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2章
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麓が日常生活を送れるようになったのは、熱中症にかかってから5日後のことだった。
彼女は夏の間は和服を着るなと言われ、寮長と焔と共に富橋駅付近のレディスファッションを扱う店を回った。
いつの日か彰と訪れた店にも行き、ニューハーフの店長に再び全身コーディネートをしてもらった。
そこの店長と寮長は知り合いらしく、麓が試着室で着替えている間も楽しそうにおしゃべりをしていた。やはりあの店長は精霊の存在を知っているだけあって顔が広いのだろうか。
焔は店長に"イケメンで中身可愛いって最高ね!"と言われてタジタジしていた。
それから麓は毎日、洋服で過ごすようになった。
店長や寮長に教わった組み合わせのおかげで、毎朝コーディネートに困ることはない。
髪もポニーテールだけでなく低い位置でツインテールにしたり3つ編みにしたり。最近は自分で様々なヘアスタイルにできるようになったので、着替えた後に鏡台の前に座るのが習慣になった。
今日も今日とて髪を櫛で梳かし、首の後ろで3つ編みにしてゴムで止めてその上からリボンで結ぶ。
「これでよし、と」
後れ毛が無いのを確認してから立ち上がり、鏡台の前でくるりと一回転した。
シルク素材で裾に控えめなフリルがあしらわれた白いミニワンピにジーンズのホットパンツ。これにトングサンダルを合わせるつもりだ。
「これで…いいよね?」
麓は満足気に、ベッドの隣に広げたキャリーバッグに今使った櫛やヘアスプレーを入れた。
ポーチよし、着替えよし、スマホはハンドバッグに入れた。麓は一通り確認してからキャリーバッグのファスナーをしめた。
手首につけた腕時計はまもなく午後1時。
ついに今日、凪の故郷であり憧れである海へ訪れる。
麓がキャリーバッグ片手に部屋を出ると、口笛が鳴らされた気がして首をかしげた。振り向くと光がいた。彼もちょうど部屋を出た所らしい。
「ワンピ可愛いよ、ロクにゃん」
「ありがと…」
光はタンクトップに膝丈のハーフパンツ。なんとなくバスケ選手に見える。身長がいささか小さいが。
制服よりも露出面積が広く、黙っていればいつもの"可愛い"より"かっこいい"雰囲気を醸し出している。ほんのりと焼けた肌が男らしかった。
「準備できたー? あとは麓ちゃんと光だけ…おっ」
階段から顔をのぞかせた扇は前髪をちょんまげにしばっていてやんちゃなガキに見えた。そんな彼は麓の姿を発見して2人の元へ来た。
「麓ちゃん可愛い! ワンピでホットパンツが見えるか見えないのがエロくて良い。眼福」
「ひぇっ?」
「まーたそういうこと言う! ロクにゃんがドン引いてるよ!」
麓に向かって手を会わせて頭を下げた扇は光に怒られるが、開き直って胸をそらした。
「俺は思ったことを素直に言っただけだ。それのどこが悪い、正直者でいいことだろうが」
「正直者の意味がおかしい!」
「着替えてきますね…」
へらへらしている扇と叱る光を背に、麓はキャリーバッグをゴロゴロと引いて部屋に戻ろうとした。
「あーっ! ロクにゃんダメ! このままがいいよ、せっく考えたんでしょ? オウちゃんのことはしっかり叱っておくから…。ほら、オウちゃんも」
最後に光はボソッと言って扇の脇腹をつついた。扇はきまり悪そうに頭をかきながら麓の背中に声をかけた。
「ごめんよ麓ちゃん…。もうあぁいうことは言わないから戻ってきて下さい…」
くるりと振り向いた麓はしばらく扇のことを疑わしげな目で見ていたが、やがてほほえんだ。
「嘘、ですよ」
「え? 嘘って?」
「着替えに行くフリをして扇さんを困らせようとしただけです。光君、ごめんね」
「僕はいいんだよ。悪いのはオウちゃんだけだよ────あれ?」
光は横にいた扇を半眼で見ようとしたがら、彼はいなかった。
まさか、と思って麓の方を見ると────そのまさかであった。
「もーう"困らせよう"とかなんなの! 可愛いよかわいすぎんじゃん! もっとそういうこと言ってほしいなー! …俺だけに」
「は、はなれて下さい!」
