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4章
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麓は去年の冬休みの最初の2日間は花巻山に帰った。
その後学園に戻ってきて、風紀委員寮のクリスマスパーティーに参加した。
そしてこんな事件が起きた。
────僕もシャンパン、呑みたいです」
────はぁぁぁ? 蒼、今日はスプ○イトで我慢するっつったじゃん」
────皆さんが呑んでいるのを見て気持ちが変わりました。グラスに半分だけでいいのでお願いします」
蒼が扇に向かって、細長いシャンパングラスを差し出した。
────しょうがないなぁ…少しだけだかんな!
蒼はシャンパンの入ったグラスに口をつけ…ようとしたところでもう、酔った。
元々、度数が高いシャンパン。それは悪酔いしやすい蒼を、香りだけで酔わせた。
そこから蒼は麓に迫り、あまつさえ唇にふれようとしたため、委員長の逆鱗にふれて気を失った。正確には気を失わされた。
あれから1年。今年も寮でクリスマスパーティーを開く時期になった。
花巻山に数日間滞在してから、寮へ戻ってきた。
今日はパーティーの買い出しということで、麓は凪と橋駅に訪れた。
どこの店にもクリスマスツリーが置かれ、色とりどりのオーナメントが飾られ、ツリーのてっぺんには金に輝く星がつけられている。
「この前の1日フリーにしておいてって、このことだったんですね」
麓は歩調を合わせてくれる凪のことを見上げた。
凪はミドル丈のネイビーのダッフルコートを羽織り、グレーのチェックのマフラーを巻いている。
「そういうこと。男1人でクリスマスに歩いていると浮くからな」
彼は周りのカップルたちを一瞥して、ため息をついた。
「本当にカップルが多いですね。私たち、なじめてますかね?」
「クリスマスだからな。カップルなんて自分らの世界に入り込んでるから、他人のことなんて気にしてねぇよ。だから気にするこたねェ…あ」
凪は言葉を決めると、口の端を軽く持ち上げた。
「なんだったら手ェつなぐか? リア充になじみたいんなら、腕をからめてもいいけど」
「えぇっ!? そ、そんな…」
凪と手をつなぐとか腕をからめるとか…憧れがないわけじゃない。もし本当にそんなことができたら…。
すると、頭上で鼻で笑う声がした。
「うーそ。俺がンなこと本気で言うわけねェだろ。何満更でもない顔してんだよ」
「なっ…別に満更なんて」
麓は心の内を見透かされた気がして顔を赤くし、早く歩こうとした所でつんのめる。
「わっ」
「危ねっ」
とっさの反射神経で、凪の片腕で凪に抱きかかえられた。
「なーにやってんだよ…。石畳の歩道なんだから気をつけろよ」
凪に腕を離され、麓は顔に手を当てた。手袋越しでも熱さが伝わってくる。
そっと彼の顔を盗み見上げると、彼はなんでもない顔をしていた。
それが少し、寂しいと思ったのはなぜ。
今回、橋駅に来たのはフライドチキンやケーキなど、クリスマスパーティーのために予約した商品を受け取るため。飲み物はあらかじめ買ってある。
しかしその前に腹ごしらえと、2人は駅ビルの中の洋食屋に入った。昼時で混雑気味だが、麓たちが訪れたタイミングで客が出たのですぐに案内された。
この洋食屋は以前、麓は彰と来たことがある。しかも座ったのはその時と同じ席。そのことを凪に話したら、ブチ切れそうなので黙っておくことにする。
凪はハンバーグとオムライス、麓はグラタンを頼んだ。寮長と作って以来、グラタンは冬のお気に入りの料理だ。
凪は細身に似合わず、かなりの大食らいなので2人前を1人で平らげてしまう。その姿は豪快で、麓は見慣れているが、注文した時に店員に”え?”という顔をされた。
「寮長さんたちのイブパーティーなんてあるんですね」
「毎年やってるらしいぞ。一品ずつ、料理を持ち寄るんだってさ」
昨日の夕方に寮長は、寮長たちの寮長たちによる寮長たちのためのパーティーに参加してきた。帰りは明け方近くだったらしい。
