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5章
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立花は転校の準備のために登校しなくなり、平和な日々が戻ってきた。
それも今日で1週間が立とうとしている。
日曜日である今日、風紀委員寮には全員そろってそわそわしていた。しかしこの場に凪と麓はいない。
今日はついに彼女が帰って来る日。凪は彼女の迎えに行っている。
「皆様、少しは落ち着かれてはどうです? あちこち歩き回って…らしくない」
「だってさー、久しぶりに麓ちゃんに会えるんだぜ? これが落ち着いてられっかっての」
「やっぱり麓ちゃんがいるのといないのとでは違うよ。寮に華がなくなる」
「すみませんね、こちとら華じゃなくて」
「そういう意味じゃないですごめんなさい!」
すねたように頬を膨らませた寮長を、霞は慌ててなだめた。
テーブルでいつもの席についた蒼は、突然挙手した。
「麓さんが帰ってきたら真っ先に抱きしめていいですか」
「無表情に爆弾発言すんな! 俺が阻止すっから!」
「やれるものならやってごらんなさい、とでも言っておきます」
焔と蒼が静かに火花を散らし始めた所で、寮長は昼ごはんの用意を始めた。熱したフライパンに溶き卵を流し入れる。今日の昼ごはんはオムレツ、サラダ、ロールパンと────コーンスープだ。
(私も楽しみですわよ、麓様。まさかあなたが家出という、はっちゃけたことをするとは思っていなくて驚きましたが…。その分、食事の用意を手伝って頂きますからね)
麓と再び台所に立てることを想像していると、玄関の方でガチャリと音がした。途端に野郎共は一斉に立ち上がり、我先にと走り出した。
「騒がしいぞおめーら…。コイツがビビってるだろうが」
凪は呆れていた。だがその声には嬉しさが混ざっているように寮長には聞こえた。
「ロクにゃん~! 会いたかったよぉ…」
「光さんわりと本気で泣かないでください」
「だってぇ~…」
「分かった分かった。とりあえず麓たちに中に入ってもらおうぜ」
泣き出す光を、焔はよしよしとなでて通路を開けた。
そこへ寮長に向かってまっすぐ走っていく娘が1人。
「寮長さん!」
「麓様…。おかえりさないませ」
寮長がエプロンドレスの裾を持ち上げると、和服姿の麓が勢いよく頭を下げた。若草色の長い髪がこぼれ落ちる。
「何も言わずに、突然出ていってごめんなさい…」
「…ホントに心配したのですよ?」
「うっ…。ごめんなさい…」
麓は頭を上げてきまり悪そうにした。寮長は笑い、麓の頭をなでて抱きしめた。
「とにかく! 無事で何よりですわ。あの時の麓様…本当に消え入りそうでしたもの…」
「…寮長さん」
「皆必死で探しましたわ。凪様が1番に麓様のことを探す、と言っていましたの。どこにいようが絶対に見つけ出してやるって」
麓の後ろの方でゴトン、と物が落ちる音がした。寮長から離れて振り向くと、凪の足元にスマホが落ちている。拾おうとせずに固まっている彼の顔は赤い。紅葉を先取りしたかのように。
「て…てめーこんのクソアマァ! 何を言うとんのじゃあァ! 誰がいつそんなイタくてハズいセリフ吐いたァ!?」
「でも探す、と言い出したのは凪様ですわよ。しかも真っ先に」
「だーかーらそれ言うなっての!!」
凪の真っ赤な顔を、寮長たちはニヤケ面で見ていた。麓だけが話についていけずに取り残されている。
「え…。凪さんが…?」
「そうですよ。あの凪さんが、です」
蒼にうなずかれて改めて凪の顔を見ると、彼は照れ隠しのためかにらんでいる。しかし顔色が顔色のため、いつものように怖くない。
