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4章
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そこには────立花は持っていないが、一部の精霊が持つ金のブレスレット。
さらに驚くことにその下にはもう1本、銀のブレスレット。
その組み合わせを持つ者は、精霊の中でただ1人しかいない。
それは八百万学園に通う精霊たちに悪い意味で知られた精霊。
立花は自分の思考回路の中で全て整理した。
「やっぱり…ね。大物がこんな所で何してるのよ」
初めに感じた自らが発した警告は間違っていなかった。
言わずとも正体を明かした男は態度を変えることなく、その場にそぐわない答え方をした。
「実はな…黒染めが最近落ちてきたようでな。駅地下の薬局へヘアカラーを買いに来たのだ」
男は自分の毛先をいじる。
長い沈黙が流れた。
立花は寒さを忘れてポカーンとした。男は目をパチクリさせる。
「どうしたのだそんな顔をして。今時の精霊ならヘアカラーくらいわかるだろう」
「わ、分かるけど…。どうしたのだじゃないわよ! あんた自分が何者なのか自覚あるワケ!? キャラにあってないわよその答え!」
「そんなこと言われても…。ではなんと答えてほしかったのだ?」
「もうどうでもいいわよそんなこと! こんなヤツを一瞬でも怖いと思った自分がバカだったわ…。実際に会ったらただの天然じゃない…」
1人で騒いだ立花はげんなりした。怖くて震えていた自分が恥ずかしい。
その後、立花は男と薬局へ向かった。
男がいつも買うというヘアカラーは半永久染毛剤。
黒髪にこだわるくせに中途半端な方なんて。彼女は永久染毛剤を勧めた。男は買い物の途中、
「こういうことはやはり若者に頼るべきだな」
…なんてジジくさいことを言っていたが。
短い買い物だったが、帰る頃には雨も風邪もやんでいた。空には大きな灰色の雲が浮かんでいる。
「買い物に付き合わせてすまなかったな」
「別にいいわよ、暇だったし」
2人が出会った場所で立花は男と話していた。
今、自分がこの男と自然に話しているのが不思議だった。
怪しく思っていたのに、怖いと思っていたのに。時間が経つににつれてそれらはすべて消えていた。
変わりに生まれた感情は。
「…ねぇ、これからもこうして会ってもいいかしら」
「…と、いうと?」
「私────あなたに仕えたい」
自分でも死ぬほど恐ろしくて忌まわしいことを言っているのは分かっている。
でもそれを押し留めることはできなかった。
そう。それは禁忌の恋に堕ちたかのように。
しかしそれはあくまで"表現"だ。自分はこの男に慕い始めてる。恋ではなく、忠誠心で。
「…本気なのか? 自分が何を言っているのか分かっているのか。こちら側へ来たらもう、元の生活には戻れぬぞ。友人には会えなくなる」
「本気よ。簡単に言うワケないでしょ。それに会いたくなるような友だちなんていないわ」
男は疑うように赤褐色の瞳をスッと細め、立花のことをじっと見た。信じられないと言いたげに。
簡単に信じない、と言いたげな視線を向けてくる男のことを、立花は見つめ返した。絶対に納得させるように。
男は視線をそらしてフーと息を吐いた。
「…何よ」
「いや。あまりにも情熱的に見つめられて迷っているのだ。実は私は、とある年齢に達している精霊でないと受け入れない、と決めているのだ。だが…そなたには借りがあるからな」
「借り…何かあったかしら」
「分からぬのか? ヘアカラーのことに決まっておろう」
「それだけ?」
ただ教えたことを”借り”だなんて。この男はやはりどこかズレている。
「それだけでいいのかしら…。ものすごく複雑なんだけど…」
「もちろん、これだけで認めることはできぬ」
「そう…」
立花は残念そうにうつむき、自分のつま先を見つめた。
「そんな顔をすることはない。いくつか条件があるのだ」
「条件…?」
「そうだ。まず、私には敬語を使うこと」
男は指を1本ずつ立てながら条件とやらを挙げていく。立花は顔を上げた。
「それから髪を黒くすること。裏切りは許さない」
