Eternal Dear4

堂宮ツキ乃

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5章

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「ホムラっちから聞いたけど凪兄って、あの中でよく告白されるらしいけど断ってばっからしいね。理由は知らないけど…」

 麻緒は食べ終わったお菓子の袋を捨て、代わりにポテトチップスの封を開けた。定番のうす塩味だ。

 麓は勧められるがままに1枚取り、パリッとかじった。

 凪の本性、というか麓が知らない凪の心中はまだまだ多いだろうし、これから知ることが出来るかどうかも分からない。

 知りたい知りたくないは別にないが、もし知ることができるのなら彼の口から直接聞きたい。簡単に話してくれる可能性は低いだろうが。

(内容が内容なら後ろめたいから…)

 いつの日か、雛から凪の過去を聞いたことを思い出して後ろめたくなった。

 それからも楽しい話題は多かったが、しばらくは先程より心から笑えなくなってしまった。



 別荘に戻ってくると夕飯がすでに用意されていた。

 台所の隣は板の間になっており、そこにはテーブルとイスがある。この空間だけは洋風だ。

「ただいま、です」

「おかえりなさいませ麓様~」

「ちょっと早く帰ってきました。凪さん、いますか?」

「いますわよ。麓様がお戻りになられたことをお伝えしますわね」

「あ、俺が言ってくるよ」

 板の間を通りかかった焔が縁側へ向かった。

「…ということなので麓様。お座り下さないな」

「はい。…わ~」

 テーブルにはそうめんや薬味、卵焼きや照り焼きやサラダが用意されている。一人分ずつ盛られたそうめんには涼しげに氷が転がっており、さくらんぼが2つ添えられていた。

 席は寮と同じ順番。麓は安定の凪の隣だ。

 いつもと違うことと言えば、寮長も一緒に食事を取ること。彼女はいつも後から1人で食べているらしい。風紀委員の食事中はせわしなく動いている。そして凪が失言すればヘアピンを投げつける。

 全員がそろって食事が始まり、麓はそうめんをすすった。

 同じく横でズババッと吸い上げた凪は、ただただ掃除機のようだった。機械と違う所と言えば飲み込む前に咀嚼することだろうか。

「今日は楽しかったか? アイツらと何話した?」

「はい! …えーと。学園のこととか皆さんのこととか…」

 麓は卵焼きを箸でつまみながら顔を赤くした。

「僕たちのこと? 何それ何それ」

 サラダを自分の皿に盛っている光が顔を輝かせた。

「うん、沙奈ちゃんも麻緒ちゃんも皆のことかっこいいってほめてたよ」

「マジで? やった、僕初めてかっこいいって言われたよ!」

「あ…。光君のことだけは可愛いって…」

「なんだ…そうだったの…」

 光はショボーンとしつつも食べるのをやめない。褒められたことにかわりはないのでそれほどショックを受けたわけでもないらしい。

「俺は俺は?」

「私のことも気になるね…」

「2人とも何言ってんだか…」

「そう言いつつホントは気になってるんでしょう。焔さんの自分の評価」

「そう言う蒼もな」

「凪さんは黙っていて下さい」

「黙ってろとはなんだクソガキ…」

「はいはいもー食事中にケンカしない! 質問責めもしない! 麓様が困っているでしょうが」

 やはりこのメンバーでこんな話題では騒がしくなるのが常で。

 麓は苦笑いしつつも今日の出来事を披露した。

 心の中の後ろめたさも、話していく内に楽になっていた。



 今夜は昨日ほど眠たくなく、麓は縁側に座って夜の海を眺めていた。

 お風呂に入ってきたが湯冷めする心配はない。

 時折吹く海風は涼しくて心地よい。(今夜は何事もなく)ドライヤーで乾かした長い髪がサラサラとそよぐ感覚も楽しかった。

 縁側からは広大な海、二河港、フェリーの光、月と星が見える。花巻山のふもとと同じくらい暗い前波はたくさんの星が輝いていた。頭上では"夏の大三角"とも言われる3つの星が瞬いている。