ちなみに寮長は凪曰く、”人間にしてはかなりの酒豪”。度数の高い洋酒────テキーラだろうがジンだろうがウォッカだろうが、カパカパと空けていく。
「ぜってーあの女、ただの人間じゃねェだろ…死ぬぞフツー」
凪は一度だけ寮長と呑み比べ対決をしたことがあり、気づけばお互い、何十杯ものグラスを傾けて失神していた。
さすがの寮長もさすがの精霊も、限度というものがある。
────というのを凪は、勝負を見ていた扇から聞いた。
「とんでもない武勇伝ですね…」
「おう。おまけに二日酔いなんてならないってんだ。末恐ろしい人間だ…」
凪は遠い目でお冷のグラスを傾けた。
話題が無くなりかけたので麓は、寮長が身に着けているものが増えたことを思い出した。
「そういえば寮長さんはネックレスをつけるようになりましたね。シルバーの、先が少し尖ったような…」
「あれか。チェーンにロケットを逆さにしたようなヤツがついてるあれな。昨日の学園の寮で働く者たちのパーティーでビンゴ大会があって、それの景品らしい。しかも1位抜けだって」
「すごい運の持ち主ですね。寮長さんがヘアピン以外のアクセサリーを身につけてらっしゃるって、珍しい気がします」
「ヘアピンは武器だろ。あのネックレストップも、ある意味では攻撃的だし」
「確かに独特な形だとは思いますけど…」
「あれはおそらく、銃弾をモチーフにしている」
そこで注文したものが来て、一旦話が中断した。
お預け状態で話を進めてはせっかくの料理が冷めてしまうので、それぞれ注文したものを食べ始めた。
「”じゅうだん”ってなんですか?」
「現代っ子は知らないよな…ま、別に覚えなくていいんだけど、要するに銃の弾だ。鉛とか鉄に合金を被せたモン。知ってても特することはないから忘れていい」
「は、はい」
話しているうちに凪が不機嫌面になっていき、”覚えなくていい”とか”忘れていい”とかを強調している。これ以上、この話題を広げることはしなかった。
もくもくと食べ終えると、凪が自分のショルダーバッグを漁り始めた。
その様子を見守っていると彼のバッグの中から、ラッピングされた細長い物を差し出された。
「…ん。やる」
「ありがとうございます…! 開けてみてもいいですか?」
彼は肘をついてそっぽを向き、軽くうなずいた。頑なに麓のことを見ないようにしている。
ピンクの包装紙と水色のリボンでラッピングされ、”Merry Christmas!!”と描かれた金色のシールが貼られている。その堤を丁寧に剥がしていくと、中からプラスチックのケースに入ったシャーペンがあらわれた。ピンクベースでシンプルな作り。凪らしいチョイスだ。
「かわいい…」
見とれていると、去年のこの日のことを思い出した。その時はシンプルだけど女の子向けな、5冊セットのノート。一冊ずつ、柄が違うもの。
もったいなくて使えず、教科書と一緒に棚の目立つ部分に置いておいた。凪からもらったものだから。
「ま、授業にでも使ってくれや。あの学園にいる間は、勉学を怠るなっつーメッセージで」
凪は横を向いたままグラスを傾けた。しかし、水はない。気づいた彼はハッとして決まり悪そうにグラスを置いた。その横顔は、怒っているように眉根を寄せて口をとがらせているが、頬には朱が差しているように見えた。
「ありがとうございます、凪さん。大切に使わせて頂きます」
麓が胸にシャーペンを引き寄せて笑みを浮かべると、凪は頬をゆるみかけたが、口元を引き結んだ。
「べ、別にクリスマスプレゼントじゃねェから。ちょっと気まぐれにご褒美だから。来年ももらえると思うなよ!」
無理矢理ムスッとした表情を作っている凪は、明らかにツンデレモードに入っている。
その姿はずっと年上なのにかわいらしく見え、麓はふんわりとほほえんだ。
その後学園に戻ってきて、風紀委員寮のクリスマスパーティーに参加した。
そしてこんな事件が起きた。
────僕もシャンパン、呑みたいです」
────はぁぁぁ? 蒼、今日はスプ○イトで我慢するっつったじゃん」
────皆さんが呑んでいるのを見て気持ちが変わりました。グラスに半分だけでいいのでお願いします」
蒼が扇に向かって、細長いシャンパングラスを差し出した。
────しょうがないなぁ…少しだけだかんな!
