時の女神の宿命

堂宮ツキ乃

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 この日も千郷は採れたての野菜を時の女神に捧げた。

 しばらくすると青一郎がやってきて彼女の野菜をつまみ食いし、姉の百里に頭をはたかれた。昨日と全く同じ、というかほぼ毎日繰り広げられる光景だ。

「あんたは全くもう……」

「百里さん、私は大丈夫ですから」

「ごめんね千郷ちゃん……。青一郎バカのお詫びに今度、あなたの野菜と私の染物を交換しましょうね」

「はい!」

 百里の提案に千郷は顔を輝かせた。ちょうど、秋用に着物を仕立てたいと思っていたところだった。

 あざやかな紅葉色か、落ち着いた桔梗色か。彼女に頼めば想像の何倍以上に美しく仕上げてくれるだろう。

 一人取り残された青一郎は、姉の肩に手を置いて割り入った。

「じゃ、じゃあ! 俺の新作かんざしも千郷にあげるよ。姉ちゃんの染物で仕立てた着物に合うように作るからさ」

「いいんですか……?」

 青一郎の提案に百里が彼の脇腹をつつく。

「いいに決まってるじゃない! コイツはタダ食いのバカなんだから」

 千郷は職人姉弟のやりとりに笑いながら嬉しくなった。百里の美しい染物で着物を仕立てることも、青一郎にかんざしを作ってもらえることも。

 きっと青一郎は普段のお礼とかそういう理由なのだろうけど、好きな人から贈られる装飾品は特別だ。

「今度のかんざしは白木のシバミを使ってみようと思ってるんだ。あと乾燥させた花も。千郷、お前は何色が好きなんだ?」

「色……」

 突然聞かれ、千郷は家にいる女の童たちがすぐに思い浮かんだ。どれも好きだがどれかと聞かれたら。

「白……。白が好きです」

 千郷の答えに二人は固まり、つい百里が本音をもらしてしまう。

「それは色なのかしら……」

「野暮なことを言うんじゃねぇーよ姉ちゃん。千郷が好きって言ってんだからいいだろ。それに白と一口に言っても二百色あんだよ」

「そっ、そうね。私も白はいいと思う! 白い生地を見るとどんな色に染めようかってワクワクするもの」

「職業病かよ……。まぁ、とりあえず分かった! 白だな。実を言うと使ったことない色だが挑戦してみるよ。楽しみにしててくれよ」

「ありがとうございます! 兄様」

 嬉しい。青一郎が自分のためにかんざし作りに取り掛かってくれる。しかもまだやったことがない方法と材料で。

 千郷の明るくなった顔に百里はわずかに目を見開き、何度も深く頷いた。

「それじゃあ……千郷ちゃん。青一郎と染料探しに出かけて来るわね」

「は……はい! お気をつけて」

「じゃーなー千郷。またな」

「はい……兄様」

 彼を見送る彼女の表情は寂しそうだが、見つめる瞳からは愛しさがあふれていた。





 二人が山に向かったのを見送り、千郷も家に戻ることにした。きっと女の童たちが起きて朝食を準備している。

 大きな岩に頭を下げて後ろを振り返ると、白い着物と青い袴を身につけた少年が固まっていた。

 丸みを帯びた髪型と大きな瞳。姉によく似た顔立ちで、少年にしては可愛らしさがある。

「白夜? おはよう」

「お……あ……おはようございます!!」

 音量調節ができていない声で挨拶に驚いたが、千郷は柔らかく微笑んだ。

「今日は随分と早いんだね。一人?」

「は、はい。早く目覚めてしまって。朝日を浴びながら時の女神様にご挨拶に伺いました」

 次期神里かむり候補である白夜は、日中はほとんど神里かむりと行動を共にしている。そこには朱里も。そのどちらとも一緒でないのは珍しい。

 それ以上会話が続くことはなかったので、千郷は"じゃあね"と短く言ってその場から去った。










「……はあぁぁぁ~…………」

 千郷の後ろ姿を見送った白夜は、その場に座り込んで顔を覆った。

 驚いた。千郷が毎朝、時の女神に野菜を供えることは知っていたが、バッタリ会うとは思っていなかった。心の準備をしていなかったので心臓はバクバク、話し方も不自然で目も顔も合わせられなかった。

