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5章
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「母さん…?」
子どもを産んだことはないが一時だけ親になったことがある。だから彼女は多くの人が行き交う大都会で偶然にも彼に再会するなんて思いもよらなかった。
迷いのある呼び方に思わず振り返ると、そこには摩睺羅伽よりも歳上で三十代に突入しているであろう男がいた。中途半端に手を伸ばしかけた彼の顔は自分でもなぜそんなことを言ったのか分からないと言いたげで、しかし摩睺羅伽から目を話せずにいるようだった。
対する彼女は、明らかに自分より年下の女に母と呼ぶ一見不審な男に冷たい視線を向けるのではなく、白髪を耳にかけながら微笑んだ。
「こんにちは」
「あ…こ、こんにちは」
長身で顔が整った黒髪の男は、きっと職場にいたら女性陣は誰も放っておかないだろう。
普段は冷静で仕事でミスすることはなく、誰かのミスを素早くさりげなくカバーしそうなデキる男に見える。しかし彼は今、摩睺羅伽の前で"やっちまった"と言いたげな恥ずかしそうな顔で何も言えなくなっている。
彼の黒髪や鼻筋が、摩睺羅伽の大好きな人によく似ている。彼との子どもではなく一緒に育てただけなのになぜか似てくるパーツや性格があって、不思議だけど嬉しかった。不意に見せる照れ顔は摩睺羅伽によく似ていると大好きな彼に言われたことがある。
「お母さんにそんなに似てますか?」
歳上の男にいきなり母と呼ばれたのに堂々としている彼女に狼狽え、男は前髪で目元を隠して微かに首を振った。
「似てるってより…会ったことがある気がして」
「そうですか…奇遇ですね。私も昔、あなたによく似た人に会ったことがあります」
摩睺羅伽は笑顔を保ち、声が震えたり涙がこぼれてしまわないようにバッグを持つ手に力を込めた。
初めて会った時は生まれたばかりで、物心がついた頃に親離れをすることになった彼。しかもその後、彼は転生しているから摩睺羅伽ともう1人の彼との記憶はもう残っていないと思っていた。
「貴義ー? ゴ○チャ買えたよー」
「あ…ありがとう」
「富橋にもあるけど飲みたくなっちゃうよね」
2つのドリンクカップを持った女性は遠くから歩いてきながらそれを見比べた。クリーム色の長い髪を肩の上でまとめた彼女は気の強そうな見た目だが、貴義のことを見上げる翡翠色の瞳は甘くて優しい。
「そういえばどうしたの?」
「実はこちらの方と…あれ」
「大丈夫…? もしかして見えちゃいけないものを見た?」
「おちょくるなレイコ。本当に話していたんだ…」
貴義がレイコの呼ぶ声に振り向いた時、2人の指から同じ輝きが放たれているのに気がついて涙がこぼれた。それを見られまいと摩睺羅伽は人の波にのまれるように紛れて姿を消した。
もうここでならどれだけ泣いても大丈夫だ。
歩きながら泣いていてもこの速さなら誰にも気が付かれない。
貴義の前で泣いてしまったら全てを話してしまいそうだった。
(吉高君…ううん、貴義君。覚えていてくれてありがとう)
一瞬だけでも彼の親になれてよかった。転生した今でも時々様子を見に行くことはあったが、こんなところで偶然すれ違ってしかも彼の方から声をかけられたのは初めてだった。
貴義の奥さん、レイコとも相変わらず仲良くしていて2人の幸せそうな姿を見れてよかった。
摩睺羅伽も転生した身だが、人間から人外へ…なので身体能力がまるで違う。うつむきながら泣いているのにその足取りは早く、誰ともぶつかることはない。
しかし歩いた先に立ち止まっている人がいるのに気づかず、そのまま胸の中に飛び込んでしまった。
しまった、と思ったが目の前の人物が懐かしいにおいを発しているのに気づいてためらいなく背中に腕を回した。また別の涙が出てくるようだった。
頭を撫でられて額にキスをされ、相手の細い人差し指で涙を拭われる。
「誰が君をこんな顔にさせたんだい?」
「私たちの子どもに…。子どもの成長が嬉しくて…」
「おいおい。もうそんな小さくはないだろ」
低く優しい声は摩睺羅伽の頬を包み込むと顔を上げさせた。
「おかえりなさい…みっつん」
「ただいま、サラ」
泣き笑いの顔で出迎えられたみっつんことミツモリこと緊那羅は、摩睺羅伽と同じ黄金色の瞳を優しく細めた。季節の冷たい風が彼の白い癖っ毛をなびかせる。
