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4章
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「…りゅう。おい、青龍。聞いているのか」
自室で椅子に座ったまま眠っていたらしい。傍らに立つ白虎に声をかけられて目が覚めた。おかしな姿勢で寝ていたせいか肩や首が痛い。肩を回しながらあくびをすると白虎が軍帽をかぶり直した。
「急にすまない。少々気になったものでな」
「はぁ…仲間から連絡が入ったのかい」
「情報ではなく嬉しい報告なら入ったけどな。羅刹の仕事がうまく行っていると」
「それはいいことだね。また帰ってきたら姿を見せてほしいものだよ」
「羅刹もお前の守備範囲内なのか? 見た目は十代後半だけど…って話をそらしてしまった。違うんだよ、ボクが気になっているのはお前の最近の態度だ」
「私の…?」
はあ、と青龍は首をかしげて最近の自分の行動を逡巡したが思い当たるフシはない。白虎は真っ白な軍服の襟をさわりながら顔をキッと横に向けて瞳をわずかに細めた。
「気になることでもあるような、考え事を常にしているような顔をしていることが多い。お前好みの少女が部屋に入っても特に声をかけず必要なことしか交わさないそうだな」
「そうだっけかな…」
「無自覚か。お前の側近の少女も気になっていたみたいだぞ。…まぁ、ボクらはかえってその方が安心するけどな」
「はは…」
青龍は白虎の蔑んだ細めに苦笑いしながら頬をさすった。本を開いて枕にして眠ってしまったせいか跡がついて赤くなっていた。
白虎は”まぁ疲れてるんならしっかり休みを取れ。自覚の無い疲れは怖いんだ”と言って部屋を出た。
(気になること、ねぇ…)
先日、朱雀の部屋で見つけたボロボロで灰になってしまいそうな手紙。その内容を白日の下に晒したらそれこそ戯人族の歴史が覆ってしまう。朱雀への崇拝に近いとも言える仲間の尊敬や憧れも崩れ去るだろう。
そんなもので失望されても朱雀は何も思わないだろうし、というかむしろ笑い飛ばすだろう。”別に構わん構わん”と。彼はそんな男だった。
そんなあっけらかんとしていて頭領として強さを誇る彼でも悩んでいることがあったのだ。それを解決するのに一族への相談は無意味で他者の手を借りなければいけなかった。
(…同じ頭領として何を考えているのか全て分かっていたつもりではあったが、そう思っていたのは私たちだけだったようだ…)
時々戯人族の間へ遊びに来る朱雀の娘である夜叉は不思議な表情をすることがある。思い悩んでいるのかはたまた単純にぼんやりとしているだけなのか分からない表情。表情が乏しいようには見えないがあまり多くを顔には出さないタイプに青龍には見えた。そういうところは正直母親に似たのかと思っていたが、他人に表情を悟らせないところは実は父親譲りなのかもしれない。
青龍は机の片隅に追いやっていたパソコンを開き、メールを打ち始めた。宛先は毘沙門天と鬼子母神。しばらくは仕事は気にせずのびのびと休暇を楽しんでほしいと思っていたが、そうもいかなくなった。同時に、東京で仕事をしている白虎の一族にも連絡を入れた。念のためどちらも詳細は伏せた。いずれは話すべき時が来るだろう。
普段あまり連絡の来ないスマホが着信音を軽快に鳴らした。愛犬のハニーと戯れていた毘沙門天は鬼子母神を呼んで2人でそれに目を通した。
「朱雀様の死の真実を追求…?」
「どうして今頃こんなことを…。よりによって朱雀様の娘の夜叉ちゃんと一緒の俺らか」
「朱雀様を殺したのは影内朝来だからじゃない? 一族で1番敵の近くにいるのよ。当たり前じゃない」
「それもそうだな」
2人は黙り、毘沙門天はおとなしく伏せたハニーの頭をなでた。
朱雀が亡くなったと聞いたとき、誰もが悲しみに打ちひしがれた。2人にとって彼は自分の頭領ではないがよくお世話になったし可愛がってもらった。舞花のノロケ話や初めて子を持った時の喜びを語っていた時の彼が懐かしい。同時に自分たちも2人のようになれたらいいなんてひそかに考えていたものだ。
「叶うものならまた会いたい…。夜叉ちゃんが立派に育っている姿を見てほしいものだわ」
