Eternal Dear 8

４章

１

「…ふぅ～帰ってきたかー」

　”天”に到着し、扇は心がゆるんだ声で伸びをした。だが、周りの顔を見て動きを止めた。

「あり？ １人足りなくね？」

「霞だろ。置いてくっつったから」

「いや私いるから」

「ンだよつまんねーの…」

　凪がわざとらしく言うと、霞が彼に飛び掛かろうとした。焔がそれを止めに入る。

「いいんですか、リラックスモードに入って。いないのは…彰さんです」

　蒼は最後の光景を思い出しながら青ざめた。

「…僕と同じように呪文を唱える声がしたんです。…顔を上げたらいたんですよ────零が」

　その名前に緊張が走る。ただ１人、凪だけは落ち着き払って顔をかいた。

　焔は寒気を感じたように二の腕をさすった。

「いたならなんで攻撃してこなかったんだ？ 完全に隙をつけるチャンスだっただろうに」

「焔さんの言う通りです。きっとあの人はまだ戦う気はないんだと思います。元々戦闘特化型じゃないし、割とのんびりした人みたいだし。それに、傍観するのが一番好きですよ。部下に戦わせて、自分は玉座でくつろいで…」

　蒼の重々しい声に、凪の耳がヒクッと反応した。金眼を細める。声には出さないが彼は怒りを感じているだろう。

　歳下の蒼や光や焔を決して部下と呼ばない。トップの座を理由に麓のクラス担任を決めたり、麓のためと言ったら彼は怒るだろうが立花を強制的に転校させたりと横暴なこともするが、自分の肩書で威張ることはない。

（だからアンタについて行こうと思ったんだよ…僕も口には出さないけど）

　人知れず蒼はちろっと舌をのぞかせた。



「アッキー大丈夫かな…」

「まぁ大丈夫だろ。次、向こうに行った時、屍に成り果てていたら本望だな」

「ひどっ！ 少しは心配しろよ！」

「それもそうだな…アイツが零に殺られるのはちとおもしろくない…やっぱり俺が殺らないと」

「そうじゃないでしょ！」

　しれっと顔をそらして鼻で笑う凪に、彼をたしなめる焔。

　いつも通りの騒がしさ。彼らはどこにいても、このメンバーがそろえば日常を作り出せる。

（彰さん…あなたなら、大丈夫ですよね）

　彰は蒼にとって、ただの知り合いではない。

　姉のような存在である雷の、かつて恋人だった人。言葉で別れたわけではないから、今でもということになるのだろうか。

　２人が付き合いたての頃はまだ、蒼は生まれてから大した年数は経っていなかった。しかし彼とは何度か会ったことがある。

　人間界で言うと蒼から見た彰の存在は、”義兄”というものに当たるらしい。雷が昔、顔に紅葉を散らして教えてくれた。”絶対に内緒だからね！？”と念入りに付け加えられながら。

　蒼はこのことを彰に話したことはない。雷がいなくなってからは会うことも無くなった。

　願わくばもう一度、彰と雷が並んでいる姿を拝みたい。２人が今度こそ幸せになれるのなら、この命を捧げる覚悟はできている。

　雷には特に、花のような精霊生を送ってほしい。夢が叶ったばかりなのに、その道を突然閉ざされたのだから。

　すると、蒼の肩に手が置かれた。振り向くと、そこには霞がずっと先に視線を向けていた。ここからは見えないが、きっと心の瞳に映しているのは天災地変のアジト。考えていることは蒼お同じだろう。