扇は麓をだきしめていた。シルク素材の服の上から麓の背中をなでている。
その手つきはなんとなく、さっき扇が言っていたワードに一致しているように見えて…。
さすがの光も今のでキレて、左手をスっと出してその上に彼の髪と同じ色の物体を生み出した。それは段々と星の形に成形されていく。
そして助走をつけて扇の頭上に飛びかかった。
「ロクにゃんが離れてって言ってるでしょーが! くらえ『異輝星』の塊ィ!」
「うごっ…」
扇の頭にぶつけてゴン、という音がして光は少し離れた位置へ飛び退って着地。
(よし、決まった)
光は内心で満足気につぶやいて左手をグッと握りしめた。
こんなアホ教師は置いてさっさと行こう、と麓を誘おうとしたが。
「扇さん? 扇さん!」
いつの間にか扇から離れた麓が青ざめた表情で、昏倒している扇のそばに膝をついていた。
すぐ後に光はこの行動に後悔することになる。
「バカかおめーら! 出発前にセクハラしたり能力をオリジナル化してんじゃねェどアホ!」
光と扇は寮の外に出て凪にガミガミ怒られていた。しかも正座で。
「病み上がりにケガさせる気か? あ゛ん?」
「凪さん、私なら大丈夫ですから」
もし一瞬のスキをついて扇の腕から逃れていなかったら麓は大の男の下敷きになっていた。
タンコブではすまなかったかもしれない。
「バッカおめー。女にケガさせたくねェ俺の気持ちを…」
言いかけた凪は"しまった"という表情を隠すように口元を手で覆い、いかにもわざとな咳払いをした。
「とにかく! この先こんなことをしないように! もしコイツをケガさせるようなことがあれば」
「この俺、扇が結婚して責任を取りますっ!」
「調子に乗んな白髪。それと光」
「ん?」
「さっき使った能力のオリジナル化、今度は天災地変相手に使え」
「ナギりん…うん!」
光は嬉しそうにうなずいた。が、凪が近づいてきて影に覆われてまだ解放されそうにないことに気づいた。どう考えても嫌な予感しかしない。
扇も同じように感じたのか、拳を作り挙げた凪のことを見上げて体を震わせた。
「今回はこれくらいにしてやる」
という言葉が終わると同時に2人の頭上に岩石────否、凪の拳が隕石のごとく落ちてきた。
「あ…お星様が見える…」
「またこれかよ…」
2人して地面に突っ伏して蚊の鳴くような声でつぶやいた。
彼女は夏の間は和服を着るなと言われ、寮長と焔と共に富橋駅付近のレディスファッションを扱う店を回った。
いつの日か彰と訪れた店にも行き、ニューハーフの店長に再び全身コーディネートをしてもらった。
そこの店長と寮長は知り合いらしく、麓が試着室で着替えている間も楽しそうにおしゃべりをしていた。やはりあの店長は精霊の存在を知っているだけあって顔が広いのだろうか。
焔は店長に"イケメンで中身可愛いって最高ね!"と言われてタジタジしていた。
それから麓は毎日、洋服で過ごすようになった。
店長や寮長に教わった組み合わせのおかげで、毎朝コーディネートに困ることはない。
髪もポニーテールだけでなく低い位置でツインテールにしたり3つ編みにしたり。最近は自分で様々なヘアスタイルにできるようになったので、着替えた後に鏡台の前に座るのが習慣になった。
今日も今日とて髪を櫛で梳かし、首の後ろで3つ編みにしてゴムで止めてその上からリボンで結ぶ。
「これでよし、と」
後れ毛が無いのを確認してから立ち上がり、鏡台の前でくるりと一回転した。
シルク素材で裾に控えめなフリルがあしらわれた白いミニワンピにジーンズのホットパンツ。これにトングサンダルを合わせるつもりだ。
「これで…いいよね?」
麓は満足気に、ベッドの隣に広げたキャリーバッグに今使った櫛やヘアスプレーを入れた。
ポーチよし、着替えよし、スマホはハンドバッグに入れた。麓は一通り確認してからキャリーバッグのファスナーをしめた。
手首につけた腕時計はまもなく午後1時。
ついに今日、凪の故郷であり憧れである海へ訪れる。
麓がキャリーバッグ片手に部屋を出ると、口笛が鳴らされた気がして首をかしげた。振り向くと光がいた。彼もちょうど部屋を出た所らしい。
「ワンピ可愛いよ、ロクにゃん」
「ありがと…」
光はタンクトップに膝丈のハーフパンツ。なんとなくバスケ選手に見える。身長がいささか小さいが。
