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6章
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この日の夜は跳躍訓練を兼ねて博物館に訪れた。当然閉館時間はとうに過ぎているので誰もいない。
2人は月の光を浴びながら着地し、博物館を見上げた。
あれから2人は改めて博物館にある舟の絵が描かれた壺について調べた。ぽってりとしたフォルムに青みがかった白地で紺の筆で書かれた舟は細長い。笹舟のようにも見える。
作者や元の所有者については分からずそれほど高価なものにも見えない。この壺を取り上げた記事やブログも他に見つからず、怪盗がこの壺を本当に狙っているのかと例のブログを疑い始めていた。
「狙われていなかったらそれはそれでよいでしょう」
「うん…今日はとりあえず侵入できそうな経路の調査でしょ」
博物館の前や敷地内に人が来ないかどうか心配にはなったが、さすがにこんな時間なので人っ子1人現れなかった。
阿修羅は無駄のない動きでセキュリティの壁を突破して、夜叉と博物館内へ侵入した。
「夜の博物館て真っ暗でなんかやだね…早く帰りたい」
「全員がやー様のような考えを持ってたらいいのですが…」
「怖い思いしてまで欲しがる骨董品をどうするんだろう。怪盗が暗い場所を怖いと思うか分からないけど」
2人の足音が嫌に響き跳ね返ってくる。ブーツのヒールのせいでもあるだろう。ちなみに夜叉のサイハイブーツは彼女のリクエストで黒のブーティーを仕立ててもらった。サイハイブーツでなくなって露わになった足は花の刺繍で飾られた赤の網タイツで覆われている。
突然身震いした夜叉は阿修羅の腕に巻きついて半身をぴったりと寄せた。
「やー様…?」
「うぅ…早く帰りたぁーい!」
珍しくわがままと共に泣き出した夜叉はその場で立ち止まって阿修羅を引き止めた。
普段あまり動じることのない彼女が暗闇を怖いなんて言うのが意外でギャップを感じ、また一層夜叉に惹かれて守りたい欲が出て来たのだが今日はこのまま彼女のわがままを聞いて帰るわけにはいかない。
「やー様、なりません…これは仕事ですよ。今乗り越えなければいけない壁なのです…」
「嫌だぁー! だったら阿修羅だけでいけばいいじゃん!」
「それもいけません。これは主にやー様の仕事なのですよ」
「もー私と仕事どっちが大事なのよ!」
それはここで使う言葉じゃないと思う…というツッコミは我慢して、阿修羅の腕にしがみつたまま泣く夜叉をなだめた。こんな怖がり方は初めて見たな…と阿修羅の中の夜叉メモリアルに複数枚写真が増えた。
「仕方ありませんね…とりあえず今日はサッと調査して帰りますか。その代わりまた別の日にも来ますからね」
「それだったらまだいい…」
真っ赤な目で鼻水をすする夜叉は震える声でうなずいて袖で目元をこすった。
しまった、甘やかせてしまった…と阿修羅は少しだけ後悔した。尊敬する朱雀様の娘だからって甘やかせたら将来が…と青龍にお小言を言われるのは目に見えていた。
「今日の偵察で報告できそうなのは…この時間だったら人目につきにくいってことくらいですかね」
「怪盗も狙うわけね…」
夜叉は落ち着いてきたはずなのに未だに涙声。阿修羅の腕を離そうとせず彼から離れようとしない。今日はこのままでもいいか…と不意に彼女のやわらかさを感じてドキンと跳ね上がった瞬間。
ガッシャン。
「ひぃぃっ!?」
涙声が悲鳴になり一層やわらかいものが押し当てられたが、幸せな感触に浸っている場合じゃない。阿修羅は夜叉を勢いよく横抱きして音が聴こえた方向へひとっとびした。
「きゃあぁぁ今日は帰るんじゃなかったのー!?」
「状況が変わりました。例の怪盗が現れたかもしれません…これを逃すわけにはいかないでしょう」
「恨むかんなー!」
