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5章
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ツカツカと機敏に歩く足音が、朝のホームルーム前の東校舎1階に響いた。威厳を持ちながらも溢れんばかりの怒りを押さえたそれは、3年生の教室の前で止まった。
勢いよく引き戸を開けると、教室内の生徒が一斉にこちらを注目した。同時に、クーラーが効いた冷たい風が頬をなでた。
「…えっ!? ねぇちょっと! なんで…」
近くにいた女子生徒が興奮して、隣の席の男子生徒ことの肩をバシバシと叩き始めた。
入口に立った男────凪は、叩かれて困っている男子生徒をチラ見した後、教室内をザッと見渡した。
目当ての者を見つけると、視線を集めながらそれに向かって歩いていく。
向かった先にいるのは、あからさまに染めたと分かる真っ黒な髪の生徒。数ヶ月前に告白されてフッた女だ。
彼女はたった1人、自分の席に座って暗い表情でうつむいている。他の者たちが席を離れて友人たちと談笑している中で。
彼女の席の前で立ち止まり、凪は瞳を細めて冷たく見下ろした。
「────おい」
声をかけられたと気づくのが遅いのか、彼女は気だるげに顔を上げた。
「てめーだな、擬ってのは」
凪が険しい目つきで睨めつけると、彼女は首が折れたようにカクン、とうなずいた。
静かに見守っているクラスメイトは静かに顔を見合わせ合っている。
立花は精神的にダメージを与えられたらしい。
あの2人────蒼と寮長がそろっているのだから、威力はすさまじかったと思われる。
何も言わずにうつむいたままの彼女に舌打ちし、首をつかんでその場で持ち上げた。
教室内で小さな悲鳴が上がる。それに構わず、彼は低く恐ろしげに────獣が威嚇するような声で立花にすごんだ。
「話は全て聞いてる。下らねェ嫉妬でウチの委員をいじめたんだってな。アイツがどういう思いでここしばらく、無理して登校していたのか考えたことあんのか。今のてめーの何十倍もツラそうにしてたぞ」
立花は恐怖で震え、両手で凪の手をほどこうとしている。非力な彼女では無理だろう。
「だって…私、凪様の────」
「まだ喋れる口があったか。てっきり縫われてんのかと思ったぜ」
凪は冷たく遮り、彼自身の武器化身である『海竜剣』を発動させ、立花の鼻先に刃を向けた。凪の瞳孔は開かれており、鬼が憑依しているかのよう。
「次、誰かに嫌がらせ…いや、いじめてみろ、今度はこの首かっさばいてやるからな」
立花は涙をボロボロとこぼし、首をガクガクと振った。
凪は海竜剣を下ろし、立花も解放してやる。彼女は椅子の上でピシッと姿勢を正して座った。今のでさらに灸をすえることができたらしい。
「最後に1つ────てめーにはこの学園から消えてもらう」
教室内は今日1番ざわめき、立花はガバッと顔を上げて涙目で凪のことを見た。
凪は海竜剣を収め、腕を組んで再び立花のことを見下ろした。
「風紀委員長としててめーに命じる。今回、周りに多大な迷惑をかけ、1人の生徒を登校拒否になるまで嫌がらせを続けた。この学園の治安のために、てめーは別の学園へ登校してもらう」
この学園で凪という存在は大きい。風紀委員長であり、生徒の中で最年長であり、精霊の中で最強として名高いことが。イコール、彼からの言葉に"NO"と言うことは不可能。
立花は机の上に涙を落とし、うなずいた。
そんな彼女に凪は、慰めるでもなく餞の言葉をかけてやった。
「次の学園ではてめーの名前くらい名乗れるようにしろ。────理事長から授かった名だからな」
凪は鼻を鳴らして彼女から離れた。
泣かれてもかわいそうだなんて感情が浮かんでくるはずがない。むしろもっと傷つけとすら思った。麓に与えた痛みはその程度ではない。
光の隣を通っていこうとすると、彼にワイシャツの裾をつかまれた。
眉を少しも動かさずに彼のことを見ると、光はスッキリしたような笑顔になった。思えばその姿を見るのも久しぶりな気がする。
「かっこよかったよナギりん!」
しばらく無表情で見つめ返していたが、片側の口角だけ上げて光にデコピンをくらわせた。
「いたっ」
凪は特に何も言わず、ちょうど教室へ入った扇と入れ代わり立ち代わりで教室を出ていった。
「よう、凪」
扇に片手だけ上げると、彼は全て分かったようにニヤリと笑い、教卓の前に立った。
麓は花巻山で1週間休養する期間を、凪に与えられた。
立花によって増やされた留年期間は特別措置でなし、となった。事件の真相が明らかになると全教師がそうしたい、と意見が一致したらしい。
目が覚めたのは、学園では授業が始まっている時間だった。あれからぐっすりと、一度も目覚めずに眠ることができたらしい。
久しぶりのことだった。しばらくずっと、二度寝や三度寝を毎日繰り返していた。
リビングで寝ていた凪はとっくにいなかった。麓が知らない間に起きて、学園へ戻ったらしい。寝室のドアを開けると、たたまれた布団があった。さらにその上に、無愛想な字で書かれた置き手紙も。その内容は、麓がこの時間にここにいる理由だ。
手紙を読んでそれを胸に引き寄せ、目を伏せた。知らず知らずのうちに口元に笑みが浮かんだ。
「…朝ごはん、作ろっか」
