たとえこの恋が世界を滅ぼしても1

堂宮ツキ乃

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8章

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────あなたは何者なの…?

────まぁ…悪の化身ってとこかな。自分で名乗ってるだけだけどね。

────悪…!

 彼女が目に見えて自分のことを警戒し始めた。やっぱりか、と寂しく思いながら両手を上げて何もしないアピールをした。

 からくれないの長髪、桔梗色の切れ長の瞳。手にしている杖を両手で持ち、自分の体の前に構えた。

 それがいつしか、素肌を重ねあう関係になっていたから、5分後のその人の考えなんて誰にも分からないものだ。その人自身でさえ。

────ねぇ。愛してるって言って?

────…愛してるよ。

 抱きしめた体は小さくてあたたかい。外見は人間でいう大人の女の年齢に達している彼女は、彼女の部族の中で信じられないほど重要な役についている。自分とは恋仲になってはいけないほどの。

(そりゃあんな別れ方にもなるよ…)

 それが彼が彼だった頃・・・・・の最後の自嘲だった。



 朝来は自宅のベッドの上で目覚めた。服は制服のまま。帰ってきてからそのまま眠ってしまったらしい。

 アパートのワンルーム。私物は大して持っていないから置き場所には困らない。食事も寝ることも1つの部屋で全部済むのは楽でいい。

 不思議な夢を見ていた。遠い記憶のような、朧気な映像の夢。

(なんでアイツだけ忘れられないのかね…)

 凛々しい姿の彼女。派手な和服をまとって杖を携えて。

 それはあの彼女と重なる。戯人族のお姫様────朱雀の娘、夜叉と。

 何もかもがそっくりというワケではない。比べたら夜叉なんてまだまだ子どもだ。雰囲気が大人びているとはいえ。

 だが。彼女さえ手に入れば気が済みそうだった。長年の執着も無くなり、自分自身も満足してこの世から消えてしまってもいい気がした。

(裏切り者の子孫のハーフ、夜叉。僕は必ず君を一族から奪ってみせる。稀代の存在…あのコがいなくなったら一族はどうなるかね? まだ人間界で過ごさせているけど、いつかは一族の元に連れて行くだろうからその前にはね…)

 朝来は起き上がり、近くに置いてあったスマホを手に取って時間だけ見た。窓の外を見るとすでに暗くなりはじめている。

(逢魔が時…。僕がこんな夢見たのはこのせいか)

 額に手を当てて目を閉じた。

 夜叉を奪うのに邪魔な存在────阿修羅が脳裏にチラついた。朱雀の一族で、夜叉にそっくりな男の

 見た目が女の子とは言え能力は高く、前回見た時の筋肉の付き方にはさすが男なだけあって違和感を感じた。

「…ふぅ」

 朝来は息をついて立ち上がり、持っていたスマホをベッドに投げ置いた。



 戯人族の、青龍の部屋。彼は少女が淹れたお茶を口にし、ふぅと嘆息をもらした。

 先ほど朱雀の部屋に久しぶりに入り、書棚をあさっていた。頭領同士だとこうして私物をお互いに見せてもらうことがある。今回、青龍は確認したい文献を探しに来たのだが、棚の端の方から和紙で書かれた文が出てきた。古ぼけた紙。こんなものは今まで見たことがない。

 古すぎてさわった瞬間にボロボロとくずれやしないかと心配だったが、なんともないようだ。

 折りたたまれた外の紙から中身を取り出し、蛇腹になった文を広げる。

 その内容は────戯人族の歴史を履がえてしまうようなもので。青龍が自分ひとりで隠し通さなければいけないと悟った。

 今、その文は鍵つきの箱にしまってある。青龍は頭が痛そうな顔で足を組んで肘をついている。

「失礼します────あら?」

 出入り口前に、フリルがあしらわれた可愛らしい真っ白な軍服を着た女が立っていた。彼女は20代前半の外見で、濃い茶髪で前髪を分けている。鬼子母神ほど大人ではないがお茶を淹れてくれた少女ほど幼くない。彼女は青龍の一族ではなく、白虎びゃっこの一族だ。

「やぁ、摩睺羅伽まごらか。任務の帰りかい?」

「えぇ。2年ぶりに帰って参りました。せっかくなのでごあいさつを、と思い。白虎様はお留守でしたので」

「そうだったのか、それはお疲れ様。君は日本で音楽業界にいたのだっけ? 緊那羅きんならと一緒に」

「はい。彼自身・・がアーティストですから」

 彼女は彼のことを話すとはにかんだ。摩睺羅伽と緊那羅は恋人同士だ。2人とも最初から戯人族だったわけではない。ちょっとした協力者により戯人族へ生まれ変わった。

「最近はまた、お互い忙しくてこちらで会えなくて」

「そうか…。早く緊那羅の仕事にキリがつくといいね。彼もきっと君に会いたがっているだろうし」

「えぇ…早く会いたいってよく電話で言われます」

 その後もノロケ気味の話を聞き、摩睺羅伽はこれからたっぷりと睡眠を取ると言って部屋を出た。

 ここへ来たばかりの頃は内気だった彼女だが、仕事をこなすにつれてよく話すようになっていった。

 彼女も成長した…と頬をゆるませたのだが、忘れていた文の存在が視界に入って頭痛が始まった。

 一体いつからあったものなのか。朱雀の書棚から今まで文なんて見たことがない。

(朱雀はこれの内容を知っていたのか…? お前が生きていたら聞けたのに…なんで死んでしまったんだ。奥さんも、かわいい娘も残して────)
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