38 / 43
8章
3
しおりを挟む
さすがにすぐには真っ暗にはならないが、やはりまだ日の入りが早い1月。いつもは下校して自宅でのんびり過ごしている時間に、夜叉は職員室から出てきた。
(今日はツイてないなぁ…こんな時間まで先生の仕事兼世間話に付き合わされるなんて…)
ため息が出てしまった。教室へ向かって歩きだすと、舞花が現れて花の香りに包まれた。
「ご苦労様。早く帰りなんし。お腹すいたでしょう?」
「うん…頭めっちゃ使ったから早く炭水化物ほちぃ…」
「ようがんばりんしたね」
舞花はふれられない手で夜叉の頭をなでた。その表情は切なそうで。ありがと、とつぶやいた夜叉は気づいていない。
夜叉がお腹をすかせて帰ってきても、舞花は我が子に食事を用意することはできない。体操服を洗濯してあげたり、弁当を作って持たせることも。
(夜叉の成長していく姿をすぐそばで見守ることができない朱雀様の分、せめてわっちが…)
階段を上っていく夜叉の背中。幼い頃からずっと見届けて来た成長も、そのうち見ることができなくなってしまう。
ただの人間として娘を育てていけたら。心の底でひそかに思っていた願望。誰にも打ち明けていないが。
(本気で願ってしまったら、朱雀様の血を引いていることを否定してしまう)
「さー帰ろー帰ろー」
一方、夜叉はと言うと、腕をグリングリンと回しながら教室に入った。が。出入り口をまたいだ状態で固まった。
「どうしんしたか────?」
夜叉が視線を向けた方向を一緒に見ると、舞花も硬直した。
「お疲れ。思ったより遅かったね。そろそろ待ちくたびれるところだったよ」
長めのストレートの髪、シャープめの猫目、規定通り着た制服。ただ、その制服は藍栄高校のものではない。
「かげ…うち、あさき…」
「覚えててくれたんだ? お姫様」
「…何しに来んした」
「母上までどうも」
そこにいたのは響高の元喧嘩屋総長、影内朝来。夜叉は舞花と共に後ずさり、宙の舞花の前で片腕を広げた。
朝来はシニカルに笑った。
「君分かってる? 前にも言ったけど僕が欲しいのは君なんだよ。母上は関係ない」
「覚えてないことないけど…急に何? どうやってここに入ったの?」
「君の同級性になりすましたんだよ。そのコは途中で帰ったことにしてるけど」
「彦瀬…!?」
「確かそんな名前だったかな。ちょいと姿を借りたよ」
「じゃあ朝のL○NEはあんた?」
「そういうこと」
彼は夜叉たちに片目を閉じて見せ、一歩踏み出した。夜叉の眉間にシワが寄る。
この前与えられた恐怖を忘れたわけではない。今回は彦瀬という友だちが絡んだ。それが許せない。
「彦瀬に何かしてない?」
「何も。自宅でスヤスヤ眠ってるよ。ただし…」
ホッと安堵したのも束の間、朝来はシニカルな笑みになった。
「彼女を目覚めさせるのに条件がある。君が僕と一緒に来ること」
「は?」
「3日間だけでいい。僕と来るんだ」
「そんな…主のような得体の知れぬ男に渡せるわけありんせん。さっさとここから消えなんし」
舞花にしては強い口調。煙管を持つ手はきつく握りしめられ、震えていた。見えない力に押さえつけられているように。
「舞花…大丈夫?」
「大丈夫だと言い切ることはできんせん…魔法の煙管がまた────」
夜叉は顔を伏せ、拳を握った。あの時と同じだ。
彼女は歯を食いしばり、朝来のことを見て悔し気に口を開いた。
「…ついていったらどうするの? 裏切り者の子孫をなぶり殺す?」
「いや。そんな取って食うようなことはしないよ。ただ一緒に来てほしいだけ。3日過ぎたらすぐに帰すよ」
「ホントに? 私がここでYesって言ったら彦瀬のことも目覚めさせてくれる?」
「もちろん。お姫様との約束は守るよ」
「夜叉…バカなことを言うのはやめなんし。そやつは正体も知れない、わっちらだけではどうすることもできない相手にござんす。1人で勝手な行動をとるのは取るのはやめなんし…!」
舞花が語気を強めた。魔法の煙管を使うのはあきらめたらしく、腕は下ろしている。
夜叉も片腕を下ろし、舞花の方を振り向いてほほえんでみせた。
「…大丈夫だよ、ちゃんと帰してくれるよ」
「どこから出た根拠にござんすか」
「女の勘ってとこだよ。これでも花魁の娘だよ。江戸の娘たちが憧れた花魁の頂点のね。そりゃ冴えてるよ?」
「夜叉…」
呼ばれた彼女は舞花のそばを離れ、朝来の手が届くすぐそばへ行った。彼は意外そうな顔になったが、すぐに何を考えているのか分からない笑みを浮かべた。
そして夜叉の肩に手を置いた。
「さぁ行こうか」
「どこに…は愚問か────ということで舞花、ちょっと行って来るね。和馬のことよろしくね。阿修羅のことも鬼子母神さんも」
「あ、戯人族にこのこと言っても彼らに探してもらうことはできないからね」
「だめ…夜叉…」
舞花は力なく声を上げ、手を伸ばしたが、夜叉は朝来に肩を抱かれて跡形もなく消えてしまった。
彼女は腕を落とし、顔をうつむかせた。
頬に涙が伝い落ち、結いあげた髪がひとふさこぼれた。
また、守れなかったと。
(今日はツイてないなぁ…こんな時間まで先生の仕事兼世間話に付き合わされるなんて…)
ため息が出てしまった。教室へ向かって歩きだすと、舞花が現れて花の香りに包まれた。
「ご苦労様。早く帰りなんし。お腹すいたでしょう?」
「うん…頭めっちゃ使ったから早く炭水化物ほちぃ…」
「ようがんばりんしたね」
舞花はふれられない手で夜叉の頭をなでた。その表情は切なそうで。ありがと、とつぶやいた夜叉は気づいていない。
夜叉がお腹をすかせて帰ってきても、舞花は我が子に食事を用意することはできない。体操服を洗濯してあげたり、弁当を作って持たせることも。
(夜叉の成長していく姿をすぐそばで見守ることができない朱雀様の分、せめてわっちが…)
階段を上っていく夜叉の背中。幼い頃からずっと見届けて来た成長も、そのうち見ることができなくなってしまう。
ただの人間として娘を育てていけたら。心の底でひそかに思っていた願望。誰にも打ち明けていないが。
(本気で願ってしまったら、朱雀様の血を引いていることを否定してしまう)
