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5章
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次の日の昼。
麓は1人、堤防に座って飽きることなく海を眺めていた。
陽光を受けてキラキラと輝く水面は美しく、まぶしい。汗がじわじわとにじんでくるが、吹き付ける海風は涼しかった。
"熱中症予防に"と寮長に渡された麦わら帽子が飛んでいかないように、麓はギュッと頭に押さえつけた。
こうしてボーッと海を眺めて風を感じ、波の音を聴きながら思い出すのはまだ記憶に新しい出来事。
「…はぁ」
周りには誰もいない。そのためか大きなため息が遠慮なく出た。
────ため息をつくと幸せが逃げますわよ。
いつしか寮長が凪に言っていた。それでも出てしまうものは出てしまう。やめようとは思っているけれど。
(霞さんのせいだ…)
麓は体育座りをして膝に顔を押し付けた。
抱きしめられるという慣れないことをされてこっちが悩んで。これでは扇の時と同じパターンだ。
でも本当は悩むようなことではないのだろうか。扇も霞もあの後、何もなかったようなどうってことない顔をしていた。
変わっていたものは麓の真っ赤な顔くらいで────
「あっ!」
突然後ろから吹いてきた強い風が麦わら帽子を海へさらっていった。考え事に熱中していたせいで存在を忘れてしまっていた。
それは砂浜を超え、風にのって海上へ向かってとんでいる。
「行かなきゃ────」
『その必要はない。そこで待ってな』
麓が体育座りをときかけたら、かすれた少年の声と風を切る音がして振り向くと、後ろには誰もいなかった。
前方に視線を戻すと、ものすごい勢いで風を切るうみねこが麦わら帽子を追っていた。
くちばしで鍔をくわえて颯爽と戻ってきたうみねこは、翼をはためかせながら麓の頭にちょこんと帽子を乗せてやると、彼女の隣に降りたった。
「帽子、ありがとう」
麓は花巻山にいた時のようにごく普通にうみねこに話しかけ、今度こそ風で飛ばされないように帽子を手で押さえつけた。
うみねこは頭を軽く振るような仕草を見せる。
『別に。偶然見つけただけだし。ところで君…僕の言葉が分かるってことは精霊?』
「うん。花巻山の精霊だよ。あなたは精霊の存在を知っているんだね」
『獣たちの間では当たり前さ。昔はこうしてコミュニケーションを取っていたって古株から聞いたことがある。でも最近は精霊の方がこっちも話せる、っつーことを知らないらしいんだよね。だからあんたみたいなのは珍しいよ』
それは初めて聞いた。自分はあの頃からごく自然に獣と話していたから。
『この辺りだと凪の旦那くらいだな』
「凪さん…?」
『うん。あ、もしかしてアンタは旦那の彼女とかそんな感じ? この時期に精霊がいるっつーことは…。それに女精霊を見るのは初めてだ』
「違います…なんでそうなるの…」
話している間に前波には凪しか精霊がいないと知った。
うみねこはぶっきらぼうで飄々としているが、よく話す鳥だった。
「ねぇねぇ…凪さんも前波そのもの?」
『そうだよ。"そのもの"っていう精霊を僕はあの人しか見たことないな。あんたは知ってるか?』
「実は私も…花巻山そのものです」
麓がおずおずと答えると、うみねこは派手に翼をはためかさて驚いている。
『マジか!? アンタも? …ということはアンタが花巻山の花ってヤツか』
「え?」
うみねこが麓のことを品定めするような目で見ていたが、突然ワシっとつかまれてふぎゃっと変な声を出した。
「何してんだこんなトコで」
凪だった。バサバサと暴れるうみねこのことを無視し、麓のことを見ていた。
