Eternal Dear4

堂宮ツキ乃

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3章

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 夕方、というかもう夜と言ってもいい時刻。

 夕立もゲリラ豪雨もなく、焔に完璧に騙された蒼はガックリと肩を落とした────と同時に焔のことを恨みの目付きで睨んでいた。

 そんな中、風紀委員たちはバーベキューを楽しんでいた。

 器具や炭などは沖田家から拝借し、食材は委員が遊んでいるうちに寮長が買い出しに行き、麓と切ったり串に刺した。

 それを網の上で焼き、辺りには煙と肉や野菜の焼ける香りが漂った。

 幸い、ここは沖田家しかいないため近隣住民に迷惑をかけることはない。付近に住民がいないのは田舎あるあるだ。

 寮長は沖田家へ、出来上がった串焼きをいくつか差し入れに持って行った。

「毎年申し訳ございません…騒がしくて。今年も何とぞよろしくお願い致します」

 応対したのは梨音の母で、串焼きを嬉しそうに受け取った。

「いえいえいいんですよ。にぎやかなのはいいことしゃないですか。ありがたく頂きますね」

「ありがとうございます。ぜひお召し上がりください」

「はい────ところで今年は女の子が入ったんですね。おしとやかで綺麗で。昼間に会った時にあいさつしてくれました」

「麓様です。今年、八百万学園に入学したばかりなのですよ。風紀委員の紅一点にございます」

 2人はバーベキューを楽しんでいる方を見た。

 ワイワイと騒いでおり、麓も楽しそうに笑っていた。

 男たちの中で1人、華がある。



 遠い海上でフェリーの明かりが見える。海外へ輸出する自動車を載せているのだろう。

 夜になり、ほどよく暗くなった。

 この時間に外で過ごすと夜桜を見に行ったことを思い出す。こうして風紀委員と過ごしている間に、ここでの思い出も多くなったと感じた。

「ろーくちゃん。何黄昏てんの?」

「…扇さん。何もないですよ」

「そーお? 遠くを見てるみたいだったから。やっぱり海が気になるんだね?」

「えぇ。やっぱり海って広いんだなーって。当然ですけど写真とは全く違いました」

 麓の言葉に扇はフムフムとうなずき、串から肉を引っこ抜いて食らう。

「ホントッ、海って果てしないよね。生命の誕生は海とか言うし」

「母なる海、ですか…。確か本で読んだことがあります」

「麓ちゃんは読書家で偉い! 最近の若いのは活字離れが進んでいて…まぁ自分もだけど」

 扇のジジくさい意見に麓は苦笑しつつ、かぼちゃを小さくかじってほほえんだ。

「私は本、好きですよ。扇さんはあまり読まれないのですか?」

「実は…ね。昔から睡眠剤にしか思えなくてね…。読み始めると眠くなる」

「嵐さんたちもそう言ってました。だから紙の本は読めないって」

「つーことは電子書籍派か~。アレいいよね、かさばらなくて」

 扇は最後の鮮やかなパプリカを咀嚼して、串を手でくるくると回して弄び始めた。

「麓ちゃんはあの辺と仲良いよね。他の人たちとはどう? 」

「他の人たち…?」

「立花さんとか」

「────どうして」

 麓が驚いた顔をして食べるのをやめ、扇のことを見上げた。彼は串をにぎやかな方にピッと指して小声で続けた。

「凪に"立花って女、気ィつけといてくれ"って言われて。クラスマッチの後にあんなことがあったなんて知らなかったよ。ああいうこと、聞かなくていいんだからね」

「はい…。でも大丈夫です。あれ以来あんなことはありませんから」

「ならよかった」

 扇は肩をすくめて軽く口の端を上げた。

「やーでも、告白とか青春だよね~」

「扇さんはしょっちゅうされていそうですね」

「えー? そうでもないよ? 俺一応教師だしね。あ、コレは…ってなった時は言わせない」

「…はぁ」

「あ、つまり。呼び出されそうになったら適当に理由つけてはぐらかしてんの」

「なんだかそれは…」

「え?」

 麓は珍しく表情をくもらせた。扇は呆気に取られ、頭をかく手を止めた。

「気持ちを伝えようと勇気を出したんですよね、その人たちは。適当に、はよくないと思います。…誰かを好きになるって私にはよく分からないから偉そうなことは言えませんが」

「麓ちゃん…」

 扇は麓の頭をポンポンとなで、彼女に視線を合わせるように少しかがんだ。

「君はホントに優しい女の子だね。ちょっと反省するよ、今までのこと。でもね、最近はちゃんとした理由があるんだよ」

「ちゃんとした理由、ですか?」

「うん」

 彼は串を持ってる反対の手で彼女のサイドの髪をすくい上げ、色っぽくほほえんだ。

「俺にも告白したい相手がいるから。他の女の子じゃダメなんだよ────」

 麓はどうしたらいいのか戸惑ったが、どうしようもなさそうなので真っ赤な顔でワタワタし始めた。

「こ、これ。串返しに行きましょう。まだあまり食べてませんよね? 次のもらいましょう」

「ん。そだね」

 扇は意外にもあっさりとうなずいたが、髪を持つ手を離す気はないらしい。

「扇さん…?」 

 何も言わない彼に上目遣いで名前を呼ぶと、彼は甘美な表情で麓のことを見つめ────彼女の髪に唇でふれた。
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