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時永一族というのは、かどかわしや人買いに連れ去られそうになった所を助けられた者や、捨て子が多い。
彼女────千郷もその一人。現在の神里が先代の元で修行していた頃、村の入り口で拾われた。
当時、赤子だった彼女は村全体で育てられた。
この村には血の繋がりを持つ者が少ない。そのせいか、突然村にやってきた者でも快く受け入れる。
千郷も村で乳飲み子を持つ母親たちに我が子同然で乳を与えられ、大切に育てられた。
そんな彼女も17歳の立派な娘。
朝日が差し込む茅葺き屋根の家が千郷の家だ。
目覚めた彼女は布団をはがし、そっと立ち上がった。周りには千郷のものより一回りも二回りも小さな布団の上に幼子が転がっている。五人の子たちはさまざまな方向を向いて敷き布団からはみ出ている。足元では掛け布団が蹴られてくしゃくしゃになっていた。
いつもの朝と変わらぬ姿に笑いが込み上げる。声を出さないように口角だけ上げ、一人ずつ敷き布団の中央に移動させ、布団をかけてやった。
物音を立てないように部屋の隅に移動し、寝巻きから着替えた。そばに掛けてある腰紐を取って素早くたすき掛けをする。
土間の出入り口にある平たいザルを手に取って表に出た。
朝のひんやりとした空気に包まれると、眠たかった目がぱっちりと覚める。
夏は過ぎ去り、秋が深まった。木の匂いを含んだ空気を思い切り吸い込むと、体もシャッキリしたようだ。
千郷はザルを小脇に抱えると家の裏にある畑へ行き、様々な野菜が植わった畝の間にしゃがみ込んだ。
いい頃合いに育った野菜たちを、歪な形をしたものとそうでないものとで分けながら収穫していく。満足いく量になるとザルを持ち上げ、小さな井戸の前に移動した。ここは手を洗ったり洗濯をできるように、と簡単な屋根がある。
千郷が鉄製の取手を何度か押すと、水が勢いよく飛び出してきた。手を洗い、安定して連続で水が出るようになると、収穫したばかりの野菜を手際よく洗い始めた。これは深い井戸から楽に水を汲んで使えるようにと、何十年も前に一族の者が開発した。
全て洗い終え、懐にしまっていた手拭いで野菜を拭き上げる。今度は籠にそれらをお行儀よく並べた。これも一族のある者が作り上げた籠で、千郷が育てた野菜と物々交換をした。
それを持って千郷が向かったのは村の中心地。
ここは小高い丘になっており、大きな岩が鎮座している。岩は雨風を凌げるように木の屋根で守られていた。
岩の前の祭壇には果物や野菜がきれいに磨かれて供えられていた。その近くには農具や刃物も。
千郷も自分が作った野菜を籠ごと祭壇に供えると、岩の前に恭しく跪く。
そっと手を合わせて目を閉じると、心の中が澄んでいくようだ。
この岩は“時の女神”という、正体不明の神の御神体。時永一族を見守っているらしい。
初代神里が幼い頃に出会った美しい女人が”時の女神”と名乗ったそうだ。初代神里が話しかけたところ、涙を流して岩に姿を変えたらしい。この話は千郷が幼い頃、現在の神里に何度も聞かされた。”お前もいずれは子らに聞かせるのだぞ”、と。
千郷は時の女神に心の中で日々の感謝を伝えた。顔も知らない親に捨てられたがこの村に拾われて幸せに暮らしていること、毎日おいしい野菜を育てられること、大切だと思える人たちに出会えたこと。きっと自分の運だけでは得られなかった幸福だ。どんな理由かはわからないが、時の女神と不思議な縁があるのだろうと思う。
「今日も早いな、千郷」
”今日も一日楽しく過ごせますように”と心の中で締めて微笑むと、青年の声がした。
「兄様……。おはようございます」
青年は青一郎。千郷の二個上の19歳で、幼い頃によく遊んでもらった。今でも兄様と呼び慕っている。
彼の手には一本のかんざし。黒い一本軸で、布で作られた赤い花が先端に咲いている。
「もう子どもじゃないんだから兄様呼びじゃなくてもいいんじゃないか?」
「でも、私にとって兄様は兄様だから」
「ははっ、嬉しいことを言ってくれるなぁ!」
青一郎はよく通る声で笑った。
千郷の横に並ぶと祭壇の隅にかんざしを供え、同じように手を合わせた。
彼は腕のいいかんざし職人で、町に売りに出ると夕方には売上を持って帰ってくる。
目鼻立ちが整っており、柔らかい癖っ毛を乱雑にまとめた髪が彼によく似合っていて、若い娘を中心によくモテた。
自分の作ったかんざしを愛おしそうに眺めるきれいな横顔に、千郷は見惚れていた。
実は彼女も青一郎に恋うる娘の一人だ。しかし、きょうだいのような関係が終わってしまうのが怖くて"好き"と言ったことはない。言う勇気もなかった。