 後ろでカラカラと窓が開く音がし、振り向くとチューハイ缶を持った霞と目が合った。

 彼はほほえみ、麓は軽く会釈をした。そのまま霞は麓の隣に腰を下ろす。

 缶のプルトップをプシュッと開けてゴクリと呑む音がした。チラッと見上げると霞が缶を軽く振ってみせた。

「麓ちゃんも呑む?」

「私は…いいです」

 霞はなんとなく残念そうな顔をしてまたあおった。と、そこへまた窓が開く音がした。

「…ここにいたんだ」

 振り向く前に蒼の声だとすぐにわかった。光よりも大人っぽいけど凪よりは幼い爽やかな声。彼がそんな話し方をするのを、麓は初めて聞いた。 

 蒼は麓の隣に片足を立てて座った。いつもの彼らしくない…と麓が違和感を感じたと同時に、霞が手元の缶を震わせながらいつもよりワイルドな蒼に声をかけた。

「蒼…まさかお前…2缶呑んだか?」

「あ? そうだけど」 

「やっぱりなー! 麓ちゃん、今のコイツいつもと違ってアブないから離れろー!」

「え? どこがアブな────」

 麓が霞の方へ振り向こうとしたら反対側から手が伸びてきて、顔を引き寄せられた。いつもの涼しげで落ち着いた瞳は妖しくらんらんと輝き、口角も不敵に上がっている。それは麓が初めて見る蒼の姿だった。

「蒼君…?」

 呼ばれた彼は普段だったら浮かべないほほえみで、麓の腰に腕を回した。

「ひゃっ!?」

「そんな声上げんなよこれくらいで」

 全くの別人、もとい別精霊であった。口調は凪に似ている気がしないでもない。

「コラ蒼! 調子に乗らないさっさと手を離しなさい! うらやまけしから…麓ちゃんがびっくりしてるでしょーが!」

「うるせーバカスミ。余計なのがいっから海岸に行って2人きりで…」

 ぽふっ。蒼が寝潰れて麓によされた。

「ね…寝た?」

 麓がビクビクしながら確認すると蒼の目はしっかりと閉じられ、ホールドしていた腕はダランと力が抜けている。束の間の出来事だった。

 細身だが実はがっしりしているんだろう。なかなか重たい蒼で潰されそうになったが、後ろから霞が背中を支えた。

「麓ちゃん大丈夫?」

「う…重たいです…。というか蒼君ってお酒呑むとこんな風になるんですね…」

 麓は板の間に後ろ手でついた。同時に再び窓がガラガラと音を立てた。

「あ゛ぁ゛! ここにいた!」

 焔だ。麓によされて眠る蒼を見てぎょっとして、慌てて彼女に駆け寄った。そして蒼のことを"よっこらせ"と肩に担ぐ。

「ったく酔っ払いが外に出るんじゃないよフラフラと…麓大丈夫? 変なことされなかった?」

「大丈夫です。とりあえず重かったです…」

「ごめんな、酔っ払いバカは回収していくからな」

 焔は顔の前で手を出して謝り、別荘の中へ戻った。

 やっと解放された麓は姿勢を戻して縁側に座り直した。

 うるさいくらいに心臓が高鳴っていた。真夏の昼間にセミが絶え間なく鳴いているかのように。

 霞はいつの間にか缶の中身を呑み干したのか、横に置いて空を仰いでいた。彼にしてな今日は妙におとなしいような。

 麓も空を仰ぐフリをして霞の横顔を盗み見た。下弦の月が彼のことを照らしている。灰色の髪が今は、夜に染まって藍色に見えた。

「ねぇ麓ちゃん」

「は、はい!」

 チラ見したのがバレたのか。彼に突然呼ばれ、麓は慌てて視線を海岸に向けてやたら背筋を伸ばした。

「君の能力に武器化身はなかったね」

「え? えぇ…」

 麓の能力────傷を治すというのは、その人に触れてオーラを流しこんで傷口を決してしまう。大きなものでなければたやすく。

「私の能力は…なんだと思う?」

 そういえば、と麓は考えて彼の能力について見たことも聞いたこともないことを思い出した。精霊なら誰しも持っているものだから、彼だけ所持していないということはないはずだ。

