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4章
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「どうしたのだ、お嬢さん。随分と美しい顔をしているな」
ハッとして頬に手をやり、表情を引き締めて立花は顔を上げた。声の主のことは見ずに口を開いた。
「何もありません…」
「そうか。それにしても…ただの怒りの表情には見えないな。嫉妬という名の怒りかな?」
「…!?」
勢いよく顔を上げると、和服の男が横に立って立花のことを見ていた。
雨に濡れた白い足袋、黒い鼻緒の下駄。黒い和服の裾からのぞく白い長襦袢。腰に巻いた薄紫色の帯。
そこまで見て立花は訝しんで目を細めた。
(誰…。人間なの…? でもこんな日に和服なんて着る人間の男がいるもんかしら…。せいぜいいいところのお坊ちゃんくらいでしょうね)
不意に違和感にとらわれた。
あまりにも美しい男。だまって凝視する立花のこと不思議そうに見て首をかしげている。
その美しさはまるで人間離れしているような。
(────!?)
彼女はさっきまで考えていた朗読のことを思い出していた。
違和感が正体を徐々に現していく。
彼女は目を見開き、唇をわなわなと震わせ始める。心臓はバクバクと、早鐘のように鼓動を打っている。決してトキメキという名の胸の高鳴りではない。
正体は本能が鳴らしている警鐘だ。
長い黒髪に赤褐色の瞳、最初に目を引かれた白い肌。手にしているのは赤い番傘。
時代錯誤な格好をした男がいるというのに、道行く人は誰1人として気にかけない。自分の持ち物が雨で濡れないように抱え持ち、走り去っていく。
「…あんた、何者? 人間じゃないわよね」
立花は目を細め、男のことを見据えた。彼の正体なんて薄々感づいてる。彼から無意識のうちに体を離していた。
男は肩をすくめ、仕方なさげにほほえんだ。
「そんなに警戒心を抱かなくてもよかろう。…確かに私は人間ではないがな」
彼はあごに手をやって片目をつむった。立花はますますガードを固くしていった。歩き去っていく人のように、買ったものを胸の前で抱えた。
「じゃああんたはやっぱり…精霊…」
「そういうことだ。だが私は精霊の中で、外れた道を歩んでいる者だ」
「何それ呆れた。下らないことを言うのね。だってあなた…」
「そんな風に決めつけることはないだろう。聞き方によっては賛辞を送りたくなるかもしれぬぞ」
軽い冗談を話しているようだが、どこか本気にさせるような節がある。
片頬を上げた彼にため息をつき、彼女は首を振った。さっきまでの恐怖はどこへ行ったのか、立花は少しだけ笑った。
不意に彼女は、この男への警戒心ですら解き始めてしまっていることに気づいた。こんな気持ちをアマテラス様に知られたら天罰を下されるだろうか。
「ねぇあなた…なんで私が怒っていると思ったの? そんなにひどい顔をしていたからかしら? しかも理由までわかるなんて…あなたにはもしかして気持ちを読み取る能力でもあるのかしら」
「いいや、能力ではない。私のはどうも負の感情といううものがよく見える質らしくてな。表情だけで心の内が読めてしまうのだ」
自らのことを外れた道を歩むものと名乗り、心の内を読むことができ、立花の嫉妬心を美しいと語った。
「改めて聞かせてもらっていいかしら…あなたは一体…」
「よほど私の正体を知りたいのだな。ただの精霊だけではないと。…いいだろう、教えてやろう。そしたらきっとわかるだろう。私が美しいと思うものはすべてゆがんでいると」
立花の中では再び、警鐘が響いた。そして、寒気に襲われ始めた。指先から、足先から。頬にはひんやりとした冷気が当たってくるかのような感覚。しだいに体の芯にまで寒さが到達し、彼女は歯をカチカチと鳴らし始めた。
(何なのこの寒さ手…雨でぬれているわけじゃないのに。これじゃまるで季節が…)
「そう。冬になったようだろう」
男は立花の心の内を読んで続けた。
彼の様子は何1つ変わることなく、立花のように寒さに凍えていない。
彼だけではない。行きかう人たちは皆、雨の日特有の蒸し暑さにうんざりとした顔をしていた。
「私だけなの…?」
「そうだ。私がそのようにしている」
彼は和服の裾から手首をのぞかせた。
ハッとして頬に手をやり、表情を引き締めて立花は顔を上げた。声の主のことは見ずに口を開いた。
「何もありません…」
「そうか。それにしても…ただの怒りの表情には見えないな。嫉妬という名の怒りかな?」
「…!?」
勢いよく顔を上げると、和服の男が横に立って立花のことを見ていた。
雨に濡れた白い足袋、黒い鼻緒の下駄。黒い和服の裾からのぞく白い長襦袢。腰に巻いた薄紫色の帯。
そこまで見て立花は訝しんで目を細めた。
(誰…。人間なの…? でもこんな日に和服なんて着る人間の男がいるもんかしら…。せいぜいいいところのお坊ちゃんくらいでしょうね)
不意に違和感にとらわれた。
あまりにも美しい男。だまって凝視する立花のこと不思議そうに見て首をかしげている。
その美しさはまるで人間離れしているような。
(────!?)