麓はうみねこのことを哀れみつつ、海を指さした。
「ずっと海を見てました。そしたら帽子がとんでいって彼が持ってきてくれたんです」
「そっか。つーかよォ…ずっと、って2時間ぐれェここにいるだろ」
「え?」
麓が手首を裏返して腕時計を見ると、ここに来た時刻から2回りほど時間が過ぎていた。
彼女が苦笑いさると凪はうみねこを肩にとまらせ、ため息をついて彼女のことを仕方なさそうに見た。
「どんだけ集中してたんだよ…。熱中症になるなよ────痛っ」
『何すんだ旦那! 急にとっつかみやがって…』
「痛ェよ! 頭つつくな頭を。予告した方がよかったか?」
『そういうことじゃない!』
解放されたうみねこは凪の周りを飛びながら時々彼の頭をくちばしでつついた。それはもう、穴が空きそうなほど。
ひとしきりつついて満足したのか、うみねこは凪から離れて麓の隣へ再び降りたった。
『んじゃ旦那、花巻山の精霊さん。僕はこれで。海の上を飛んでくるよ、風に乗って』
「あぁ」
「またね」
『バイバーイ…の前に旦那、彼女に前波を案内してあげなよ。ここに女連れてきたの初めてだろ? じゃあね~』
うみねこは半分からかい口調で言い残し、海に向かって飛びたった。その伸び伸びとしたはばたきに凪は後ろから吠えた。
「おもしろがってんじゃねェよ! 次会ったら焼き鳥にして食ってやんぞコノヤロー!」
こっちはわりと冗談ぽくない声。麓は小さく手を振ってうみねこを見送った。
彼は麓のことを見るとぶっきらぼうに小さくつぶやいた。
「…行くぞ」
「どこにですか?」
「あー…。アイツに言われたからじゃねェけど前波の名所…みてェな所を案内してやるよ。この辺の歴史はずっと見てきたし。あんま興味ねェかもしんねーけど」
彼は麓から視線をそらして頭をかいた。
彼からの申し出に断る理由なんてない。
「前波のこと、いろいろ知りたいです」
麓の返事に凪は一瞬だけ意外そうな顔をしたが、すぐに元に戻った。くるりと背を向け、ついてくるように促した。
麓は1人、堤防に座って飽きることなく海を眺めていた。
陽光を受けてキラキラと輝く水面は美しく、まぶしい。汗がじわじわとにじんでくるが、吹き付ける海風は涼しかった。
"熱中症予防に"と寮長に渡された麦わら帽子が飛んでいかないように、麓はギュッと頭に押さえつけた。
こうしてボーッと海を眺めて風を感じ、波の音を聴きながら思い出すのはまだ記憶に新しい出来事。
「…はぁ」
周りには誰もいない。そのためか大きなため息が遠慮なく出た。
────ため息をつくと幸せが逃げますわよ。
いつしか寮長が凪に言っていた。それでも出てしまうものは出てしまう。やめようとは思っているけれど。
(霞さんのせいだ…)
麓は体育座りをして膝に顔を押し付けた。
抱きしめられるという慣れないことをされてこっちが悩んで。これでは扇の時と同じパターンだ。
でも本当は悩むようなことではないのだろうか。扇も霞もあの後、何もなかったようなどうってことない顔をしていた。
変わっていたものは麓の真っ赤な顔くらいで────
「あっ!」
突然後ろから吹いてきた強い風が麦わら帽子を海へさらっていった。考え事に熱中していたせいで存在を忘れてしまっていた。
それは砂浜を超え、風にのって海上へ向かってとんでいる。
「行かなきゃ────」
『その必要はない。そこで待ってな』
麓が体育座りをときかけたら、かすれた少年の声と風を切る音がして振り向くと、後ろには誰もいなかった。
前方に視線を戻すと、ものすごい勢いで風を切るうみねこが麦わら帽子を追っていた。
くちばしで鍔をくわえて颯爽と戻ってきたうみねこは、翼をはためかせながら麓の頭にちょこんと帽子を乗せてやると、彼女の隣に降りたった。