制服よりも露出面積が広く、黙っていればいつもの"可愛い"より"かっこいい"雰囲気を醸し出している。ほんのりと焼けた肌が男らしかった。
「準備できたー? あとは麓ちゃんと光だけ…おっ」
階段から顔をのぞかせた扇は前髪をちょんまげにしばっていてやんちゃなガキに見えた。そんな彼は麓の姿を発見して2人の元へ来た。
「麓ちゃん可愛い! ワンピでホットパンツが見えるか見えないのがエロくて良い。眼福」
「ひぇっ?」
「まーたそういうこと言う! ロクにゃんがドン引いてるよ!」
麓に向かって手を会わせて頭を下げた扇は光に怒られるが、開き直って胸をそらした。
「俺は思ったことを素直に言っただけだ。それのどこが悪い、正直者でいいことだろうが」
「正直者の意味がおかしい!」
「着替えてきますね…」
へらへらしている扇と叱る光を背に、麓はキャリーバッグをゴロゴロと引いて部屋に戻ろうとした。
「あーっ! ロクにゃんダメ! このままがいいよ、せっく考えたんでしょ? オウちゃんのことはしっかり叱っておくから…。ほら、オウちゃんも」
最後に光はボソッと言って扇の脇腹をつついた。扇はきまり悪そうに頭をかきながら麓の背中に声をかけた。
「ごめんよ麓ちゃん…。もうあぁいうことは言わないから戻ってきて下さい…」
くるりと振り向いた麓はしばらく扇のことを疑わしげな目で見ていたが、やがてほほえんだ。
「嘘、ですよ」
「え? 嘘って?」
「着替えに行くフリをして扇さんを困らせようとしただけです。光君、ごめんね」
「僕はいいんだよ。悪いのはオウちゃんだけだよ────あれ?」
光は横にいた扇を半眼で見ようとしたがら、彼はいなかった。
まさか、と思って麓の方を見ると────そのまさかであった。
「もーう"困らせよう"とかなんなの! 可愛いよかわいすぎんじゃん! もっとそういうこと言ってほしいなー! …俺だけに」
「は、はなれて下さい!」
扇は麓をだきしめていた。シルク素材の服の上から麓の背中をなでている。
その手つきはなんとなく、さっき扇が言っていたワードに一致しているように見えて…。
さすがの光も今のでキレて、左手をスっと出してその上に彼の髪と同じ色の物体を生み出した。それは段々と星の形に成形されていく。
そして助走をつけて扇の頭上に飛びかかった。
「ロクにゃんが離れてって言ってるでしょーが! くらえ『異輝星』の塊ィ!」
「うごっ…」
扇の頭にぶつけてゴン、という音がして光は少し離れた位置へ飛び退って着地。
(よし、決まった)
光は内心で満足気につぶやいて左手をグッと握りしめた。
こんなアホ教師は置いてさっさと行こう、と麓を誘おうとしたが。
「扇さん? 扇さん!」
いつの間にか扇から離れた麓が青ざめた表情で、昏倒している扇のそばに膝をついていた。
すぐ後に光はこの行動に後悔することになる。
「バカかおめーら! 出発前にセクハラしたり能力をオリジナル化してんじゃねェどアホ!」
光と扇は寮の外に出て凪にガミガミ怒られていた。しかも正座で。
「病み上がりにケガさせる気か? あ゛ん?」
「凪さん、私なら大丈夫ですから」
もし一瞬のスキをついて扇の腕から逃れていなかったら麓は大の男の下敷きになっていた。
タンコブではすまなかったかもしれない。
「バッカおめー。女にケガさせたくねェ俺の気持ちを…」
言いかけた凪は"しまった"という表情を隠すように口元を手で覆い、いかにもわざとな咳払いをした。
「とにかく! この先こんなことをしないように! もしコイツをケガさせるようなことがあれば」
「この俺、扇が結婚して責任を取りますっ!」
「調子に乗んな白髪。それと光」
「ん?」
「さっき使った能力のオリジナル化、今度は天災地変相手に使え」
「ナギりん…うん!」
光は嬉しそうにうなずいた。が、凪が近づいてきて影に覆われてまだ解放されそうにないことに気づいた。どう考えても嫌な予感しかしない。
扇も同じように感じたのか、拳を作り挙げた凪のことを見上げて体を震わせた。
「今回はこれくらいにしてやる」
という言葉が終わると同時に2人の頭上に岩石────否、凪の拳が隕石のごとく落ちてきた。
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