Eternal dear6

堂宮ツキ乃

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4章

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 麓は去年の冬休みの最初の2日間は花巻山に帰った。

 その後学園に戻ってきて、風紀委員寮のクリスマスパーティーに参加した。

 そしてこんな事件が起きた。

────僕もシャンパン、呑みたいです」

────はぁぁぁ? 蒼、今日はスプ○イトで我慢するっつったじゃん」

────皆さんが呑んでいるのを見て気持ちが変わりました。グラスに半分だけでいいのでお願いします」

 蒼が扇に向かって、細長いシャンパングラスを差し出した。

────しょうがないなぁ…少しだけだかんな!

 蒼はシャンパンの入ったグラスに口をつけ…ようとしたところでもう、酔った。

 元々、度数が高いシャンパン。それは悪酔いしやすい蒼を、香りだけで酔わせた。

 そこから蒼は麓に迫り、あまつさえ唇にふれようとしたため、委員長の逆鱗にふれて気を失った。正確には気を失わされた。



 あれから1年。今年も寮でクリスマスパーティーを開く時期になった。

 花巻山に数日間滞在してから、寮へ戻ってきた。

 今日はパーティーの買い出しということで、麓は凪と橋駅に訪れた。

 どこの店にもクリスマスツリーが置かれ、色とりどりのオーナメントが飾られ、ツリーのてっぺんには金に輝く星がつけられている。

「この前の1日フリーにしておいてって、このことだったんですね」

 麓は歩調を合わせてくれる凪のことを見上げた。

 凪はミドル丈のネイビーのダッフルコートを羽織り、グレーのチェックのマフラーを巻いている。

「そういうこと。男1人でクリスマスに歩いていると浮くからな」

 彼は周りのカップルたちを一瞥して、ため息をついた。

「本当にカップルが多いですね。私たち、なじめてますかね?」

「クリスマスだからな。カップルなんて自分らの世界に入り込んでるから、他人のことなんて気にしてねぇよ。だから気にするこたねェ…あ」

 凪は言葉を決めると、口の端を軽く持ち上げた。

「なんだったら手ェつなぐか? リア充になじみたいんなら、腕をからめてもいいけど」

「えぇっ!? そ、そんな…」

 凪と手をつなぐとか腕をからめるとか…憧れがないわけじゃない。もし本当にそんなことができたら…。

 すると、頭上で鼻で笑う声がした。

「うーそ。俺がンなこと本気で言うわけねェだろ。何満更でもない顔してんだよ」

「なっ…別に満更なんて」

 麓は心の内を見透かされた気がして顔を赤くし、早く歩こうとした所でつんのめる。

「わっ」

「危ねっ」

 とっさの反射神経で、凪の片腕で凪に抱きかかえられた。

「なーにやってんだよ…。石畳の歩道なんだから気をつけろよ」

 凪に腕を離され、麓は顔に手を当てた。手袋越しでも熱さが伝わってくる。

 そっと彼の顔を盗み見上げると、彼はなんでもない顔をしていた。

 それが少し、寂しいと思ったのはなぜ。



 今回、橋駅に来たのはフライドチキンやケーキなど、クリスマスパーティーのために予約した商品を受け取るため。飲み物はあらかじめ買ってある。

 しかしその前に腹ごしらえと、2人は駅ビルの中の洋食屋に入った。昼時で混雑気味だが、麓たちが訪れたタイミングで客が出たのですぐに案内された。

 この洋食屋は以前、麓は彰と来たことがある。しかも座ったのはその時と同じ席。そのことを凪に話したら、ブチ切れそうなので黙っておくことにする。

 凪はハンバーグとオムライス、麓はグラタンを頼んだ。寮長と作って以来、グラタンは冬のお気に入りの料理だ。

 凪は細身に似合わず、かなりの大食らいなので2人前を1人で平らげてしまう。その姿は豪快で、麓は見慣れているが、注文した時に店員に”え?”という顔をされた。

「寮長さんたちのイブパーティーなんてあるんですね」

「毎年やってるらしいぞ。一品ずつ、料理を持ち寄るんだってさ」

