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「これ! 見てください!」
志麻はスマホをスクロールさせ、慶司に向かって掲げる。
彼は目を細めると小さく口を開けた。
「……誰?」
「私です」
「何がどうなってこうなった?」
スマホに映し出されているのは推しに扮した志麻だ。
ミルクティー色の三つ編みで後頭部に輪っかを作り、瞳には椿色のカラコン。真っ赤なチャイナ服に黒のカンフーパンツ。大好きなご主人様のために戦うチャイナ娘のコスプレだ。
ひと昔前の少女マンガ作品だがヤンヤンと一緒にハマり、コスプレイベントで”併せ”をした。
「これがコスプレです。アニメやマンガのキャラに扮しているんです。メイクはもはやアートです! アイラインの太さを変えたりアイシャドウを何重にものせたりして……」
次の日の営業後。志麻と慶司はカフェを出て広小路を歩き、適当な居酒屋に入った。「歓迎会も兼ねよう。疲れていたら後日にするが」と誘われ、呑むことにした。
『離れていた期間が長い……。花菱さんからちょくちょく聞いていたが本人から聞きたい』
話の流れで趣味を明かすと思いのほか興味を向けられた。
「この頭……ヅラは本当にどうなってるんだ?」
慶司は志麻が手にしたスマホに顔を近づけた。思わぬ接近に心臓が跳ね上がる。
社会人になってからというもの、彼氏という存在とは無縁だった。同僚男子といい雰囲気になることもなく。
志麻はグレープフルーツサワーのグラスに口をつけてごまかした。顔の温度が上がったことはアルコールのせいにしたい。
「……自分でウィッグをセットしてるんですよ! ヘアアイロンとかスプレーを使って……場合によっては毛束を作って接着剤でつけたりしています。友だちはもっとすごくて、納得いく色じゃない時には煮込んで染めてます」
「何言ってんのかよく分からんけどすげー。俺なんて自分の髪すらセットしないから、ただただすげー」
「えっ、店長の頭……素なんですか?」
「梳かすくらいはするよ」
慶司の綺麗な黒髪は相当腕のいい美容師が担当しているのだろう。何もしなくてもストンとした直毛で野暮ったさがない。
志麻はスマホの暗くなった画面越しに癖っ毛のポニーテールを見つめた。
「見てこれ……。桜嵐のシュシュキーホルダーが出るって!」
「志麻ってシュシュ好きだもんね~。え、付いてるチャーム最高じゃね? それぞれの得意武器か……」
「まじ京弥のシュシュの色綺麗すぎん? 紺……ロイヤルブルーは着流しの色からか~……。え、私商品開発に携わってた? 色みが解釈一致すぎるんだが? あれ? 無い記憶が……」
およそ十年前。志麻は蒲里にある高校に通っていた。中学からの同級生も多く、オタク友だちに囲まれて楽しい学校生活を送っていた。
中学では厨二をこじらせたり腐女子、夢女子として目覚めたり、一人称がイタいものだったり……こってりとした黒歴史を持っている。
できたら思い出したくないが、きっかけとなった二次元は今でも変わらず大好きだ。高校に入学してからはイタい言動は控えている。つもり。
「志麻って物静かなイケメン好きよね~。黒髪とか大人キャラとか……」
「拙者、クールで言動優しいイケメン大好き侍と申す」
「出たよそれ」
志麻が眉間を寄せると前の席に座る女子が手を叩いて笑った。
「ご先祖様の影響なんだよね~。忍者みたいな仕事をしてたって言い伝えられていて、そのせいか和モノにはついつい反応してしまう」
「何々? 実は由緒あるお家なの? 千年続いてるみたいな」
同じく二次元好きな彼女は志麻の話に食いついた。
「普通に庶民だよ。家系図とか資料が残ってるわけじゃないけどずっと言い伝えられてるの。かつて富橋のお殿様にスカウトされて仕えることになったって……」
文化部だった志麻の活動日は週に二日。それ以外の授業後は友だちと遊ぶことが多かった。
大型スーパーのフードコートに集まってポテトとジュースで駄弁ったり、プリクラを撮るのが定番だ。