 どもってしまって気持ち悪がられなかっただろうか。寝癖も大して直してこなかった。

(今日も千郷さんは綺麗だったな……)

 ご神体の前で手を合わせる彼女の姿は美しくて。朝日を浴びた後ろ姿は神々しかった。

 彼女が何を祈っていたのかは分からない。ただ、その時の彼女には声をかけてはいけない雰囲気を持っていた。

 白夜は手をずらして目だけ出す。視線を落として小さく息を吐いた。

(僕なんて……永遠に想いを伝えられないんだろうな)

 いくら好きでも千郷とは心の距離が遠いまま。どんなに近くで話しても、彼女には手が届かないと昔から感じていた。










 青一郎は森で木の枝を拾っていた。

 シバミの木はこの時期になると樹皮を真っ赤にさせ、枝が落ちる。枝はどれも大人の手足くらいの長さと太さだ。

 真っ赤な樹皮は簡単に剥け、中からは白い木肌を見せる。以前から気になっていた木だが、かんざしの材料として目をつけたのは最近だ。

 枝を拾っては背負った籠に放り投げていく。地面を見ている間も、思い浮かべるのは愛しい人の顔。

 妹だとずっと思っていたが、美しく成長していく千郷を見て心が揺らがないわけがなかった。

 しかし、想いを伝えるわけにはいかない。彼女のことを思う少年のことを知っているからだ。おそらく自分と同じくらい長い期間。

(歳の近い白夜と結ばれた方が幸せだろうか……)

 千郷の気持ちは知らない。彼女が誰かに恋うる姿はなぜか想像できなかった。隣に誰かが並ぶ姿も。

 そろそろ身を固めたらどうだ、と神里かむりには言われている。姉も結婚するしめでたい話が続くのは悪くないだろう、と。

 だが弟のことが心配だ。誰よりも職人気質な弟の青二郎せいじろう。気づくと食事も睡眠も取らないし、外に出ることもない。弓矢の材料はいつも、百里と青一郎で採取している。

 両親は青二郎のことは自分たちが見てるから安心しなさい、と言ってくれている。だが、二人にはそろそろ子どものことは気にせず生きてほしいと思う。三人も育てたのだ。二人だけで仲睦まじく過ごすのもありだと思う。

『青二郎にはそろそろ独り立ちしてもらわねばな。いつまで経っても引きこもらせておくわけには』

 神里かむりは以前から青二郎のことを気にかけていた。というよりは外に連れ出したがっているようだった。自分で材料を採取しない内は一人前の職人とは認められない、と彼女は厳しい顔をする。

 自分たち家族が甘やかし過ぎたのだろうか。色白で線が細くて、幼い頃は少女にしか見えなかった末っ子。よく遊んでやったし、おやつも分け与えた。

 青一郎は背負っていた籠を地面に下ろし、草鞋を脱いだ。玄吾の手足のようなシバミの枝を選んで足をかけ、するすると登っていく。周りよりも一回り小さな木なので、あっという間にてっぺんにたどり着いてしまった。

 太い枝に腰かけると、近くにぶら下がっている白い木の実を取った。親指の第一関節ほどの大きさで楕円形の形をしたそれは、中に甘い実が入っている。硬いが、力のある男なら素手で割ることができる。毎年この時期はシバミの実を大量に拾った子どもたちが、狩りから帰ってきた玄吾の周りに群れているのを見かける。

 自分が子どもの頃も、当時から筋肉バカだった友に割るのを頼んでいた。

 手の中でバキッと派手な音を鳴らすと、綺麗に真っ二つになった殻を下の籠に落とした。堅い殻はかんざしの装飾に使えそうだ。軽く彫って模様をつけ、色をつける。きっと娘たちの目をたちまち奪うだろう。

(千郷に似合うかんざしを……。楽しみだな)

 想い人に髪飾りを使ってもらえる。そう考えるだけで浮足立つ。

 シバミの実を口に放り込むと、まだ熟しきってないのか甘さの中にほろ苦さを感じた。
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