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5章
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短いチャイナドレスの少女によってお茶が運ばれ、夜叉は中国のお菓子だと教えられた揚げ菓子をもの珍しそうに眺めていた。
「ところで彼女の母親は…」
「舞花様は気を失われ、今は朱雀様の部屋で眠られています」
「…そうか」
なぜ、とは聞かなかった。だがその暗い表情は理由を知っているようだ。
「君の父のことは本当に残念だった…。我らが止めていれば、と今でも後悔している者が多い。朱雀は気さくで、誰からも好かれていた」
正直言うと会ったことのない父親のことでそう言われても、正しい反応に困った。
涙を流すには自分は朱雀のことを知らなさすぎる。
「普段の生活はどうだい? 君には時を越えたという自覚はないかもしれんが」
「えぇ、全くないです。ただ…これからどうしようかってのはありますけど」
「ほぉ」
「あなたたちでいう悪魔? ですか? これからメンドくさそうなんですが」
2人で交わした会話までは話さなかったが、青龍は前髪に手をやって苦い顔をした。阿修羅も忌々し気な表情をしている。
「阿修羅からも聞いたよ…。今は高校生の姿だって。オマケに君の正体を見抜いている。ここ数十年は目立った動きはしていなかったんだが」
「昔はもっと表立ってやらかしていたんですか」
「まぁそんな所だ────ていうことで、急だが提案だ。本当はもっと早くに伝えたかったんだが」
青龍は前髪を整え、夜叉のことをまっすぐ見た。組んだ足の上に手を置いている。
「こちらへ来ないかね? ここにいた方が安全だ。仲間からの連絡がすぐに来てヤツの行動が把握できる」
「はぁ…えぇ!?」
いきなりの誘いに夜叉は背筋を無意識に勢いよく伸ばした。その反動で阿修羅が少しだけ跳ねる。
「それって…ここから学校通えとか?」
「いや、舞花さんと共にこちらで生きるんだ。戯人族として我々と」
「でもそんなこと…」
「簡単だ。こちらは様々な機関に一族がいてサポートしてくれる。君がある日突然行方知れずで捜索、なんてことにはならないから安心してくれ」
「そういう問題じゃなくて…」
夜叉は小さな声でつぶやき、うつむいて膝を見つめた。
家族や友人────愛瑠や奈津や和馬。瑞恵に彦瀬に最近知りあったばかりの結城や神七や鹿島。
全て捨てろ、といううのか。
「もう二度と会えないってことですか…皆に」
「あぁ。君は人間であって戯人族だ。もうそろそろ君は成長が止まって体が老いることはなくなる。ハーフである君の寿命は分からないが、半永久的に生きることは間違いないだろう」
「ただの人間じゃない…」
そうだった。
普段は隠しているが片目は閉ざされており、初めて喧嘩した時は守護神である結城を圧倒させた。勉強だって苦労したことはない。大して努力もしていないのに。
夜叉はうつむいたままアイパッチにそっとふれた。
すると、横から阿修羅の手が伸びてきて夜叉の手を取った。
「阿修羅?」
「どうかそんなお顔をしないでください。自分も辛くなりますから」
「あは…イケメンなこと言ってくれてありがと」
夜叉は彼女の手を握り返した。
阿修羅は目を見開き、頬を染めて"あわわわ…"と挙動不審になった。今までキマっている所しか見て来なかったので新鮮だ。
青龍は2人の様子にほほえんだ。
「…すぐにこっちに来てくれとは言わない。いずれはもちろん来てほしいが…。そこでどうだ、君がこっちに来るまでの間に阿修羅と一緒に住むってのは」
「え…それは。私、弟とすでに住んでるし…」
「青龍様いけません。自分は別でマンションの部屋を借りますから」
「あ、もう話は進んでいるのね…」
「阿修羅が君の周りを観察するようになってからね」
不思議な展開に夜叉だけ1人で取り残された気分。
ずっと握り合ったままの手を離そうとしたら、阿修羅は力をこめた。まっすぐに夜叉のことを見ている。
「自分が近くでお守りしますから。どうか安心して普段通りの生活を送って下さい」
「何から何までありがと。ただ…敬語と様付けはやめよう?」
