16 / 23
4章
2
しおりを挟む
凪は着流しの上に羽織を掛けて外へ出た。
寮のすぐ近くには桜の木があり、毎年美しい花を咲かせて辺りを淡いピンクに染める。
(…ん?)
麓が桜の木の根本に座り、大きな幹に寄りかかって眠っていた。暖かい春の日差しを浴び、眠りの世界へ誘われたのかもしれない。
3月だというのにほぼ満開に近い桜は、風が吹くたびにわずかに花びらを舞わせる。麓の萌黄色の頭にも1枚、それが乗っていた。
しばらく無言で見ていたが、やがて彼女の隣に腰を下ろして桜を見上げた。
(最近の桜は気が早くていけねェ。入学式まで残ってろよ。4月からこの学園に入る精霊がいるんだからよ)
凪は横ですやすやと眠っている娘に目を向けた。男装をしていても、寝ている時は無防備な女にしか見えない。
素のままでいればいいのに。
凪から見たらまだ幼い精霊は、無理をしているように見える。
腕を組み、細めた目で桜を見上げていたら、横でゴソゴソと動く気配がした。
「…わっ!?」
「わっ、とはなんだ」
「すみません…。驚いてしまって。いつの間にいらしたんですか?」
眠たそうな声に視線を移すと、麓は目をこすっている。
「さっき。それよりおめー…幸せそうによだれ垂らしながら寝てたぞ」
「…っ!?」
麓が顔を赤くして口元を隠すと、凪は口の端を上げた。
「うーそ。からかっただけだ」
「良かった…」
寝ている時に醜態を晒すのはやはり、女らしく気になったらしい。男だったらあんまり気にしないと思うけど、というのは凪の心の中だけでつぶやいておく。
それから特に話題が上がることなく、時折風が吹く音がするだけ。
はらりと舞ってきた花びらの色を見た凪は、煙草を手に持って口を開いた。
「そういえば、花巻山を出る時になんかもらってたよな?」
「これのことですか?」
麓はスーツの内ポケットからリボンを取り出した。それは今、咲き誇っている桜と同じ色をしている。
「それ、桜で染めたとか言ってたけど花びらでこんなに染まるモンか? 」
「これはですね、花が咲く前の桜の枝を使ってるんです」
「枝ァ? マジで?」
「はい。他にも実や落ち葉を使う方法もあるんですよ」
「へ~…」
いままで全く知らなかった。染物自体、興味がなかったから。
「狐か狸が人間に化けて山を下りて、街の方へ染料を買いに行ってんのかと思ってたわ」
そう言うと、麓がぽかーんとして凪のことをまじまじと見つめた。
「…なんだよ。俺ァ別に変なこと言ってねェぞ」
麓がクスクスと笑った。それは山に来て、小鳥のさえずりを聴いているような気分になる、控えめな笑い声。
「凪さんは意外と可愛らしいことをおっしゃるんですね」
「なっ…!?」
「ボク、誤解してました。凪さんって怖い方なのかと」
「ストレートに言うなオイ」
「あはは…でも、今ので印象が変わりました」
「…あっそ」
凪は気まずそうに顔をそらした。今度は自分が顔を赤くされることになるとは。
委員長らしからぬことを言ってしまった。
しかも女に"可愛い"なんて言われるとか…今の麓は男装しているが。
しかし言動が言動なだけに動揺させられる。
「それより…なんで男にリボンなんだ? 何考えてやがらァ」
苦し紛れに言ったそれは、思ってたより麓には通じなかったらしい。彼女はリボンを見つめ、優しい瞳で話した。
「ボクにとっては大事なものに違いないので、男とか女とかは関係ありません。彼らが心をこめて作ってくれたものは何であってもありがたい餞別だから」
その言葉からは、麓と花巻山の獣たちの間に、他人には見えない絆があるように思われた。
この娘はただのひよっこじゃないらしい。第一印象だけで見くびっていたかもしれない。
「────山の精霊は考えることが違ェんだな」
凪は立ち上がり、麓の頭にポン、と手を置いていった。
寮のすぐ近くには桜の木があり、毎年美しい花を咲かせて辺りを淡いピンクに染める。
(…ん?)
麓が桜の木の根本に座り、大きな幹に寄りかかって眠っていた。暖かい春の日差しを浴び、眠りの世界へ誘われたのかもしれない。
3月だというのにほぼ満開に近い桜は、風が吹くたびにわずかに花びらを舞わせる。麓の萌黄色の頭にも1枚、それが乗っていた。
しばらく無言で見ていたが、やがて彼女の隣に腰を下ろして桜を見上げた。
(最近の桜は気が早くていけねェ。入学式まで残ってろよ。4月からこの学園に入る精霊がいるんだからよ)
凪は横ですやすやと眠っている娘に目を向けた。男装をしていても、寝ている時は無防備な女にしか見えない。
素のままでいればいいのに。
凪から見たらまだ幼い精霊は、無理をしているように見える。
腕を組み、細めた目で桜を見上げていたら、横でゴソゴソと動く気配がした。
「…わっ!?」
「わっ、とはなんだ」
「すみません…。驚いてしまって。いつの間にいらしたんですか?」
眠たそうな声に視線を移すと、麓は目をこすっている。
「さっき。それよりおめー…幸せそうによだれ垂らしながら寝てたぞ」
「…っ!?」
麓が顔を赤くして口元を隠すと、凪は口の端を上げた。
「うーそ。からかっただけだ」
「良かった…」
寝ている時に醜態を晒すのはやはり、女らしく気になったらしい。男だったらあんまり気にしないと思うけど、というのは凪の心の中だけでつぶやいておく。
それから特に話題が上がることなく、時折風が吹く音がするだけ。
はらりと舞ってきた花びらの色を見た凪は、煙草を手に持って口を開いた。
「そういえば、花巻山を出る時になんかもらってたよな?」
「これのことですか?」
麓はスーツの内ポケットからリボンを取り出した。それは今、咲き誇っている桜と同じ色をしている。
「それ、桜で染めたとか言ってたけど花びらでこんなに染まるモンか? 」
「これはですね、花が咲く前の桜の枝を使ってるんです」
「枝ァ? マジで?」
「はい。他にも実や落ち葉を使う方法もあるんですよ」
「へ~…」
いままで全く知らなかった。染物自体、興味がなかったから。
「狐か狸が人間に化けて山を下りて、街の方へ染料を買いに行ってんのかと思ってたわ」
そう言うと、麓がぽかーんとして凪のことをまじまじと見つめた。
「…なんだよ。俺ァ別に変なこと言ってねェぞ」
麓がクスクスと笑った。それは山に来て、小鳥のさえずりを聴いているような気分になる、控えめな笑い声。
「凪さんは意外と可愛らしいことをおっしゃるんですね」
「なっ…!?」
「ボク、誤解してました。凪さんって怖い方なのかと」
「ストレートに言うなオイ」
「あはは…でも、今ので印象が変わりました」
「…あっそ」
凪は気まずそうに顔をそらした。今度は自分が顔を赤くされることになるとは。
委員長らしからぬことを言ってしまった。
しかも女に"可愛い"なんて言われるとか…今の麓は男装しているが。
しかし言動が言動なだけに動揺させられる。
「それより…なんで男にリボンなんだ? 何考えてやがらァ」
苦し紛れに言ったそれは、思ってたより麓には通じなかったらしい。彼女はリボンを見つめ、優しい瞳で話した。
「ボクにとっては大事なものに違いないので、男とか女とかは関係ありません。彼らが心をこめて作ってくれたものは何であってもありがたい餞別だから」
その言葉からは、麓と花巻山の獣たちの間に、他人には見えない絆があるように思われた。
この娘はただのひよっこじゃないらしい。第一印象だけで見くびっていたかもしれない。
「────山の精霊は考えることが違ェんだな」
凪は立ち上がり、麓の頭にポン、と手を置いていった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
6
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる