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6章

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 当然、昼ご飯も夜叉は岸田に奢ってもらっているようだ。和馬たちは自分の食べたいものは自分で払うシステム。

 高校生だけで入るにはちょっとお高めの洋食屋に迷わず誘った岸田のお小遣い金額が気になるところだ。

 2人の後に続いて駅ビルに戻ってきた彼らは、ご飯屋が立ち並ぶフロアを見て一斉に腹の虫を鳴かせた。

「ちくしょう…ちくしょう…」

「かーずまー…ミートソースパスタもおいしいじゃん。泣きながら食べるな」

「だって…さくらたちはあんなおっきいハンバーグ…」

「彦瀬だって食べたいけどせっかく貯めたバイト代を使うわけにはいかないからパスタにしたよ?」

 店に入ってメニュー表を見た一同はその金額に目を見開き、今すぐ出て行こうか真面目に迷った。しかし他の店で昼食を取って夜叉たちのことを見失ったら元も子もない。彼らは比較的値段が安めのパスタ料理を頼むことにした。

 しかし夜叉たちは周りにいる大人のカップルのように肉料理を選んだ。しかもサラダ、スープ、ドリンクがついたセット。ハンバーグが載った鉄板はジュージューと音を立てており、こちらの腹の虫がいやでも刺激される。夜叉はナイフとフォークを使ってハンバーグを小さく切ると、口に運んで顔を綻ばせた。普段、家ではあんな大きくて肉汁たっぷりのハンバーグを食べることはないから余計に美味しいのだろう。そんなことを考えていたら和馬はまた泣きたくなり、悔しそうな顔でミートパスタを吸い上げる。

「昼からどうすんだろ」

「解散にはまだ早いよね。2人ともせっかく高城から来てるし」

「タピオカ飲むんじゃない?」

 それはハズレだった。ゆっくりと食事を終えた彼らはしばらくの間休憩がてら談笑し、店を出てペデストリアンデッキに向かった。午後になって太陽の位置が高くなり、ペデストリアンデッキにたくさんあるベンチが明るく照らされている。

 夜叉と岸田は広場の端の方のベンチに腰掛け、次の停留所へ向かっていく市電を眺めていた。

 まぁまぁお腹が満たされたけど高校生男子には物足りない量だった…と、心の中で昼ごはんにケチをつける和馬は前を歩いていた阿修羅にぶつかった。

「あ、ごめ────」

「しっ…静かに。皆さんはこちらへ」

 一同は阿修羅に指示されるがまま、ペデストリアンデッキからバスターミナルへ下る階段を覆った謎のオブジェに身を隠した。

 なんだなんだ…と4人はオブジェから顔をのぞかせると、急に向かい合った夜叉と岸田の姿が見えた。

「ひゃあ! あ、あれはまさか…!」

 やまめが飛び上がって真っ赤な顔になって震え始めた。

「なになに」

「さぁ」

「キスするんでしょ!」

「はぁ!? やまめちゃん、小説の読みすぎでしょ!」

「書き過ぎの間違いだわ! だ、だってあんな急に…あぁ! これは盗撮チャンスか!」

「いけません! やー様の破廉恥な現場は残させません!」

 クワっと目を見開いた阿修羅が振り向き、やまめのスマホを奪取しようとしたが彼女がオブジェから飛び出すのが先だった。

「いや破廉恥って…」

「ていうかマジでだめだって! やまめちゃん! ネタ集めもやっていいことと悪いことがあるでしょ!」

「そこは僕に任せて」

 やまめを引きずり戻そうとした瑞恵の方に誰かの手が置かれる。誰、と振り向いた時にはもう背後には誰もいなかった。

「僕ってまさか…」

 和馬がとうとう出るとこ出たのか…と感心したのも束の間、彼は呆けた顔をして瑞恵の背後を見つめていた。隣の彦瀬も同じような顔をし、唯一阿修羅だけは歯軋りをして悔しそうにしている。

「なになに…?」

 瑞恵が再び夜叉たちの方を見ると、彼らに向かってまっすぐ歩いていく人物がいた。その細い背中には見覚えがある。あの時と違う服装でもその漆黒の髪だけ確認できれば。

「影内君…」

 口の中でつぶやいただけなので彼は振り返ることなく行ってしまった。少し襟足の長い黒髪を風に揺らしながら。
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