たとえこの恋が世界を滅ぼしても6

堂宮ツキ乃

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7章

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 一同はカフェで解散することにした。駅前広場で同じ学年の昴のバンド『VASARA』がライブを始めるらしく、それを見にいこうという話になったのだ。しかし朝来は暗い顔をした夜叉をもうしばらく連れ回すと宣言した。

「積もる話があるなら店の奥を使ってもいいんだぞ。今日は日曜だしどこも人が多いだろ」

「大丈夫。君の店だってもう今日は閉めるだろ。そこまで甘えられないよ」

 慶司の申し出に朝来は"また来るよ"とほほえんだ。一方、ご馳走してもらった和馬たちは慶司と志麻に丁重にお礼を言って店を後にした。

「やーちゃん大丈夫? 顔色悪くない?」

「いえ、大丈夫です」

 見送ろうと一緒に店の外に出た志麻と慶司は夜叉の顔をのぞき込んだ。優しい2人に彼女は安心させるために手と首を同時に振る。

「まぁ…またいつでもおいでよ。この悪鬼とも仲良くしてやってくれ」

 慶司は最後に夜叉の頭に手を置き、朝来の背中を思い切り叩いて見送った。



 和馬たちと分かれた夜叉と朝来は彼らとは正反対の方向に向かって歩いた。

 日が暮れてすっかり暗くなった街には控えめなイルミネーションが彩られている。駅前のペデストリアンデッキはもっとド派手に輝いているだろう。昼間に行った時にいろんなオブジェが置かれていたり、植えられた木や柱に電飾が巻きつけられていたのを見かけた。

「今日は楽しかった?」

「うん」

「岸田といるときも?」

「うん。彼、いい人だったし」

「…付き合うつもりだったの」

「どうしたの?」

 広小路から外れてビルの工事をしている人気の少ない道に入ったようだ。さっきからすれ違う人の数が減って街頭も少なくなってきた。突然立ち止まった朝来は大きなため息をついて片手で顔を覆った。

「最近連絡してもあんまり返ってこなかったからどうしたのかなって心配してたんだ…急に会いに行くのもなんだし」

「ごめん。最近は岸田君とよく出かけてたから」

 わずかな罪悪感が生まれてきまり悪そうにすると、朝来に思い切り抱きしめられた。

「ちょ…」

 首元に顔を埋められているせいで彼の髪が当たってくすぐったい。腕の力強さも体重の掛け方も遠慮がないせいで苦しい。

 彼は夜叉の首元でポツリポツリといじけた声で話し始めた。

「今日、君が岸田といるのを見てすごく悔しかった。僕だってまともに君と2人でデートなんてしたことなかったのに」

「それは…」

「────君が」

 夜叉が口を開きかけると朝来は彼女の言葉に被せるように食い気味に話し、顔を上げた。彼女の肩を掴んで真っ直ぐに見つめると黄金色の猫目をキュッと細めた。

「君が誰を好きになっても、君が初めてキスをしたのは僕だ。それだけは変わらない…変えられない」

「朝来…」

 夜叉の頬がカァッと熱くなる。寒ささえ忘れるほど。むしろ冷たい風が吹いてほしいくらいだ。この火照った体を冷ましてほしい。

 彼女は何かを言おうと口を開きかけるが、言葉が出てこなくなった。代わりにこぼれたのは涙だった。

「どうしたの?」

「…場所を変えたい」

 朝来は短く頷くと夜叉を横抱きにして高く跳び上がった。アーケードの屋根に跳び移り、ビル工事の足場に足をかけて最上階にまで跳び登ると彼女のことをそっと下ろした。

「ここならいいかい」

「逆に大丈夫なの…」

「大丈夫だろ」

 朝来にとってそれは心底どうでもいいことらしい。早く夜叉の言おうとしたことを聞きたいのかそわそわし始めた。

 夜叉はビルのてっぺんから富橋の街を見下ろして深呼吸をした。育った街をこんな視点で見る日が来るとは思わなかった。

「あのね…気持ちをはっきりさせたい」

「気持ち?」

「その…さっきとか今までみたいにキスしたりハグしたり…なんであんな気軽にするのかなって」

「そ、それは」

 涼しげな顔でずっとなんでもないフリをしていた朝来の顔に動揺が走る。月明かりはなく、街の明かりさえ届かないこの高さでは彼の顔色は夜叉からはよく見えない。

「────あなたの恋人に似てるから? 恋人と同じ戯人族の血が流れているから? 私は朱里の代わりかな」

「ちが────」

「でも私、朝来に名前を呼んでもらったことない! 好きって言われたことない。なのになんであぁいうことをするの?」

「やー子!」

 夜叉はまた朝来の腕の中に閉じ込められた。がむしゃらにかき抱くちょっと雑な力加減で。早い心臓の鼓動がお互いに伝わり合った。

 目を見開いた夜叉はゆっくりと目を伏せて涙をこぼした。中途半端に鼻で笑うと声が震えた。

「やー子って何…」

「…僕だけの呼び名。本当はずっと呼びたかったんだ。こんなに時間がかかるなんて…所詮、僕はヘタレなんだよ」

 夜叉が小さく"バカ"と言うと朝来は頬にキスをしてほほえんだ。いつもの大胆に唇にしてくるのとは違う。優しくふれる軽いキス。

「好きだよ、やー子。誰かの代わりなんかじゃない。君自身が好きだ。一緒にいて楽しいからとかそんなんじゃない、魂レベルで君が好き。きっとどこかで会ったことがあると思う。そこで一度結ばれてるんだ。だから理由もなく惹かれて────」

「…もうやめて」

 彼女は未だ涙を止めることが出来ずに朝来の胸を押して首を振った。

「…もしかして照れてる?」

「…そんなんじゃない」

 鼻声の彼女は鼻を啜ると背中を向けて悲しそうな声で笑った。

「二度と会っちゃいけないのに…なんでまた愛し合おうとしちゃうんだろ…」

「やー子…?」

 どれぐらい前かなんて考えたこともないくらい昔々の話。かつて愛した人に言われたことを思い出す彼女の言葉。

────もしまた会えたら

────今度はもうダメだよ。また巡り合って愛し合ったら今度こそ…。

 振り返った夜叉の姿と声にかつて愛した人の姿がダブる。宝石のような瑠璃色の瞳も。澄んだ可愛らしい声も。よく似ていると周りも自分も思っていたが、今日ほど2人の姿がシンクロしたことはない。

 今愛してる人、かつて愛した人。どちらの名前を呼ぼうか迷っていると、夜叉は激しく涙をこぼしながら自分の体を抱きしめて震え出した。

「何…今の…。父さ…朱月あけつき兄様あにさま…? 青ニ郎せいじろう白里はくり玄吾げんご…」

「何を言って…」

 名前だろうか。確か朱月というのは朱雀の以前の名前だと聞いたことがある。

 夜叉は膝をついて尚も涙をこぼす。朝来には彼女の身に何が起こっているのか分からなかった。

 ここは仕方ないが阿修羅を呼んでくるしか。きっとまだ駅前広場にいるだろう。そしたら戯人族の人たちを呼んでもらえる。というかむしろ彼女を戯人族のにつれて行った方が早そうだ。

「落ち着け、やー子。青龍たちのところへ行こう」

「待て!」

 こんなところに一体誰が。

 工事中のビルに自力で飛び上がってきたのは、夜叉と同じような色の長い髪をなびかせた大人の女だった。
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