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3章
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────わしのことはどうしたってくれてえぇ。あんさんの好きなように、焼き殺すなり煮殺すなり、罰を与えてくれ。もうわしは自分の存在意義が分かったさかい、どんな仕打ちにあおうが恨まんし後悔せぇへん。
人間であれば誰もが持つ、黒い後ろめたい感情が混ざりあった物から生まれた魔物────禍神。彼は生まれたから自らを見に食い化け物だと名乗った。
その姿は名乗り通り、この世の醜い部分を具現化したようだった。
焼けただれた赤い肌、痩せこけた頬、棒のように細い手足、真っ黒な爪。しわがれた声は老人の域を超えているようだった。瞳だけは紅石のごとく、赤くぎらついていた。だが彼は全身を黒いぼろきれで包んでいたため、その瞳は見た者はたった2人しかいない。
アマテラスと────ただの人間少女、らしい。
アマテラス自身もその少女がどういったつながりで、禍神の存在の存在を知ったのか分からない。
精霊は普通は人間には見えないもの。だがこれは現代での話。今の人間は様々な本能が身体の奥底で眠ってしまっているため、瞳はありきたりなものしか映さない。
禍神の存在したのは平安時代。その頃の人間は、妖怪だろうが不可思議な存在を見ることができた。
────なぜ娘と関わったのじゃ。精霊は拒んだお前が。
────わしはあの娘っ子のことは誰にも話すつもりはあらへん。心の中にしまっておくつもりや。醜いモンでも綺麗な思い出を持っていってもええじゃろ。わしはこの思い出は誰にも汚させへん。
最期まで強情に心の内を語らなかった禍神は、アマテラスの光輪によって昇天し、後に”天”で新たな姿で誕生した。
それは前世とは違い、美しい雪の精霊の姿。白い装束に包まれて目を閉じた姿は、誰もが見とれた。
左手首には金のブレスレットだけでなく、銀のものもある。金は武器化身を表すが、銀は言霊使いの証だ。
誰もが禍神であった零を歓迎した。前世のことなどなかったかのように。
輝く白髪、涼やかな紺碧の瞳、雪のように白い肌。美しい姿は誰もが羨んだ。
だが彼はしばらくすると突然、髪を黒く染めた。カラーコンタクトというものが生まれると、紅色のものを装着するようになった。
彼は純粋な見た目を捨て、悪の染まった。
この世をあの時のように混乱に陥れ、それを眺めていたいというのが彼の望み。彼には前世の記憶の一部がよみがえってきていた。
そして今は完全に”天”から離れ、自ら組織を作り上げた。
────おぬしは死ぬ直前のことは覚えておらんようじゃな。
────知らぬな。ろくな死に方をしてないことだけは予想できるが。
何百年か前に、そう交わした。しれっと言われたのでその場で焼こうかと殺意が湧くところだった。
それ以来、アマテラスは零と会っていない。
「ヤツはわしに始末を頼んだ。…だが化け物は化け物のままだったようじゃ。どんなに美しい姿で生まれてきても、根底には悪を潜めておったようじゃ。外ヅラがよくても中身はゲス、人間でもよくあることじゃな」
アマテラスはカッカと笑った。アップルパイのほとんどを胃に収めたのは彼女だ。
「書に残すな、が遺言だからの」
彼女は寮長が淹れた紅茶のおかわりに口をつけ、息をついた。
「アマテラスはやはりすごい御方ですね」
「何故じゃ?」
「ほとんどの精霊が敵わなかったのに、一瞬で転生させられたからです」
麓に言われ、アマテラスはゆっくりとかぶりを振った。
「わしは何も。最終的にそれを望んだのが禍神だからじゃ。────これはあくまでわしの一存じゃが、禍神と過ごした娘というのが本当の功労者だと思う。あやつの暴走を止められたのだから。娘の愛のおかげじゃ、きっと。わしはただの後始末係じゃ」
決して謙遜ではない、彼女の考え。それを知るたびにアマテラスへの尊敬の念は深まっていく。
彼は花が咲き乱れる野原の真ん中に立っていた。
醜い姿の彼は、この場に不似合い過ぎた。なのになぜここにいるのか、自分でも分からない。
すると後ろから、背中をつつかれる感触がした。
振り向くと幼い少女が1人。桃色の着物に薄紫の髪。耳の上で束ねられたそれは風にそよいだ。手には橙色の花が握られている。
彼女はにこりとほほえむと、舌足らずな声を出した。
『かみさま』
少女は彼の手をためらいなく取った。眉をひそめたくなるただれた肌をしているのにも関わらず。彼が狼狽えてしまいそうだった。
そんな彼の戸惑いを気にせず、彼女は花を握らせると満足そうに笑った。心からの優しい、無邪気な笑顔。
2人を包むように風が吹いた。彼の黒い、ぼろきれのような衣服と少女の髪があおられ────
そこで彼は目覚めた。
「夢か…」
額に手を当てて玉座に座り直す。零は頭痛を感じ、ため息をついた。
天災地変のアジト。入口辺りで部下たちが天神地祇と激しい交戦を繰り広げているが、トップはアジトの最深部で何もせず、ただそこにいるだけ。
(何だったのだ、今の少女は…。誰だ?)