「なんだ簡単じゃない」
「む。さっそく条件を忘れたようだな」
「あ…。ごめんなさい」
立花が口元に手を当てると男はフッとほほえんだ。
「まぁいい。そなたがこれから気をつけられるのなら」
どうやら認めてくれたらしい。期待に満ちた瞳を向けると、男は鷹揚にうなずいてみせた。
「ありがとうございます…! …えっと」
「…あぁ。名乗っていなかったな。私は────だ」
立花にのみ聞こえる声量で男は名乗った。彼の生まれ持った能力にふさわしい名で、綺麗な響きだと思った。
日頃、自分の名前に不満を感じているだけあって、美しい名前への憧れは人一倍強い。
「それで。そなたは」
「わ、私は…」
名乗りたくなかった。今までずっと、自分で考えた名前を名乗ってきたから。アマテラス様に思わしくない顔をされ続けても。
立花は再びうつむき、視線を足元でめぐらせた。
名乗りという行為は恥さらしとしか思えなかった。
しかし相手は、今日から自分のあるじ。
本名を名乗るのが礼儀だろう。
「私は…橘擬の擬と申します…」
うつむいたままボソボソと名乗り、彼の反応をしばし待った。やはり引いただろうか。こんな不名誉な名前なんて。
「擬、か。あの橘に似たピラカンサのことだな」
「そうです。熟しても酸っぱくて苦くて食べられない果実。同じく実がなる木でも、みかんと違うから誰も見向きしません」
彼女は自嘲気味に話し、つま先で地面を蹴った。どうせ名前を言ってしまったのなら自分でバカにしてしまえばいい。他の誰でもない、自らの言葉で。
男、この方も一緒に笑ってくれるだろうか。
立花は複雑な笑みを浮かべて顔を上げた。
男は彼女のことを見てほほえんでいた。
「なぜそのように卑下するのだ。自分の名だ、何であれ誇りを持つべきだ。それに果実というのは必ずしも食すべきではないだろう。毒を持つ物も、ピラカンサのように食べられないものはたくさんある」
「それは分かってるけど…」
「まだ納得できないようだな。鑑賞して美しいだろう、つややかな果実は。だから己の名を恥じるのではない。それにな、私は────」
彼は意味ありげに妖しい笑みを浮かべ、薄い唇を動かした。
「美しいものと、歪んだものが好きなのだ」
たった一言で、立花は心をさらに鷲掴みにされた。
さらに驚くことにその下にはもう1本、銀のブレスレット。
その組み合わせを持つ者は、精霊の中でただ1人しかいない。
それは八百万学園に通う精霊たちに悪い意味で知られた精霊。
立花は自分の思考回路の中で全て整理した。
「やっぱり…ね。大物がこんな所で何してるのよ」
初めに感じた自らが発した警告は間違っていなかった。
言わずとも正体を明かした男は態度を変えることなく、その場にそぐわない答え方をした。
「実はな…黒染めが最近落ちてきたようでな。駅地下の薬局へヘアカラーを買いに来たのだ」
男は自分の毛先をいじる。
長い沈黙が流れた。
立花は寒さを忘れてポカーンとした。男は目をパチクリさせる。
「どうしたのだそんな顔をして。今時の精霊ならヘアカラーくらいわかるだろう」
「わ、分かるけど…。どうしたのだじゃないわよ! あんた自分が何者なのか自覚あるワケ!? キャラにあってないわよその答え!」
「そんなこと言われても…。ではなんと答えてほしかったのだ?」
「もうどうでもいいわよそんなこと! こんなヤツを一瞬でも怖いと思った自分がバカだったわ…。実際に会ったらただの天然じゃない…」
1人で騒いだ立花はげんなりした。怖くて震えていた自分が恥ずかしい。
その後、立花は男と薬局へ向かった。
男がいつも買うというヘアカラーは半永久染毛剤。
黒髪にこだわるくせに中途半端な方なんて。彼女は永久染毛剤を勧めた。男は買い物の途中、
「こういうことはやはり若者に頼るべきだな」
…なんてジジくさいことを言っていたが。
短い買い物だったが、帰る頃には雨も風邪もやんでいた。空には大きな灰色の雲が浮かんでいる。
「買い物に付き合わせてすまなかったな」
「別にいいわよ、暇だったし」
2人が出会った場所で立花は男と話していた。
今、自分がこの男と自然に話しているのが不思議だった。
怪しく思っていたのに、怖いと思っていたのに。時間が経つににつれてそれらはすべて消えていた。
