たとえこの恋が世界を滅ぼしても5

堂宮ツキ乃

文字の大きさ
6 / 29
1章

しおりを挟む
「…それからは羅刹と共に修行に励みました。血の海と化した戦場へ赴き、力を開放して発作を操ろうと試みました。しかし何度も血に狂い人々を傷つけそうになりました。その度に羅刹や摩睺羅伽さんに止められ、ようやく自分自身の狂気を取り入れることに成功しました」

 夜叉は顔を青ざめさせて口元を覆い、彼と2人で絡新婦じょろうぐもという巨大な蜘蛛女の妖怪と対峙した時のことを思い出した。

 あの時、血にまみれた阿修羅は夜叉の声が聞こえなくなるほど我を失っていた。その彼がわざわざ戦場に行き自分の暴走をコントロールしようとしていたなんて。

 静かにほほえんでいる阿修羅の頭を美百合がポン、となでてくすりと笑った。

「克服するの、私より早かったわね。大したものだわ」

「何を上から目線で…」

「修行に付き合ったのは私よ。そして師範も私」

「自分の方が歳上だというのに…」

「あれとこれとは関係ないわ」

「くっ…!」

 阿修羅も美百合相手だと何も言い返せなくなってしまう。彼は悔しさに顔をゆがめるとそっぽを向いて唇を尖らせた。

 そんな彼のことは放っておき、美百合は夜叉の手を取って立ち上がらせた。

「は、はわわ…」

 いつも画面越しに見ている歌手を目の前にして夜叉は顔を赤くして小刻みに震え始めた。美百合は”…かわいい”と小さくつぶやくとほほえんだ。

 夜叉は美百合が同じ戯人族であることをツッコむのも忘れ、憧れの人を目の前にしてただのファンと化した。彼女は美百合の手を両手で握るとぺこぺこと何度も会釈をした。

「あ、あの…いつも曲聴いてます…」

「ありがとう。知っていてくれて光栄だわ」

「あとでサインもらってもいいですか…」

「もちろん」

 クラスメイトにも美百合の熱狂的なファンがいて今年の夏にコンサートへ行ったことも話した。彼女の分のサインも頂きたいところだがどのようにして美百合と会ったのか説明しづらい。それに色紙なんていう気の利いたものは持っていない。サインはまた改めて頂くことにした。

「2号はクリオネとよく似てるのね」

「2号…? クリオネ…?」

「だからやー様のことを妙な呼び方をするな!」

 美百合が夜叉の頬をなでると阿修羅が勢いよく立ち上がった。変なニックネームは自分だけならまだしも、尊敬する人の娘には呼ばせたくないらしい。

「大丈夫よ阿修羅…美百合さん? 羅刹さんなら許せるから────どっちでお呼びしていいですか?」

「美百合と呼んでくれたら嬉しいわ。それとクリオネと同じように話していいのよ」

 彼女は阿修羅のことは華麗に無視して首をかしげてみせた。

「あ、じゃあ…美百合。美百合みたいにこの一族での名前じゃなくて人間ぽい名前を主に使ってる人初めて見たかも」

 未だ緊張は抜けないが夜叉が普段の口調で話すと、美百合はかすかに首を縦に振った。

「そうね。私は人間界で表立った場所によく立つからこっちの名前が慣れているの」

「美百合ってのは前の名前なの?」

「いいえ。サラが名付けてくれたものよ。以前の私に名前なんてものは無かったわ」

「そうなの?」

「私は皆みたいに元人間ではないから…」

「じゃあ…何者だったの?」

「それはあなたが当ててみて」

 美百合は再び謎めいたほほえみで夜叉の頬をつついた。

 彼女は話は済んだからと朱雀の部屋を出て行った。とことんマイペースである。襖を開ける前に振り向き、また会いましょうと言い残して襖の向こうへ消えた。

 美百合がいなくなると阿修羅はわざらしい大きなため息をついて額を押さえた。

「全くあれは…」

 もう勘弁してくれという顔で首を振る彼に苦笑いをし、夜叉は体の後ろで手を組んだ。

「私、阿修羅が敬語じゃなくなるの初めて見たかも。…朝来以外で」

「あさき?」

「あっ…」

 親しい間柄のように元敵のことを名前で呼ぶ夜叉のことを聞き流せなかったらしい。阿修羅は戸惑いと怒りに若干の殺気をこめた瞳になって彼女を震え上がらせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

女子ばっかりの中で孤軍奮闘のユウトくん

菊宮える
恋愛
高校生ユウトが始めたバイト、そこは女子ばかりの一見ハーレム?な店だったが、その中身は男子の思い描くモノとはぜ~んぜん違っていた?? その違いは読んで頂ければ、だんだん判ってきちゃうかもですよ~(*^-^*)

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...