「いくら夜叉様のおっしゃることでもそれだけは聞き入ることはできません」
「やっぱりか…。あ、じゃあ”やー様”ってどう? 私、学校でやーちゃんって呼ばれることが多いから。やー様って呼んでくれたらうれしいなー…?」
彼女のことだから、ちゃん付けも受け入れてくれないだろう。上目遣い気味で阿修羅のことを見ると、彼女は小さく”やー様…”とつぶやいてうなずいた。少しうれしそうだ。
「では、やー様で…」
「うん。改めてよろしく」
相変わらず手は握り合ったままで、阿修羅はなかなか離そうとしない。わりとくっつきたがる彦瀬や神七のようで────。
瞬間、自分の普段の生活が頭をよぎり、夜叉は顔をくもらせた。
「…私、帰らなきゃ。皆に会いたい」
きっと心配してる。特に和馬には究極の卵かけご飯をお願いしたってのに。
それに結城だって。本当に彼女は肋骨を折られたのだろうか。もし事実だったら彼女は入院しているはずだ。
「…青龍様」
「分かってるさ」
阿修羅の呼びかけに青龍はうなずき、再び夜叉を見た。
「お詫びと言っては何だが…。君が狙われて襲われたことにはこちらにも非がある。そこでどうだ、1つだけ望みを叶えよう」
「望み…」
「あぁ。無理なものもあるが…。まぁ例えば宝くじを当てたいとか毎日豪華な食事をしたいとか、好いている異性と結ばれたいとか以外なら大丈夫。なんとかしよう」
「…はぁ」
正直ベタ過ぎてどれも惹かれないが、夜叉はあごに手を当てた。
「私を戯人族からただの人間にするってのは?」
「却下。もう血を受け継いでいるから」
「舞花を幽霊から人間にする」
「それはできるが君の知っている舞花さんではなくなるよ。生まれ変わることになるから」
「影内朝来を消す」
「君おそろしいことをあっさり言うね…。残念ながらできない」
「全部ダメじゃん!」
正直言うと、最後のは本気ではないが。
夜叉はキーッと頭をかきむしって、そうだ、と冷静になった。
「織原さんの…ケガを治して」
青龍は顔をほころばせ、うなずいた。
「…君はやっぱり朱雀の血を引いているんだね。いいよ、それだったら叶えられる」
彼は舞花のことはしばらくこちらで任せなさいと、夜叉の頭をなでた。阿修羅には夜叉の警護をしっかりと、と言い渡した。
最期に夜叉は、眠り続ける舞花の顔を見て、そっと障子を閉めた。
「ところで彼女の母親は…」
「舞花様は気を失われ、今は朱雀様の部屋で眠られています」
「…そうか」
なぜ、とは聞かなかった。だがその暗い表情は理由を知っているようだ。
「君の父のことは本当に残念だった…。我らが止めていれば、と今でも後悔している者が多い。朱雀は気さくで、誰からも好かれていた」
正直言うと会ったことのない父親のことでそう言われても、正しい反応に困った。
涙を流すには自分は朱雀のことを知らなさすぎる。
「普段の生活はどうだい? 君には時を越えたという自覚はないかもしれんが」
「えぇ、全くないです。ただ…これからどうしようかってのはありますけど」
「ほぉ」
「あなたたちでいう悪魔? ですか? これからメンドくさそうなんですが」
2人で交わした会話までは話さなかったが、青龍は前髪に手をやって苦い顔をした。阿修羅も忌々し気な表情をしている。
「阿修羅からも聞いたよ…。今は高校生の姿だって。オマケに君の正体を見抜いている。ここ数十年は目立った動きはしていなかったんだが」
「昔はもっと表立ってやらかしていたんですか」
「まぁそんな所だ────ていうことで、急だが提案だ。本当はもっと早くに伝えたかったんだが」
青龍は前髪を整え、夜叉のことをまっすぐ見た。組んだ足の上に手を置いている。
「こちらへ来ないかね? ここにいた方が安全だ。仲間からの連絡がすぐに来てヤツの行動が把握できる」
「はぁ…えぇ!?」
いきなりの誘いに夜叉は背筋を無意識に勢いよく伸ばした。その反動で阿修羅が少しだけ跳ねる。
「それって…ここから学校通えとか?」
「いや、舞花さんと共にこちらで生きるんだ。戯人族として我々と」
「でもそんなこと…」
「簡単だ。こちらは様々な機関に一族がいてサポートしてくれる。君がある日突然行方知れずで捜索、なんてことにはならないから安心してくれ」
「そういう問題じゃなくて…」
夜叉は小さな声でつぶやき、うつむいて膝を見つめた。