蒼はシャンパンの入ったグラスに口をつけ…ようとしたところでもう、酔った。
元々、度数が高いシャンパン。それは悪酔いしやすい蒼を、香りだけで酔わせた。
そこから蒼は麓に迫り、あまつさえ唇にふれようとしたため、委員長の逆鱗にふれて気を失った。正確には気を失わされた。
あれから1年。今年も寮でクリスマスパーティーを開く時期になった。
花巻山に数日間滞在してから、寮へ戻ってきた。
今日はパーティーの買い出しということで、麓は凪と橋駅に訪れた。
どこの店にもクリスマスツリーが置かれ、色とりどりのオーナメントが飾られ、ツリーのてっぺんには金に輝く星がつけられている。
「この前の1日フリーにしておいてって、このことだったんですね」
麓は歩調を合わせてくれる凪のことを見上げた。
凪はミドル丈のネイビーのダッフルコートを羽織り、グレーのチェックのマフラーを巻いている。
「そういうこと。男1人でクリスマスに歩いていると浮くからな」
彼は周りのカップルたちを一瞥して、ため息をついた。
「本当にカップルが多いですね。私たち、なじめてますかね?」
「クリスマスだからな。カップルなんて自分らの世界に入り込んでるから、他人のことなんて気にしてねぇよ。だから気にするこたねェ…あ」
凪は言葉を決めると、口の端を軽く持ち上げた。
「なんだったら手ェつなぐか? リア充になじみたいんなら、腕をからめてもいいけど」
「えぇっ!? そ、そんな…」
凪と手をつなぐとか腕をからめるとか…憧れがないわけじゃない。もし本当にそんなことができたら…。
すると、頭上で鼻で笑う声がした。
「うーそ。俺がンなこと本気で言うわけねェだろ。何満更でもない顔してんだよ」
「なっ…別に満更なんて」
麓は心の内を見透かされた気がして顔を赤くし、早く歩こうとした所でつんのめる。
「わっ」
「危ねっ」
とっさの反射神経で、凪の片腕で凪に抱きかかえられた。
「なーにやってんだよ…。石畳の歩道なんだから気をつけろよ」
凪に腕を離され、麓は顔に手を当てた。手袋越しでも熱さが伝わってくる。
そっと彼の顔を盗み見上げると、彼はなんでもない顔をしていた。
それが少し、寂しいと思ったのはなぜ。
今回、橋駅に来たのはフライドチキンやケーキなど、クリスマスパーティーのために予約した商品を受け取るため。飲み物はあらかじめ買ってある。
しかしその前に腹ごしらえと、2人は駅ビルの中の洋食屋に入った。昼時で混雑気味だが、麓たちが訪れたタイミングで客が出たのですぐに案内された。
この洋食屋は以前、麓は彰と来たことがある。しかも座ったのはその時と同じ席。そのことを凪に話したら、ブチ切れそうなので黙っておくことにする。
凪はハンバーグとオムライス、麓はグラタンを頼んだ。寮長と作って以来、グラタンは冬のお気に入りの料理だ。
凪は細身に似合わず、かなりの大食らいなので2人前を1人で平らげてしまう。その姿は豪快で、麓は見慣れているが、注文した時に店員に”え?”という顔をされた。
「寮長さんたちのイブパーティーなんてあるんですね」
「毎年やってるらしいぞ。一品ずつ、料理を持ち寄るんだってさ」
昨日の夕方に寮長は、寮長たちの寮長たちによる寮長たちのためのパーティーに参加してきた。帰りは明け方近くだったらしい。
ちなみに寮長は凪曰く、”人間にしてはかなりの酒豪”。度数の高い洋酒────テキーラだろうがジンだろうがウォッカだろうが、カパカパと空けていく。
「ぜってーあの女、ただの人間じゃねェだろ…死ぬぞフツー」