青一郎は供えたかんざしから目を離した。
今度は軽く手を合わせ、千郷が作った野菜を手に取ってそのままかぶりついた。
「あっ! お供物を!」
「お、今日もうまいなぁ。千郷の作る野菜は本当にうまいぜ」
彼は真っ赤なコマイの実に続けてかぶりつく。瑞々しいコマイの果汁が彼の口の端から垂れ落ちた。
青一郎は何気なく言ったつもりなのだろうけど、千郷にとっては最上級の褒め言葉だ。どんなご褒美にも勝る。
実を言うとこれは毎朝の恒例行事だ。野菜を供えにくると青一郎が先にいるか、すぐ後からやってくる。彼は自分の作ったかんざしを供えると、千郷の野菜を食べる。
お供物だから褒められた行動ではないのだろうが、"一瞬でもお供えをしたならもう大丈夫だ。こんなことで天罰を下す神様ではないだろ"と言うのが彼の言い分。確かに彼がバチに当たったところは見たことがない。だが、そういう問題ではない気がする。
青一郎は何度も"うまい"と呟き、満足そうに最後の一口を飲み込んで千郷に向かって手を合わせた。
「ごっそーさん! 千郷が作った野菜はこの村一番だ!」
「お……お粗末様でした…?」
戸惑いがちに会釈を返すと、突然現れた影が青一郎の頭を掴んだ。
「せぇいちろおぅっ! あんた、朝はいつも妙に早いわね!」
「ひっ……姉ちゃん……?」
勇ましい声と共に人影が現れた。そこには青一郎の髪を真っ直ぐに伸ばしたような、ちょっときつめの美人。気配もなく背後をとった姉に、青一郎は肩を震わせた。
「百里さん。おはようございます」
「あら千郷ちゃん。おはよう」
百里は青一郎に負けないほど上背があるので、千郷よりも大柄な女だ。彼女は千郷と視線を合わせるように腰をかがめ、にっこりと笑った。
彼女は小脇に抱えていた布を祭壇にそっと供え、手を合わせた。
薄緑色の綺麗な布。若草をそのままうつしとったような鮮やかな色だ。ふれたら若葉のように柔らかそうだ。
彼女は腕のいい染め物師で、どんな色でも生み出して見事に染め上げてしまう。彼女の染めた生地は若い娘や新しい物好きに人気で、町に売りに出ると夕方には売上で食材を買って帰ってくる。
千郷も彼女によく可愛がられ、時々試作の生地を譲ってもらっては着物を仕立てている。
「姉ちゃんは何しに来たんだよ」
「これをお供えに来たのと神里様のところに用事があって……って、あんた。今日は山でセンザシの葉を取りに行くって約束したでしょうが。あれは朝のうちに取りに行かないと黒ずんだ汁しか出ないからさっさと帰ってきなさいよ!」
「げ……忘れてた……」
「待ちなさい!」
「じゃあな千郷!」
脱兎の如く駆け出した青一郎を、百里は猛獣の如く追いかける。あんな感じではあるが仲のよい姉弟だ。微笑ましい光景に千郷は羨ましく思いながら聖域を後にした。
千郷が家に戻ると、起きた幼子たちが掃除をしていた。彼女たちは忙しなく動き回っていたが、千郷の姿を見付けると手を止めた。体の前で手をそろえると、お行儀よく頭を下げた。
「姫様。おかえりなさい!」
幼子たち────女の童のまとめ役、黄玉が千郷の元に駆け寄る。
「収穫した野菜は土間に積んであります。今日のもとっても素晴らしい出来ですね!」
弾んだ声に千郷も笑顔になる。しゃがみこむと、黄玉の頭をなでた。
「皆でちゃんと手入れしたもんね。今日は玄悟さんたちが狩りに出て肉を分けて下さるから、それと一緒に煮込んで食べようね」
「はい!」
千郷の身長の半分ほどしかない黄玉は、小さなほうきを握りしめて大きくうなずいた。
この女の童たちは皆一様に小さい。それぞれ、名前と同じ色の瞳と髪を持っている。
彼女たちと千郷が出会ったのは、彼女がこの村に来たばかりの頃。正直言うと千郷は赤子だったので何も覚えていない。
女の童たちはある日突然この村を訪れ、千郷の世話役を申し出た。自分たちの生い立ちを話さない彼女たちを神里たちは不審に思った。しかし、あまりにもきれいな瞳で見つめてくるので根負けし、この村に迎え入れた────というのを彼女に聞かされた。
女の童たちは千郷のことを"姫様"と呼び慕い、この小さな茅葺の家で育て上げた。不思議なことに彼女たちはいつまで経っても成長せず、ずっと幼子の姿のままだ。しかし、この村は様々な人間がいる。誰もそのことについてあえてふれることはしなかった。
「今日も野菜をお供えに行ったのだけれど、また兄様につまみ食いされてしまったわ」
「青一郎様ですか? 相変わらずですね」
紅玉ははたきを動かしながら鈴のようにコロコロと笑った。その隣で棚の上を布で拭いてる青玉がうっとりとした様子で、頬に手を当てた。
