たとえこの恋が世界を滅ぼしても1

堂宮ツキ乃

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9章

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 ここはどこだろう。いちいち考え込む暇がないほど周りの景色は矢継ぎ早に変わっていく。

 棚田が広がるのどかな村。石垣で囲われた城。活気のある城下町。広い野原を駆けていく鎧姿の男たち。きらびやかな着物をまとい、髪を結い上げた女たち。

 まどろんでいる意識の中で流れていく光景は現代のものではない。

 たくさんの人や物や風景を見たせいか頭の中はいっぱいで、舞花や阿修羅、学校のことなど記憶の容量は限界を超えて押しのけられそうだった。

(ダメ…皆…)

 忘れまい、寝まいと意識を保とうとするのだが、睡魔に襲われてまともに目を開けていられなかった。

 だが、景色と自分たちと、どちらが走り去っていくのか分からない状況で、しっかりと握りしめられている手の温かさだけははっきりと感じていた。



 目が覚めたのは、布団の中だった。畳に直に敷かれた布団。普段はベッドで寝ているので床の固さが違う。

「おはよう。長いこと寝てたね」

 朝来だ。夜叉の枕元で膝を立てて座っている。

 知らない男と一緒だというのに、なんの警戒心も抱かずに眠りこけていたらしい。

「ねぇ…ここどこ…」

「江戸。君の父上が健在の時代」

「は…?」

 冗談を言っているのか、と薄い笑みを浮かべたが、朝来の表情は変わらない。真顔のまま、夜叉のことを見つめている。

「江戸時代? タイムスリップしたんだ、とかでも言うつもり?」

「そうだよ。君んとこの戯人族ならこれは普通だよ。と言っても普通の人間として暮らしている君には関係ないことか」

「そう…だけど。私は江戸時代に生まれて現代へ時を越えたってのは聞いてる」

「あぁ、そうだったね。朱雀があの花魁と出会ったのがこの時代だったね」

「舞花もいるの…!?」

「もちろん。言っても彼女はまだ、君をお腹に宿してないけどね」

 実質、元の時代に帰ってきたということだろうか。夜叉は起き上がり、自分の衣服が制服ではないことに気づいた。浴衣よりは厚いが、舞花のものより質素な着物を身にまとっている。

「なんで? 私着替えたっけ? しばらくの記憶があんまりないんだけど」

「そこはアレ。ご都合主義で、タイムスリップ中にいつの間にか服が変わってた、ってことにしておいて。江戸時代にそんなコスプレチックな制服だと変に目立つからね」

「こ、コスプレチックだぁ? ちょっと失礼なこと言わないでくれる!? 藍栄ウチのは県内でもオシャレなデザインってことで有名なんだからね!? 響高なんてごく普通じゃん」

「そっちこそさりげなくディスらないでくれる?」

 朝来は額に血管をうっすらと浮かべた。夜叉は冗談交じりの小さな舌打ちをして顔をそらした。

 そういう朝来はいつもの黒の学ランだ。夜叉の制服が目立つから着替えさせた、という理由は分かる。だが朝来もこの時代にそぐあわない格好のハズだ。

「僕はね。君の父上とか君たち戯人族とか会わない方がいい相手が多いから。基本、本来とは別の姿になって服は後で変えるよ」

「ふーん。確か阿修羅たちがそんなこと言ってたっけ…」

 どういう状況なんだろう。敵のハズなのにのんきにおしゃべりを楽しんでいる。それにこの空気は嫌ではない。いつしかの恐怖を思い出すどころか、あれは本当にあったことなのだろうかと疑うくらい。



 外へ出て、2人で街を歩いた。現存していたり復元された城の近くにある、お土産屋が立ち並ぶ通りを気持ち質素にしたような通り。歴史の教科書で見る挿絵は絵画なので、それの通りだーとは言いづらい。よくある時代劇のセットよりもリアルだなーとは思った。テレビでは細かく見ることはできないので、その感想が合っているか自身はないが。

 道行く人達は皆、着物や袴姿。髪型も現代では見慣れないものばかり。

 朝来に連れられて入った呉服屋で着物を見立てられ、さっそく着替えてくるといいと言われた。

「私お着物の着方知らないし…」

「そっか、現代女子だもんね。いいよ。女将に頼もう」

 …と、着せてもらったのは群青色の下地に白の扇と朱色の花の刺繍が施された着物。帯はシンプルな無地の紅赤のもの。

「すごー…」

「苦しくないですか?」

 夜叉は袖を軽く上げて自分の姿を見回した。女将はにこにことしており、朝来はアゴに手を当ててニヤニヤと見ている。

「へー。なかなか似合うじゃない。君が三大美人じゃないのが謎だねぇ…」

「何よ偉そうに」

「ほめてるのに何さ」

 火花を散らしそうな2人の中に女将はやんわりと入り、朝来にも黒い着物を勧めた。

 着替えてきた朝来は────男は、赤い長髪の毛先を束ねながら奥の部屋から出てきた。白い帯には龍の刺繍が施されている。

(変わりすぎじゃない!? 女将さん怪しむでしょ!)

 夜叉は1人、心の中で"コイツバカじゃないの姿帰るなら店の外出てからか先にやっとけよ!!"とツッコんだ。が。

「旦那様もお似合いですね」

「それはありがとう。お会計いいかな?」

 女将は何の違和感も抱かず、相変わらずの笑顔でそろばんを弾いた。

「ほら、こういうこと」

 決して安くはないだろう着物。大判を出しながら朝来はウインクをした。
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