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5章

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 摩睺羅伽と美百合が住むマンションに久しぶりに緊那羅が帰ってきた。

 せっかくだから今日は3人でご馳走を食べよう! と摩睺羅伽が張り切って買い物に行こうとしたら、美百合も出かける素振りを見せた。

「美百合も一緒に行く?」

「違うわ。私は戯人族のに帰るわ」

「えー?  なんでまた急に。せっかくみっつんが帰ってきたのに…」

「ミツモリとならさっき十分話したわ。後は2人で楽しんでちょうだい」

「なんでそんなつれないこと言うんだよ…美百合も一緒にご飯食べようよ」

「サラのご飯なら毎日食べてるわ。今日はあなたがたくさん食べるのよ、ミツモリ」

 美百合は黄金色の切長の瞳でウインクをすると、ポケットからスマホを取り出して微笑んだ。

「それに今日はあっちで珍しく2号が泊まっていくらしいの。2号にお泊まり会しようって誘われたから行きたいわ」

「そうか…朱雀様の娘さんが。せっかくできた友だちに誘われたんなら止められないな」

「でしょ? だから後はあなたたちで楽しんでちょうだい。その代わり帰ってきたら前みたいに3人でどこか景色のいいところに行きたいわ」

 普段わがままはおろか願望すら口にしない美百合がリクエストをした。摩睺羅伽と緊那羅は顔を見合わせ、くすっと笑うとそれぞれ頷いた。

「分かった。今度の休みは3人でドライブして温泉に行こ! 美百合があっちに行ってる間に調べておくから」

「姫君のお望みとあらば」

 車の運転な得意な摩睺羅伽は腕まくりをする振りをし、緊那羅はおどけた様子でかしこまって頭を下げてみせた。

 美百合は小さく笑うと身一つで玄関へ消えた。





「美百合久しぶり!」

「2号もね」

 すっかり慣れた様子で夜叉は美百合とハグをし、白虎が用意してくれた洋室のソファでくつろいだ。

「連絡してくれて嬉しかったわ」

「いいの。仕事は大丈夫なの?」

「えぇ。今日は午前だけだったし明日は昼過ぎからだから」

 目の前の木製の大きなテーブルにはアフタヌーンスタンドが置かれ、そこに小さなケーキや焼き菓子、小さなカップに入ったゼリーやプティングがたくさん並べられている。もう晩御飯の時間だが甘い物を出されたら食べない選択肢はない。

 2人は良い香りのする紅茶と一緒に可愛らしいサイズのお菓子を食べた。お互いに近況を話しながら。

「クリオネは元気かしら」

「うん、元気だよ。でも美百合と修行して帰ってきてから随分変わったな~…。明るくなったと言うか自分を曝け出せるようになったと言うか…。皆との心の距離も近くなったんじゃないかな」

「そう…。彼、よく頑張っていたもの」

 その修行に付き合っていたのは美百合だ。しかもかなり長いこと。彼女はソファの上で足を組み直すと憂いげな表情に変わった。さすが芸能人というだけあって少し動きを変えている間の全てが画になる。

 しかし褒めているのになぜそんなに切なさそうなのか。夜叉が何も聞かずに顔を覗き込むと、美百合は長い髪の毛を払って小さく微笑んだ。

「彼の成長は嬉しいけど…これが子離れってヤツかしら。少し寂しい」

 歌姫のそんな様子を見せられると同性であっても心にくるものがある。夜叉は目をうるうるとさせると美百合の手を握った。

「そんな顔しないで…。阿修羅は美百合のことをまた必要とする時がくるよ」

「何を根拠に言ってるのよ…」

「ん~…勘?」

「あまり当てにならなさそうね…」

「…えへへ」

 美百合が少し笑顔を取り戻したのを見て夜叉は照れ笑いを浮かべた。自分の的が外れたことを言う所もたまには役に立つ。

「子離れと言えば今日、サラが昔預かった子どもに会ったそうよ」

「預かった?」

「えぇ。サラとミツモリが戯人族にスカウトされたばかりの時の一番最初の任務。生まれたての子どもを預かって約5年育てたんですって」

「へ~…子どもかぁ~」

 親戚は少ないし同級生にそんな小さなきょうだいもいないので、昔からうんと年下の小さな子どもとは縁がない。そのせいか特に好きとか嫌いとか言うこともない。

「ていうか戯人族の任務って本当に色々あるのね。ベビーシッターなんて初めて聞いたや」

「ただの預かり保育じゃないわ。2人が預かったのは忌み子よ」

「いみご…?」

「戯人族の罪の子。2号は知らないかしら? ほら、戯人族の始祖と悪鬼が恋に堕ちてできてしまった子よ…」

 一口サイズのピスタチオのケーキを取ろうとした夜叉の動きが止まった。

「…知ってる。知ってた…」

 そういえば長いこと忘れていた。悪鬼が朱雀殺しの直接の犯人ではないことが判明して戯人族のに自由に出入りするようになってから。彼に頬に髪にふれられ、キスを交わす仲になってから。

 朝来────。夜叉は口の中だけでその人の名前を呼ぶ。どれだけ甘い言葉をささやかれ指先を絡めても好きと言ったり言われたことはない。

 その彼は転生前だが夜叉の祖先との間に子を成している。決して恋仲になってはいけない2人がそこまでの関係になるなんてどれだけ想い合っていたのだろう。

 初めて夜叉の中で嫉妬の激しい炎が湧き上がるのを感じた。心に渦巻く炎が胸を焼くように熱い気がし、夜叉は胸を押さえた。

 朝来が欲しい? 自分が? 信じられない思いで嫉妬の理由を確かめる。

 恋なんてしたことがなかった。気になる人すらいなかったのにそれらを通りこした強い願望が生まれ、その日はあまり眠れなかった。
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