 昨日の夕方に寮長は、寮長たちの寮長たちによる寮長たちのためのパーティーに参加してきた。帰りは明け方近くだったらしい。

 ちなみに寮長は凪曰く、”人間にしてはかなりの酒豪”。度数の高い洋酒────テキーラだろうがジンだろうがウォッカだろうが、カパカパと空けていく。

「ぜってーあの女、ただの人間じゃねェだろ…死ぬぞフツー」

 凪は一度だけ寮長と呑み比べ対決をしたことがあり、気づけばお互い、何十杯ものグラスを傾けて失神していた。

 さすがの寮長もさすがの精霊も、限度というものがある。

────というのを凪は、勝負を見ていた扇から聞いた。

「とんでもない武勇伝ですね…」

「おう。おまけに二日酔いなんてならないってんだ。末恐ろしい人間だ…」

 凪は遠い目でお冷のグラスを傾けた。

 話題が無くなりかけたので麓は、寮長が身に着けているものが増えたことを思い出した。

「そういえば寮長さんはネックレスをつけるようになりましたね。シルバーの、先が少し尖ったような…」

「あれか。チェーンにロケットを逆さにしたようなヤツがついてるあれな。昨日の学園の寮で働く者たちのパーティーでビンゴ大会があって、それの景品らしい。しかも1位抜けだって」

「すごい運の持ち主ですね。寮長さんがヘアピン以外のアクセサリーを身につけてらっしゃるって、珍しい気がします」

「ヘアピンは武器だろ。あのネックレストップも、ある意味では攻撃的だし」

「確かに独特な形だとは思いますけど…」

「あれはおそらく、銃弾をモチーフにしている」

 そこで注文したものが来て、一旦話が中断した。

 お預け状態で話を進めてはせっかくの料理が冷めてしまうので、それぞれ注文したものを食べ始めた。

「”じゅうだん”ってなんですか?」

「現代っ子は知らないよな…ま、別に覚えなくていいんだけど、要するに銃の弾だ。鉛とか鉄に合金を被せたモン。知ってても特することはないから忘れていい」

「は、はい」

 話しているうちに凪が不機嫌面になっていき、”覚えなくていい”とか”忘れていい”とかを強調している。これ以上、この話題を広げることはしなかった。

 もくもくと食べ終えると、凪が自分のショルダーバッグを漁り始めた。

 その様子を見守っていると彼のバッグの中から、ラッピングされた細長い物を差し出された。

「…ん。やる」

「ありがとうございます…! 開けてみてもいいですか?」

 彼は肘をついてそっぽを向き、軽くうなずいた。頑なに麓のことを見ないようにしている。

 ピンクの包装紙と水色のリボンでラッピングされ、”Merry Christmas!!”と描かれた金色のシールが貼られている。その堤を丁寧に剥がしていくと、中からプラスチックのケースに入ったシャーペンがあらわれた。ピンクベースでシンプルな作り。凪らしいチョイスだ。

「かわいい…」

 見とれていると、去年のこの日のことを思い出した。その時はシンプルだけど女の子向けな、5冊セットのノート。一冊ずつ、柄が違うもの。

 もったいなくて使えず、教科書と一緒に棚の目立つ部分に置いておいた。凪からもらったものだから。

「ま、授業にでも使ってくれや。あの学園にいる間は、勉学を怠るなっつーメッセージで」

 凪は横を向いたままグラスを傾けた。しかし、水はない。気づいた彼はハッとして決まり悪そうにグラスを置いた。その横顔は、怒っているように眉根を寄せて口をとがらせているが、頬には朱が差しているように見えた。

「ありがとうございます、凪さん。大切に使わせて頂きます」

 麓が胸にシャーペンを引き寄せて笑みを浮かべると、凪は頬をゆるみかけたが、口元を引き結んだ。

「べ、別にクリスマスプレゼントじゃねェから。ちょっと気まぐれにご褒美だから。来年ももらえると思うなよ!」

 無理矢理ムスッとした表情を作っている凪は、明らかにツンデレモードに入っている。

 その姿はずっと年上なのにかわいらしく見え、麓はふんわりとほほえんだ。
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