しかし、それも続けば飽きるしお小遣いが減るわけで。志麻はバイトを始めることにした。選んだのは駅前にある蕎麦屋。自転車で下校途中、バイト募集のポスターを見つけたのだ。
「いらっしゃいませー! ……あ、ヤバ。先生だ」
「な!?」
「ミタちゃん、カメちゃん! 二階に上がりな!」
ある金曜日の晩。店の暖簾をくぐって現れたのは高校の先生。しかも教科担当なので認知されているはず。志麻は後輩と共にパートのおばちゃんによって隠された。
「帰る前にご飯食べてこって感じですかね?」
「……そうだね。社会人って感じだね」
「私たちも早くまかない食べたいですねぇ」
志麻の母校ではバイトが禁止だった。しかし、隠れてバイトをしている生徒はそれなりにいた。その仲間がヤンヤンこと亀山。
ヤンヤンが新しいバイトとして入って来た時、同じ高校だと知って笑い合ったものだ。お互いに二次元が好きだと分かると激しく意気投合した。
「ミタ先輩……その刀のチャームって京弥のですよね? しかもボックス予約特典の」
ある日、更衣室で着替えているとヤンヤンが指さした。志麻のスクールバッグに向かって。
「なぜ分かった……!?」
「私も持ってるからです。菊光の刀チャーム」
ヤンヤンはスマホを掲げ、黄金色のチャームを揺らした。スマホカバーは水墨画風に描かれた空色のポニテ少年剣士がプリントされている。
「えぇ!? カメやん桜嵐好きなのー!?」
「めっちゃ好きですー。マンガ全部読みました」
「マ!? 早くアニメ化されてほしくない??」
「まぁじで」
アニメ化は二人が大人になってからだが、それはまた別のお話。
蕎麦屋では学校の先生が来るかもしれないというスリルを味わいながら社会を経験した。それなりの値段がするお店だったので厄介な客が訪れることは滅多にない。おかげでのびのびと平和に勤めることができた。
バイト代のほとんどは推し活に消え、両親を泣かせたこともある。しかし、両親への感謝と称してプレゼントを買ったら違う意味で泣かれた。
志麻に彼氏が初めてできたのは中学生。二次元を語り合う男友だちだったが、なんとなくの流れで付き合った。
しかし、付き合う前となんら変わらない関係だったので「わざわざ彼氏彼女になるのも変じゃない?」と関係を解消した。同じ現象は高校生になってからも起き、実際にお付き合いらしいお付き合いをしたのは大学生になってからだった。
「志麻~。来月のコスイベ一緒に行かん? あ、彼氏さんと予定ある?」
「ヤンヤン。もう元カレな」
「え、そうなん?」
だが、それも新たな趣味を見つけたことで相手に見放された。
コスプレだ。それは大変楽しい趣味だが、驚くほどお金も時間も吸い取られた。
ウィッグに衣装代、キャラによっては小道具代。カメラも欲しいと家電屋をはしごしたこともある。もちろんイベントでは参加費が必要だ。スタジオや場所を借りてのロケ撮影でも。
専門学校へ進んだヤンヤンも同じ趣味に生きた。気づけばお互いコスプレイヤーとしての人格に振り回され、彼氏との時間を作ることを忘れていた。
就活中はさすがに自重したが、就職してからはレイヤー活動が復活。
その数年後、レイヤー仲間の一人が結婚した。
「おめでとう! どんな人なの?」
「高校からの同級生。去年から同棲していてそろそろ……ってことで」
「そうなんだ~。今度の併せでお祝い渡すね!」
そうこうしている内に一人、また一人と結婚していく。志麻の同級生の間でも結婚ラッシュが始まった。
お祝いにカタログギフトを買った回数が分からなくなった頃。志麻はヤンヤンと蒲里駅前の居酒屋で待ち合わせた。
「なぁヤンヤン……。皆どこで出会ってんだろうな……?」
いつの間にか志麻は彼氏がいない期間が十年目に突入しようとしていた。同じくいい話がないレイヤー仲間がそろうと、決まって美容液だのマッチングアプリの話になる。
ヤンヤンは焼き鳥にかぶりつくと半眼になった。
「だから志麻も現実逃避してないでマチアプ入れなよ。会社でもレイヤー界隈でも期待できないなら……」
「嫌だよぉ~!」
志麻はお皿やジョッキを避けてテーブルに突っ伏した。
「少女マンガみたいに偶然出会って恋におちて……みたいなのがいぃ~……」
