たとえこの恋が世界を滅ぼしても3

堂宮ツキ乃

文字の大きさ
14 / 34
4章

しおりを挟む
 濃い紫、赤に近い紫、水色。色とりどりの朝顔が咲いている。

 ここは藍栄高校の職員室の前にある小さな花壇。そこにはネットが張られ、職員室の窓に這わせるように朝顔のつるが伸びていた。

 半袖のTシャツにガウチョパンツという楽な格好をした夜叉は両手に大きなジョウロを持って現れた。花壇の近くにそれを置くと振り返って声を上げる。

「先生! もう水やりしていいですか?」

「待って、学校のブログ用の写真を撮るから」

 夜叉に遅れて到着したのは首にゴツいカメラを提げた三森みもり。彼女は夜叉のクラスの科学の教科担任だ。茶色のロングヘアで身長が高く、その上厚底サンダルなのでさらに身長が盛られている。そしてゴキブリが大の苦手で過去にトラウマとなるきっかけの事件を何度か経験している。

 三森は持っていたジョウロを置き、カメラを持ち上げて電源を入れた。夜叉は彼女の後ろ側に回り込んで撮影風景を眺めた。

「あのブログ担当は先生だったんですね」

「ううん。持ち回りよ持ち回り。今回はたまたま私なだけ」

 藍栄高校の公式サイトでは不定期に更新されるブログがある。写真つきで校内の様子や新しくなった設備の宣伝やゆるい近況報告がつづられている。。サイト内ではコメント欄が無いがSNSでその感想が書かれてしばしば話題になる。

 夜叉も中学時代に高校調べをしている中で藍栄高校を見つけ、受験勉強中にもブログを読みふけったことがあった。

「私の担当している花壇と畑でも紹介しようかと思ってね。朝顔もいっぱい咲いたし。いいカメラを写真部から借りてきたからたくさん撮ろーっと」

「ここは用務員のおじさんが管理してるかと思ってました」

「たまに手伝ってもらってるよ。でも今日のお手伝いさんは桜木さんね」

「はーい」

 手を挙げた夜叉は三森がカシャカシャと撮影会を行っているのを眺めた後、持ってきたジョウロで朝顔に水やりを始めた。

 小学生の頃にもこんな緑のカーテンがあったしそもそも自分で鉢植えで育てていたっけ…と懐かしい気持ちに浸った。日に日に多くの花をつけるようになるのが不思議で毎日楽しみにしていた。

「今年も合宿が始まったか~。桜木さんよければ朝と夕方にこうして手伝ってくれない? ジョウロはたくさんあっても運ぶのが1人だと何往復もしなきゃいけなくて腰にきてツラい」

「もちろんです! こういう仕事好きなので」

「もしかしてお家でガーデニングをしているとか?」

「そんなところです。昔、祖父母の家で植物を育てていたからそれでかもしれません」

「いいね~。スマホ眺めてたりゲームするのもいいけど自然とふれあうのも悪くないよね」

 先にジョウロの中の水が終わった夜叉は朝顔にそっとふれて目を細めた。花は水をはじいて雫をこぼし、土にしみこんでいった。

「…確かに。同じに見えて常に違う姿を見せてくれて、ずっと見ていても飽きないんです」

「桜木さん分かるコだねー。よし、君には収穫した野菜をおすそ分けしてあげよう」

「おーありがとうございます。ウチの食事担当が喜びます」

 この後合宿所に戻ったらまずは朝食だ。その時に和馬もいっしょだから伝えよう。夜叉はもう1つのジョウロを取りに行きながら今日の予定を考えた。

 藍栄高校には旧校舎がありそこが毎年、2年生の夏の合宿場所として使われる。中には家庭科室や大浴場も完備されており、畳が敷かれた和室もある。大量の布団セットまで。以前は部活の合宿で使われていたが最近では行っていない。スポーツのやり過ぎもよくないのではないかという声が上がったことがあるらしい。

「桜木さん、あんな生徒いたっけ…」

「え、どこに」

「門の近く。校舎内をのぞきこんでるみたい」

 駆け寄った三森は夜叉の腕を掴んで校門の方を小さく指さした。夜叉もあまり派手に振り返らないようにゆっくりと体の向きを変えた。

 彼女の言う通り校門には1人の男子高校生が不自然にキョロキョロと校舎内をのぞきこんでいた。校門の影に隠れている辺りが怪しい。

「ちょっと私声かけてきますよ」

「待って待って。他校の生徒っぽいしやめとこ…。下手に絡むとロクなことにならんだろうし」

「あんたそれでも教師か」

「桜木さん鬼かよ…」

 急に態度を変えた夜叉を引き留めていると、男子高校生が第三者に頭を掴まれたのが見えた。あのアイアンクローに夜叉は何度も見覚えがある。

 神崎だ。彼はポロシャツにチノパンというラフな格好でビジネスバッグを肩にかけている。アイアンクローをした手で男子高校生を振り向かせて眉間にシワを寄せると、慌てて彼は逃げていった。神崎が虚しく彼が逃げて行った方向に手を伸ばしたが、追いかけることはせずに門をくぐった。

「神崎先生が追い払っちゃったね」

「そうみたいで…アイツはなんだったんだろう」

「さぁ…? もしかしてこの学校に彼女がいるとか?」

「案外そうかもしれませんね」

 夜叉は肩をすくめて朝顔たちへの水やりを再開した。水の流れる音に心が洗われつつ、さきほどの男子高校生の顔を記憶の中から照合させようとしていた。

(実は見たことなかったっけ…? 学校の近くじゃなくて外で…それこそ初めて樫原かしはら君に会った時みたいな…)

 水やりが終わったら畑に移動してホースで水やりね、と三森に言われたのを生返事し蝉の声が騒がしくなってきたなと、額にうっすら浮かんだ汗を拭った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...