「それにしても時の女神様がうらやましいですー……」
「どうして?」
「毎朝、村の皆様からいろんなものを捧げられて……。おいしいものもきれいなものもたくさん……。青玉は一度でいいから皆から贈り物をされたいですー……」
おっとりとした青玉が豪胆な欲望を口にしたのを見て皆で笑った。
玄悟の母が熱を出したと聞き、かむりは見習いの巫と覡を連れて彼らの家を訪れた。
容態を見ると薬を煎じた。
熱冷ましになるミカムの実を薬研ですり潰し、白湯に溶いて母に飲ませた。これには睡眠作用があるので、摂取すればすぐに穏やかな顔で寝息をたて始める。
メキガの葉を叩いて柔らかくしたものを布に包み、一つは額に乗せてもう一つは首の後ろに巻いた。これも熱冷ましになる。
「これで大丈夫だ。思ったより軽い熱らしい。明日の朝には回復するだろう」
「ありがとうございました……」
この場にいる誰よりもがっしりとした大柄な男、玄悟。彼はあぐらをかいた膝の上で拳を握りしめて頭を下げた。
短く刈り上げた髪は男らしい。上げた顔の鋭い目は優しく細められている。
神里は”気にするな”、と豊かな髪を後ろに払ってあぐらをかいた。
四十代の彼女は目元に年齢が現れているが老いを感じさせない。
彼女は村の巫女であると同時に医者でもある。今日のように誰かが病に倒れたと聞けば薬草を持って訪れる。
「だから玄悟、今日の狩りには安心して行って来い。母上は私と白夜と朱里で診ているから」
「しかし……」
「僕からもお願いします。姉が昨夜から張り切っていたもので……」
「白里か? 相変わらずだのう、あのじゃじゃ馬は」
「はいはーい私からも! おいしい猪肉を食べたいです! 私の兄様も今日のことは楽しみにしていましたし」
神里の横でそれぞれ説得する二人の頭をクシャクシャとかき混ぜると、玄悟は歯を見せて笑った。
「分かった分かった、二人のきょうだいがそこまで言うなら中止にはできないな」
「そうだ。それに今日の狩りにはいい兆しが出ている。これを逃すのは馬鹿だけだぞ」
神里は片目を閉じて腕を組んだ。
玄悟は困ったように頬をかいた。立ち上がると三人に向かって頭を下げる。
「きっと白里も朱月も山に向かってるだろうから我もそろそろ参ります。母のことをよろしくお願い致します」
「あぁ。気をつけてな」
「猪肉楽しみにしていますー!」
「朱里……。よだれ垂れそうになってる……」
「おっと」
目を輝かせて手を振る彼女を白夜が諌める。
神里の後継候補として彼女の元で修行を始めた二人。17歳の朱里よりも16歳の白夜の方がしっかりしている。次期神里は白夜だろう、というのが村人たちの本音だ。そうなれば初めての男の神里の誕生だ。
玄武はカッカと笑いながら、槍が入った筒を背中に吊った。
大男を見送ると、三人は桶や薬研などを片付け始める。
神里は薬草の葉や実が入った小さな麻袋の口を縛った。使った分はまた山に……などと考えていると、朱里と白夜が談笑し始めた。
「ねぇねぇ、もうすぐ玄武さんと百里さんは結婚するのかなぁ? 昨日も百里さんがこの家に入っていくのを見たよ」
「朱里は相変わらずだな……。まぁでもそうなんじゃないかな。結婚秒読みって感じがするよね。本当にお似合いの二人だしさ」
「だよね~! なんかあの二人を見てると何ていうの……。すっごく尊いってなる。なんだろこの気持ち」
「出たよ朱里の謎発言」
朱里はおしゃべりに夢中になって手が止まっている。代わりに白夜が洗った桶を清潔な布巾で拭きあげた。
それを見ていた神里は喉の奥でクックと笑った。笑うと切長の瞳が狐のように吊り上がる。
「私にはお前たちもお似合いに見えるぞ? まるで夫婦だな」
「そんなことないですよー、若紫様」
「こら、朱里」
「あ……ごめんなさい」
白夜に袖を引かれると、朱里は反対の袖で口元を隠した。しかし神里は首を振り、片膝を立てた。
「皆の前でなければ構わん。……それで? そんなことないってのは」
神里が興味をある素振りを見せると、朱里は顔を輝かせて彼女の前に滑り込んだ。作業を放棄して。
「はい! 私は白夜に興味ないし、白夜が興味があるのはちーちゃんだからです!」
「朱里ぃ!?」
「あぁ、そうだったな。千郷に一目惚れだったな」
「神里様!」
白夜は派手な音を立てて桶を落とした。大きな声も上げたため神里に頭をはたかれる。
”なんで僕が……”と彼は涙目で玄武の母の方を振り返った。
白夜が千郷のことが好きなのは村の誰もが知っている話だ。千郷本人は気づいていないようだが。