テーブルの端をぺちぺちと叩く。これは昔から思っていたことだ。高校時代の恋愛が長続きしなかったのも根底にあった憧れが原因だろう。
鼻声で話す先輩に対し容赦ないのがヤンヤンだ。
「いつまで言ってんのそれ……。先輩、もうアラサーやで? そんなん妄想で終わり!」
「マチアプで出会うのも怖いもん……。ネットで知り合った人とは会っちゃいけませんって言われてきたもん……」
「ネットリテラシー教育の賜物なのか弊害なのか……」
ヤンヤンは鼻をズビーと鳴らす志麻の前にテーブルナプキンを置いた。
「まぁ、私の過去なんて店長に比べたらちゃっちいものですけど……」
「友だちも多くて趣味も楽しんでいて何より」
慶司はビールのジョッキを持ち上げ、一気に半分ほど飲み干した。喉仏がゆっくり上下するのを目で追ってしまう。志麻は上目遣いでグレフルサワーに口をつけた。
「店長は明治とか大正……幕末にもお茶屋さんとか営んでたんですか?」
「おう。時代に合わせて名前を変えたりしたけど」
彼は茶屋を始めることにした経緯、初代竹島一族のことを懐かしそうに語った。志麻の祖父母も知らないエピソードは垂涎もの。すんなりと受け入れる様子は慶司に引かれてしまった。
「すごいなぁ~。竹島一族はウチ以外にもいるなんて……いつかお話してみたいです」
「すまんな、竹島一族の直系しか知らん上に付き合いもなくなってな。お前が竹島一族の子孫だってことさえ分からなかったくらいなんだ」
「店長が謝ることじゃないですよ! 謎めいているとさらに燃えるっていうか……。あ、そういえば竹島一族は酒井忠次にも仕えた、って話を聞いたことがあるんですけど本当ですか? 店長よりずっと後の人ですよね?」
祖母が語る竹島一族のエピソードを頭から引っ張り出すと、同時に疑問も湧いてきた。
「本当だよ。彼は城下を歩くのが趣味でウチへ来ては『新しい土地での情報収集がいまいち』ってぼやいてた。信用できそうな男だったし俺から顕広の子どもたちに『新しい仕事になるかもしれない』と伝えたんだ。酒井忠次には彼らのことを匂わせて……」
「あーそういうことだったんですか! 歴女のおばあちゃんに教えてあげたいです」
「なぁ……昔みたいに話してくれないのか?」
慶司は肩を丸めた。志麻と少しでも視線が近くなるように。
弱々しい様子にほだされそうになる。どうしてこの人は時々あざとくなるのだろう。志麻は唇も気持ちも嚙みしめたい衝動に駆られたが抑えた。
「目上の人ですから……」
「もう、一ミリも好きじゃない?」
「えと……」
慶司は首をかしげた。巨人のあざと仕草は心をぶち抜く威力がある。子犬のような表情にも。
志麻はのみ込まれないよう、顔の前で手を広げてまくしたてた。
「わっ私! オタクすぎてこんなイケメン眼前にしたら早口になるし本当はここでバイトするのも迷ってでも新しい環境でお仕事したかったし実家も出たかったしあと」
「息継ぎしてねぇ……」
「同じ映画を十回も見るようなオタクなんで……」
それは今年の春の話。好きな作品シリーズの映画で推しが主役と知り、去年から浮足立っていたのだ。
美容院で担当に「昨日も観に行きました!」と話したところ、「昨日も?」と引きつった笑顔を返された。
しかし、慶司には一ミリも響いていないようだった。首を反対方向にかしげるだけ。
「それがどうした。何をそんなに迷ってる?」
「だって……あれから何人かと付き合ったりしましたし……」
「……ふーん?」
不機嫌そうに肘をついた彼は目元のほくろを引くつかせていた。
「……店長?」
「俺のこと、あんなに大好きって言ってたのに?」
「す、すみませーん生のおかわり……いや大吟醸くださーい!」
店員の明るい声に救われたが、慶司のねちっこい視線に肝が冷えた。
「絶対に結婚するって言ってたのに……」
彼は薄目で志麻をとらえたままジョッキに再び口をつけた。
(なんか……こういうの桜嵐で見たな……)
最推し作品のあるシーンだ。桜の精が人間の男子に恋をし、彼を手に入れるために姿の年齢を変えていた。
(拝啓、原作者……。精霊……いや、人ならざる者の解釈合ってます)
