桜嵐~古今東西人外異聞録~

堂宮ツキ乃

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終章

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(じいちゃん、俺……成長したかな。まだまだかな)

 七宝村を訪れてから早三年。征司は故郷に帰ってきた。

 薄い水色の空に真っ白な空。故郷の空は旅立った日と同じ色をしていた。

 それは、征司が幼い頃に忠之と散歩した時とも同じ空だ。

「久しぶりに母上の飯が食べられるッスね!」

「そうだな~」

 サスケはこの三年でグンと背が伸び、筋肉もついた。声は低く、少女に間違われていた頃の面影はない。彼は人外への恐怖を克服し、たくましく成長していた。話し方は相変わらずだが。

 それまで様々なことがあった。

 七宝村で京弥と菊花と別れ、次の村へ。

 子どもをさらうという人外をなんとかしてほしい、という依頼だった。

 その人外の正体は山に棲む大きな鳥で、人の言葉を話した。鳥はさらった子どもを山に住まわせ、自由に遊ばせていた。山の幸もお腹いっぱい食べさせていたようだ。子どもたちを保護しようとした時、彼らは口をそろえて”鳥さんを退治しないで”と大きな鳥の前に立ちはだかった。

 聞けば、鳥は山を開発する人間によって巣を破壊されたそうだ。その時、あたためていた卵は地面に落ちてしまった。会えなくなった自分の子どもを想い、代わりに……と人間の子どもをさらっていたようだ。