「千郷は不思議だ。実を言うとお前たちよりも神職に向いている。だがあれは、巫女という器に収まる魂ではない……。もっと大きな────ヘタしたら神に近いかもしれんぞ」
「ちーちゃんならありえるかもしれませんね。不思議な女の童ちゃんズが突然やってくるような女の子、私が元いた里でもみたことないですもん」
そうだな、と神里はうなずいて麻袋をまとめた。
「そっち行ったぞ!」
玄武の力強い声に朱月はコクッとうなずく。下ろしていた弓を正面に構え、矢を放った。
鋭い音で空気を切り裂く矢は、獣道を走る猪に向かってまっすぐ飛んでいく。矢尻が光ったのをとらえたのか、猪の視線がわずかにそれる。しかし、すぐに体に衝撃が走ったのだろう。猪は咆哮を上げて体勢を崩した。
「白里!」
朱月は反対側の木の上に向かって叫んだ。
名前を呼ぶ前に彼女は木の上から飛び降りていた。
男物の衣に男のように短い髪の毛。弟よりも勇ましいと言われる彼女は鈍く光る刀を握りしめ、勢いよく猪にまたがる。硬い体毛を鷲掴むと急所を迷うことなく突き刺した。
逆立っていた猪の毛はなでつけられたように大人しくなる。
白里が跳びすさると猪は巨体をゆっくりと傾け、大きな音を立てて地面に伏した。
玄悟は手にした槍を拾うと筒の中に戻した。
「よくやった! 白里は狩りの天才だな!」
ボサボサになった白里の髪の毛をさらにクシャクシャとかき回す。
「ボクだけの力じゃない」
「おいおい……。口調まで変えなくたっていいだろ。無理して男のフリをする必要はないよ」
朱月が猪の手足を蔓で縛り上げながら苦笑いをした。しかし、白里は至って真面目な表情でアゴを持ち上げる。
「護衛になるんだ。生半可な気持ちでは務まらないだろ」
弟の白夜は元々、次期神里候補である朱里の護衛役になる予定だった。しかし、鍛えても腕っ節が強くないのと村の中で霊力が強めなこともあって彼は神里候補に選ばれた。そして彼の姉である白里が、白夜が護衛役になると申し出たのだ。
「元いた村では女も戦えるように、と常に鍛えられていたんだ。残念ながらそれを買われてボクと白夜は人買いにさらわれてしまったけどな……」
「そうか。それで助けられてここに来たんだっけか」
白里は肩にのった葉を払ってうなずいた。
当時、まだ幼かった彼女は恐怖に慄くのではなく大の男たち相手に小刀を振り回した。たった一人の家族である弟だけでも逃そうとして。しかし小刀を振り払われてしまい、殴られそうになったところで時永の村の腕っ節たちに救われた。
「ここでは女の仕事しかしてなかったから体が鈍ってしょうがなかったよ。こうして狩りに出たり薪割りをしたり、力仕事をする方が性に合っている」
「そうか。お前がいいならそれでいい。我々は鍛錬組だな!」
「なんだそれは」
「よく山を駆け回って体を鍛えているから」
「はは、間違いない」
朱月は猪にくくりつけた蔓を肩にかけて獲物を持ち上げた。自分の体重と同じくらいかそれ以上の猪を吊っても軽やかに笑っている。着物の袖で見えないが彼の二の腕は太い。
「朱里のヤツ、今日は絶対に猪鍋にするんだって昨日から楽しみにしてたんだよな……」
「それでまた辛ーいホグの粉と一緒に食べるんだろ? あの子の味覚は大丈夫なのか」
「兄の俺が言うのもなんだけど大丈夫じゃないと思う。なんでもホグをかけなければ気が済まないんだよな昔から……」
昔から、というのは朱月と朱里がここではない場所に住んでいた頃のこと。二人は遠く離れた忍の里の出身だ。
忍として育てられた朱月はどんな物でも武器にしてしまう乱定剣を得意とし、幼いながらも大人の忍たちと対等に戦えた。次期頭領は朱月か、と期待された矢先に火事に襲われた。自分の両親も家もすぐ猛火に包まれ、彼は妹と命からがら逃げ出した。そして行き着いたのがこの村だった。
「玄悟はずっとこの村に住んでいるんだろ?」
「あぁ。時永一族である父の元に母が嫁いできてな。その父は我が生まれてすぐに、隣村の連中に殺されてしまったが……」
「あの奇妙な村の? 怪しい連中ではあるがお父上を狙う理由がないだろ」
白里が眉を寄せると玄悟は筒の紐を握りしめた。
「隣村は神里様に選ばれる者の血が欲しいらしい」
「血? そんなものを手に入れてどうするんだ」
「霊力が強い者の血はどんな病も治し、この世のあらゆるものをひっくり返してしまう力を持つのだと……」
「そんなことがまさか────」
「父は先代の神里様の護衛中に殺されたと聞いている。当時の神里様も無傷ではなかったようだし。狙われた神里様をお守りして父は殺されたのかもしれない……」
この村に来て十年近く経っている二人だが、お互いにきょうだいのことを気にかけた方がいいのかもしれないとうなずき合った。