麓が思わず笑うと凪は目を見開いた後、彼女に歩み寄って両頬をつまんで引っ張った。
「い、いひゃいでふ凪ふぁん…」
「あ? なんつってんのか分っかんねーよ。ってか笑うなや! ────」
凪は怒ったが、すぐに真顔になって言い直した。
「やっぱ笑っとけ。笑顔でいればおめーには幸せしか寄ってこねェ。自分も、周りのヤツらも幸せにできる」
凪はわずかに笑って麓から手を離した。
そんな彼に目を奪われて視線を外せなくなった。麓の視界には今、凪のことしか入らなくなっていた。
「…?」
自分のことをじっと見つめている麓に気づき、凪は眉を上げた。
「どうした?」
「い、いえ何も!」
「ならいいけど…」
と、その時。凪は扇に押されて横へはけさせられ、場所を奪われた。
「おわっ」
「凪ばっかずるいだろ! 俺なんかずっと会ってもいなかったんだからな!」
「元気になったみたいでよかったよ。これからも一緒にがんばろうな」
「はい。…って、なんで髪…」
扇はニコニコ顔で麓の髪の毛先をくるくると、自分の指に絡めたりほどいたりして楽しんでいる。
「麓ちゃんの髪はツヤがあってさらさらで綺麗だね。ずっとさわってても飽きな────」
「私にもさわらせろォ!」
「帰ってきて早々にプチセクハラしてんじゃねェよ!」
扇は左右の霞と凪に蹴りをくらわされ、その場にうずくまった。
いつもの光景に麓から笑みがこぼれ、それは徐々に広がっていった。誰もが今までの麓が戻ってきたと安心した。
ひとしきり笑ってから、凪が麓に再び向き合った。
「これからもいろんなことがあるだろう。楽しいことも嬉しいことも同じ分量で、な。辛いことがあったら立ち止まってもいい。それから立ち向かう方法考えろ。無理しない程度でな…。しんどくなったら周りのヤツを頼れ。お前に敵はいない」
周りの風紀委員も寮長もほほえんでいた。
いつの間にか彼らとの絆を深めていたらしい。
また泣きそうになった。
麓は着物の裾で目元を押さえ、彼女は泣き笑いの顔になった。
それも今日で1週間が立とうとしている。
日曜日である今日、風紀委員寮には全員そろってそわそわしていた。しかしこの場に凪と麓はいない。
今日はついに彼女が帰って来る日。凪は彼女の迎えに行っている。
「皆様、少しは落ち着かれてはどうです? あちこち歩き回って…らしくない」
「だってさー、久しぶりに麓ちゃんに会えるんだぜ? これが落ち着いてられっかっての」
「やっぱり麓ちゃんがいるのといないのとでは違うよ。寮に華がなくなる」
「すみませんね、こちとら華じゃなくて」
「そういう意味じゃないですごめんなさい!」
すねたように頬を膨らませた寮長を、霞は慌ててなだめた。
テーブルでいつもの席についた蒼は、突然挙手した。
「麓さんが帰ってきたら真っ先に抱きしめていいですか」
「無表情に爆弾発言すんな! 俺が阻止すっから!」
「やれるものならやってごらんなさい、とでも言っておきます」
焔と蒼が静かに火花を散らし始めた所で、寮長は昼ごはんの用意を始めた。熱したフライパンに溶き卵を流し入れる。今日の昼ごはんはオムレツ、サラダ、ロールパンと────コーンスープだ。
(私も楽しみですわよ、麓様。まさかあなたが家出という、はっちゃけたことをするとは思っていなくて驚きましたが…。その分、食事の用意を手伝って頂きますからね)
麓と再び台所に立てることを想像していると、玄関の方でガチャリと音がした。途端に野郎共は一斉に立ち上がり、我先にと走り出した。
「騒がしいぞおめーら…。コイツがビビってるだろうが」
凪は呆れていた。だがその声には嬉しさが混ざっているように寮長には聞こえた。
「ロクにゃん~! 会いたかったよぉ…」
「光さんわりと本気で泣かないでください」
「だってぇ~…」
