たとえこの恋が世界を滅ぼしても3

堂宮ツキ乃

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3章

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「んあ…?」

「さくら?」

 夜叉が目を覚ましたのは、見覚えのないイベント用テントの中だった。白い屋根で白いシートで周りが覆われている、よく体育祭で使われる大きなテントだ。床には畳が敷かれ彼女はその上で寝ていた。頭だけは位置が高く温い。

 和馬と彦瀬と瑞恵が一様に夜叉の顔をのぞきこんでいる。夜叉が目をぱちくりさせると、3人はホッとしたような表情で胸をなでおろした。

「もう心配したんだよ…急に騒ぎ出したかと思いきやぶっ倒れるんだから」

「ごめん…てかここどこ?」

「VASARAの控えテントだって。早瀬君が演奏に区切りついた時に舞台から下りてきて案内してくれたんだよ」

「へ~…」

 夜叉は和馬に膝枕をしてもらっていたが体を起こして頭をかいた。倒れたし横になっていたしで髪の毛はぐしゃぐしゃになっているだろう。せっかくセットしてもらったんだし直すか…と瑞恵から手鏡でも借りようかと思ったら、別の手が彼女の髪を梳いた。

「やーちゃんもしかして、俺がかっこよくて倒れちゃったの?」

「それは無いよチャラ瀬」

「ぐっ」

 夜叉の後ろで手櫛で梳いていたのは昴だった。伏し目がちの彼はさっきの派手な浴衣姿のままで首にタオルをかけている。妙な呼び名に頬を歪ませ手を止めた。

「ねぇ、それ誰から聞いたの…。今の所、神崎先生にしか呼ばれたことないんだけどな…」

「神崎先生だ」

「何の話をしていたのかは聞かないでおくよ…」

 てかそれやめなさいよと言わんばかりに夜叉は彼の手を払い、自分で適当に毛づくろいを始めた。元々ストレートの髪なのでボサツいた髪は割とすぐに直った。

「ねぇ早瀬さ…」

「ん、何?」

(でも言うてなんて説明したらいいんだ? 中学生くらいの地味めの女の子のファンがいるでしょ、って話したところでそんな曖昧な特徴を話しても特定できなくね…? ファンなんてたくさんいるのに1人1人覚えていられないよな…)

 夜叉は難しい顔をしながらアゴに手をやって早瀬をみつめていたが、目をそらして首を振った。

「…やっぱいい」

「えぇ~…何々? 中途半端に言われると余計に気になる」

「何を聞きたかったのか忘れちまったよ」

 彼女が真顔で顔を上げると早瀬はズッコけるフリをして2、3歩移動した。

「なんじゃそりゃ。ほらがんばって思い出して!」

「今急かしたから余計に忘れたわ」

「そんな…」

「それはもういいや。それよりステージから同じ高校の人見えなかった?」

 具体的に誰を、とは聞けないが探りを入れることにする。高い位置にいた彼なら見えていたかもしれない。例の2人を。

「ん~…結構いたよ。やーちゃんたちのことは特にすぐに分かったし、藍栄のVASARAのファンクラブ的なグループもいたし…他にはどうかな」

「男子は? 富橋から通ってる人もいるんじゃない」

「男子? ぶっちゃけ和馬以外は気づかんね~。なんせ女子率高いから」

「そっか…」

 夜叉が目を回す前に見かけたあの2人  夜叉のクラスの生真面目な委員長と三大美人の小柄な少女。夜叉の中で今トップクラスの話題のカップルだ。高校の外でも会っているというのなら付き合っているのはほぼ確定だろう。

 彼女の真の目的は知らず、昴は袖の中に手を入れて腕を組んだ。

「え~? まさかやーちゃん、誰か探してるの? 好きな人?」

「そんなんじゃないわ。単なる興味。あんたのファン層ってどんなもんかなって思っただけだよ」

 思ってもいないことをしれっと放つと、昴は夜叉の肩に腕を回して顔を寄せた。彼女は”また何してんだか…”と言いたげな顔で逃れようとしたが彼が腕の力を弱める気配はない。苦い顔で彼を視線から離したが昴は笑みを保ったまま。

「本当はライブの間たまにやーちゃんのことを見てたんだよ。いつもと違う格好だから何割増しも可愛い」

「さっきファンに向かって言ってたヤツね」

「そうだけど…やーちゃんにもそう思ってるから」

「はいはい、お世辞どーもね」

「そうじゃないって…」

 夜叉は距離が近い昴のことをにっこりと見つめ返し、直後に彼の頬をつねって歯を食いしばったまま声をひねり出した。

「やっすい愛はいらんわ! その調子だと誰にでもそういうこと言ってるんでしょ。私こう見えて一途な人が好きだから。悪いけどチャラ瀬は守備範囲外だ」

「いひゃひゃひゃ…ふみまふぇん…」

 もしかして和馬は姉弟喧嘩の度にこんな痛い目に遭っているのだろうかと、昴はひそかに哀れんだ。
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