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8章
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鬼子母神が舌打ちをした。阿修羅は怒りのをこらえるように爪を腕に食い込ませている。
学校から帰ってきて入浴を済ませている彼は、寝間着で長い髪を下ろしていた。その様子は夜叉にそっくりで。その姿に舞花はまた涙ぐむ。
「わっちが止められなかったばかりに…お2人にまでご心配をおかけして。本当に申し訳ございんせん」
「舞花さんが謝ることないわ。私たちだってこんな形で連れ去られることを想定できていなかったのだから…。こちらがごめんなさい」
「自分も…油断しておりました。舞花様、どうか泣かないでください」
「お2人とも…」
舞花は目元をそっと拭い、うなずいた。もう充分泣いた。それだけで夜叉の喪失感を忘れることはできないが。
阿修羅はカーペットの上で片膝を立て、あごに手を当てた。
「やー様を姫呼ばわりし、挙句連れて行きたがる────というか連れて行ったヤツの狙いは何なんでしょうか…」
「もしかしたらだけど、朱雀様が関係しているのかしら? 朱雀様を亡き者にしたのも…ごめんなさい」
「いえ。お気になさらず」
鬼子母神が気を遣って言葉を切った。舞花は首を振る。
「朱雀様が関係していると思われたのは、なぜにこざんすか?」
「単純だけど、他の仲間が狙われたことはないのよ。私たちはヤツを警戒しているけれど」
「それは一理ありますね。昔から朱雀様を目の敵にしているみたいです。ヤツの言動からして、やー様にも執着しているようですから」
「影内…朝来…」
口の中で忌々しい存在の名前をつぶやく。腕力は大してないように見えたが、藍栄高校の守護神である結城を一撃で吹っ飛ばした。舞花の煙管の力も無効にした。
悪魔という存在はちっぽけな印象しか持っていなかったのだが、これだけできることが多いと恐ろしい。本当はもっと別の存在なのではないかと疑いたくなるくらいだ。
「…とりあえず。すぐに戯人族へ報告しましょう。まずは上に相談」
「自分たちだけでも充分ではないですか。自分は明日から学校を休みますから。やー様探しに集中したいです」
「ダーメよ。阿修羅はしっかり勉強して夜叉ちゃんにノート写させてあげるの。本格的な捜索は私たちに任せなさい」
「いえしかし…自分も加わらせて下さい。やー様がいない学校など楽しくありません」
「夜叉ちゃんと学校行けないの嫌なだけじゃないのおバカ」
鬼子母神が阿修羅に本気でデコピンを食らわせた。彼はバタンと倒れこみ、髪がバサリと床に広がった。舞花は引き気味の表情で見下ろし、煙管をふかした。
「阿修羅さん。夜叉のことを心配してくれてありがとうございんす。主の分、わっちががんばりんすから。どうか登校しておくんなまし。お願い致しんす」
「分かりました。お任せ下さい」
阿修羅はスッと起き上がって舞花に向かって三つ指をついた。鬼子母神は蔑んだ目で見下ろしていたが。
戯人族の間、青龍の部屋。彼が座る前に立っているのは、水色の短髪で長い前髪で右目を隠している男。黒のスーツを着こなし、おだやかな笑みを浮かべている。大きくて骨ばった手はただ者ではない雰囲気をまとわせている。
「やぁ、毘沙門天。恋人との生活はどうだい?」
「もちろん幸せ満載でやってますよ。特に久しぶりですから。感慨深いですよ」
「それはよかった。君にも長いこと警察組織にいてもらったからね。恋人と甘い時間でも過ごしてくれ────と言いたい所だが、少年には気遣ってくれよ? 夜の営みはほどほどに」
肘をついた上目遣いの青龍と数秒目を合わせ、お互いに吹き出して腰を折った。
毘沙門天と呼ばれた男は額に手を当て、寂しそうな表情で斜め下を見た。
「ま、まぁ…その心配はしなくても大丈夫ですよ。なんせ鬼子母神もその考えで…。再会してからキスもハグも秒単位でしかさせてくれませんよ…。あ、プライベートなことを申し訳ございません」
「はは。気にするな。男同士だ、そういった気持ちはわかる」
頭領である青龍に不遜な態度を取る鬼子母神は真面目で厳しい。恋人に久しぶりに会えたからと言って、あからさまに舞い上がるようなタイプではない。
「彼女のことですから。別の理由で阿修羅に気を遣っているんですよ。彼が自分は出て行った方がいいんじゃないかと言いださないように」
「ありえるね。それで恋人と肌を重ねないなんてストイックにもほどがあるんじゃないか? 今度鬼子母神とデートしてきたらどうだい? 外で2人になったら彼女も素直に君に甘えたがるだろう。言葉だけでは足りない時もある」
「ありがとうございます。せっかくこの日本に帰ってきて会えるんだ。平和なこの時に恋人としての幸せをもっと満喫しないと…ですね」
