たとえこの恋が世界を滅ぼしても7(完結)

堂宮ツキ乃

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 富橋とみはしにあるカフェ、『けい』。

 店主である前原まえはら慶司けいじは夜営業の準備に追われていた。

 夜はお祝いやちょっとした集まりで貸し切りになることが多いが、今夜は通常営業だ。

 アルコールに合うおしゃれな一品モノやジャンキーな揚げ物系を仕込んだ。昼間はそれらを少量ずつ組み合わせたランチセットを提供している。

 昼間や予約がある夜は妻がフロアを駆けるが、今日はカウンター席のみ解放するので慶司一人だ。

 今頃、双子の娘たちが小学校から帰ってくるのを小さな息子と出迎えているだろう。四人の姿を想像すると口元がゆるんだ。自然と包丁が生み出す音がリズミカルになっていく。

 17時になるとドアのガラス部分に提げた板をひっくり返した。

 カウンターテーブルを拭いているとさっそくドアのベルが鳴った。

「こんばんは、慶司さん」

 清潔感あふれる黒髪のイケメン。スーツ姿の彼は涼し気な切れ長の瞳を和らげた。

「よう、久しぶりだな」

「やっと来れましたぁ~……」

「レイコちゃんは相変わらず忙しそうだな」

 彼の後ろにはジーンズにニットを着た美女。クリーム色の長い髪を二つに束ね、首の横に流している。

 彼女はかすれた声でシワシワになった顔をなでた。

切谷きりやのコスイベに向けて修羅場だったんで……」

「さすがだなコスプレ夫婦」

「休みが不定期なんでまとめて作業できないのがつらいです」

「まぁ座れよ」

 コスプレ夫婦こと、貴義たかよしとレイコは常連で様々な姿を見せてくれる。駅前でコスプレイベントが行われる時はコスプレのままでも入店可能にしているので毎回来てくれる。

 二人をカウンター席に勧めると慶司はカウンター内に入った。とりあえず、と頼まれたハイボールと焼酎水割りを作る。その前で夫婦は一つのメニュー表を眺めていた。肩を寄せ合う様子は新婚時から変わらない。

 コースターと共にグラスを差し出すと、こめかみに針を突き刺したような痛みを感じた。

「……あ」

「どうしました?」

 突然の耳鳴り。それに紛れて聞こえた声。

 もう積極的に関わるつもりはないのに。

(そうくるか……)

 こめかみを押さえていた慶司は明るい声を繕った。

「そういえば来月、高城にある高校で文化祭が行われるんだが来ないか? 知り合いに頼まれて出店することになってんだよ」

「へーすご!」

「歌手の美百合も来るらしい」

「あー! なんかSNSで見ました! MVを撮った縁でゲスト出演するっていう!」

「俺はよく知らんがそうらしい。せっかくなら来いよ。結構デカい私立なんだが、一般観覧するのは十数年ぶりなんだと。来年もやるか分からんし貴重な機会だってさ」

 レイコは貴義の腕に絡まると猫なで声になった。

 貴義の表情はあまり変わらないが、瞳はまっすぐ妻のことを捉えている。

「ねー行こうよ貴義ー。休みもぎ取ってくるから」

「レイコが言うなら」

「お前ってレイコちゃんの言うこと全部聞くよな……。パワーバランス見えすぎなんだが」

「私のこと好きすぎー」

 レイコは貴義の脇腹をつついた。彼女のグラスはまだ水位が変わっていない。

「まずは生ハムとチーズの盛り合わせ、シーザーサラダ……ヤンソンさんの誘惑も!」

「はいよ」

 注文した二人は乾杯し、グラスに口をつけた。

 ヤンソンさんの誘惑とはスウェーデンの伝統的な家庭料理だ。じゃがいもとアンチョビを使ったグラタン風の食べ物。

 慶司は妻と訪れたとあるカフェで初めて食べた。アンチョビの塩気、たっぷりと入った細長いじゃがいも。クリーミーなソースに一気に虜になった。妻も同じ感想を持ったらしく、一口頬張った瞬間に顔を輝かせていた。

「文化祭なつかしー。母校のヤツも何年も行ってないから楽しみだな」

「そうだ、当日はモバイルバッテリーと多めの小銭を持ってった方がいい。あと食料」

「文化祭のことサバイバルかなんかだと思ってます?」

「……美百合のこと、スマホに収めたいだろう。模擬店はたくさん出るだろうが、人が多くてたどりつけない可能性があるし」

 黙って話を聞いている貴義がグラスを傾けた。薄い琥珀色の液体が波打つ。

 慶司は盛り合わせを二人の前に置き、シーザーサラダの用意を始めた。冷蔵庫を閉めると冷気に包まれる。

「あと通帳とかキャッシュカード。当日は美百合のグッズも販売するって聞いてる」

「散財する予感しかしねぇ……!」

 どうやらレイコは結構な美百合ファンらしい。彼女の瞳の奥で札束が舞っている。

「家族にも教えたらどうだ、芸能人をタダで拝める機会はそうそうないだろう。俺も妻と子どもたちを連れていく。妻の家族も」

「大所帯ですね! バス一台借りてツアー組めそう……おっと失礼」

 レイコは着信音を放つスマホを手に席を立った。そのまま店の外に出てスマホを耳に押し当てている。話の内容からして職場からだろう。彼女はコスプレのスタジオで働いていると聞いた。

「慶司さん……?」

 何か言いたげな貴義の瞳。切れ長で瑠璃色の瞳は、時折黄金色にきらめいて見えることがある。

「貴義にはごまかせねぇな……。一族からのお達しだ」

(きっとお前が来たタイミングで俺に情報を入れたのは……)

 白いセミロングと、貴義と同じようなタイプのイケメンの顔が思い浮かんだ。
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