「大丈夫だよね、アイツ…」

「大丈夫に決まってます。彰さんは簡単に殺られませんよ…もちろん凪さんにも。あの人は雷さんが選んだ人です。弱いわけないでしょう？」

「────だな」

　強気に言ってみせた蒼の頭を、霞はくしゃっとかきまぜて優しい表情になった。



　アジトに１人残された彰は、門の方へ振り返った。

「気持ち悪い気配がすると思ったら…お前だったか」

「言ってくれるな。さすがは彰殿。人間に近い精霊と言われても、気配の察知能力は侮れないらしい」

　零。彰は久しぶりの顔を冷たく見た。

「そりゃどーも…。それより、お前か。俺だけここに残したのは」

「いかにも。少年の邪魔をさせてもらった」

「ふーん…。で、俺に何か用か」

「うむ。いきなりだが、我が組織にスカウトしようと思ってな」

「はぁ？」

　あまりにも場違いな発言をされ、彰は素の声で返してしまった。ここで攻撃してくるわけではないらしい。あまりにも唐突だった。

「読めないヤツ…」

「よく言われる」

　艶のある女のような声で返され、コケそうになる。自分を保っていないと、ヤツのおかしなペースに引きずりこまれそうにだ。

「本題に這いrが、以前からそなたの能力といい強さといい…二丁拳銃を扱う精霊も他には見たことがない。天災地変に新たな種類の戦力を加えられるやも────」

　パァン。

　零の言葉を遮るように、彰は一発放った。しかしそれは零を撃つためではない。門の向こう側で物陰に潜み、こちらの様子をうかがう者がいた。

「悪いな。さっきからコソコソしているヤツがどうにも気になって撃っちまった。…まぁ、そちらにしては幸い、当たるどころかかすりもしなかったがな」

　彰はニヒルに笑うと、拳銃をブレスレットに戻した。

「あまり部下を狙ってくれるな。手駒は多い方がいいからな」

「…フン」

　彰は鼻を鳴らすと、腕を組んだ。零は気にせず、話を続ける。

「そなたと私は似ている。おそらく、気が合うんじゃないかと」

「敵に言うことかよ。っつーかどこが」

「そうだな。気に入った女子おなごが同じであるとか、黒髪とか」

「黒髪がって、お前のは染めたんだろ。俺のは地毛だ────女ってのは、雷か」

「うむ。そして麓殿も」

「姫さん…」

　彼女の顔を思い出す。出発前に泣き笑いの表情になっていて…それ以来。

　確かに麓のことは気に入っている。おだやかで気立てがよい、かわいらしい娘。

「いいのか？ 麓殿に気が向いて。雷殿は一途すぎる女子だ。きっと激しく嫉妬し、そなたと麓殿を屠るだろう。と言っても、雷殿は結晶となっているから、それは叶わないがな」

　嘲笑うように零は袖で口元を押さえて笑ったが、彰の表情はピクリともしない。むしろ、彼が嘲あざけるように零のことを見据える。

　反応らしい反応を見せないので、零はおもしろくなさそうに手を下ろした。

「姫さんに雷…２人を気に入っているのは俺らだけじゃないだろ」

「…ほう？」

「凪だよ。あの堅物なのか不良なのかよく分からないヤツにも、好きな女はいるさ」

「…雷殿は知っているが、麓殿のことも？ あの堅物が…ふぅん。ヤツに麓殿の良さが分かるのか？ そのようには見えないが」

　零が首をかしげると、彰は吐息を漏らすような声でかすかに笑った。

「同感だ。だがアイツは雷にフラれて女というのが分かったかもしれないぜ？ なんせ１００年は顔を合わせていないだろう。お前は時々学園に出没しているらしいが。立花のように」

「うむ。その度に麓殿と逢瀬を重ねている」

「おい、やめろその言い方。気持ちが悪い。第一、男慣れしていないような娘が不審者に好き好んで会いに行くかよ。どうせお前が姫さんに会えるタイミングを見計らっていたんだろう」

「まぁ、そうとも言うな」

「図星かよ。少しは否定しろ」

　零のいやに素直な様子に彰は、ヤツが本当にの親玉なのか疑いたくなってきた。

　と言うかその前に、こんな所でヤツとおしゃべりしているのがおかしい。

　彼は零をからかうつもりで何となく言ってやった。

「つーかさ、お前は俺と似てるって言ってたけど、凪と似ていることも分かったじゃねぇか。だったら凪もスカウトしたらどうだ？」

　彰得意の冷たい微笑を浮かべ、瞳を細める。

　零は自身の能力と生えのように冷淡な表情になった。

「まさか。アイツは気に食わん。バカ強いだけで長物を振り回しまくる男だろう」

　彰は思わずフッと笑んでしまった。

　バカ強いだけ────か。ヤツにぴったりな形容詞だ。きっとヤツは今頃、”天”で身体を休めているだろう。そしてくしゃみを２発。

「俺も同じだよ。だがアイツは殺させない」

　彰がゆっくりと語ると、零はおもしろそうに笑んだ。何も話さず、ただ彰のことだけを見ている。

「────これが俺の、天神地祇のお姫様の幸せへの祈りだ」

　固く意志のこもったアメジストの瞳。零の紅い瞳とぶつかり合った後、彰は踵を返して”天”へ向かって歩き出した。