ずっとずっと会いたかった。日本と海外とで離れて仕事をしていた2人は大都会のど真ん中で抱きしめ合った。
子どもを産んだことはないが一時だけ親になったことがある。だから彼女は多くの人が行き交う大都会で偶然にも彼に再会するなんて思いもよらなかった。
迷いのある呼び方に思わず振り返ると、そこには摩睺羅伽よりも歳上で三十代に突入しているであろう男がいた。中途半端に手を伸ばしかけた彼の顔は自分でもなぜそんなことを言ったのか分からないと言いたげで、しかし摩睺羅伽から目を話せずにいるようだった。
対する彼女は、明らかに自分より年下の女に母と呼ぶ一見不審な男に冷たい視線を向けるのではなく、白髪を耳にかけながら微笑んだ。
「こんにちは」
「あ…こ、こんにちは」
長身で顔が整った黒髪の男は、きっと職場にいたら女性陣は誰も放っておかないだろう。
普段は冷静で仕事でミスすることはなく、誰かのミスを素早くさりげなくカバーしそうなデキる男に見える。しかし彼は今、摩睺羅伽の前で"やっちまった"と言いたげな恥ずかしそうな顔で何も言えなくなっている。
彼の黒髪や鼻筋が、摩睺羅伽の大好きな人によく似ている。彼との子どもではなく一緒に育てただけなのになぜか似てくるパーツや性格があって、不思議だけど嬉しかった。不意に見せる照れ顔は摩睺羅伽によく似ていると大好きな彼に言われたことがある。
「お母さんにそんなに似てますか?」
歳上の男にいきなり母と呼ばれたのに堂々としている彼女に狼狽え、男は前髪で目元を隠して微かに首を振った。
「似てるってより…会ったことがある気がして」
「そうですか…奇遇ですね。私も昔、あなたによく似た人に会ったことがあります」
摩睺羅伽は笑顔を保ち、声が震えたり涙がこぼれてしまわないようにバッグを持つ手に力を込めた。
初めて会った時は生まれたばかりで、物心がついた頃に親離れをすることになった彼。しかもその後、彼は転生しているから摩睺羅伽ともう1人の彼との記憶はもう残っていないと思っていた。
「貴義ー? ゴ○チャ買えたよー」
「あ…ありがとう」
「富橋にもあるけど飲みたくなっちゃうよね」
2つのドリンクカップを持った女性は遠くから歩いてきながらそれを見比べた。クリーム色の長い髪を肩の上でまとめた彼女は気の強そうな見た目だが、貴義のことを見上げる翡翠色の瞳は甘くて優しい。
「そういえばどうしたの?」
「実はこちらの方と…あれ」
「大丈夫…? もしかして見えちゃいけないものを見た?」
「おちょくるなレイコ。本当に話していたんだ…」
貴義がレイコの呼ぶ声に振り向いた時、2人の指から同じ輝きが放たれているのに気がついて涙がこぼれた。それを見られまいと摩睺羅伽は人の波にのまれるように紛れて姿を消した。
もうここでならどれだけ泣いても大丈夫だ。
歩きながら泣いていてもこの速さなら誰にも気が付かれない。
貴義の前で泣いてしまったら全てを話してしまいそうだった。
(吉高君…ううん、貴義君。覚えていてくれてありがとう)
一瞬だけでも彼の親になれてよかった。転生した今でも時々様子を見に行くことはあったが、こんなところで偶然すれ違ってしかも彼の方から声をかけられたのは初めてだった。
貴義の奥さん、レイコとも相変わらず仲良くしていて2人の幸せそうな姿を見れてよかった。
摩睺羅伽も転生した身だが、人間から人外へ…なので身体能力がまるで違う。うつむきながら泣いているのにその足取りは早く、誰ともぶつかることはない。
しかし歩いた先に立ち止まっている人がいるのに気づかず、そのまま胸の中に飛び込んでしまった。
しまった、と思ったが目の前の人物が懐かしいにおいを発しているのに気づいてためらいなく背中に腕を回した。また別の涙が出てくるようだった。
頭を撫でられて額にキスをされ、相手の細い人差し指で涙を拭われる。
「誰が君をこんな顔にさせたんだい?」
「私たちの子どもに…。子どもの成長が嬉しくて…」
「おいおい。もうそんな小さくはないだろ」
低く優しい声は摩睺羅伽の頬を包み込むと顔を上げさせた。
「おかえりなさい…みっつん」
「ただいま、サラ」
泣き笑いの顔で出迎えられたみっつんことミツモリこと緊那羅は、摩睺羅伽と同じ黄金色の瞳を優しく細めた。季節の冷たい風が彼の白い癖っ毛をなびかせる。
ずっとずっと会いたかった。日本と海外とで離れて仕事をしていた2人は大都会のど真ん中で抱きしめ合った。
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