久しぶりに1人での朝食だ。それは寂しいから獣たちと食べようか、なんて考え始めた。
手紙を大切にテーブルに置き、布団をしまって麓は朝食の準備をした。
勢いよく引き戸を開けると、教室内の生徒が一斉にこちらを注目した。同時に、クーラーが効いた冷たい風が頬をなでた。
「…えっ!? ねぇちょっと! なんで…」
近くにいた女子生徒が興奮して、隣の席の男子生徒ことの肩をバシバシと叩き始めた。
入口に立った男────凪は、叩かれて困っている男子生徒をチラ見した後、教室内をザッと見渡した。
目当ての者を見つけると、視線を集めながらそれに向かって歩いていく。
向かった先にいるのは、あからさまに染めたと分かる真っ黒な髪の生徒。数ヶ月前に告白されてフッた女だ。
彼女はたった1人、自分の席に座って暗い表情でうつむいている。他の者たちが席を離れて友人たちと談笑している中で。
彼女の席の前で立ち止まり、凪は瞳を細めて冷たく見下ろした。
「────おい」
声をかけられたと気づくのが遅いのか、彼女は気だるげに顔を上げた。
「てめーだな、擬ってのは」
凪が険しい目つきで睨めつけると、彼女は首が折れたようにカクン、とうなずいた。
静かに見守っているクラスメイトは静かに顔を見合わせ合っている。
立花は精神的にダメージを与えられたらしい。
あの2人────蒼と寮長がそろっているのだから、威力はすさまじかったと思われる。
何も言わずにうつむいたままの彼女に舌打ちし、首をつかんでその場で持ち上げた。
教室内で小さな悲鳴が上がる。それに構わず、彼は低く恐ろしげに────獣が威嚇するような声で立花にすごんだ。
「話は全て聞いてる。下らねェ嫉妬でウチの委員をいじめたんだってな。アイツがどういう思いでここしばらく、無理して登校していたのか考えたことあんのか。今のてめーの何十倍もツラそうにしてたぞ」
立花は恐怖で震え、両手で凪の手をほどこうとしている。非力な彼女では無理だろう。
「だって…私、凪様の────」
「まだ喋れる口があったか。てっきり縫われてんのかと思ったぜ」
凪は冷たく遮り、彼自身の武器化身である『海竜剣』を発動させ、立花の鼻先に刃を向けた。凪の瞳孔は開かれており、鬼が憑依しているかのよう。
「次、誰かに嫌がらせ…いや、いじめてみろ、今度はこの首かっさばいてやるからな」
立花は涙をボロボロとこぼし、首をガクガクと振った。
凪は海竜剣を下ろし、立花も解放してやる。彼女は椅子の上でピシッと姿勢を正して座った。今のでさらに灸をすえることができたらしい。
「最後に1つ────てめーにはこの学園から消えてもらう」
教室内は今日1番ざわめき、立花はガバッと顔を上げて涙目で凪のことを見た。
凪は海竜剣を収め、腕を組んで再び立花のことを見下ろした。
「風紀委員長としててめーに命じる。今回、周りに多大な迷惑をかけ、1人の生徒を登校拒否になるまで嫌がらせを続けた。この学園の治安のために、てめーは別の学園へ登校してもらう」
この学園で凪という存在は大きい。風紀委員長であり、生徒の中で最年長であり、精霊の中で最強として名高いことが。イコール、彼からの言葉に"NO"と言うことは不可能。
立花は机の上に涙を落とし、うなずいた。
そんな彼女に凪は、慰めるでもなく餞の言葉をかけてやった。
「次の学園ではてめーの名前くらい名乗れるようにしろ。────理事長から授かった名だからな」
凪は鼻を鳴らして彼女から離れた。
泣かれてもかわいそうだなんて感情が浮かんでくるはずがない。むしろもっと傷つけとすら思った。麓に与えた痛みはその程度ではない。
光の隣を通っていこうとすると、彼にワイシャツの裾をつかまれた。
眉を少しも動かさずに彼のことを見ると、光はスッキリしたような笑顔になった。思えばその姿を見るのも久しぶりな気がする。
「かっこよかったよナギりん!」
しばらく無表情で見つめ返していたが、片側の口角だけ上げて光にデコピンをくらわせた。
「いたっ」
凪は特に何も言わず、ちょうど教室へ入った扇と入れ代わり立ち代わりで教室を出ていった。
「よう、凪」
扇に片手だけ上げると、彼は全て分かったようにニヤリと笑い、教卓の前に立った。
麓は花巻山で1週間休養する期間を、凪に与えられた。
立花によって増やされた留年期間は特別措置でなし、となった。事件の真相が明らかになると全教師がそうしたい、と意見が一致したらしい。
目が覚めたのは、学園では授業が始まっている時間だった。あれからぐっすりと、一度も目覚めずに眠ることができたらしい。
久しぶりのことだった。しばらくずっと、二度寝や三度寝を毎日繰り返していた。
リビングで寝ていた凪はとっくにいなかった。麓が知らない間に起きて、学園へ戻ったらしい。寝室のドアを開けると、たたまれた布団があった。さらにその上に、無愛想な字で書かれた置き手紙も。その内容は、麓がこの時間にここにいる理由だ。
手紙を読んでそれを胸に引き寄せ、目を伏せた。知らず知らずのうちに口元に笑みが浮かんだ。
「…朝ごはん、作ろっか」
久しぶりに1人での朝食だ。それは寂しいから獣たちと食べようか、なんて考え始めた。
手紙を大切にテーブルに置き、布団をしまって麓は朝食の準備をした。
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