 子どもたちの親は山を切り崩し、金銀を掘って金稼ぎを考えていた。

 鳥の優しさにふれた子どもたちは、大人たちの企みを阻止することにした。

 大人たちが山に立ち入ろうとするのを諦めさせるために、様々な仕掛けを作った。これにはもちろん、征司たちも協力した。

 大きな落とし穴、足元にピンと張った蔓、坂の上から転がってくる岩。時には地味ないたずらもあったが、効果はてきめん。大人たちはあっさりと引き下がった。

 それからもいろんな村を回った。一年も経つと征司たちの噂が流れ、初めて行った村で”よう来てくださった!”と囲まれることもあった。

 その間に、京弥や菊花のように突然仲間になったり別れたり、と新たな出会いもあった。





 京弥と菊花と言えば、つい最近再会したところだ。

 久しぶりの再会に喜ぶと同時に、菊花が腕に赤子を抱いているのに驚いた。

 京弥は長い髪をバッサリと切り、菊花は空色の髪を頭の上でだんごにしてまとめている。

『俺たちは菊花の実家から逃げ回っていたんだが……。子どもができた時に挨拶しに行ったんだ』

 京弥は我が子の頬を大層愛おしそうになで、ほほえんだ。

 聞けばずっと二人で旅をしていたそうで、その一年後に結婚したそうだ。

『ご実家は大丈夫だったの? あの時追いかけ回されてたよね……』

『菊花は”無事でよかった”なんて感動の再会だ。俺は裏切り者とかよくも姫君を、とかこってり絞られたよ』

『今は京弥との結婚は許されて、実家にも時々遊びに行ってるよ』

 京弥は口を尖らせているが、二人は随分幸せそうだ。せっかくだからと征司たちは彼らの家に招待され、その晩は泊めてもらうことにした。

 小紅は菊花と二人きりになると、”女子おなご同士として話せて嬉しい”、と笑った。

『小紅は征司とどう? 好きなんでしょう』

『うん……。でも相変わらずだよ』

『征司っていい人だけど鈍感すぎるよね……。それならいっそ、他で探したら?』

『それは絶対嫌!』





 小紅は先に歩いていく征司の背中を見つめた。

 お互いに18歳になり、声も体も大人になった。

 征司の身長は小紅より高く、体つきもがっしりとしている。この旅のおかげだろう。

 変わらないのはこの関係だけ。

 一緒にいると楽しい、とは口に出せない。好きだなんて当然言えず。

 旅の終わりが近づいてきた最近は特に、もやもやとした気持ちを抱えていた。

「あー……俺、先に清命殿のとこに挨拶に行ってくるッス!」

 サスケはわざとらしく大きな声を上げると、先へ走っていった。

「それなら俺らも……」

「兄貴たちはゆっくり来てくださいッス!」

 彼は振り返ると征司を制止し、小紅に向かって片目をとじてみせた。

 どうやら気を利かせてくれたらしい。サスケは度々、征司の鈍感ぶりに呆れていた。

「サスケのヤツ……。何を慌てて行ったんだ?」

 征司は子どもの時と変わらないのんびりとした口調で頭をかく。

 人外と対峙する時はキリッとした表情を見せるが、普段は穏やか。そんな彼がずっとずっと。

「……好き」

「はえ?」

 気付けば口をついて出た。

 ずんずんと歩いて行こうとする彼の袖を握って。

「小紅?」

「なんで気づいてくれないの? こんなに好きなのに……っ。そうじゃなかったら三年も一緒にいない!」

 呆けた彼の顔を見ていたら涙があふれてきた。

 想いを爆発させるなら今だ。ここでぶつけてそれでダメだったら……。最悪のもしも、は考えるのをやめた。

 すると、頭にぽんと手が乗った。

 鼻を鳴らしながら顔を上げると、征司はほほえんでいた。彼は人差し指で小紅の目元を拭うと、彼女の頬を両手で包み込んだ。

 彼にこんな風にふれられたことはない。そんな顔で見つめられたことも。

「俺は……お前と一緒にいるのが一番いい」

 目を細め、口を薄く開いて。まるで大切な何かを見つめるような表情。

「俺も好きだよ、小紅」

 次の瞬間、征司はニカッと太陽のように笑った。

 今まで黙っていた想いの分、きつく抱きしめ合った。





 故郷に戻ってさらに数年。サスケは他の村から嫁をもらった。

 今日はそんな彼らの門出の日。

 征司と小紅は祝いの席に参加すべく、朝から準備にいそしんでいた。

「こらー! セイジ! アカネ! 早く着替えなさーい!」

 二人は結婚してまもなく、二人の子どもに恵まれた。どちらも活発で足が速く、いたずら好きで手を焼いている。

 それでも自分たちの子どもと考えると可愛いものだ。

 小紅は二人を追いかけ回す足を止めた。手には二人のために繕った着物。

「おら、つかまえた。母ちゃんの言うことは聞くもんだぞ」

「きゃー!」

 二人は一斉に抱え上げられると、高い声を上げた。

 征司は準備を終えたようで、立派な袴を身に着けている。

『私は結婚する気はない。それに、この神社を継ぐべきは征司だ。父上もきっとそれを望んでいる』

 今、征司は神社の次期神主として清命の元で修業に励んでいる。










 今、征司は神社の管理をしながら子どもたちに旅の話をするのが日課だ。

 実の祖父のように慕っていた忠之と同じ立場になる日がくるとは思わなかった。

(でも俺、今の生活が一番幸せだ。一途な嫁さん、可愛い子どもたちに囲まれて……幸せだ)

 征司は神社の拝殿前の階段に座った。境内では子どもたちが元気に追いかけっこをしている。砂利に足を取られないといいが、と見守っていた。

 すると、その内の一人が膝に飛びついた。

「ねぇ神主様! 筋肉神主様のお話聞かせて!」

「いいぞ。随分気に入ったみたいだな」

「うん! おとぎ話みたいで楽しいの!」

「おとぎ話……か。そうだな、楽しかったな」

 征司は子どもの脇に手を差し込むと、自分の横に座らせた。

 二人の前に爽やかな風が吹く。秋の訪れを告げる、ひんやりとした風。懐かしい匂いがした。

 そういえばもうすぐ、自分が旅立った時と同じ季節がやってくる。

 征司は秋晴れの空を見上げると、目尻のシワを一層濃くした。

Fin.
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