彼の首にしっかり腕を巻き付けた夜叉はそこら中に涙を跳び散らし、阿修羅は無慈悲にも心を鬼にして音源へ近づいて行った。
2人は月の光を浴びながら着地し、博物館を見上げた。
あれから2人は改めて博物館にある舟の絵が描かれた壺について調べた。ぽってりとしたフォルムに青みがかった白地で紺の筆で書かれた舟は細長い。笹舟のようにも見える。
作者や元の所有者については分からずそれほど高価なものにも見えない。この壺を取り上げた記事やブログも他に見つからず、怪盗がこの壺を本当に狙っているのかと例のブログを疑い始めていた。
「狙われていなかったらそれはそれでよいでしょう」
「うん…今日はとりあえず侵入できそうな経路の調査でしょ」
博物館の前や敷地内に人が来ないかどうか心配にはなったが、さすがにこんな時間なので人っ子1人現れなかった。
阿修羅は無駄のない動きでセキュリティの壁を突破して、夜叉と博物館内へ侵入した。
「夜の博物館て真っ暗でなんかやだね…早く帰りたい」
「全員がやー様のような考えを持ってたらいいのですが…」
「怖い思いしてまで欲しがる骨董品をどうするんだろう。怪盗が暗い場所を怖いと思うか分からないけど」
2人の足音が嫌に響き跳ね返ってくる。ブーツのヒールのせいでもあるだろう。ちなみに夜叉のサイハイブーツは彼女のリクエストで黒のブーティーを仕立ててもらった。サイハイブーツでなくなって露わになった足は花の刺繍で飾られた赤の網タイツで覆われている。
突然身震いした夜叉は阿修羅の腕に巻きついて半身をぴったりと寄せた。
「やー様…?」
「うぅ…早く帰りたぁーい!」
珍しくわがままと共に泣き出した夜叉はその場で立ち止まって阿修羅を引き止めた。
普段あまり動じることのない彼女が暗闇を怖いなんて言うのが意外でギャップを感じ、また一層夜叉に惹かれて守りたい欲が出て来たのだが今日はこのまま彼女のわがままを聞いて帰るわけにはいかない。
「やー様、なりません…これは仕事ですよ。今乗り越えなければいけない壁なのです…」
「嫌だぁー! だったら阿修羅だけでいけばいいじゃん!」
「それもいけません。これは主にやー様の仕事なのですよ」
「もー私と仕事どっちが大事なのよ!」
それはここで使う言葉じゃないと思う…というツッコミは我慢して、阿修羅の腕にしがみつたまま泣く夜叉をなだめた。こんな怖がり方は初めて見たな…と阿修羅の中の夜叉メモリアルに複数枚写真が増えた。
「仕方ありませんね…とりあえず今日はサッと調査して帰りますか。その代わりまた別の日にも来ますからね」
「それだったらまだいい…」
真っ赤な目で鼻水をすする夜叉は震える声でうなずいて袖で目元をこすった。
しまった、甘やかせてしまった…と阿修羅は少しだけ後悔した。尊敬する朱雀様の娘だからって甘やかせたら将来が…と青龍にお小言を言われるのは目に見えていた。
「今日の偵察で報告できそうなのは…この時間だったら人目につきにくいってことくらいですかね」
「怪盗も狙うわけね…」
夜叉は落ち着いてきたはずなのに未だに涙声。阿修羅の腕を離そうとせず彼から離れようとしない。今日はこのままでもいいか…と不意に彼女のやわらかさを感じてドキンと跳ね上がった瞬間。
ガッシャン。
「ひぃぃっ!?」
涙声が悲鳴になり一層やわらかいものが押し当てられたが、幸せな感触に浸っている場合じゃない。阿修羅は夜叉を勢いよく横抱きして音が聴こえた方向へひとっとびした。
「きゃあぁぁ今日は帰るんじゃなかったのー!?」
「状況が変わりました。例の怪盗が現れたかもしれません…これを逃すわけにはいかないでしょう」
「恨むかんなー!」
彼の首にしっかり腕を巻き付けた夜叉はそこら中に涙を跳び散らし、阿修羅は無慈悲にも心を鬼にして音源へ近づいて行った。
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