たとえこの恋が世界を滅ぼしても5

堂宮ツキ乃

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1章

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 この日、夜叉やしゃは久しぶりに戯人族のへ訪れた。父親がかつて過ごした和室の前に立つと、花の香りが鼻腔をくすぐった。

「…舞花まいか

「ようんしたね、夜叉」

 遠慮気味に名前を呼ぶと彼女が襖を開けて現れた。娘のことを優しく抱きしめると、淡くほほえんで歓迎した。

「変わりないようで安心しんした」

「舞花もね」

「もうすぐ修学旅行でありんすね。準備は進んでいるかえ?」

「うん。今度の週末は皆で買い物にも行くんだよ。舞花にもお土産を買ってくるね」

「楽しみにしておりんす」

 和室に通されると、着物姿の少女がお茶とお菓子を運んできた。

「あ、栗きんとんだ!」

 黒文字が添えられた小皿を見た夜叉は身を乗り出して顔を輝かせた。歳相応ではない子どもっぽい表情に少女は苦笑いをしたが、スッと静かに部屋の外に出た。

「これが好きかえ?」

「うん。茶巾しぼりってなんか可愛いじゃん。しかもおいしい」

 彼女は舞花に勧められるがままに黒文字を手に取った。小さく切って口に運ぶと幸せそうに顔をほころばせて頬を押さえた。

「わっちの分も食べなんし」

「え、いいの?」

「あい。主がそんなに好きだとは知りんせんでした」

 舞花は自分の小皿を夜叉に差し出し、自分は湯吞みを持ち上げた。ここは気温や景色による季節感は感じられないとは言え、こうして季節のお菓子を見ることで味わうことができる。最近は秋の味覚を使ったものがよく出される。

 今持っている湯のみもそうだ。季節に合わせて柄の花や草木が変わる。

「こういうのって誰が選んでるの?」

「その一族の配膳係でありんす」

「へ~…そういえばそういう人たちとはあんまり話したことがないかも」

「あとで青龍様たちへのご挨拶に伺いながら様子を見学しに行きんすか」

「そうだね。…なんだか舞花は、すっかりこっちの人だなぁ…」

 夜叉は眉を少し落として寂しそうに笑った。

 少し前までは常に一緒にいたのに。他の人には姿が見えずともいつも見守られて心強かった。

「あ、ねぇ! 舞花も一緒に北海道に行こうよ」

「わっちも?」

「うん。行ったことないって言ってたでしょ? 青龍さんに頼んで休みもらって行っちゃお」

「うーん…」

 自分の名案に目を輝かせて拳を握った夜叉とは対照的に、舞花は頬に手を当てて天井を見つめた。その表情には迷いが生じている。

「今は一族の心のケアを行っておりんす。朱雀すざく様と朝来あさきのことで…」

「…あぁ」

 全てを語らなくても分かる。夜叉は視線を斜め下へ落として黒文字を小皿へ戻した。

 かつてこの一族の頭領であった朱雀は夜叉の父親でもある。彼は朝来という悪魔に殺されたと思われ、一族の者は恨みに思っていた。しかし朱雀の真実が書かれた遺書が見つかり再調査を行ったところ、朱雀自身がそれを望んだことが分かった。

 彼は自分の力をコントロールできなくなっていたのだ。いつ自分の力が暴走して大切な人たちの命を奪ってしまうか分からない。そう悟った朱雀は、ひそかにかくまっていた悪鬼あっき────朝来に自分の命を絶つように頼んだ。

 舞花は湯飲みを持ったまま膝に乗せると小さく息を吐きだした。

「あの2人が戻って来ないのもこれが原因なのかもしれんせん」

「そうだよね…でなきゃこんな長いこと帰ってこないなんてありえないよね」

 2人でしゅんとして言葉が紡げずにいると、外でガタンと激しい物音が響いた。顔を上げると、障子に2人分の影が現れた。外の木組みの明かりに照らされて障子は黄金色に染まり、影の黒さと綺麗なコントラストを生み出している。

 どうやら片方がもう片方のことをこの部屋に入れたがっているらしい。片方がさっさと突入しろと言いたげに体を押しているが、押されている方はやめろバカという風に必死に抵抗して部屋の前から逃げ出そうとしている。

「何してんの…」

 部屋の中にいる2人は呆れた表情で障子を見つめていたが、やがて夜叉が立ち上がって怪しげな2人の影に近づいた。

「ちょっと、用があるんならさっさと来れば…ん?」

 そう話しながら障子を勢いよく開けると、影は驚いて動きを止めたがそれは夜叉も同じだった。

 目の前にいるのは随分久しぶりに会うおさげと、実際に会うのは初めてだが夜叉が一方的に見慣れている白髪の少女だった。
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