「そうだな…。俺もまた話したいよ。ニコニコしていて感じいい人だった」
戯人族が死ぬことは滅多にない。その分打撃が強く、戯人族の間では長いこと葬式のような時間が流れた。
毘沙門天は鬼子母神の肩に腕を回して彼女と頬をくっつけた。
「…今回は2人で同じ場所にいられる初めての仕事だ。結果はどうであれ、つらいことを知ることになってもやり切ろう。悲しければ俺が胸を貸すから」
「うん…」
鬼子母神が目を伏せると毘沙門天は”ん?”と言いながら自分の方へ向かせて唇を寄せた。彼女はそれに応えるように体を寄せて抱きしめ合った。そのまま2人して床に倒れ、毘沙門天は期待を匂わせる赤い顔の彼女の髪をさらさらとなでて耳もとでささやいた────
「…ただいま戻りました」
「お邪魔します…」
気まずそうな2人分の声に鬼子母神は我に返り、毘沙門天を突き飛ばして起き上がった。
「おっおかえり! 夜叉ちゃんいらっしゃい! 紅茶でも淹れるわね」
ロボットのような不自然な動きで立ち上がる鬼子母神に、夜叉は苦笑いしがちな表情で目を横に向けたまま手を振った。
「あ、大丈夫ですよ…今からすぐに阿修羅と練習に行ってきますから…」
「こんな明るい時間から跳んでくるのはあまりよろしくないわよ」
「明るい時間からする俺らが言えることじゃないな」
「未遂よ!」
「ふげらっ」
鬼子母神は近くにあったクッションを毘沙門天に投げつけた。剛速球をまともにくらった彼はカエルのようにひっくり返り、ハニーはクッションをくわえて鬼子母神の元へ行ってもう一度投げてくれと言わんばかりに目を輝かせて跳びはねた。飼い主のことはお構いなしのようだ。
阿修羅は咳払いをしてバッグを置いて背中を向けた。
「練習と言っても体力づくりにその辺を走ってくるだけです。暗くなる前に帰ってきます。さ、やー様。私の部屋でお着替え下さいませ」
(2人とも目を合わせてくれない! 青龍様にも気を付けるように言われてたのに! 阿修羅が帰ってくる時間はちゃんと把握しているのに雰囲気に飲まれちゃったわ!)
廊下へ出た高校生2人の背中を見送りながら、今回のことは毘沙門天のせいにしてクッションを元の場所に戻した。
毘沙門天が起き上がるまではハニーのおもちゃを持ってきて1人と一匹で綱引きをした。
自室で椅子に座ったまま眠っていたらしい。傍らに立つ白虎に声をかけられて目が覚めた。おかしな姿勢で寝ていたせいか肩や首が痛い。肩を回しながらあくびをすると白虎が軍帽をかぶり直した。
「急にすまない。少々気になったものでな」
「はぁ…仲間から連絡が入ったのかい」
「情報ではなく嬉しい報告なら入ったけどな。羅刹の仕事がうまく行っていると」
「それはいいことだね。また帰ってきたら姿を見せてほしいものだよ」
「羅刹もお前の守備範囲内なのか? 見た目は十代後半だけど…って話をそらしてしまった。違うんだよ、ボクが気になっているのはお前の最近の態度だ」
「私の…?」
はあ、と青龍は首をかしげて最近の自分の行動を逡巡したが思い当たるフシはない。白虎は真っ白な軍服の襟をさわりながら顔をキッと横に向けて瞳をわずかに細めた。
「気になることでもあるような、考え事を常にしているような顔をしていることが多い。お前好みの少女が部屋に入っても特に声をかけず必要なことしか交わさないそうだな」
「そうだっけかな…」
「無自覚か。お前の側近の少女も気になっていたみたいだぞ。…まぁ、ボクらはかえってその方が安心するけどな」
「はは…」
青龍は白虎の蔑んだ細めに苦笑いしながら頬をさすった。本を開いて枕にして眠ってしまったせいか跡がついて赤くなっていた。
白虎は”まぁ疲れてるんならしっかり休みを取れ。自覚の無い疲れは怖いんだ”と言って部屋を出た。
(気になること、ねぇ…)
先日、朱雀の部屋で見つけたボロボロで灰になってしまいそうな手紙。その内容を白日の下に晒したらそれこそ戯人族の歴史が覆ってしまう。朱雀への崇拝に近いとも言える仲間の尊敬や憧れも崩れ去るだろう。
そんなもので失望されても朱雀は何も思わないだろうし、というかむしろ笑い飛ばすだろう。”別に構わん構わん”と。彼はそんな男だった。
そんなあっけらかんとしていて頭領として強さを誇る彼でも悩んでいることがあったのだ。それを解決するのに一族への相談は無意味で他者の手を借りなければいけなかった。
