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4章
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濃い紫、赤に近い紫、水色。色とりどりの朝顔が咲いている。
ここは藍栄高校の職員室の前にある小さな花壇。そこにはネットが張られ、職員室の窓に這わせるように朝顔のつるが伸びていた。
半袖のTシャツにガウチョパンツという楽な格好をした夜叉は両手に大きなジョウロを持って現れた。花壇の近くにそれを置くと振り返って声を上げる。
「先生! もう水やりしていいですか?」
「待って、学校のブログ用の写真を撮るから」
夜叉に遅れて到着したのは首にゴツいカメラを提げた三森。彼女は夜叉のクラスの科学の教科担任だ。茶色のロングヘアで身長が高く、その上厚底サンダルなのでさらに身長が盛られている。そしてゴキブリが大の苦手で過去にトラウマとなるきっかけの事件を何度か経験している。
三森は持っていたジョウロを置き、カメラを持ち上げて電源を入れた。夜叉は彼女の後ろ側に回り込んで撮影風景を眺めた。
「あのブログ担当は先生だったんですね」
「ううん。持ち回りよ持ち回り。今回はたまたま私なだけ」
藍栄高校の公式サイトでは不定期に更新されるブログがある。写真つきで校内の様子や新しくなった設備の宣伝やゆるい近況報告がつづられている。。サイト内ではコメント欄が無いがSNSでその感想が書かれてしばしば話題になる。
夜叉も中学時代に高校調べをしている中で藍栄高校を見つけ、受験勉強中にもブログを読みふけったことがあった。
「私の担当している花壇と畑でも紹介しようかと思ってね。朝顔もいっぱい咲いたし。いいカメラを写真部から借りてきたからたくさん撮ろーっと」
「ここは用務員のおじさんが管理してるかと思ってました」
「たまに手伝ってもらってるよ。でも今日のお手伝いさんは桜木さんね」
「はーい」
手を挙げた夜叉は三森がカシャカシャと撮影会を行っているのを眺めた後、持ってきたジョウロで朝顔に水やりを始めた。
小学生の頃にもこんな緑のカーテンがあったしそもそも自分で鉢植えで育てていたっけ…と懐かしい気持ちに浸った。日に日に多くの花をつけるようになるのが不思議で毎日楽しみにしていた。
「今年も合宿が始まったか~。桜木さんよければ朝と夕方にこうして手伝ってくれない? ジョウロはたくさんあっても運ぶのが1人だと何往復もしなきゃいけなくて腰にきてツラい」
「もちろんです! こういう仕事好きなので」
「もしかしてお家でガーデニングをしているとか?」
「そんなところです。昔、祖父母の家で植物を育てていたからそれでかもしれません」
「いいね~。スマホ眺めてたりゲームするのもいいけど自然とふれあうのも悪くないよね」
先にジョウロの中の水が終わった夜叉は朝顔にそっとふれて目を細めた。花は水をはじいて雫をこぼし、土にしみこんでいった。
「…確かに。同じに見えて常に違う姿を見せてくれて、ずっと見ていても飽きないんです」
「桜木さん分かるコだねー。よし、君には収穫した野菜をおすそ分けしてあげよう」
「おーありがとうございます。ウチの食事担当が喜びます」
この後合宿所に戻ったらまずは朝食だ。その時に和馬もいっしょだから伝えよう。夜叉はもう1つのジョウロを取りに行きながら今日の予定を考えた。
藍栄高校には旧校舎がありそこが毎年、2年生の夏の合宿場所として使われる。中には家庭科室や大浴場も完備されており、畳が敷かれた和室もある。大量の布団セットまで。以前は部活の合宿で使われていたが最近では行っていない。スポーツのやり過ぎもよくないのではないかという声が上がったことがあるらしい。
「桜木さん、あんな生徒いたっけ…」
「え、どこに」
「門の近く。校舎内をのぞきこんでるみたい」
駆け寄った三森は夜叉の腕を掴んで校門の方を小さく指さした。夜叉もあまり派手に振り返らないようにゆっくりと体の向きを変えた。
彼女の言う通り校門には1人の男子高校生が不自然にキョロキョロと校舎内をのぞきこんでいた。校門の影に隠れている辺りが怪しい。
「ちょっと私声かけてきますよ」
「待って待って。他校の生徒っぽいしやめとこ…。下手に絡むとロクなことにならんだろうし」
「あんたそれでも教師か」
「桜木さん鬼かよ…」
急に態度を変えた夜叉を引き留めていると、男子高校生が第三者に頭を掴まれたのが見えた。あのアイアンクローに夜叉は何度も見覚えがある。
神崎だ。彼はポロシャツにチノパンというラフな格好でビジネスバッグを肩にかけている。アイアンクローをした手で男子高校生を振り向かせて眉間にシワを寄せると、慌てて彼は逃げていった。神崎が虚しく彼が逃げて行った方向に手を伸ばしたが、追いかけることはせずに門をくぐった。
「神崎先生が追い払っちゃったね」
「そうみたいで…アイツはなんだったんだろう」
「さぁ…? もしかしてこの学校に彼女がいるとか?」
「案外そうかもしれませんね」
夜叉は肩をすくめて朝顔たちへの水やりを再開した。水の流れる音に心が洗われつつ、さきほどの男子高校生の顔を記憶の中から照合させようとしていた。
(実は見たことなかったっけ…? 学校の近くじゃなくて外で…それこそ初めて樫原君に会った時みたいな…)