彼女────千郷もその一人。現在の神里が先代の元で修行していた頃、村の入り口で拾われた。
当時、赤子だった彼女は村全体で育てられた。
この村には血の繋がりを持つ者が少ない。そのせいか、突然村にやってきた者でも快く受け入れる。
千郷も村で乳飲み子を持つ母親たちに我が子同然で乳を与えられ、大切に育てられた。
そんな彼女も17歳の立派な娘。
朝日が差し込む茅葺き屋根の家が千郷の家だ。
目覚めた彼女は布団をはがし、そっと立ち上がった。周りには千郷のものより一回りも二回りも小さな布団の上に幼子が転がっている。五人の子たちはさまざまな方向を向いて敷き布団からはみ出ている。足元では掛け布団が蹴られてくしゃくしゃになっていた。
いつもの朝と変わらぬ姿に笑いが込み上げる。声を出さないように口角だけ上げ、一人ずつ敷き布団の中央に移動させ、布団をかけてやった。
物音を立てないように部屋の隅に移動し、寝巻きから着替えた。そばに掛けてある腰紐を取って素早くたすき掛けをする。
土間の出入り口にある平たいザルを手に取って表に出た。
朝のひんやりとした空気に包まれると、眠たかった目がぱっちりと覚める。
夏は過ぎ去り、秋が深まった。木の匂いを含んだ空気を思い切り吸い込むと、体もシャッキリしたようだ。
千郷はザルを小脇に抱えると家の裏にある畑へ行き、様々な野菜が植わった畝の間にしゃがみ込んだ。
いい頃合いに育った野菜たちを、歪な形をしたものとそうでないものとで分けながら収穫していく。満足いく量になるとザルを持ち上げ、小さな井戸の前に移動した。ここは手を洗ったり洗濯をできるように、と簡単な屋根がある。
千郷が鉄製の取手を何度か押すと、水が勢いよく飛び出してきた。手を洗い、安定して連続で水が出るようになると、収穫したばかりの野菜を手際よく洗い始めた。これは深い井戸から楽に水を汲んで使えるようにと、何十年も前に一族の者が開発した。
全て洗い終え、懐にしまっていた手拭いで野菜を拭き上げる。今度は籠にそれらをお行儀よく並べた。これも一族のある者が作り上げた籠で、千郷が育てた野菜と物々交換をした。
それを持って千郷が向かったのは村の中心地。
ここは小高い丘になっており、大きな岩が鎮座している。岩は雨風を凌げるように木の屋根で守られていた。
岩の前の祭壇には果物や野菜がきれいに磨かれて供えられていた。その近くには農具や刃物も。
千郷も自分が作った野菜を籠ごと祭壇に供えると、岩の前に恭しく跪く。
そっと手を合わせて目を閉じると、心の中が澄んでいくようだ。
この岩は“時の女神”という、正体不明の神の御神体。時永一族を見守っているらしい。
初代神里が幼い頃に出会った美しい女人が”時の女神”と名乗ったそうだ。初代神里が話しかけたところ、涙を流して岩に姿を変えたらしい。この話は千郷が幼い頃、現在の神里に何度も聞かされた。”お前もいずれは子らに聞かせるのだぞ”、と。
千郷は時の女神に心の中で日々の感謝を伝えた。顔も知らない親に捨てられたがこの村に拾われて幸せに暮らしていること、毎日おいしい野菜を育てられること、大切だと思える人たちに出会えたこと。きっと自分の運だけでは得られなかった幸福だ。どんな理由かはわからないが、時の女神と不思議な縁があるのだろうと思う。
「今日も早いな、千郷」
”今日も一日楽しく過ごせますように”と心の中で締めて微笑むと、青年の声がした。
「兄様……。おはようございます」
青年は青一郎。千郷の二個上の19歳で、幼い頃によく遊んでもらった。今でも兄様と呼び慕っている。
彼の手には一本のかんざし。黒い一本軸で、布で作られた赤い花が先端に咲いている。
「もう子どもじゃないんだから兄様呼びじゃなくてもいいんじゃないか?」
「でも、私にとって兄様は兄様だから」
「ははっ、嬉しいことを言ってくれるなぁ!」
青一郎はよく通る声で笑った。
千郷の横に並ぶと祭壇の隅にかんざしを供え、同じように手を合わせた。
彼は腕のいいかんざし職人で、町に売りに出ると夕方には売上を持って帰ってくる。
目鼻立ちが整っており、柔らかい癖っ毛を乱雑にまとめた髪が彼によく似合っていて、若い娘を中心によくモテた。
自分の作ったかんざしを愛おしそうに眺めるきれいな横顔に、千郷は見惚れていた。
実は彼女も青一郎に恋うる娘の一人だ。しかし、きょうだいのような関係が終わってしまうのが怖くて"好き"と言ったことはない。言う勇気もなかった。
青一郎は供えたかんざしから目を離した。
今度は軽く手を合わせ、千郷が作った野菜を手に取ってそのままかぶりついた。
