たとえこの恋が世界を滅ぼしても1

堂宮ツキ乃

文字の大きさ
42 / 43
9章

しおりを挟む
 江戸時代でしっかりとご飯を食べた後、夜叉は朝来に連れられて再び時を越えた。

 その時に手を差し出され、何のためらいもなく握り返したことに自分でも驚いた。

「朝来は────あ」

「何?」

「ごめん。なんて呼べばいい?」

「君の好きなように」

「じゃあ朝来…あなたは父さんのいる時代に連れてきて何がしたい? ただ私に会わせるため?」

 夜叉にとって唯一の瞳、左目を細める。朝来は相変わらず底の読めない笑顔で夜叉のことを見つめていた。

「共に生きよう。僕らは結ばれるべきなんだ」

「は────?」

「本当に何も覚えてないの? 僕はずっと君のことを想っていた。死んで君と引き裂かれてからも忘れたことはない」

 朝来は握った夜叉の手を持ち上げて甲に口づけた。瞳を閉じてそうしている様子は妙に真摯で。今までほほえんで胡散臭ささを発していた人間とは別人だ。

 夜叉は嫌悪感というより戸惑いを隠せない表情で手を強張らせた。

「何を言っているの? 私は朝来とは初対面だけど…。死んで引き裂かれたって?」

「僕らは遥か昔に禁忌を侵した。その罰だよ。二度と会わないために。それでも僕らは再び巡り合った」

 過去の記憶にとらわれ、朝来1人で話が進んでしまっている。夜叉も知っている前提で話すせいかますます置いていかれる。

 分からない。そんな記憶は一切ない。ただでさえ江戸時代での幼少期の記憶も無いのだから。

「あなたは一体何者なの…敵なの? 味方…?」

 夜叉は震える声でゆっくりと手を離した。朝来もあっさりと力を抜く。

「君の敵ではない。君の一族はいけ好かないけどね…。一族からも僕の存在は疎まれているしね」

「それって私の父さんを殺したから?」

「一族にとってはね…」

 朝来は髪を払い、袖に手を入れて首をかたむけた。女にも見える艶やかな仕草に夜叉は息を呑んだ。

 同時に、2人の前に突然風が吹いた。軽やかな足音と共に現れたのは阿修羅だ。

「やー様! こちらにおいででしたか…」

 彼は夜叉を背に隠して朝来をにらみつけて構えた。

「貴様…この方に何もしてないだろうな。この時代に連れてきてどうするつもりだった」

「何って…2人で楽しく過ごしていただけさ。ね?」

 朝来に笑いかけられるが、阿修羅に怒られそうなので素直にうなずけなかった。

────期間は短かったが、朝来と過ごした時間を楽しかったと思った自分がいることに目を見張った。

 阿修羅たちからしたら敵でも、夜叉は良い時間を共にした。敵という意識が薄れるほど。

 朝来はこれまでの赤い長髪の男から、夜叉がよく知る高校生の姿に戻った。もう隠れる気はないらしい。

 彼は両手を上げて一歩下がった。

「彼女を連れて帰るといい。ホントは大事な話をしてた所だったけど…また今度にでも改めてしよう。君がいるんじゃいい雰囲気になれないからね」

「ワケの分からないことを…。二度と我らの前に姿を現すな、忌々しき悪魔め。────さぁやー様。皆が心配しております。元の時代へ帰りましょう」

「う、うん…」

 夜叉の手を引いて朝来に背を向けた阿修羅に連れられたが、名残惜しそうに振り返ってしまった。

 朝来は夜叉に気づき、いつもと変わらぬ笑顔で手をひらひらと振った。反応に迷ったが会釈を返した。阿修羅が気づいていないといいが、ととっさに罪悪感が浮かんだ。

(一族の敵であって私の敵ではない…? 父さんを殺したのはなぜ…。私は────あなたに会ったことがあるの?)

 江戸時代での記憶がないから他にも覚えていないことは多いんじゃないかと思った。

 朝来と侵した禁忌とは。死んで引き裂かなければいけないほどの罪とは。

(分からない…あなたは一体誰────)

「やー様!」

 阿修羅の手を離し、夜叉は倒れこんだ。彼が叫んで呼ばれる声が記憶の片隅に残った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【書籍化決定】アシュリーの願いごと

ましろ
恋愛
「まあ、本当に?」 もしかして。そう思うことはありました。 でも、まさか本当だっただなんて。 「…それならもう我慢する必要は無いわね?」 嫁いでから6年。まるで修道女が神に使えるが如くこの家に尽くしてきました。 すべては家の為であり、夫の為であり、義母の為でありました。 愛する息子すら後継者として育てるからと産まれてすぐにとりあげられてしまいました。 「でも、もう変わらなくてはね」 この事を知ったからにはもう何も我慢するつもりはありません。 だって。私には願いがあるのだから。 ✻基本ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻1/19、タグを2つ追加しました ✻1/27、短編から長編に変更しました ✻2/2、タグを変更しました

処理中です...