凪は一度だけ寮長と呑み比べ対決をしたことがあり、気づけばお互い、何十杯ものグラスを傾けて失神していた。
さすがの寮長もさすがの精霊も、限度というものがある。
────というのを凪は、勝負を見ていた扇から聞いた。
「とんでもない武勇伝ですね…」
「おう。おまけに二日酔いなんてならないってんだ。末恐ろしい人間だ…」
凪は遠い目でお冷のグラスを傾けた。
話題が無くなりかけたので麓は、寮長が身に着けているものが増えたことを思い出した。
「そういえば寮長さんはネックレスをつけるようになりましたね。シルバーの、先が少し尖ったような…」
「あれか。チェーンにロケットを逆さにしたようなヤツがついてるあれな。昨日の学園の寮で働く者たちのパーティーでビンゴ大会があって、それの景品らしい。しかも1位抜けだって」
「すごい運の持ち主ですね。寮長さんがヘアピン以外のアクセサリーを身につけてらっしゃるって、珍しい気がします」
「ヘアピンは武器だろ。あのネックレストップも、ある意味では攻撃的だし」
「確かに独特な形だとは思いますけど…」
「あれはおそらく、銃弾をモチーフにしている」
そこで注文したものが来て、一旦話が中断した。
お預け状態で話を進めてはせっかくの料理が冷めてしまうので、それぞれ注文したものを食べ始めた。
「”じゅうだん”ってなんですか?」
「現代っ子は知らないよな…ま、別に覚えなくていいんだけど、要するに銃の弾だ。鉛とか鉄に合金を被せたモン。知ってても特することはないから忘れていい」
「は、はい」
話しているうちに凪が不機嫌面になっていき、”覚えなくていい”とか”忘れていい”とかを強調している。これ以上、この話題を広げることはしなかった。
もくもくと食べ終えると、凪が自分のショルダーバッグを漁り始めた。
その様子を見守っていると彼のバッグの中から、ラッピングされた細長い物を差し出された。
「…ん。やる」
「ありがとうございます…! 開けてみてもいいですか?」
彼は肘をついてそっぽを向き、軽くうなずいた。頑なに麓のことを見ないようにしている。
ピンクの包装紙と水色のリボンでラッピングされ、”Merry Christmas!!”と描かれた金色のシールが貼られている。その堤を丁寧に剥がしていくと、中からプラスチックのケースに入ったシャーペンがあらわれた。ピンクベースでシンプルな作り。凪らしいチョイスだ。
「かわいい…」
見とれていると、去年のこの日のことを思い出した。その時はシンプルだけど女の子向けな、5冊セットのノート。一冊ずつ、柄が違うもの。
もったいなくて使えず、教科書と一緒に棚の目立つ部分に置いておいた。凪からもらったものだから。
「ま、授業にでも使ってくれや。あの学園にいる間は、勉学を怠るなっつーメッセージで」
凪は横を向いたままグラスを傾けた。しかし、水はない。気づいた彼はハッとして決まり悪そうにグラスを置いた。その横顔は、怒っているように眉根を寄せて口をとがらせているが、頬には朱が差しているように見えた。
「ありがとうございます、凪さん。大切に使わせて頂きます」
麓が胸にシャーペンを引き寄せて笑みを浮かべると、凪は頬をゆるみかけたが、口元を引き結んだ。
「べ、別にクリスマスプレゼントじゃねェから。ちょっと気まぐれにご褒美だから。来年ももらえると思うなよ!」
無理矢理ムスッとした表情を作っている凪は、明らかにツンデレモードに入っている。
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