たとえこの恋が世界を滅ぼしても2

堂宮ツキ乃

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4章

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「はっ…はぁぁぁ!? ひぎぃーっ!!」

「やー様落ち着いて…!」

 ある日の夜中。下弦の月が夜空に控えめに輝く日。夜叉は例の特訓のため阿修羅から受け取った衣装を着て、夜の街を跳び回っていた。正確には阿修羅に横抱きされて。

 初めての跳躍は思っていたよりも高い位置を空中移動しており、春とはいえ頬をかすめていく風はほんのり冷たい。

 阿修羅の着物を掴んで引っ付く夜叉は景色の遠さに叫びながら、彼になだめられていた。いつしか阿修羅がSNSで話題になったように夜叉の叫び声が騒がれないことを祈りたい。

「ふっ…ふぅ…それにしても、高城は案外家が多いんだね…」

「やー様のご自宅の近くは田んぼが多い所ですからね。こうして上から見ると、田んぼが多い所と家が集まっている所で割と綺麗にまとまっているんですよね」

「そういうこと…」

 いつものように涼しい表情で平然と説明する姿は月明かりに照らされて幻想的だ。下降時に2つの束ねた髪が舞い上がった姿はまるでうさぎのよう。ちなみに今日の夜叉は低い位置で髪を2つに束ねている。

「そろそろ夜叉様も跳んでみませんか? 夜間飛行は気持ちがいいですよ」

「え~…ちょっと怖いんだよね…」

「そうおっしゃらずに。やってみなければ分かりませんよ」

 阿修羅は適当に民家の家に降り立ち、夜叉を立たせて手を取った。夜叉は屋根の尖った部分に着地して”おっとっと…”となりながら阿修羅の手を握り返した。

 やってみなければ分からない。それもそうだ。これでも戯人族の、それも朱雀の血を引いているのだ。よい手本もいるしできないことはないのかもしれない。

 その場で準備運動がてら軽く跳ねてみると、普通にジャンプする時にはない風が足元で生まれたのを感じた気がした。

「何も難しいことを考える必要はありません。ただ跳ぶ、ってことだけをイメージして下さい。あとは勝手に足が言う事を聞いてくれますから」

「…おう」

 夜叉はたった今の準備運動で感じた風の感覚を忘れない内に、と膝を折り曲げて月を見上げた。

(月まで行かなくていい。せめて一度に家をたくさん見れるくらい高く…)

 膝を伸ばしたと同時に月が近くなった。重力に逆らいながら屋根から離れていくのが分かる。恐怖なんて消え去っていた。今は月や星を地上からよりも近くで見たい気持ちでいっぱいだった。

 蝶のように軽やかではなく鳥のように、それこそ猛禽類のように鋭く。

「朱雀様…」

 屋根の上で阿修羅が、月に照らされ風に髪をなびかせながらつぶやいた。しかし夜叉の耳には届かない。

 彼女は跳びながら下弦の月に向かって手を伸ばしたが、跳躍の勢いが無くなって一瞬止まった。

「おん…?」

 時が止まったのかと思ったが下から引っ張られる感覚に青ざめた。

「阿修羅ー! 着地の仕方ー!」

「…はっ。しまった」

「ああああああああああああああああぁぁぁ」

「やー様!」

 空中で寝るような中途半端な姿勢のまま落ちていく。跳んでいる間に見下ろすことはしなかったが相当高い位置まで行っていたらしい。阿修羅の鋭い声に振り向こうとしたら彼に抱き留められた。

 阿修羅はそのまま足で空中を2回蹴り、再び軽く跳び上がった。

「…すみませんでした。今日はこの辺で帰りましょう」

「うん」

 帰りは阿修羅が夜叉を自宅まで送って行った。帰りはもちろん夜叉も自分で跳んだ。

 阿修羅の言う通り、難しいことは何も考えなくても跳べた。どこに着地するかだけ目星をつけておけばいい。

 ただサイハイブーツではなくブーティーで、そしてヒールは無いものがいいとリクエストしておいた。短いブーツの方が動きやすいしヒールで何度か足をくじきそうになった。

 夜叉のマンションの部屋のベランダに降り立ち、阿修羅は律儀に腰を折った。

「分かりました。靴職人に依頼しておきます」

「ありがとう。じゃ、気をつけてね」

「初特訓お疲れ様でした。ごゆっくりおやすみなさいませ、やー様」

 阿修羅は両手を軽く広げて着物を払ってひざまずき、夜叉の手を取って唇を近づけてから立ち上がった。

「あ…おやすみ…」

 手の甲にキス、ではない。形だけのようだ。

 阿修羅は夜叉に会釈してからベランダのへりに跳び乗って夜の闇へ飛び込んだ。明るい水色の彼の着物は闇の中でひらひらと舞い、やがて小さくなって見えなくなった。
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