「あっ! お供物を!」
「お、今日もうまいなぁ。千郷の作る野菜は本当にうまいぜ」
彼は真っ赤なコマイの実に続けてかぶりつく。瑞々しいコマイの果汁が彼の口の端から垂れ落ちた。
青一郎は何気なく言ったつもりなのだろうけど、千郷にとっては最上級の褒め言葉だ。どんなご褒美にも勝る。
実を言うとこれは毎朝の恒例行事だ。野菜を供えにくると青一郎が先にいるか、すぐ後からやってくる。彼は自分の作ったかんざしを供えると、千郷の野菜を食べる。
お供物だから褒められた行動ではないのだろうが、"一瞬でもお供えをしたならもう大丈夫だ。こんなことで天罰を下す神様ではないだろ"と言うのが彼の言い分。確かに彼がバチに当たったところは見たことがない。だが、そういう問題ではない気がする。
青一郎は何度も"うまい"と呟き、満足そうに最後の一口を飲み込んで千郷に向かって手を合わせた。
「ごっそーさん! 千郷が作った野菜はこの村一番だ!」
「お……お粗末様でした…?」
戸惑いがちに会釈を返すと、突然現れた影が青一郎の頭を掴んだ。
「せぇいちろおぅっ! あんた、朝はいつも妙に早いわね!」
「ひっ……姉ちゃん……?」
勇ましい声と共に人影が現れた。そこには青一郎の髪を真っ直ぐに伸ばしたような、ちょっときつめの美人。気配もなく背後をとった姉に、青一郎は肩を震わせた。
「百里さん。おはようございます」
「あら千郷ちゃん。おはよう」
百里は青一郎に負けないほど上背があるので、千郷よりも大柄な女だ。彼女は千郷と視線を合わせるように腰をかがめ、にっこりと笑った。
彼女は小脇に抱えていた布を祭壇にそっと供え、手を合わせた。
薄緑色の綺麗な布。若草をそのままうつしとったような鮮やかな色だ。ふれたら若葉のように柔らかそうだ。
彼女は腕のいい染め物師で、どんな色でも生み出して見事に染め上げてしまう。彼女の染めた生地は若い娘や新しい物好きに人気で、町に売りに出ると夕方には売上で食材を買って帰ってくる。
千郷も彼女によく可愛がられ、時々試作の生地を譲ってもらっては着物を仕立てている。
「姉ちゃんは何しに来たんだよ」
「これをお供えに来たのと神里様のところに用事があって……って、あんた。今日は山でセンザシの葉を取りに行くって約束したでしょうが。あれは朝のうちに取りに行かないと黒ずんだ汁しか出ないからさっさと帰ってきなさいよ!」
「げ……忘れてた……」
「待ちなさい!」
「じゃあな千郷!」
脱兎の如く駆け出した青一郎を、百里は猛獣の如く追いかける。あんな感じではあるが仲のよい姉弟だ。微笑ましい光景に千郷は羨ましく思いながら聖域を後にした。
千郷が家に戻ると、起きた幼子たちが掃除をしていた。彼女たちは忙しなく動き回っていたが、千郷の姿を見付けると手を止めた。体の前で手をそろえると、お行儀よく頭を下げた。
「姫様。おかえりなさい!」
幼子たち────女の童のまとめ役、黄玉が千郷の元に駆け寄る。
「収穫した野菜は土間に積んであります。今日のもとっても素晴らしい出来ですね!」
弾んだ声に千郷も笑顔になる。しゃがみこむと、黄玉の頭をなでた。
「皆でちゃんと手入れしたもんね。今日は玄悟さんたちが狩りに出て肉を分けて下さるから、それと一緒に煮込んで食べようね」
「はい!」
千郷の身長の半分ほどしかない黄玉は、小さなほうきを握りしめて大きくうなずいた。
この女の童たちは皆一様に小さい。それぞれ、名前と同じ色の瞳と髪を持っている。
彼女たちと千郷が出会ったのは、彼女がこの村に来たばかりの頃。正直言うと千郷は赤子だったので何も覚えていない。
女の童たちはある日突然この村を訪れ、千郷の世話役を申し出た。自分たちの生い立ちを話さない彼女たちを神里たちは不審に思った。しかし、あまりにもきれいな瞳で見つめてくるので根負けし、この村に迎え入れた────というのを彼女に聞かされた。
女の童たちは千郷のことを"姫様"と呼び慕い、この小さな茅葺の家で育て上げた。不思議なことに彼女たちはいつまで経っても成長せず、ずっと幼子の姿のままだ。しかし、この村は様々な人間がいる。誰もそのことについてあえてふれることはしなかった。
「今日も野菜をお供えに行ったのだけれど、また兄様につまみ食いされてしまったわ」
「青一郎様ですか? 相変わらずですね」
紅玉ははたきを動かしながら鈴のようにコロコロと笑った。その隣で棚の上を布で拭いてる青玉がうっとりとした様子で、頬に手を当てた。
「それにしても時の女神様がうらやましいですー……」
「どうして?」