彼女はさっきまで考えていた朗読のことを思い出していた。
違和感が正体を徐々に現していく。
彼女は目を見開き、唇をわなわなと震わせ始める。心臓はバクバクと、早鐘のように鼓動を打っている。決してトキメキという名の胸の高鳴りではない。
正体は本能が鳴らしている警鐘だ。
長い黒髪に赤褐色の瞳、最初に目を引かれた白い肌。手にしているのは赤い番傘。
時代錯誤な格好をした男がいるというのに、道行く人は誰1人として気にかけない。自分の持ち物が雨で濡れないように抱え持ち、走り去っていく。
「…あんた、何者? 人間じゃないわよね」
立花は目を細め、男のことを見据えた。彼の正体なんて薄々感づいてる。彼から無意識のうちに体を離していた。
男は肩をすくめ、仕方なさげにほほえんだ。
「そんなに警戒心を抱かなくてもよかろう。…確かに私は人間ではないがな」
彼はあごに手をやって片目をつむった。立花はますますガードを固くしていった。歩き去っていく人のように、買ったものを胸の前で抱えた。
「じゃああんたはやっぱり…精霊…」
「そういうことだ。だが私は精霊の中で、外れた道を歩んでいる者だ」
「何それ呆れた。下らないことを言うのね。だってあなた…」
「そんな風に決めつけることはないだろう。聞き方によっては賛辞を送りたくなるかもしれぬぞ」
軽い冗談を話しているようだが、どこか本気にさせるような節がある。
片頬を上げた彼にため息をつき、彼女は首を振った。さっきまでの恐怖はどこへ行ったのか、立花は少しだけ笑った。
不意に彼女は、この男への警戒心ですら解き始めてしまっていることに気づいた。こんな気持ちをアマテラス様に知られたら天罰を下されるだろうか。
「ねぇあなた…なんで私が怒っていると思ったの? そんなにひどい顔をしていたからかしら? しかも理由までわかるなんて…あなたにはもしかして気持ちを読み取る能力でもあるのかしら」
「いいや、能力ではない。私のはどうも負の感情といううものがよく見える質らしくてな。表情だけで心の内が読めてしまうのだ」
自らのことを外れた道を歩むものと名乗り、心の内を読むことができ、立花の嫉妬心を美しいと語った。
「改めて聞かせてもらっていいかしら…あなたは一体…」
「よほど私の正体を知りたいのだな。ただの精霊だけではないと。…いいだろう、教えてやろう。そしたらきっとわかるだろう。私が美しいと思うものはすべてゆがんでいると」
立花の中では再び、警鐘が響いた。そして、寒気に襲われ始めた。指先から、足先から。頬にはひんやりとした冷気が当たってくるかのような感覚。しだいに体の芯にまで寒さが到達し、彼女は歯をカチカチと鳴らし始めた。
(何なのこの寒さ手…雨でぬれているわけじゃないのに。これじゃまるで季節が…)
「そう。冬になったようだろう」
男は立花の心の内を読んで続けた。
彼の様子は何1つ変わることなく、立花のように寒さに凍えていない。
彼だけではない。行きかう人たちは皆、雨の日特有の蒸し暑さにうんざりとした顔をしていた。
「私だけなの…?」
「そうだ。私がそのようにしている」
彼は和服の裾から手首をのぞかせた。
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