志麻は慶司のジト目に苦笑いを返し、テーブル中央のポテトに手を伸ばした。
志麻はスマホをスクロールさせ、慶司に向かって掲げる。
彼は目を細めると小さく口を開けた。
「……誰?」
「私です」
「何がどうなってこうなった?」
スマホに映し出されているのは推しに扮した志麻だ。
ミルクティー色の三つ編みで後頭部に輪っかを作り、瞳には椿色のカラコン。真っ赤なチャイナ服に黒のカンフーパンツ。大好きなご主人様のために戦うチャイナ娘のコスプレだ。
ひと昔前の少女マンガ作品だがヤンヤンと一緒にハマり、コスプレイベントで”併せ”をした。
「これがコスプレです。アニメやマンガのキャラに扮しているんです。メイクはもはやアートです! アイラインの太さを変えたりアイシャドウを何重にものせたりして……」
次の日の営業後。志麻と慶司はカフェを出て広小路を歩き、適当な居酒屋に入った。「歓迎会も兼ねよう。疲れていたら後日にするが」と誘われ、呑むことにした。
『離れていた期間が長い……。花菱さんからちょくちょく聞いていたが本人から聞きたい』
話の流れで趣味を明かすと思いのほか興味を向けられた。
「この頭……ヅラは本当にどうなってるんだ?」
慶司は志麻が手にしたスマホに顔を近づけた。思わぬ接近に心臓が跳ね上がる。
社会人になってからというもの、彼氏という存在とは無縁だった。同僚男子といい雰囲気になることもなく。
志麻はグレープフルーツサワーのグラスに口をつけてごまかした。顔の温度が上がったことはアルコールのせいにしたい。
「……自分でウィッグをセットしてるんですよ! ヘアアイロンとかスプレーを使って……場合によっては毛束を作って接着剤でつけたりしています。友だちはもっとすごくて、納得いく色じゃない時には煮込んで染めてます」
「何言ってんのかよく分からんけどすげー。俺なんて自分の髪すらセットしないから、ただただすげー」
「えっ、店長の頭……素なんですか?」
「梳かすくらいはするよ」
慶司の綺麗な黒髪は相当腕のいい美容師が担当しているのだろう。何もしなくてもストンとした直毛で野暮ったさがない。
志麻はスマホの暗くなった画面越しに癖っ毛のポニーテールを見つめた。
「見てこれ……。桜嵐のシュシュキーホルダーが出るって!」
「志麻ってシュシュ好きだもんね~。え、付いてるチャーム最高じゃね? それぞれの得意武器か……」
「まじ京弥のシュシュの色綺麗すぎん? 紺……ロイヤルブルーは着流しの色からか~……。え、私商品開発に携わってた? 色みが解釈一致すぎるんだが? あれ? 無い記憶が……」
およそ十年前。志麻は蒲里にある高校に通っていた。中学からの同級生も多く、オタク友だちに囲まれて楽しい学校生活を送っていた。
中学では厨二をこじらせたり腐女子、夢女子として目覚めたり、一人称がイタいものだったり……こってりとした黒歴史を持っている。
できたら思い出したくないが、きっかけとなった二次元は今でも変わらず大好きだ。高校に入学してからはイタい言動は控えている。つもり。
「志麻って物静かなイケメン好きよね~。黒髪とか大人キャラとか……」
「拙者、クールで言動優しいイケメン大好き侍と申す」
「出たよそれ」
志麻が眉間を寄せると前の席に座る女子が手を叩いて笑った。
「ご先祖様の影響なんだよね~。忍者みたいな仕事をしてたって言い伝えられていて、そのせいか和モノにはついつい反応してしまう」
「何々? 実は由緒あるお家なの? 千年続いてるみたいな」
同じく二次元好きな彼女は志麻の話に食いついた。
「普通に庶民だよ。家系図とか資料が残ってるわけじゃないけどずっと言い伝えられてるの。かつて富橋のお殿様にスカウトされて仕えることになったって……」
文化部だった志麻の活動日は週に二日。それ以外の授業後は友だちと遊ぶことが多かった。
大型スーパーのフードコートに集まってポテトとジュースで駄弁ったり、プリクラを撮るのが定番だ。
しかし、それも続けば飽きるしお小遣いが減るわけで。志麻はバイトを始めることにした。選んだのは駅前にある蕎麦屋。自転車で下校途中、バイト募集のポスターを見つけたのだ。
