服という抜け殻、ベッド近くにそろえてあるローファー、全開にされている窓から吹く風。それは寮長の髪を揺らす。
「い…家出────!?」
その驚きの悲鳴というか叫びは、授業中である学園中に響き渡るほどのすさまじい声量だったらしい。
走って走って走って。息はきれぎれになり苦しい。
麓は学園の敷地内を出て花巻山に入ってからも走り続けていた。恐ろしいものから逃げているかのように。あながちそれは間違っていない。
(もう嫌なの…。こんな生活────)
自分の本当の家であるツリーハウスが近くなると、夏休みに帰って来たばかりなのに懐かしさがこみ上げてくる。
同時に涙という悲しみも。一度流れ落ちた涙は、止まることを知らずに次から次へとあふれてくる。頬を伝わって離れた涙は宙で弾けた。
それにかまうことなく麓はツリーハウスを登る。麓の意思が伝わりカギが開き、ドアが開け放たれる。彼女はリビングのソファの上で崩れ落ちてうずくまった。そして何にも構うことなく泣き続けた。
ツリーハウスの下には花巻山の獣たちがワラワラと集まっていた。花巻山の花である麓がここへ帰ってきたのは、気配ですぐに分かった。
『どうしたんだろ…。学園はいいのかな?』
『里帰りには早すぎるよね』
『今度は冬、って言ってたよ』
事情を知らない獣たちは不思議そうにツリーハウスを見上げていた。
鳥類、うさぎ、白鼻心、たぬき、きつね…。
彼らは、誰にも声をかけずに真っ先にツリーハウスに閉じこもってしまった麓のことを心配している。
先月ここに帰って来た時は、山に入ってゆっくりとツリーハウスへ向かっていた。それなのに今回は。
一体何が。獣たちは一様に首をかしげた。
学園では帰りのホームルームが終わった。風紀委員たちは中庭に集合していた。
「昼休み過ぎに麓ちゃんが急にいなくなったらしい…」
「え? 保健室にいるんじゃないの?」
「あぁ。昼休みに倒れて彰が保健室に運んで、起きてからそこを飛び出て行ったって。寮長曰く、1度寮に戻って和服に着替えて消えたんだと」
「家出? 神隠し?」
「神隠し!? また彰さんが連れ出したとかは?」
「それはない。彰のあの顔は本気で心配してたぞ」
麓の担任である扇は早口に事実を伝えた。麓がどこにいるのか、どうやって消えたのか分からない状況では落ち着いて話していられなかった。
光は泣きそうな顔をしており、凪は不機嫌面で横を向く。皆が暗さを含んだ表情をしていた。
「おいこコラおめーら。まだ何も分かんねーってのに根暗になってんじゃねェバカヤロー。アイツのことをどうにもならねェかも、とか思ってねェだろうな?」
鶴の一声、とでも言うべきか、委員長の凪が喝を与える。珍しく真面目な顔でキリッとしている。
彼の叱責に全員がきまり悪そうに視線を巡らせる。代表するように扇が眉をくもらせた。
「だってさ…天災地変に連れて行かれた可能性もあるだろ…」
彼ら天神地祇と対立する天災地変。彼らは麓のことを狙っていると言う。なんせ彼女の能力は天災地変にとって都合が悪い。
麓がここに来てから天災地変による被害は1件もないが────急に事件じみたことが起きるとヤツらに拉致されたのではないかと疑いたくなる。
「…そりゃねェだろ」
「凪さんあんた、なんでそんな簡単に言い切ってんですか。理由もないのに」
「勘だよ勘。俺のはおめーらと違ェからよく当たるぜ」
「いい加減なこと言わないでください!」
こんな時でも飄々としている彼に焔が怒鳴った。本当は落ち着いていられる彼がうらやましかった。
凪がどうしようもないくらい焦っているという所を、彼らは見たことがなかった。
だからこそ────はっきりと口にはしないが凪の"大丈夫"を信じたい。お姫様に何事もないように、と。
「────つーことだ。分かったなおめーら。自分のやるべき事」
それは確認の言葉。風紀委員として天神地祇として何をすべきか。
全員の顔から不安という要素が払拭され、決心という項目に上書きされると、凪は口の端を上げた。
走ってきた勢いのまま入り、階段を駆け上がった。
部屋まで寮長と鉢合わせなかったが、足音で誰かが帰ってきたのはバレているかもしれない。
(もうここには帰って来ないかも────)
麓はクローゼットを開け放し、夏の間は洗濯してしまっておいた袴を履き、着物に袖を通した。箱にしまってある編み上げのショートブーツに足をいれ、紐をキッチリしめる。
窓を開け、すぐそばの桜の木に足をかけて、逡巡した。
数ヶ月間お世話になった部屋に別れを告げ、スルスルと桜の木を伝って地面に足をつけた。
思えばこうして部屋を出たのは2度目だ。1回目は実質誘拐だったが。
部屋主が消え、窓から入る風がカーテンを揺らす。ベッドの上には几帳面にたたまれた制服だけが残された。
(どなたか帰って来ましたわね?)