「毎朝、村の皆様からいろんなものを捧げられて……。おいしいものもきれいなものもたくさん……。青玉は一度でいいから皆から贈り物をされたいですー……」
おっとりとした青玉が豪胆な欲望を口にしたのを見て皆で笑った。
玄悟の母が熱を出したと聞き、かむりは見習いの巫と覡を連れて彼らの家を訪れた。
容態を見ると薬を煎じた。
熱冷ましになるミカムの実を薬研ですり潰し、白湯に溶いて母に飲ませた。これには睡眠作用があるので、摂取すればすぐに穏やかな顔で寝息をたて始める。
メキガの葉を叩いて柔らかくしたものを布に包み、一つは額に乗せてもう一つは首の後ろに巻いた。これも熱冷ましになる。
「これで大丈夫だ。思ったより軽い熱らしい。明日の朝には回復するだろう」
「ありがとうございました……」
この場にいる誰よりもがっしりとした大柄な男、玄悟。彼はあぐらをかいた膝の上で拳を握りしめて頭を下げた。
短く刈り上げた髪は男らしい。上げた顔の鋭い目は優しく細められている。
神里は”気にするな”、と豊かな髪を後ろに払ってあぐらをかいた。
四十代の彼女は目元に年齢が現れているが老いを感じさせない。
彼女は村の巫女であると同時に医者でもある。今日のように誰かが病に倒れたと聞けば薬草を持って訪れる。
「だから玄悟、今日の狩りには安心して行って来い。母上は私と白夜と朱里で診ているから」
「しかし……」
「僕からもお願いします。姉が昨夜から張り切っていたもので……」
「白里か? 相変わらずだのう、あのじゃじゃ馬は」
「はいはーい私からも! おいしい猪肉を食べたいです! 私の兄様も今日のことは楽しみにしていましたし」
神里の横でそれぞれ説得する二人の頭をクシャクシャとかき混ぜると、玄悟は歯を見せて笑った。
「分かった分かった、二人のきょうだいがそこまで言うなら中止にはできないな」
「そうだ。それに今日の狩りにはいい兆しが出ている。これを逃すのは馬鹿だけだぞ」
神里は片目を閉じて腕を組んだ。
玄悟は困ったように頬をかいた。立ち上がると三人に向かって頭を下げる。
「きっと白里も朱月も山に向かってるだろうから我もそろそろ参ります。母のことをよろしくお願い致します」
「あぁ。気をつけてな」
「猪肉楽しみにしていますー!」
「朱里……。よだれ垂れそうになってる……」
「おっと」
目を輝かせて手を振る彼女を白夜が諌める。
神里の後継候補として彼女の元で修行を始めた二人。17歳の朱里よりも16歳の白夜の方がしっかりしている。次期神里は白夜だろう、というのが村人たちの本音だ。そうなれば初めての男の神里の誕生だ。
玄武はカッカと笑いながら、槍が入った筒を背中に吊った。
大男を見送ると、三人は桶や薬研などを片付け始める。
神里は薬草の葉や実が入った小さな麻袋の口を縛った。使った分はまた山に……などと考えていると、朱里と白夜が談笑し始めた。
「ねぇねぇ、もうすぐ玄武さんと百里さんは結婚するのかなぁ? 昨日も百里さんがこの家に入っていくのを見たよ」
「朱里は相変わらずだな……。まぁでもそうなんじゃないかな。結婚秒読みって感じがするよね。本当にお似合いの二人だしさ」
「だよね~! なんかあの二人を見てると何ていうの……。すっごく尊いってなる。なんだろこの気持ち」
「出たよ朱里の謎発言」
朱里はおしゃべりに夢中になって手が止まっている。代わりに白夜が洗った桶を清潔な布巾で拭きあげた。
それを見ていた神里は喉の奥でクックと笑った。笑うと切長の瞳が狐のように吊り上がる。
「私にはお前たちもお似合いに見えるぞ? まるで夫婦だな」
「そんなことないですよー、若紫様」
「こら、朱里」
「あ……ごめんなさい」
白夜に袖を引かれると、朱里は反対の袖で口元を隠した。しかし神里は首を振り、片膝を立てた。
「皆の前でなければ構わん。……それで? そんなことないってのは」
神里が興味をある素振りを見せると、朱里は顔を輝かせて彼女の前に滑り込んだ。作業を放棄して。
「はい! 私は白夜に興味ないし、白夜が興味があるのはちーちゃんだからです!」
「朱里ぃ!?」
「あぁ、そうだったな。千郷に一目惚れだったな」
「神里様!」
白夜は派手な音を立てて桶を落とした。大きな声も上げたため神里に頭をはたかれる。
”なんで僕が……”と彼は涙目で玄武の母の方を振り返った。
白夜が千郷のことが好きなのは村の誰もが知っている話だ。千郷本人は気づいていないようだが。
「千郷は不思議だ。実を言うとお前たちよりも神職に向いている。だがあれは、巫女という器に収まる魂ではない……。もっと大きな────ヘタしたら神に近いかもしれんぞ」