家族や友人────愛瑠や奈津や和馬。瑞恵に彦瀬に最近知りあったばかりの結城や神七や鹿島。
全て捨てろ、といううのか。
「もう二度と会えないってことですか…皆に」
「あぁ。君は人間であって戯人族だ。もうそろそろ君は成長が止まって体が老いることはなくなる。ハーフである君の寿命は分からないが、半永久的に生きることは間違いないだろう」
「ただの人間じゃない…」
そうだった。
普段は隠しているが片目は閉ざされており、初めて喧嘩した時は守護神である結城を圧倒させた。勉強だって苦労したことはない。大して努力もしていないのに。
夜叉はうつむいたままアイパッチにそっとふれた。
すると、横から阿修羅の手が伸びてきて夜叉の手を取った。
「阿修羅?」
「どうかそんなお顔をしないでください。自分も辛くなりますから」
「あは…イケメンなこと言ってくれてありがと」
夜叉は彼女の手を握り返した。
阿修羅は目を見開き、頬を染めて"あわわわ…"と挙動不審になった。今までキマっている所しか見て来なかったので新鮮だ。
青龍は2人の様子にほほえんだ。
「…すぐにこっちに来てくれとは言わない。いずれはもちろん来てほしいが…。そこでどうだ、君がこっちに来るまでの間に阿修羅と一緒に住むってのは」
「え…それは。私、弟とすでに住んでるし…」
「青龍様いけません。自分は別でマンションの部屋を借りますから」
「あ、もう話は進んでいるのね…」
「阿修羅が君の周りを観察するようになってからね」
不思議な展開に夜叉だけ1人で取り残された気分。
ずっと握り合ったままの手を離そうとしたら、阿修羅は力をこめた。まっすぐに夜叉のことを見ている。
「自分が近くでお守りしますから。どうか安心して普段通りの生活を送って下さい」
「何から何までありがと。ただ…敬語と様付けはやめよう?」
「いくら夜叉様のおっしゃることでもそれだけは聞き入ることはできません」
「やっぱりか…。あ、じゃあ”やー様”ってどう? 私、学校でやーちゃんって呼ばれることが多いから。やー様って呼んでくれたらうれしいなー…?」
彼女のことだから、ちゃん付けも受け入れてくれないだろう。上目遣い気味で阿修羅のことを見ると、彼女は小さく”やー様…”とつぶやいてうなずいた。少しうれしそうだ。
「では、やー様で…」
「うん。改めてよろしく」
相変わらず手は握り合ったままで、阿修羅はなかなか離そうとしない。わりとくっつきたがる彦瀬や神七のようで────。
瞬間、自分の普段の生活が頭をよぎり、夜叉は顔をくもらせた。
「…私、帰らなきゃ。皆に会いたい」
きっと心配してる。特に和馬には究極の卵かけご飯をお願いしたってのに。
それに結城だって。本当に彼女は肋骨を折られたのだろうか。もし事実だったら彼女は入院しているはずだ。
「…青龍様」
「分かってるさ」
阿修羅の呼びかけに青龍はうなずき、再び夜叉を見た。
「お詫びと言っては何だが…。君が狙われて襲われたことにはこちらにも非がある。そこでどうだ、1つだけ望みを叶えよう」
「望み…」
「あぁ。無理なものもあるが…。まぁ例えば宝くじを当てたいとか毎日豪華な食事をしたいとか、好いている異性と結ばれたいとか以外なら大丈夫。なんとかしよう」
「…はぁ」
正直ベタ過ぎてどれも惹かれないが、夜叉はあごに手を当てた。
「私を戯人族からただの人間にするってのは?」
「却下。もう血を受け継いでいるから」
「舞花を幽霊から人間にする」
「それはできるが君の知っている舞花さんではなくなるよ。生まれ変わることになるから」
「影内朝来を消す」
「君おそろしいことをあっさり言うね…。残念ながらできない」
「全部ダメじゃん!」
正直言うと、最後のは本気ではないが。
夜叉はキーッと頭をかきむしって、そうだ、と冷静になった。
「織原さんの…ケガを治して」
青龍は顔をほころばせ、うなずいた。
「…君はやっぱり朱雀の血を引いているんだね。いいよ、それだったら叶えられる」
彼は舞花のことはしばらくこちらで任せなさいと、夜叉の頭をなでた。阿修羅には夜叉の警護をしっかりと、と言い渡した。
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