寮長は自室で昼寝をしていたが、突然の足音で目覚めた。彼女は机に突っ伏していたがゆっくりと立ち上がり、伸びをして部屋を出た。
(やっぱり…凪様かしら)
寮長がすぐに思いついたのはサボり魔の委員長。しかし彼のサボりの定番は学園の屋上で、こちらに来ることはまずない。なぜなら風紀委員寮の番人である寮長がいるから。凪が授業中に帰ってこようとするのならヘアピンを投げつける。
「凪様、入りますわよ」
寮長はヘアピンを抜き取りつつ彼の部屋に入った────が、人影どころか気配もない。
(なんだ…。まぁ、やっぱりって言うところかしら)
それから1つ1つの部屋を確認したが結果は同じ。
そして残るは麓の部屋。
(いやいやいや。麓様がサボりで帰ってくるわけないでしょう!)
寮長はそのまま笑顔で通り過ぎようとしたが、思い直してノックをする。
「麓様ぁ? …あ」
寮長はドアを開けてひょっこりと部屋の中に半身を入れ、硬直した。
自分の視界に飛び込んできた光景は嘘だと信じたかった。しかし真実を変えることはできない。
(ま、まさか────)
几帳面な彼女らしくきれいにたたまれた制服という抜け殻、ベッド近くにそろえてあるローファー、全開にされている窓から吹く風。それは寮長の髪を揺らす。
「い…家出────!?」
その驚きの悲鳴というか叫びは、授業中である学園中に響き渡るほどのすさまじい声量だったらしい。
走って走って走って。息はきれぎれになり苦しい。
麓は学園の敷地内を出て花巻山に入ってからも走り続けていた。恐ろしいものから逃げているかのように。あながちそれは間違っていない。
(もう嫌なの…。こんな生活────)
自分の本当の家であるツリーハウスが近くなると、夏休みに帰って来たばかりなのに懐かしさがこみ上げてくる。
同時に涙という悲しみも。一度流れ落ちた涙は、止まることを知らずに次から次へとあふれてくる。頬を伝わって離れた涙は宙で弾けた。
それにかまうことなく麓はツリーハウスを登る。麓の意思が伝わりカギが開き、ドアが開け放たれる。彼女はリビングのソファの上で崩れ落ちてうずくまった。そして何にも構うことなく泣き続けた。
ツリーハウスの下には花巻山の獣たちがワラワラと集まっていた。花巻山の花である麓がここへ帰ってきたのは、気配ですぐに分かった。
『どうしたんだろ…。学園はいいのかな?』
『里帰りには早すぎるよね』
『今度は冬、って言ってたよ』
事情を知らない獣たちは不思議そうにツリーハウスを見上げていた。
鳥類、うさぎ、白鼻心、たぬき、きつね…。
彼らは、誰にも声をかけずに真っ先にツリーハウスに閉じこもってしまった麓のことを心配している。
先月ここに帰って来た時は、山に入ってゆっくりとツリーハウスへ向かっていた。それなのに今回は。
一体何が。獣たちは一様に首をかしげた。
学園では帰りのホームルームが終わった。風紀委員たちは中庭に集合していた。
「昼休み過ぎに麓ちゃんが急にいなくなったらしい…」
「え? 保健室にいるんじゃないの?」
「あぁ。昼休みに倒れて彰が保健室に運んで、起きてからそこを飛び出て行ったって。寮長曰く、1度寮に戻って和服に着替えて消えたんだと」
「家出? 神隠し?」
「神隠し!? また彰さんが連れ出したとかは?」
「それはない。彰のあの顔は本気で心配してたぞ」
麓の担任である扇は早口に事実を伝えた。麓がどこにいるのか、どうやって消えたのか分からない状況では落ち着いて話していられなかった。
光は泣きそうな顔をしており、凪は不機嫌面で横を向く。皆が暗さを含んだ表情をしていた。
「おいこコラおめーら。まだ何も分かんねーってのに根暗になってんじゃねェバカヤロー。アイツのことをどうにもならねェかも、とか思ってねェだろうな?」
鶴の一声、とでも言うべきか、委員長の凪が喝を与える。珍しく真面目な顔でキリッとしている。
彼の叱責に全員がきまり悪そうに視線を巡らせる。代表するように扇が眉をくもらせた。
「だってさ…天災地変に連れて行かれた可能性もあるだろ…」
彼ら天神地祇と対立する天災地変。彼らは麓のことを狙っていると言う。なんせ彼女の能力は天災地変にとって都合が悪い。
麓がここに来てから天災地変による被害は1件もないが────急に事件じみたことが起きるとヤツらに拉致されたのではないかと疑いたくなる。
「…そりゃねェだろ」
「凪さんあんた、なんでそんな簡単に言い切ってんですか。理由もないのに」
「勘だよ勘。俺のはおめーらと違ェからよく当たるぜ」
「いい加減なこと言わないでください!」
こんな時でも飄々としている彼に焔が怒鳴った。本当は落ち着いていられる彼がうらやましかった。
凪がどうしようもないくらい焦っているという所を、彼らは見たことがなかった。
だからこそ────はっきりと口にはしないが凪の"大丈夫"を信じたい。お姫様に何事もないように、と。
「────つーことだ。分かったなおめーら。自分のやるべき事」
それは確認の言葉。風紀委員として天神地祇として何をすべきか。
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