幸せで満たされている毘沙門天────鬼子母神の恋人であり婚約者、青龍の一族の男。彼と青龍はこの時まだ、人間界で起こった重大な事件を知らなかった。
学校から帰ってきて入浴を済ませている彼は、寝間着で長い髪を下ろしていた。その様子は夜叉にそっくりで。その姿に舞花はまた涙ぐむ。
「わっちが止められなかったばかりに…お2人にまでご心配をおかけして。本当に申し訳ございんせん」
「舞花さんが謝ることないわ。私たちだってこんな形で連れ去られることを想定できていなかったのだから…。こちらがごめんなさい」
「自分も…油断しておりました。舞花様、どうか泣かないでください」
「お2人とも…」
舞花は目元をそっと拭い、うなずいた。もう充分泣いた。それだけで夜叉の喪失感を忘れることはできないが。
阿修羅はカーペットの上で片膝を立て、あごに手を当てた。
「やー様を姫呼ばわりし、挙句連れて行きたがる────というか連れて行ったヤツの狙いは何なんでしょうか…」
「もしかしたらだけど、朱雀様が関係しているのかしら? 朱雀様を亡き者にしたのも…ごめんなさい」
「いえ。お気になさらず」
鬼子母神が気を遣って言葉を切った。舞花は首を振る。
「朱雀様が関係していると思われたのは、なぜにこざんすか?」
「単純だけど、他の仲間が狙われたことはないのよ。私たちはヤツを警戒しているけれど」
「それは一理ありますね。昔から朱雀様を目の敵にしているみたいです。ヤツの言動からして、やー様にも執着しているようですから」
「影内…朝来…」
口の中で忌々しい存在の名前をつぶやく。腕力は大してないように見えたが、藍栄高校の守護神である結城を一撃で吹っ飛ばした。舞花の煙管の力も無効にした。
悪魔という存在はちっぽけな印象しか持っていなかったのだが、これだけできることが多いと恐ろしい。本当はもっと別の存在なのではないかと疑いたくなるくらいだ。
「…とりあえず。すぐに戯人族へ報告しましょう。まずは上に相談」
「自分たちだけでも充分ではないですか。自分は明日から学校を休みますから。やー様探しに集中したいです」
「ダーメよ。阿修羅はしっかり勉強して夜叉ちゃんにノート写させてあげるの。本格的な捜索は私たちに任せなさい」
「いえしかし…自分も加わらせて下さい。やー様がいない学校など楽しくありません」
「夜叉ちゃんと学校行けないの嫌なだけじゃないのおバカ」
鬼子母神が阿修羅に本気でデコピンを食らわせた。彼はバタンと倒れこみ、髪がバサリと床に広がった。舞花は引き気味の表情で見下ろし、煙管をふかした。
「阿修羅さん。夜叉のことを心配してくれてありがとうございんす。主の分、わっちががんばりんすから。どうか登校しておくんなまし。お願い致しんす」
「分かりました。お任せ下さい」
阿修羅はスッと起き上がって舞花に向かって三つ指をついた。鬼子母神は蔑んだ目で見下ろしていたが。
戯人族の間、青龍の部屋。彼が座る前に立っているのは、水色の短髪で長い前髪で右目を隠している男。黒のスーツを着こなし、おだやかな笑みを浮かべている。大きくて骨ばった手はただ者ではない雰囲気をまとわせている。
「やぁ、毘沙門天。恋人との生活はどうだい?」
「もちろん幸せ満載でやってますよ。特に久しぶりですから。感慨深いですよ」
「それはよかった。君にも長いこと警察組織にいてもらったからね。恋人と甘い時間でも過ごしてくれ────と言いたい所だが、少年には気遣ってくれよ? 夜の営みはほどほどに」
肘をついた上目遣いの青龍と数秒目を合わせ、お互いに吹き出して腰を折った。
毘沙門天と呼ばれた男は額に手を当て、寂しそうな表情で斜め下を見た。
「ま、まぁ…その心配はしなくても大丈夫ですよ。なんせ鬼子母神もその考えで…。再会してからキスもハグも秒単位でしかさせてくれませんよ…。あ、プライベートなことを申し訳ございません」
「はは。気にするな。男同士だ、そういった気持ちはわかる」
頭領である青龍に不遜な態度を取る鬼子母神は真面目で厳しい。恋人に久しぶりに会えたからと言って、あからさまに舞い上がるようなタイプではない。
「彼女のことですから。別の理由で阿修羅に気を遣っているんですよ。彼が自分は出て行った方がいいんじゃないかと言いださないように」
「ありえるね。それで恋人と肌を重ねないなんてストイックにもほどがあるんじゃないか? 今度鬼子母神とデートしてきたらどうだい? 外で2人になったら彼女も素直に君に甘えたがるだろう。言葉だけでは足りない時もある」
「ありがとうございます。せっかくこの日本に帰ってきて会えるんだ。平和なこの時に恋人としての幸せをもっと満喫しないと…ですね」
幸せで満たされている毘沙門天────鬼子母神の恋人であり婚約者、青龍の一族の男。彼と青龍はこの時まだ、人間界で起こった重大な事件を知らなかった。
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