たとえこの恋が世界を滅ぼしても6

堂宮ツキ乃

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7章

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「カルラ…さん」

 突如として現れた女のことを夜叉はそう呼んだ。気温が低いというのに彼女はワイシャツにスラックスというラフで寒そうな格好をしている。しかし当の本人は寒さなど微塵も感じていない様子だ。

「初めまして、朱里様」

「朱里って…あんた、このコのなんだ?」

 夜叉に似た大人の女は肩にかかった髪を後ろに払うと、瑠璃色の瞳を鋭くさせて顎をひいた。

「私は戯人族の朱雀族のカルラ。朝来…いや、悪鬼。しばらくどこに消えていたかと思ったらまた同じ過ちを犯そうとしていたんやね」

「は…?」

 不安そうに眉を曇らせた夜叉のことをしっかり抱きしめ、朝来は警戒心を強める。見たことない戯人族だ。彼らは各地に散らばって任務をこなしている者が多いからそれは仕方ないのだが。

 だが彼女は夜叉のことを朱里と呼んだ。しかも迷いなく。

「カルラさん、私…」

 夜叉は人格が混ざってしまっているのか話し方や声の調子が定まらない。ただずっと涙をボロボロとこぼし続けていた。

 そんな彼女を見てカルラはかすかにほほえんだが、それは無理やり作ったような表情だった。

「ご自分を取り戻したのですね…」

「待て、なぜお前にそんなことが分かる? 青龍たちでさえ似ていても夜叉は朱里の生まれ変わりじゃないって断言していたんだぞ。それに朱里は人間に生まれ変わった後に自害して魂の行方不明だって…」

「…私も最近知ったばかりなんよ。自分でも信じられん」

「だから、どっから」

「天魔波旬が血を調べて、それで」

 一迅の激しい風が吹き、カルラの長い髪を舞い上げた。めくれた前髪からは瑠璃色の瞳と真紅の瞳がそれぞれ露わになる。冷たい風が体を突き刺しても彼女は肩を抱いて震え上がることはない。

「初めて夜叉に会った日は覚えとるら? 血を持ってこいとナミィに言われたやろ。その血をあのマッドサイエンティストが調べて判明したんだわ」

「は…?」

 まだ天魔波旬の手の内にあった頃のことだ。怯える夜叉にキスをして噛みつき、その時に得た血を一味の科学者に渡した。それをどうしたかなんて考えたこともなかった。

「天魔波旬は最先端の、それも表には出ていないような科学技術を保有してる。血をスキャンしたらその人の前世が分かる機械もそれやんね。それで夜叉の血を見たら朱里様として生きた過去が見えたらしい…。里を無くした忍の妹として、時永ときながの里で暮らすことになった時のことも…」

「あんたはそこまで調べ上げていたのか…」

「天魔波旬に潜り込んでいたからできたことだに。最近は仲間を欲しがっていたから楽に入り込めたわ」

「だから僕はあんたのことを知らなかったのか」

「まぁアジトに行くことも少ないからねぇ」

 カルラの話した夜叉の過去────否、前世に覚えがあるのか彼女は目をぎゅっと閉じて朝来にしがみついていた。そっと背中に腕を回すと彼女は眉を落とした顔を上げた。

「大丈夫? 怖いのかい」

「信じられなくて…またあかつきに会えたことが」

 すっかり目を腫らした彼女は朝来に涙を拭われてほほえんだ。夜叉とは違う少女らしいあどけなさのある笑顔だった。

「そうだね…そういえば君にはそう呼ばれていたんだっけ。今は朝来と言うんだ。君の兄上が名付けてくれたんだよ」

「そう…兄様が。きっとへたくそな文字で自慢げに命名したんでしょうね」

「うん。達筆の君と違ってみみずがのたうち回ったような字でね」

 2人は当時とは違う姿で顔を寄せ合ってほほえんだ。額を突き合わせて目が合うと朝来は夜叉のまぶたにキスを落として首元に抱き寄せた。

 再会を喜ぶ2人に聞こえるようにカルラは派手な咳払いをし、先ほどとは違う冷たい表情に変わった。それは仲良さげなリア充を羨むものではない。この場を今すぐぶち壊さなければ、というある意味使命感のある目つきをしている。

「悪いけど…このままハッピーエンドを迎えさせられん」

「どういうことだ?」

 目つきが変わったカルラは夜叉のことを見ると申し訳なさそうな顔になった。

「2人が結ばれたらこの国は天魔波旬のものになってまう…。2人の恋は破滅を導いてしまうんよ、夜叉」

 カルラは姿勢を低くして構え、ワイシャツの袖をまくりあげた。その手首に巻かれたのは黒い布。

手甲てっこう…やる気か」

「知ってしまった私のやるべきことやからね。夜叉をこっちに渡しん。戯人族のに連れ帰って悪鬼とは引き離させてもらうわ」

「はいどうぞと言うとでも?」

「思ってないから武装してきたんよ!」

 カルラは両の瞳を妖しく輝かせると朝来に向かった。瞳から閃光を走らせると飛び上がり、どこに隠していたのか刀を抜いて柄をその辺に投げ捨てた。

「バカが…やー子がいるんだぞ…!」

 朝来は彼女を抱き上げるとビルから飛び降りようと軽く助走をつけた。

 これからどうしようか。腕の中の夜叉は涙は止まっても暗い顔をしたまま。きっと見知った戯人族に武器を向けられたことに少なからずショックを受けているのだろう。

 朝来はビルの屋上から飛び上がると地上に向かって真っ直ぐに落ちていった。彼は夜叉に顔を寄せると安心させるようにほほえんだ。

「…大丈夫だ、とにかく僕とおいで。悪いけど戯人族たちより長生きだからあの小娘にそう簡単には追いつかれない」

 長い髪を舞い上げながら夜叉はうなずく。

 さて、これからどうしたものか。朝来は危なげなく低い建物の屋根に着地すると、駅に向かって屋根の上を跳躍していく。カルラはまだ地上に辿り着いていないのか、振り返っても姿はない。

 朝来は駅ビルの屋根を走ると新幹線のホームに飛び降り、ちょうどホームに滑り込んできた新幹線にとび乗った。乗る直前に足元にクナイが突き刺さったが、きっと遠くから投げたものだろうから彼女は追いつけなかっただろう。

 夜叉を隣に立たせて肩で息をしながら外を見ると、親に抱っこされた小さな子どもが目を丸くして朝来のことを見つめていた。目を輝かせて親の肩を叩こうとしたので彼は片目を閉じて人差し指を唇に当てた。

「さて…高城まではすぐだけどいろいろ聞かせてもらおうか。君は今までどうしていたんだ? 朱里としての記憶はどうなってたんだい?」

 夜叉は右目のアイパッチを剥がすと真紅の瞳を開いた。彼女が両目を開いた姿を見るのは初めてだ。

「ずっと封印してたよ…。私が私出会ったことも、暁とのことも戯人族のことも…」

「なんでそんな必要が…」

「…あなたもわかっているでしょう」

 彼女はうつむき、前髪で表情が見えなくなる。

 重たくなりそうな帰り道。朝来は久々の再会に浮かれている場合ではないと、眉を曇らせた。

fin.
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