たとえこの恋が世界を滅ぼしても5

堂宮ツキ乃

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1章

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 阿修羅が美百合と初めて会ったのは40年ほど前のこと。

 彼女が戯人族の新たな仲間としてやってきたのは、阿修羅がすでに自分の年齢を数えるのをやめた頃だった。実際に会ったのはもう少し先のことだ。

 戯人族の中で最年少の彼女は一目見て白虎族だと分かった。白く長い髪をなびかせ、黄金色の瞳を細めた様子は頭領のひとりである白虎を彷彿とさせる。

「よろしくね、阿修羅君」

 美百合を連れてきたのは、元は人間だったという摩睺羅伽だった。彼女は人間界に降りて音楽業界で働いているという。

 この日戯人族のに帰ってきていた阿修羅は久しぶりの新たな仲間に驚きつつ、美百合の姿に違和感を覚えた。

 彼女は同じ一族であると言うのに右目が閉ざされていない。摩睺羅伽の後ろで謎めいたほほえみで阿修羅のことを見つめている。まるで懐かしい知り合いに久しぶりに会ったかのような、はたまたいいからかい相手ができたかのような、簡単には読めない表情だ。

「あの、ところで────」

「あなた、あれに似てるわね」

 彼女からの視線に逃げつつ摩睺羅伽に声をかけると、タイミングがいいのか悪いのか美百合に遮られた。

「何か」

 空気が読めないのか…。摩睺羅伽と違って元は人間ではないらしいので誰かと話すのに気を遣ったことはないのだろう。仕方ないことだとは分かっているが、先ほどから理由もなくじっと見つめられて気分を害している。阿修羅は苛立ち気味に早口で聞き返した。

 美百合は阿修羅の怒りには一切気づいていないようで、口角が上がった唇に指を添えた。

「氷の妖精よ…体が透明で内臓が丸見えなヤツ」

「は…?」

「美百合…言葉を選びなさい…」

 摩睺羅伽はおもしろそうにほほえんだ美百合に頭を抱えた。

 聞く限り正体不明の妖怪か何かに例えられているようで、滅多に怒らないことで有名な阿修羅のこめかみに青筋が浮かんだ。

 妖精と言ったが体が透明で内臓が丸見えとは一体何のことなのだろう。初対面で失礼なことを言われて黙っていられるほど沸点は低くない。

「あ、しゅら…君?」

 隣で摩睺羅伽が遠慮がちに小さな声で彼の顔をのぞきこんだ。だが今の阿修羅にはそれに反応する余裕がない。彼女には悪いが阿修羅は美百合のことをキッとにらみつけた。

「…それ以上口が過ぎたら今後、貴様の仕事には一切協力しない」

「大丈夫よ。私たちの仕事はあなたの手を借りるようなことは決して無いわ」

「ちょっともう…」

 出会ってまだ数分しか経っていないというのに早くも険悪な雰囲気が漂っている。摩睺羅伽はますます頭が痛くなったのか泣きそうな顔でこめかみを押さえた。



「私が我を失うきっかけは合唱する声を聴いた時。私にはあれが竜巻のようにぐるぐると頭の中で回ってひどく心が乱れる。そして気づけば辺りには窒息しかけた者たちが転がっている」

「窒息…」

 青龍の部屋を出て連れられるがままに美百合の部屋に訪れた。マリンブルーが所々に使われた調度品が置かれ、彼女自身もマリンブルーのワンピースに着替えている。中世ヨーロッパを思わせる袖が広がったワンピースで腰にはコルセットを締めていた。さすがは芸能人と言うべきか服に着られているという感じはない。

 美百合は1人掛けのソファに姿勢よく膝の上で手を組み、さきほどまでのからかい口調はどこへやらシリアスな表情と静かな声で語った。

「そういうことが何度もあった。時にはサラを巻き込んだこともあったわ。こうなるんだったらもう目を開けるのはやめようかとも思ったけど私のプライドがそれを許さない。だからいっそ、この狂気を食べてしまおうと思ったの」

「食べる?」

 突然何を言い始めたのか…阿修羅は深く考える前に聞き返した。美百合は目を伏せると胸を手で押さえ、自分の狂気だったもの・・・・・・・に言い聞かせるように優しい声色になった。

「この力はまぎれもなく私自身の力。ただし言う事を聞かない悪い子。だから…食べちゃった」

「だから食べるって…」

 わけのわからない…というか食べ物ではないものを食べたなんてお腹を壊すどころでは済まなさそうである。声は優しいのにやったことは残酷だ。引きつった表情の阿修羅の前で、美百合は満面の笑みで小さく舌をのぞかせた。
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