零が心に留めている幼い娘はただ1人、麓だけだ。しかし彼女の髪は萌黄色。
(全く…おかしな夢だ)
彼は再び、うたた寝を始めた。
人間であれば誰もが持つ、黒い後ろめたい感情が混ざりあった物から生まれた魔物────禍神。彼は生まれたから自らを見に食い化け物だと名乗った。
その姿は名乗り通り、この世の醜い部分を具現化したようだった。
焼けただれた赤い肌、痩せこけた頬、棒のように細い手足、真っ黒な爪。しわがれた声は老人の域を超えているようだった。瞳だけは紅石のごとく、赤くぎらついていた。だが彼は全身を黒いぼろきれで包んでいたため、その瞳は見た者はたった2人しかいない。
アマテラスと────ただの人間少女、らしい。
アマテラス自身もその少女がどういったつながりで、禍神の存在の存在を知ったのか分からない。
精霊は普通は人間には見えないもの。だがこれは現代での話。今の人間は様々な本能が身体の奥底で眠ってしまっているため、瞳はありきたりなものしか映さない。
禍神の存在したのは平安時代。その頃の人間は、妖怪だろうが不可思議な存在を見ることができた。
────なぜ娘と関わったのじゃ。精霊は拒んだお前が。
────わしはあの娘っ子のことは誰にも話すつもりはあらへん。心の中にしまっておくつもりや。醜いモンでも綺麗な思い出を持っていってもええじゃろ。わしはこの思い出は誰にも汚させへん。
最期まで強情に心の内を語らなかった禍神は、アマテラスの光輪によって昇天し、後に”天”で新たな姿で誕生した。
それは前世とは違い、美しい雪の精霊の姿。白い装束に包まれて目を閉じた姿は、誰もが見とれた。
左手首には金のブレスレットだけでなく、銀のものもある。金は武器化身を表すが、銀は言霊使いの証だ。
誰もが禍神であった零を歓迎した。前世のことなどなかったかのように。
輝く白髪、涼やかな紺碧の瞳、雪のように白い肌。美しい姿は誰もが羨んだ。
だが彼はしばらくすると突然、髪を黒く染めた。カラーコンタクトというものが生まれると、紅色のものを装着するようになった。
彼は純粋な見た目を捨て、悪の染まった。
この世をあの時のように混乱に陥れ、それを眺めていたいというのが彼の望み。彼には前世の記憶の一部がよみがえってきていた。
そして今は完全に”天”から離れ、自ら組織を作り上げた。
────おぬしは死ぬ直前のことは覚えておらんようじゃな。
────知らぬな。ろくな死に方をしてないことだけは予想できるが。
何百年か前に、そう交わした。しれっと言われたのでその場で焼こうかと殺意が湧くところだった。
それ以来、アマテラスは零と会っていない。
「ヤツはわしに始末を頼んだ。…だが化け物は化け物のままだったようじゃ。どんなに美しい姿で生まれてきても、根底には悪を潜めておったようじゃ。外ヅラがよくても中身はゲス、人間でもよくあることじゃな」
アマテラスはカッカと笑った。アップルパイのほとんどを胃に収めたのは彼女だ。
「書に残すな、が遺言だからの」
彼女は寮長が淹れた紅茶のおかわりに口をつけ、息をついた。
「アマテラスはやはりすごい御方ですね」
「何故じゃ?」
「ほとんどの精霊が敵わなかったのに、一瞬で転生させられたからです」
麓に言われ、アマテラスはゆっくりとかぶりを振った。
「わしは何も。最終的にそれを望んだのが禍神だからじゃ。────これはあくまでわしの一存じゃが、禍神と過ごした娘というのが本当の功労者だと思う。あやつの暴走を止められたのだから。娘の愛のおかげじゃ、きっと。わしはただの後始末係じゃ」
決して謙遜ではない、彼女の考え。それを知るたびにアマテラスへの尊敬の念は深まっていく。
彼は花が咲き乱れる野原の真ん中に立っていた。
醜い姿の彼は、この場に不似合い過ぎた。なのになぜここにいるのか、自分でも分からない。
すると後ろから、背中をつつかれる感触がした。
振り向くと幼い少女が1人。桃色の着物に薄紫の髪。耳の上で束ねられたそれは風にそよいだ。手には橙色の花が握られている。
彼女はにこりとほほえむと、舌足らずな声を出した。
『かみさま』
少女は彼の手をためらいなく取った。眉をひそめたくなるただれた肌をしているのにも関わらず。彼が狼狽えてしまいそうだった。
そんな彼の戸惑いを気にせず、彼女は花を握らせると満足そうに笑った。心からの優しい、無邪気な笑顔。
2人を包むように風が吹いた。彼の黒い、ぼろきれのような衣服と少女の髪があおられ────
そこで彼は目覚めた。
「夢か…」
額に手を当てて玉座に座り直す。零は頭痛を感じ、ため息をついた。
天災地変のアジト。入口辺りで部下たちが天神地祇と激しい交戦を繰り広げているが、トップはアジトの最深部で何もせず、ただそこにいるだけ。
(何だったのだ、今の少女は…。誰だ?)
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