「さー帰ろー帰ろー」
一方、夜叉はと言うと、腕をグリングリンと回しながら教室に入った。が。出入り口をまたいだ状態で固まった。
「どうしんしたか────?」
夜叉が視線を向けた方向を一緒に見ると、舞花も硬直した。
「お疲れ。思ったより遅かったね。そろそろ待ちくたびれるところだったよ」
長めのストレートの髪、シャープめの猫目、規定通り着た制服。ただ、その制服は藍栄高校のものではない。
「かげ…うち、あさき…」
「覚えててくれたんだ? お姫様」
「…何しに来んした」
「母上までどうも」
そこにいたのは響高の元喧嘩屋総長、影内朝来。夜叉は舞花と共に後ずさり、宙の舞花の前で片腕を広げた。
朝来はシニカルに笑った。
「君分かってる? 前にも言ったけど僕が欲しいのは君なんだよ。母上は関係ない」
「覚えてないことないけど…急に何? どうやってここに入ったの?」
「君の同級性になりすましたんだよ。そのコは途中で帰ったことにしてるけど」
「彦瀬…!?」
「確かそんな名前だったかな。ちょいと姿を借りたよ」
「じゃあ朝のL○NEはあんた?」
「そういうこと」
彼は夜叉たちに片目を閉じて見せ、一歩踏み出した。夜叉の眉間にシワが寄る。
この前与えられた恐怖を忘れたわけではない。今回は彦瀬という友だちが絡んだ。それが許せない。
「彦瀬に何かしてない?」
「何も。自宅でスヤスヤ眠ってるよ。ただし…」
ホッと安堵したのも束の間、朝来はシニカルな笑みになった。
「彼女を目覚めさせるのに条件がある。君が僕と一緒に来ること」
「は?」
「3日間だけでいい。僕と来るんだ」
「そんな…主のような得体の知れぬ男に渡せるわけありんせん。さっさとここから消えなんし」
舞花にしては強い口調。煙管を持つ手はきつく握りしめられ、震えていた。見えない力に押さえつけられているように。
「舞花…大丈夫?」
「大丈夫だと言い切ることはできんせん…魔法の煙管がまた────」
夜叉は顔を伏せ、拳を握った。あの時と同じだ。
彼女は歯を食いしばり、朝来のことを見て悔し気に口を開いた。
「…ついていったらどうするの? 裏切り者の子孫をなぶり殺す?」
「いや。そんな取って食うようなことはしないよ。ただ一緒に来てほしいだけ。3日過ぎたらすぐに帰すよ」
「ホントに? 私がここでYesって言ったら彦瀬のことも目覚めさせてくれる?」
「もちろん。お姫様との約束は守るよ」
「夜叉…バカなことを言うのはやめなんし。そやつは正体も知れない、わっちらだけではどうすることもできない相手にござんす。1人で勝手な行動をとるのは取るのはやめなんし…!」
舞花が語気を強めた。魔法の煙管を使うのはあきらめたらしく、腕は下ろしている。
夜叉も片腕を下ろし、舞花の方を振り向いてほほえんでみせた。
「…大丈夫だよ、ちゃんと帰してくれるよ」
「どこから出た根拠にござんすか」
「女の勘ってとこだよ。これでも花魁の娘だよ。江戸の娘たちが憧れた花魁の頂点のね。そりゃ冴えてるよ?」
「夜叉…」
呼ばれた彼女は舞花のそばを離れ、朝来の手が届くすぐそばへ行った。彼は意外そうな顔になったが、すぐに何を考えているのか分からない笑みを浮かべた。
そして夜叉の肩に手を置いた。
「さぁ行こうか」
「どこに…は愚問か────ということで舞花、ちょっと行って来るね。和馬のことよろしくね。阿修羅のことも鬼子母神さんも」
「あ、戯人族にこのこと言っても彼らに探してもらうことはできないからね」
「だめ…夜叉…」
舞花は力なく声を上げ、手を伸ばしたが、夜叉は朝来に肩を抱かれて跡形もなく消えてしまった。
彼女は腕を落とし、顔をうつむかせた。
頬に涙が伝い落ち、結いあげた髪がひとふさこぼれた。
また、守れなかったと。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
忘れ去られた婚約者
かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』
甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。
レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。
恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。
サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!?
※他のサイトにも掲載しています。
毎日更新です。
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【書籍化決定】アシュリーの願いごと
ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」
もしかして。そう思うことはありました。
でも、まさか本当だっただなんて。
「…それならもう我慢する必要は無いわね?」
嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。
すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。
愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。
「でも、もう変わらなくてはね」
この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。
だって。私には願いがあるのだから。
✻基本ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
✻1/19、タグを2つ追加しました
✻1/27、短編から長編に変更しました
✻2/2、タグを変更しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる