Eternal Dear1

堂宮ツキ乃

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4章

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 昼ごはんの後に部屋で読書をしていた麓は、霞に誘われて職員室に来た。

 4月から勉強する教科には"情報処理"という、パソコンを使った授業があるらしい。

「覚えるのが早いね。こんな物覚えがいい精霊は初めて見たよ」

「ありがとうございます…」

 思いがけず褒められた麓は、照れくさくて頬を掻いた。

 霞は麓の頭上に覆いかぶさるようにして、パソコンの画面やキーボードを指し示すので、やたらと心臓が音をたてている。

 こんなに急接近されることは滅多にないからか、霞の体温を感じると顔が熱くなってくる。

「じゃあ…書類を作ってもらっちゃおうかな」

 彼に渡されたのは手書きの文章。 

 内容はどうやら、入学式のことらしい。

「これは君も受け取るプリントだよ。先に見ることになるけどいいよね?」

「こういうのは先生がやらないといけないのでは…」 

 麓が上目遣いでおずおずと聞くと、霞は片目をつむって舌を小さく出して見せた。

「いいの。君の練習のためだよ。…ま、実を言うと私の休憩のためでもあるけど」

 納得いかない理由に麓が難しい顔をすると、霞が彼女の額に人差し指をツン、と当てた。

「そんな顔しなーい。いいってことにしておいて? 後でココア奢ったげる」

「…はい」

 ココアが何なのか麓には分からなかったが、麓は霞の視線から逃げるようにパソコンに再び向き合った。あの優し気な瞳に見つめられると心臓がうるさくて仕方がない。

 気持ちを鎮めるためにも、再びキーボードに指を走らせた。

 パソコンはローマ字入力しないといけないが、霞のおかげで早く覚えることができた。一覧表を見なくても大丈夫だ。

 その隣にいる霞のことをチラリと見ると彼も文書作成をしている。

 休憩と言ってたが結局仕事をしている。凪が言ってるほど、霞はいい加減ではない気がしてきた。

 霞にたびたび質問しながらも完成した文書を見せると、彼は満足そうな表情をした。

「よし、完璧。君は本当にすごいんだね。…ちょっと待ってて」

 霞は席を立ち、しばらくしてから2本の缶を持ってきて戻ってきた。

「お待たせ~。はい、約束のココアね」

「ありがとうございます。…あったかい」

 缶を両手で包むと、キーボードを打ち続けた指に温かさが伝わる。

 霞は細い缶コーヒーを飲んでいる。

「これ飲み終わったら寮に戻ろっか。やることは終わったし、もうすぐおやつだし」

「今日はパンケーキだそうですよ」

「へ~。楽しみだね」

 霞は機嫌よく飲み干した。

 たしか寮長が"スイーツにも腕を振るいますからお楽しみに~!"と言っていた。食事は何でも美味しかったから、お菓子も文句無しだろう。



 2人が寮に戻ってくると、食堂に麓にとっては見知らぬ精霊がいた。
 
 水色の髪を持った彼は振り向き、麓のことを見て首をかしげた。
 
 隣の霞が軽やかに声をかける。

「帰ってきたんだな、蒼」

「はい。たった今」

 彼────蒼は霞に会釈をした。
 
 彼は凪とはまた違ったクールさを持っているような気がした。

「ところで…隣のお方は?」

「あぁ、2人は初対面だったね。かn…いや、麓さん。花巻山の精霊だ。今年の4月からこの学園に入るんだよ。3年生から始めるから、学年は蒼の2コ上だね。しばらくの間、この寮長で過ごしてもらうことになってる」

 霞の言葉が途切れると、麓は蒼に軽く頭を下げた。

「今月いっぱいはこの寮でお世話になります。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願い致します」

 ゆっくりと見上げると、落ち着いた雰囲気を漂わせる彼と目が合った。

 水色の髪に、空色の双眸。"きれい"という形容詞が似合う、少年風な精霊。

 蒼はかすかに微笑んで返礼をした。

「1年生の蒼です。空の精霊です。こちらこそよろしくお願いします」

 その様子を、霞は信じられない思いで見ていた。口がわずかに開き、眼鏡の奥の瞳が見開かれている。

「蒼が初対面相手に笑っているとこ、初めて見たかも…」

 後で聞いた話、蒼はどちらかというと人見知りかつおとなしい性格。風紀委員の中では珍しいらしい。



 本日のおやつは生クリームとフルーツが添えられたホットケーキ。

「おいしー!寮長、生クリームのおかわり!」

「はーいただいま~」

 口の横に生クリームを付けた光が言うと、キッチンから寮長の声が返ってきた。
 
 光は食べることが好きだ。特に好きなのが甘い物。
 
 麓もフワフワのホットケーキを堪能していた。

「ガキだな光は…。そんな甘ったるいモン、よくそんだけ食えるな」

 凪は光の生クリームの山をおぞましい物を見る目で見ていた。
 
 そう言った彼のホットケーキには、バターとはちみつのみが添えられている。

「おいしいからい~の!ナギリンのはちみつだって甘いじゃん。人のこと言えなくない?」

「バッカおめー、はちみつは自然の糖分だからいいんだよ。脂質だらけの白い物体と一緒にすんな」

「人の作った物に文句を言うとは何事ですか?」

 寮長がキッチンから、射るような鋭い目つきでフォークを構えている。
 
 命の危険を感じた凪は慌ててナイフを構えた。

「あぶねー!おめーは俺を殺す気か!?」

「もしもの時は」

「あっさり言ってんな!殺し屋の顔みてェだぞ!」

 寮長はフォークを下ろし、いつもの表情に戻った。

「ご安心くださいませ。私が凪様に勝てるわけありませんわ。投げた物はいつも、必ず避けますもんね」

「寮長。もし本気で仕留める時は僕が横からナイフでも突きつけます。援護射撃的な」

「コルァ蒼!投げるモンが凶器に変わってんだろーが!」

 蒼の目にはいつの間にか、わずかにサディスティックな黒い光が宿っている。本気なのかそうでないのか、わかりにくい表情だ。
 
 彼と風紀委員の中でおとなしいが、考えることと言うことが時にSになる。

「ホンットここにはロクなヤツが少ねェ…」

 凪はため息をつき、ホットケーキの最後の一口を口へ放り込んだ。
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