たとえこの恋が世界を滅ぼしても1

堂宮ツキ乃

文字の大きさ
24 / 43
5章

しおりを挟む
 短いチャイナドレスの少女によってお茶が運ばれ、夜叉は中国のお菓子だと教えられた揚げ菓子をもの珍しそうに眺めていた。

「ところで彼女の母親は…」

「舞花様は気を失われ、今は朱雀様の部屋で眠られています」

「…そうか」

 なぜ、とは聞かなかった。だがその暗い表情は理由を知っているようだ。

「君の父のことは本当に残念だった…。我らが止めていれば、と今でも後悔している者が多い。朱雀は気さくで、誰からも好かれていた」

 正直言うと会ったことのない父親のことでそう言われても、正しい反応に困った。

 涙を流すには自分は朱雀のことを知らなさすぎる。

「普段の生活はどうだい? 君には時を越えたという自覚はないかもしれんが」

「えぇ、全くないです。ただ…これからどうしようかってのはありますけど」

「ほぉ」

「あなたたちでいう悪魔? ですか? これからメンドくさそうなんですが」

 2人で交わした会話までは話さなかったが、青龍は前髪に手をやって苦い顔をした。阿修羅も忌々し気な表情をしている。

「阿修羅からも聞いたよ…。今は高校生の姿だって。オマケに君の正体を見抜いている。ここ数十年は目立った動きはしていなかったんだが」

「昔はもっと表立ってやらかしていたんですか」

「まぁそんな所だ────ていうことで、急だが提案だ。本当はもっと早くに伝えたかったんだが」

 青龍は前髪を整え、夜叉のことをまっすぐ見た。組んだ足の上に手を置いている。

「こちらへ来ないかね? ここにいた方が安全だ。仲間からの連絡がすぐに来てヤツの行動が把握できる」

「はぁ…えぇ!?」

 いきなりの誘いに夜叉は背筋を無意識に勢いよく伸ばした。その反動で阿修羅が少しだけ跳ねる。

「それって…ここから学校通えとか?」

「いや、舞花さんと共にこちらで生きるんだ。戯人族として我々と」

「でもそんなこと…」

「簡単だ。こちらは様々な機関に一族がいてサポートしてくれる。君がある日突然行方知れずで捜索、なんてことにはならないから安心してくれ」

「そういう問題じゃなくて…」

 夜叉は小さな声でつぶやき、うつむいて膝を見つめた。

 家族や友人────愛瑠や奈津や和馬。瑞恵に彦瀬に最近知りあったばかりの結城や神七や鹿島。

 全て捨てろ、といううのか。

「もう二度と会えないってことですか…皆に」

「あぁ。君は人間であって戯人族だ。もうそろそろ君は成長が止まって体が老いることはなくなる。ハーフである君の寿命は分からないが、半永久的に生きることは間違いないだろう」

「ただの人間じゃない…」

 そうだった。

 普段は隠しているが片目は閉ざされており、初めて喧嘩した時は守護神である結城を圧倒させた。勉強だって苦労したことはない。大して努力もしていないのに。

 夜叉はうつむいたままアイパッチにそっとふれた。

 すると、横から阿修羅の手が伸びてきて夜叉の手を取った。

「阿修羅?」

「どうかそんなお顔をしないでください。自分も辛くなりますから」

「あは…イケメンなこと言ってくれてありがと」

 夜叉は彼女の手を握り返した。

 阿修羅は目を見開き、頬を染めて"あわわわ…"と挙動不審になった。今までキマっている所しか見て来なかったので新鮮だ。

 青龍は2人の様子にほほえんだ。

「…すぐにこっちに来てくれとは言わない。いずれはもちろん来てほしいが…。そこでどうだ、君がこっちに来るまでの間に阿修羅と一緒に住むってのは」

「え…それは。私、弟とすでに住んでるし…」

「青龍様いけません。自分は別でマンションの部屋を借りますから」

「あ、もう話は進んでいるのね…」

「阿修羅が君の周りを観察するようになってからね」

 不思議な展開に夜叉だけ1人で取り残された気分。

 ずっと握り合ったままの手を離そうとしたら、阿修羅は力をこめた。まっすぐに夜叉のことを見ている。

「自分が近くでお守りしますから。どうか安心して普段通りの生活を送って下さい」

「何から何までありがと。ただ…敬語と様付けはやめよう?」

「いくら夜叉様のおっしゃることでもそれだけは聞き入ることはできません」

「やっぱりか…。あ、じゃあ”やー様”ってどう? 私、学校でやーちゃんって呼ばれることが多いから。やー様って呼んでくれたらうれしいなー…?」

 彼女のことだから、ちゃん付けも受け入れてくれないだろう。上目遣い気味で阿修羅のことを見ると、彼女は小さく”やー様…”とつぶやいてうなずいた。少しうれしそうだ。

「では、やー様で…」

「うん。改めてよろしく」

 相変わらず手は握り合ったままで、阿修羅はなかなか離そうとしない。わりとくっつきたがる彦瀬や神七のようで────。

 瞬間、自分の普段の生活が頭をよぎり、夜叉は顔をくもらせた。

「…私、帰らなきゃ。皆に会いたい」

 きっと心配してる。特に和馬には究極の卵かけご飯をお願いしたってのに。

 それに結城だって。本当に彼女は肋骨を折られたのだろうか。もし事実だったら彼女は入院しているはずだ。

「…青龍様」

「分かってるさ」

 阿修羅の呼びかけに青龍はうなずき、再び夜叉を見た。

「お詫びと言っては何だが…。君が狙われて襲われたことにはこちらにも非がある。そこでどうだ、1つだけ望みを叶えよう」

「望み…」

「あぁ。無理なものもあるが…。まぁ例えば宝くじを当てたいとか毎日豪華な食事をしたいとか、好いている異性と結ばれたいとか以外なら大丈夫。なんとかしよう」

「…はぁ」

 正直ベタ過ぎてどれも惹かれないが、夜叉はあごに手を当てた。

「私を戯人族からただの人間にするってのは?」

「却下。もう血を受け継いでいるから」

「舞花を幽霊から人間にする」

「それはできるが君の知っている舞花さんではなくなるよ。生まれ変わることになるから」

「影内朝来を消す」

「君おそろしいことをあっさり言うね…。残念ながらできない」

「全部ダメじゃん!」

 正直言うと、最後のは本気ではないが。

 夜叉はキーッと頭をかきむしって、そうだ、と冷静になった。

「織原さんの…ケガを治して」

 青龍は顔をほころばせ、うなずいた。

「…君はやっぱり朱雀の血を引いているんだね。いいよ、それだったら叶えられる」

 彼は舞花のことはしばらくこちらで任せなさいと、夜叉の頭をなでた。阿修羅には夜叉の警護をしっかりと、と言い渡した。

 最期に夜叉は、眠り続ける舞花の顔を見て、そっと障子を閉めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

【書籍化決定】アシュリーの願いごと

ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」 もしかして。そう思うことはありました。 でも、まさか本当だっただなんて。 「…それならもう我慢する必要は無いわね?」 嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。 すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。 愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。 「でも、もう変わらなくてはね」 この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。 だって。私には願いがあるのだから。 ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻1/19、タグを2つ追加しました ✻1/27、短編から長編に変更しました ✻2/2、タグを変更しました

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...