「分かった分かった。とりあえず麓たちに中に入ってもらおうぜ」
泣き出す光を、焔はよしよしとなでて通路を開けた。
そこへ寮長に向かってまっすぐ走っていく娘が1人。
「寮長さん!」
「麓様…。おかえりさないませ」
寮長がエプロンドレスの裾を持ち上げると、和服姿の麓が勢いよく頭を下げた。若草色の長い髪がこぼれ落ちる。
「何も言わずに、突然出ていってごめんなさい…」
「…ホントに心配したのですよ?」
「うっ…。ごめんなさい…」
麓は頭を上げてきまり悪そうにした。寮長は笑い、麓の頭をなでて抱きしめた。
「とにかく! 無事で何よりですわ。あの時の麓様…本当に消え入りそうでしたもの…」
「…寮長さん」
「皆必死で探しましたわ。凪様が1番に麓様のことを探す、と言っていましたの。どこにいようが絶対に見つけ出してやるって」
麓の後ろの方でゴトン、と物が落ちる音がした。寮長から離れて振り向くと、凪の足元にスマホが落ちている。拾おうとせずに固まっている彼の顔は赤い。紅葉を先取りしたかのように。
「て…てめーこんのクソアマァ! 何を言うとんのじゃあァ! 誰がいつそんなイタくてハズいセリフ吐いたァ!?」
「でも探す、と言い出したのは凪様ですわよ。しかも真っ先に」
「だーかーらそれ言うなっての!!」
凪の真っ赤な顔を、寮長たちはニヤケ面で見ていた。麓だけが話についていけずに取り残されている。
「え…。凪さんが…?」
「そうですよ。あの凪さんが、です」
蒼にうなずかれて改めて凪の顔を見ると、彼は照れ隠しのためかにらんでいる。しかし顔色が顔色のため、いつものように怖くない。
麓が思わず笑うと凪は目を見開いた後、彼女に歩み寄って両頬をつまんで引っ張った。
「い、いひゃいでふ凪ふぁん…」
「あ? なんつってんのか分っかんねーよ。ってか笑うなや! ────」
凪は怒ったが、すぐに真顔になって言い直した。
「やっぱ笑っとけ。笑顔でいればおめーには幸せしか寄ってこねェ。自分も、周りのヤツらも幸せにできる」
凪はわずかに笑って麓から手を離した。
そんな彼に目を奪われて視線を外せなくなった。麓の視界には今、凪のことしか入らなくなっていた。
「…?」
自分のことをじっと見つめている麓に気づき、凪は眉を上げた。
「どうした?」
「い、いえ何も!」
「ならいいけど…」
と、その時。凪は扇に押されて横へはけさせられ、場所を奪われた。
「おわっ」
「凪ばっかずるいだろ! 俺なんかずっと会ってもいなかったんだからな!」
「元気になったみたいでよかったよ。これからも一緒にがんばろうな」
「はい。…って、なんで髪…」
扇はニコニコ顔で麓の髪の毛先をくるくると、自分の指に絡めたりほどいたりして楽しんでいる。
「麓ちゃんの髪はツヤがあってさらさらで綺麗だね。ずっとさわってても飽きな────」
「私にもさわらせろォ!」
「帰ってきて早々にプチセクハラしてんじゃねェよ!」
扇は左右の霞と凪に蹴りをくらわされ、その場にうずくまった。
いつもの光景に麓から笑みがこぼれ、それは徐々に広がっていった。誰もが今までの麓が戻ってきたと安心した。
ひとしきり笑ってから、凪が麓に再び向き合った。
「これからもいろんなことがあるだろう。楽しいことも嬉しいことも同じ分量で、な。辛いことがあったら立ち止まってもいい。それから立ち向かう方法考えろ。無理しない程度でな…。しんどくなったら周りのヤツを頼れ。お前に敵はいない」
周りの風紀委員も寮長もほほえんでいた。
いつの間にか彼らとの絆を深めていたらしい。
また泣きそうになった。
麓は着物の裾で目元を押さえ、彼女は泣き笑いの顔になった。
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