「ちーちゃんならありえるかもしれませんね。不思議な女の童ちゃんズが突然やってくるような女の子、私が元いた里でもみたことないですもん」
そうだな、と神里はうなずいて麻袋をまとめた。
「そっち行ったぞ!」
玄武の力強い声に朱月はコクッとうなずく。下ろしていた弓を正面に構え、矢を放った。
鋭い音で空気を切り裂く矢は、獣道を走る猪に向かってまっすぐ飛んでいく。矢尻が光ったのをとらえたのか、猪の視線がわずかにそれる。しかし、すぐに体に衝撃が走ったのだろう。猪は咆哮を上げて体勢を崩した。
「白里!」
朱月は反対側の木の上に向かって叫んだ。
名前を呼ぶ前に彼女は木の上から飛び降りていた。
男物の衣に男のように短い髪の毛。弟よりも勇ましいと言われる彼女は鈍く光る刀を握りしめ、勢いよく猪にまたがる。硬い体毛を鷲掴むと急所を迷うことなく突き刺した。
逆立っていた猪の毛はなでつけられたように大人しくなる。
白里が跳びすさると猪は巨体をゆっくりと傾け、大きな音を立てて地面に伏した。
玄悟は手にした槍を拾うと筒の中に戻した。
「よくやった! 白里は狩りの天才だな!」
ボサボサになった白里の髪の毛をさらにクシャクシャとかき回す。
「ボクだけの力じゃない」
「おいおい……。口調まで変えなくたっていいだろ。無理して男のフリをする必要はないよ」
朱月が猪の手足を蔓で縛り上げながら苦笑いをした。しかし、白里は至って真面目な表情でアゴを持ち上げる。
「護衛になるんだ。生半可な気持ちでは務まらないだろ」
弟の白夜は元々、次期神里候補である朱里の護衛役になる予定だった。しかし、鍛えても腕っ節が強くないのと村の中で霊力が強めなこともあって彼は神里候補に選ばれた。そして彼の姉である白里が、白夜が護衛役になると申し出たのだ。
「元いた村では女も戦えるように、と常に鍛えられていたんだ。残念ながらそれを買われてボクと白夜は人買いにさらわれてしまったけどな……」
「そうか。それで助けられてここに来たんだっけか」
白里は肩にのった葉を払ってうなずいた。
当時、まだ幼かった彼女は恐怖に慄くのではなく大の男たち相手に小刀を振り回した。たった一人の家族である弟だけでも逃そうとして。しかし小刀を振り払われてしまい、殴られそうになったところで時永の村の腕っ節たちに救われた。
「ここでは女の仕事しかしてなかったから体が鈍ってしょうがなかったよ。こうして狩りに出たり薪割りをしたり、力仕事をする方が性に合っている」
「そうか。お前がいいならそれでいい。我々は鍛錬組だな!」
「なんだそれは」
「よく山を駆け回って体を鍛えているから」
「はは、間違いない」
朱月は猪にくくりつけた蔓を肩にかけて獲物を持ち上げた。自分の体重と同じくらいかそれ以上の猪を吊っても軽やかに笑っている。着物の袖で見えないが彼の二の腕は太い。
「朱里のヤツ、今日は絶対に猪鍋にするんだって昨日から楽しみにしてたんだよな……」
「それでまた辛ーいホグの粉と一緒に食べるんだろ? あの子の味覚は大丈夫なのか」
「兄の俺が言うのもなんだけど大丈夫じゃないと思う。なんでもホグをかけなければ気が済まないんだよな昔から……」
昔から、というのは朱月と朱里がここではない場所に住んでいた頃のこと。二人は遠く離れた忍の里の出身だ。
忍として育てられた朱月はどんな物でも武器にしてしまう乱定剣を得意とし、幼いながらも大人の忍たちと対等に戦えた。次期頭領は朱月か、と期待された矢先に火事に襲われた。自分の両親も家もすぐ猛火に包まれ、彼は妹と命からがら逃げ出した。そして行き着いたのがこの村だった。
「玄悟はずっとこの村に住んでいるんだろ?」
「あぁ。時永一族である父の元に母が嫁いできてな。その父は我が生まれてすぐに、隣村の連中に殺されてしまったが……」
「あの奇妙な村の? 怪しい連中ではあるがお父上を狙う理由がないだろ」
白里が眉を寄せると玄悟は筒の紐を握りしめた。
「隣村は神里様に選ばれる者の血が欲しいらしい」
「血? そんなものを手に入れてどうするんだ」
「霊力が強い者の血はどんな病も治し、この世のあらゆるものをひっくり返してしまう力を持つのだと……」
「そんなことがまさか────」
「父は先代の神里様の護衛中に殺されたと聞いている。当時の神里様も無傷ではなかったようだし。狙われた神里様をお守りして父は殺されたのかもしれない……」
この村に来て十年近く経っている二人だが、お互いにきょうだいのことを気にかけた方がいいのかもしれないとうなずき合った。
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