(…同じ頭領として何を考えているのか全て分かっていたつもりではあったが、そう思っていたのは私たちだけだったようだ…)
時々戯人族の間へ遊びに来る朱雀の娘である夜叉は不思議な表情をすることがある。思い悩んでいるのかはたまた単純にぼんやりとしているだけなのか分からない表情。表情が乏しいようには見えないがあまり多くを顔には出さないタイプに青龍には見えた。そういうところは正直母親に似たのかと思っていたが、他人に表情を悟らせないところは実は父親譲りなのかもしれない。
青龍は机の片隅に追いやっていたパソコンを開き、メールを打ち始めた。宛先は毘沙門天と鬼子母神。しばらくは仕事は気にせずのびのびと休暇を楽しんでほしいと思っていたが、そうもいかなくなった。同時に、東京で仕事をしている白虎の一族にも連絡を入れた。念のためどちらも詳細は伏せた。いずれは話すべき時が来るだろう。
普段あまり連絡の来ないスマホが着信音を軽快に鳴らした。愛犬のハニーと戯れていた毘沙門天は鬼子母神を呼んで2人でそれに目を通した。
「朱雀様の死の真実を追求…?」
「どうして今頃こんなことを…。よりによって朱雀様の娘の夜叉ちゃんと一緒の俺らか」
「朱雀様を殺したのは影内朝来だからじゃない? 一族で1番敵の近くにいるのよ。当たり前じゃない」
「それもそうだな」
2人は黙り、毘沙門天はおとなしく伏せたハニーの頭をなでた。
朱雀が亡くなったと聞いたとき、誰もが悲しみに打ちひしがれた。2人にとって彼は自分の頭領ではないがよくお世話になったし可愛がってもらった。舞花のノロケ話や初めて子を持った時の喜びを語っていた時の彼が懐かしい。同時に自分たちも2人のようになれたらいいなんてひそかに考えていたものだ。
「叶うものならまた会いたい…。夜叉ちゃんが立派に育っている姿を見てほしいものだわ」
「そうだな…。俺もまた話したいよ。ニコニコしていて感じいい人だった」
戯人族が死ぬことは滅多にない。その分打撃が強く、戯人族の間では長いこと葬式のような時間が流れた。
毘沙門天は鬼子母神の肩に腕を回して彼女と頬をくっつけた。
「…今回は2人で同じ場所にいられる初めての仕事だ。結果はどうであれ、つらいことを知ることになってもやり切ろう。悲しければ俺が胸を貸すから」
「うん…」
鬼子母神が目を伏せると毘沙門天は”ん?”と言いながら自分の方へ向かせて唇を寄せた。彼女はそれに応えるように体を寄せて抱きしめ合った。そのまま2人して床に倒れ、毘沙門天は期待を匂わせる赤い顔の彼女の髪をさらさらとなでて耳もとでささやいた────
「…ただいま戻りました」
「お邪魔します…」
気まずそうな2人分の声に鬼子母神は我に返り、毘沙門天を突き飛ばして起き上がった。
「おっおかえり! 夜叉ちゃんいらっしゃい! 紅茶でも淹れるわね」
ロボットのような不自然な動きで立ち上がる鬼子母神に、夜叉は苦笑いしがちな表情で目を横に向けたまま手を振った。
「あ、大丈夫ですよ…今からすぐに阿修羅と練習に行ってきますから…」
「こんな明るい時間から跳んでくるのはあまりよろしくないわよ」
「明るい時間からする俺らが言えることじゃないな」
「未遂よ!」
「ふげらっ」
鬼子母神は近くにあったクッションを毘沙門天に投げつけた。剛速球をまともにくらった彼はカエルのようにひっくり返り、ハニーはクッションをくわえて鬼子母神の元へ行ってもう一度投げてくれと言わんばかりに目を輝かせて跳びはねた。飼い主のことはお構いなしのようだ。
阿修羅は咳払いをしてバッグを置いて背中を向けた。
「練習と言っても体力づくりにその辺を走ってくるだけです。暗くなる前に帰ってきます。さ、やー様。私の部屋でお着替え下さいませ」
(2人とも目を合わせてくれない! 青龍様にも気を付けるように言われてたのに! 阿修羅が帰ってくる時間はちゃんと把握しているのに雰囲気に飲まれちゃったわ!)
廊下へ出た高校生2人の背中を見送りながら、今回のことは毘沙門天のせいにしてクッションを元の場所に戻した。
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