 能力はわりと名前に由来しているものが多い。と言いながら麓の能力は名前から察することはできないが。

「霞、でしょう?」

「なるほど。じゃあさ、見ててくれない? というか体感してみて」

 麓が了承する前に彼は立ち上がり、縁側から3mほど離れた。

 彼は手のひらを麓に向け、いつもよりずっと真面目な表情をして唇を動かす。

 途端に麓の目の前がぼやけてきた。

 そんなはずはないと目をこすって改めて見ると視界が悪くなっている。

「ど…いうこと!?」

 煙みたいなものが周りを覆っているのか、もくもくした物体が漂っているのが分かった。

 ふれてみると感触はない。だが、コツンと指先に何かが当たる。壁のようだ。

 そういえばさっきまでうっすらと見えていた海、アスファルト、空と月が見えなくなっている。麓はいつの間にか壁の中に閉じ込められていた。

 そして煙たいものが壁の中を循環していて、肌がしっとりしていることに気づいた。この感覚に麓は身に覚えがある。

 花巻山にいた頃、朝に立ち込めていることがあった。

 ならばこれは。彼の名前に似ているがそれではない。

「霞さん! これは…霧、ですよね」

 壁の外にいる彼に聞こえるよう、いつもより気持ち一際声を大きくした。

 すると、聞こえたかどうなのか視界き元の景色が広がった。白の無機質な壁が消えた。

「ご名答」

 霞は小さく拍手をしていた。

「私、山にいた頃しょっちゅう山霧を見ていたんです」

 霞は戻ってきて再び麓の隣に腰を下ろした。彼はうつむき加減だった。彼にしては珍しい暗い仕草だ。

「霞さん?」

「…あぁ、ごめん。ガラじゃないね、無言なんて」

「いえ…どうかされたのですか?」

 ここまできて麓は1つ検討がつき、すぐに言葉になって口からこぼれ落ちた。

「もしかして、ご自分の能力のことですか?」

 霞はハッと目を見開いて顔を上げ、力なく笑った。どうやらドンピシャだったらしい。彼は八の字眉で目を細め、自分の左手を見つめた。

「…私の能力は霧を発生させていつの間にか閉じ込める────『霧塞むそく』というものだ。蒼の『空の箱庭』とよく似ているんだけど、こっちのはアレよりずっと弱い。外からじゃないと解除できないアレと違って時間が経つと消えてしまうし、能力を使えば中から破壊できる。ただただめくらましとしてしか使えないんだ…」

 先程から珍しい光景だった。

 あの霞が。最近、変態チックな行動が目立つ霞が。こんな風にポツリポツリと自分の悩みを話すなんて。

 何かオチがあるかと思いきやそんな気配は一切ない。むしろ、冗談を言えるような雰囲気ではなかった。

 麓も真面目な霞を目の前にして、彼の話を真剣かつしんみりと聞いていた。

 麓は傷を癒すという能力に不満がないため、同じ気持ちになることはできない。しかし────。

 同じ気持ちを考えることはできる。

「私は…霞さんの能力のことを悩むことはないと思います」

「麓ちゃん…」

「おせっかいかもしれませんが…今のままではいざという時に使えないとお悩みなら、光君みたいに能力をオリジナル化…とか強化するのはどうでしょうか? そしたら今の気持ちを…忘れることはできなくても薄れるかもしれません」

 それだけのことを言えるような立場ではないが、言葉が連なっていた。

 霞は、悲しさとうれしさを織り交ぜた表情をして麓のことを見ていた。さっきより表情に明るさが混ざってきた気がする。

 彼はいつものほほえみを取り戻し、麓の頭をそっとなでた。

「ありがとう、麓ちゃん。君に話して…いや、君が聞いてくれてよかった」

「いえ…あの、無理はしないで下さいね。何かあったら話して下さい。私にじゃなくても同じ先生の扇さんとか…」

「────うん」

 彼は清々しく笑った。そしてなでていた手を止め、一旦離すと両腕で彼女のことをそっと抱きしめた。
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