水やりが終わったら畑に移動してホースで水やりね、と三森に言われたのを生返事し蝉の声が騒がしくなってきたなと、額にうっすら浮かんだ汗を拭った。
ここは藍栄高校の職員室の前にある小さな花壇。そこにはネットが張られ、職員室の窓に這わせるように朝顔のつるが伸びていた。
半袖のTシャツにガウチョパンツという楽な格好をした夜叉は両手に大きなジョウロを持って現れた。花壇の近くにそれを置くと振り返って声を上げる。
「先生! もう水やりしていいですか?」
「待って、学校のブログ用の写真を撮るから」
夜叉に遅れて到着したのは首にゴツいカメラを提げた三森。彼女は夜叉のクラスの科学の教科担任だ。茶色のロングヘアで身長が高く、その上厚底サンダルなのでさらに身長が盛られている。そしてゴキブリが大の苦手で過去にトラウマとなるきっかけの事件を何度か経験している。
三森は持っていたジョウロを置き、カメラを持ち上げて電源を入れた。夜叉は彼女の後ろ側に回り込んで撮影風景を眺めた。
「あのブログ担当は先生だったんですね」
「ううん。持ち回りよ持ち回り。今回はたまたま私なだけ」
藍栄高校の公式サイトでは不定期に更新されるブログがある。写真つきで校内の様子や新しくなった設備の宣伝やゆるい近況報告がつづられている。。サイト内ではコメント欄が無いがSNSでその感想が書かれてしばしば話題になる。
夜叉も中学時代に高校調べをしている中で藍栄高校を見つけ、受験勉強中にもブログを読みふけったことがあった。
「私の担当している花壇と畑でも紹介しようかと思ってね。朝顔もいっぱい咲いたし。いいカメラを写真部から借りてきたからたくさん撮ろーっと」
「ここは用務員のおじさんが管理してるかと思ってました」
「たまに手伝ってもらってるよ。でも今日のお手伝いさんは桜木さんね」
「はーい」
手を挙げた夜叉は三森がカシャカシャと撮影会を行っているのを眺めた後、持ってきたジョウロで朝顔に水やりを始めた。
小学生の頃にもこんな緑のカーテンがあったしそもそも自分で鉢植えで育てていたっけ…と懐かしい気持ちに浸った。日に日に多くの花をつけるようになるのが不思議で毎日楽しみにしていた。
「今年も合宿が始まったか~。桜木さんよければ朝と夕方にこうして手伝ってくれない? ジョウロはたくさんあっても運ぶのが1人だと何往復もしなきゃいけなくて腰にきてツラい」
「もちろんです! こういう仕事好きなので」
「もしかしてお家でガーデニングをしているとか?」
「そんなところです。昔、祖父母の家で植物を育てていたからそれでかもしれません」
「いいね~。スマホ眺めてたりゲームするのもいいけど自然とふれあうのも悪くないよね」
先にジョウロの中の水が終わった夜叉は朝顔にそっとふれて目を細めた。花は水をはじいて雫をこぼし、土にしみこんでいった。
「…確かに。同じに見えて常に違う姿を見せてくれて、ずっと見ていても飽きないんです」
「桜木さん分かるコだねー。よし、君には収穫した野菜をおすそ分けしてあげよう」
「おーありがとうございます。ウチの食事担当が喜びます」
この後合宿所に戻ったらまずは朝食だ。その時に和馬もいっしょだから伝えよう。夜叉はもう1つのジョウロを取りに行きながら今日の予定を考えた。
藍栄高校には旧校舎がありそこが毎年、2年生の夏の合宿場所として使われる。中には家庭科室や大浴場も完備されており、畳が敷かれた和室もある。大量の布団セットまで。以前は部活の合宿で使われていたが最近では行っていない。スポーツのやり過ぎもよくないのではないかという声が上がったことがあるらしい。
「桜木さん、あんな生徒いたっけ…」
「え、どこに」
「門の近く。校舎内をのぞきこんでるみたい」
駆け寄った三森は夜叉の腕を掴んで校門の方を小さく指さした。夜叉もあまり派手に振り返らないようにゆっくりと体の向きを変えた。
彼女の言う通り校門には1人の男子高校生が不自然にキョロキョロと校舎内をのぞきこんでいた。校門の影に隠れている辺りが怪しい。
「ちょっと私声かけてきますよ」
「待って待って。他校の生徒っぽいしやめとこ…。下手に絡むとロクなことにならんだろうし」
「あんたそれでも教師か」
「桜木さん鬼かよ…」
急に態度を変えた夜叉を引き留めていると、男子高校生が第三者に頭を掴まれたのが見えた。あのアイアンクローに夜叉は何度も見覚えがある。
神崎だ。彼はポロシャツにチノパンというラフな格好でビジネスバッグを肩にかけている。アイアンクローをした手で男子高校生を振り向かせて眉間にシワを寄せると、慌てて彼は逃げていった。神崎が虚しく彼が逃げて行った方向に手を伸ばしたが、追いかけることはせずに門をくぐった。
「神崎先生が追い払っちゃったね」
「そうみたいで…アイツはなんだったんだろう」
「さぁ…? もしかしてこの学校に彼女がいるとか?」
「案外そうかもしれませんね」
夜叉は肩をすくめて朝顔たちへの水やりを再開した。水の流れる音に心が洗われつつ、さきほどの男子高校生の顔を記憶の中から照合させようとしていた。
(実は見たことなかったっけ…? 学校の近くじゃなくて外で…それこそ初めて樫原君に会った時みたいな…)
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