「帽子、ありがとう」
麓は花巻山にいた時のようにごく普通にうみねこに話しかけ、今度こそ風で飛ばされないように帽子を手で押さえつけた。
うみねこは頭を軽く振るような仕草を見せる。
『別に。偶然見つけただけだし。ところで君…僕の言葉が分かるってことは精霊?』
「うん。花巻山の精霊だよ。あなたは精霊の存在を知っているんだね」
『獣たちの間では当たり前さ。昔はこうしてコミュニケーションを取っていたって古株から聞いたことがある。でも最近は精霊の方がこっちも話せる、っつーことを知らないらしいんだよね。だからあんたみたいなのは珍しいよ』
それは初めて聞いた。自分はあの頃からごく自然に獣と話していたから。
『この辺りだと凪の旦那くらいだな』
「凪さん…?」
『うん。あ、もしかしてアンタは旦那の彼女とかそんな感じ? この時期に精霊がいるっつーことは…。それに女精霊を見るのは初めてだ』
「違います…なんでそうなるの…」
話している間に前波には凪しか精霊がいないと知った。
うみねこはぶっきらぼうで飄々としているが、よく話す鳥だった。
「ねぇねぇ…凪さんも前波そのもの?」
『そうだよ。"そのもの"っていう精霊を僕はあの人しか見たことないな。あんたは知ってるか?』
「実は私も…花巻山そのものです」
麓がおずおずと答えると、うみねこは派手に翼をはためかさて驚いている。
『マジか!? アンタも? …ということはアンタが花巻山の花ってヤツか』
「え?」
うみねこが麓のことを品定めするような目で見ていたが、突然ワシっとつかまれてふぎゃっと変な声を出した。
「何してんだこんなトコで」
凪だった。バサバサと暴れるうみねこのことを無視し、麓のことを見ていた。
麓はうみねこのことを哀れみつつ、海を指さした。
「ずっと海を見てました。そしたら帽子がとんでいって彼が持ってきてくれたんです」
「そっか。つーかよォ…ずっと、って2時間ぐれェここにいるだろ」
「え?」
麓が手首を裏返して腕時計を見ると、ここに来た時刻から2回りほど時間が過ぎていた。
彼女が苦笑いさると凪はうみねこを肩にとまらせ、ため息をついて彼女のことを仕方なさそうに見た。
「どんだけ集中してたんだよ…。熱中症になるなよ────痛っ」
『何すんだ旦那! 急にとっつかみやがって…』
「痛ェよ! 頭つつくな頭を。予告した方がよかったか?」
『そういうことじゃない!』
解放されたうみねこは凪の周りを飛びながら時々彼の頭をくちばしでつついた。それはもう、穴が空きそうなほど。
ひとしきりつついて満足したのか、うみねこは凪から離れて麓の隣へ再び降りたった。
『んじゃ旦那、花巻山の精霊さん。僕はこれで。海の上を飛んでくるよ、風に乗って』
「あぁ」
「またね」
『バイバーイ…の前に旦那、彼女に前波を案内してあげなよ。ここに女連れてきたの初めてだろ? じゃあね~』
うみねこは半分からかい口調で言い残し、海に向かって飛びたった。その伸び伸びとしたはばたきに凪は後ろから吠えた。
「おもしろがってんじゃねェよ! 次会ったら焼き鳥にして食ってやんぞコノヤロー!」
こっちはわりと冗談ぽくない声。麓は小さく手を振ってうみねこを見送った。
彼は麓のことを見るとぶっきらぼうに小さくつぶやいた。
「…行くぞ」
「どこにですか?」
「あー…。アイツに言われたからじゃねェけど前波の名所…みてェな所を案内してやるよ。この辺の歴史はずっと見てきたし。あんま興味ねェかもしんねーけど」
彼は麓から視線をそらして頭をかいた。
彼からの申し出に断る理由なんてない。
「前波のこと、いろいろ知りたいです」
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