変わりに生まれた感情は。
「…ねぇ、これからもこうして会ってもいいかしら」
「…と、いうと?」
「私────あなたに仕えたい」
自分でも死ぬほど恐ろしくて忌まわしいことを言っているのは分かっている。
でもそれを押し留めることはできなかった。
そう。それは禁忌の恋に堕ちたかのように。
しかしそれはあくまで"表現"だ。自分はこの男に慕い始めてる。恋ではなく、忠誠心で。
「…本気なのか? 自分が何を言っているのか分かっているのか。こちら側へ来たらもう、元の生活には戻れぬぞ。友人には会えなくなる」
「本気よ。簡単に言うワケないでしょ。それに会いたくなるような友だちなんていないわ」
男は疑うように赤褐色の瞳をスッと細め、立花のことをじっと見た。信じられないと言いたげに。
簡単に信じない、と言いたげな視線を向けてくる男のことを、立花は見つめ返した。絶対に納得させるように。
男は視線をそらしてフーと息を吐いた。
「…何よ」
「いや。あまりにも情熱的に見つめられて迷っているのだ。実は私は、とある年齢に達している精霊でないと受け入れない、と決めているのだ。だが…そなたには借りがあるからな」
「借り…何かあったかしら」
「分からぬのか? ヘアカラーのことに決まっておろう」
「それだけ?」
ただ教えたことを”借り”だなんて。この男はやはりどこかズレている。
「それだけでいいのかしら…。ものすごく複雑なんだけど…」
「もちろん、これだけで認めることはできぬ」
「そう…」
立花は残念そうにうつむき、自分のつま先を見つめた。
「そんな顔をすることはない。いくつか条件があるのだ」
「条件…?」
「そうだ。まず、私には敬語を使うこと」
男は指を1本ずつ立てながら条件とやらを挙げていく。立花は顔を上げた。
「それから髪を黒くすること。裏切りは許さない」
「なんだ簡単じゃない」
「む。さっそく条件を忘れたようだな」
「あ…。ごめんなさい」
立花が口元に手を当てると男はフッとほほえんだ。
「まぁいい。そなたがこれから気をつけられるのなら」
どうやら認めてくれたらしい。期待に満ちた瞳を向けると、男は鷹揚にうなずいてみせた。
「ありがとうございます…! …えっと」
「…あぁ。名乗っていなかったな。私は────だ」
立花にのみ聞こえる声量で男は名乗った。彼の生まれ持った能力にふさわしい名で、綺麗な響きだと思った。
日頃、自分の名前に不満を感じているだけあって、美しい名前への憧れは人一倍強い。
「それで。そなたは」
「わ、私は…」
名乗りたくなかった。今までずっと、自分で考えた名前を名乗ってきたから。アマテラス様に思わしくない顔をされ続けても。
立花は再びうつむき、視線を足元でめぐらせた。
名乗りという行為は恥さらしとしか思えなかった。
しかし相手は、今日から自分のあるじ。
本名を名乗るのが礼儀だろう。
「私は…橘擬の擬と申します…」
うつむいたままボソボソと名乗り、彼の反応をしばし待った。やはり引いただろうか。こんな不名誉な名前なんて。
「擬、か。あの橘に似たピラカンサのことだな」
「そうです。熟しても酸っぱくて苦くて食べられない果実。同じく実がなる木でも、みかんと違うから誰も見向きしません」
彼女は自嘲気味に話し、つま先で地面を蹴った。どうせ名前を言ってしまったのなら自分でバカにしてしまえばいい。他の誰でもない、自らの言葉で。
男、この方も一緒に笑ってくれるだろうか。
立花は複雑な笑みを浮かべて顔を上げた。
男は彼女のことを見てほほえんでいた。
「なぜそのように卑下するのだ。自分の名だ、何であれ誇りを持つべきだ。それに果実というのは必ずしも食すべきではないだろう。毒を持つ物も、ピラカンサのように食べられないものはたくさんある」
「それは分かってるけど…」
「まだ納得できないようだな。鑑賞して美しいだろう、つややかな果実は。だから己の名を恥じるのではない。それにな、私は────」
彼は意味ありげに妖しい笑みを浮かべ、薄い唇を動かした。
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