「いらっしゃいませー! ……あ、ヤバ。先生だ」
「な!?」
「ミタちゃん、カメちゃん! 二階に上がりな!」
ある金曜日の晩。店の暖簾をくぐって現れたのは高校の先生。しかも教科担当なので認知されているはず。志麻は後輩と共にパートのおばちゃんによって隠された。
「帰る前にご飯食べてこって感じですかね?」
「……そうだね。社会人って感じだね」
「私たちも早くまかない食べたいですねぇ」
志麻の母校ではバイトが禁止だった。しかし、隠れてバイトをしている生徒はそれなりにいた。その仲間がヤンヤンこと亀山。
ヤンヤンが新しいバイトとして入って来た時、同じ高校だと知って笑い合ったものだ。お互いに二次元が好きだと分かると激しく意気投合した。
「ミタ先輩……その刀のチャームって京弥のですよね? しかもボックス予約特典の」
ある日、更衣室で着替えているとヤンヤンが指さした。志麻のスクールバッグに向かって。
「なぜ分かった……!?」
「私も持ってるからです。菊光の刀チャーム」
ヤンヤンはスマホを掲げ、黄金色のチャームを揺らした。スマホカバーは水墨画風に描かれた空色のポニテ少年剣士がプリントされている。
「えぇ!? カメやん桜嵐好きなのー!?」
「めっちゃ好きですー。マンガ全部読みました」
「マ!? 早くアニメ化されてほしくない??」
「まぁじで」
アニメ化は二人が大人になってからだが、それはまた別のお話。
蕎麦屋では学校の先生が来るかもしれないというスリルを味わいながら社会を経験した。それなりの値段がするお店だったので厄介な客が訪れることは滅多にない。おかげでのびのびと平和に勤めることができた。
バイト代のほとんどは推し活に消え、両親を泣かせたこともある。しかし、両親への感謝と称してプレゼントを買ったら違う意味で泣かれた。
志麻に彼氏が初めてできたのは中学生。二次元を語り合う男友だちだったが、なんとなくの流れで付き合った。
しかし、付き合う前となんら変わらない関係だったので「わざわざ彼氏彼女になるのも変じゃない?」と関係を解消した。同じ現象は高校生になってからも起き、実際にお付き合いらしいお付き合いをしたのは大学生になってからだった。
「志麻~。来月のコスイベ一緒に行かん? あ、彼氏さんと予定ある?」
「ヤンヤン。もう元カレな」
「え、そうなん?」
だが、それも新たな趣味を見つけたことで相手に見放された。
コスプレだ。それは大変楽しい趣味だが、驚くほどお金も時間も吸い取られた。
ウィッグに衣装代、キャラによっては小道具代。カメラも欲しいと家電屋をはしごしたこともある。もちろんイベントでは参加費が必要だ。スタジオや場所を借りてのロケ撮影でも。
専門学校へ進んだヤンヤンも同じ趣味に生きた。気づけばお互いコスプレイヤーとしての人格に振り回され、彼氏との時間を作ることを忘れていた。
就活中はさすがに自重したが、就職してからはレイヤー活動が復活。
その数年後、レイヤー仲間の一人が結婚した。
「おめでとう! どんな人なの?」
「高校からの同級生。去年から同棲していてそろそろ……ってことで」
「そうなんだ~。今度の併せでお祝い渡すね!」
そうこうしている内に一人、また一人と結婚していく。志麻の同級生の間でも結婚ラッシュが始まった。
お祝いにカタログギフトを買った回数が分からなくなった頃。志麻はヤンヤンと蒲里駅前の居酒屋で待ち合わせた。
「なぁヤンヤン……。皆どこで出会ってんだろうな……?」
いつの間にか志麻は彼氏がいない期間が十年目に突入しようとしていた。同じくいい話がないレイヤー仲間がそろうと、決まって美容液だのマッチングアプリの話になる。
ヤンヤンは焼き鳥にかぶりつくと半眼になった。
「だから志麻も現実逃避してないでマチアプ入れなよ。会社でもレイヤー界隈でも期待できないなら……」
「嫌だよぉ~!」
志麻はお皿やジョッキを避けてテーブルに突っ伏した。
「少女マンガみたいに偶然出会って恋におちて……みたいなのがいぃ~……」
テーブルの端をぺちぺちと叩く。これは昔から思っていたことだ。高校時代の恋愛が長続きしなかったのも根底にあった憧れが原因だろう。
鼻声で話す先輩に対し容赦ないのがヤンヤンだ。
「いつまで言ってんのそれ……。先輩、もうアラサーやで? そんなん妄想で終わり!」
「マチアプで出会うのも怖いもん……。ネットで知り合った人とは会っちゃいけませんって言われてきたもん……」
「ネットリテラシー教育の賜物なのか弊害なのか……」
ヤンヤンは鼻をズビーと鳴らす志麻の前にテーブルナプキンを置いた。
「まぁ、私の過去なんて店長に比べたらちゃっちいものですけど……」
「友だちも多くて趣味も楽しんでいて何より」
慶司はビールのジョッキを持ち上げ、一気に半分ほど飲み干した。喉仏がゆっくり上下するのを目で追ってしまう。志麻は上目遣いでグレフルサワーに口をつけた。
「店長は明治とか大正……幕末にもお茶屋さんとか営んでたんですか?」
「おう。時代に合わせて名前を変えたりしたけど」
彼は茶屋を始めることにした経緯、初代竹島一族のことを懐かしそうに語った。志麻の祖父母も知らないエピソードは垂涎もの。すんなりと受け入れる様子は慶司に引かれてしまった。
「すごいなぁ~。竹島一族はウチ以外にもいるなんて……いつかお話してみたいです」
「すまんな、竹島一族の直系しか知らん上に付き合いもなくなってな。お前が竹島一族の子孫だってことさえ分からなかったくらいなんだ」
「店長が謝ることじゃないですよ! 謎めいているとさらに燃えるっていうか……。あ、そういえば竹島一族は酒井忠次にも仕えた、って話を聞いたことがあるんですけど本当ですか? 店長よりずっと後の人ですよね?」
祖母が語る竹島一族のエピソードを頭から引っ張り出すと、同時に疑問も湧いてきた。
「本当だよ。彼は城下を歩くのが趣味でウチへ来ては『新しい土地での情報収集がいまいち』ってぼやいてた。信用できそうな男だったし俺から顕広の子どもたちに『新しい仕事になるかもしれない』と伝えたんだ。酒井忠次には彼らのことを匂わせて……」
「あーそういうことだったんですか! 歴女のおばあちゃんに教えてあげたいです」
「なぁ……昔みたいに話してくれないのか?」
慶司は肩を丸めた。志麻と少しでも視線が近くなるように。
弱々しい様子にほだされそうになる。どうしてこの人は時々あざとくなるのだろう。志麻は唇も気持ちも嚙みしめたい衝動に駆られたが抑えた。
「目上の人ですから……」
「もう、一ミリも好きじゃない?」
「えと……」
慶司は首をかしげた。巨人のあざと仕草は心をぶち抜く威力がある。子犬のような表情にも。
志麻はのみ込まれないよう、顔の前で手を広げてまくしたてた。
「わっ私! オタクすぎてこんなイケメン眼前にしたら早口になるし本当はここでバイトするのも迷ってでも新しい環境でお仕事したかったし実家も出たかったしあと」
「息継ぎしてねぇ……」
「同じ映画を十回も見るようなオタクなんで……」
それは今年の春の話。好きな作品シリーズの映画で推しが主役と知り、去年から浮足立っていたのだ。
美容院で担当に「昨日も観に行きました!」と話したところ、「昨日も?」と引きつった笑顔を返された。
しかし、慶司には一ミリも響いていないようだった。首を反対方向にかしげるだけ。
「それがどうした。何をそんなに迷ってる?」
「だって……あれから何人かと付き合ったりしましたし……」
「……ふーん?」
不機嫌そうに肘をついた彼は目元のほくろを引くつかせていた。
「……店長?」
「俺のこと、あんなに大好きって言ってたのに?」
「す、すみませーん生のおかわり……いや大吟醸くださーい!」
店員の明るい声に救われたが、慶司のねちっこい視線に肝が冷えた。
「絶対に結婚するって言ってたのに……」
彼は薄目で志麻をとらえたままジョッキに再び口をつけた。
(なんか……こういうの桜嵐で見たな……)
最推し作品のあるシーンだ。桜の精が人間の男子に恋をし、彼を手に入れるために姿の年齢を変えていた。
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