たとえこの恋が世界を滅ぼしても1

堂宮ツキ乃

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9章

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 江戸時代でしっかりとご飯を食べた後、夜叉は朝来に連れられて再び時を越えた。

 その時に手を差し出され、何のためらいもなく握り返したことに自分でも驚いた。

「朝来は────あ」

「何?」

「ごめん。なんて呼べばいい?」

「君の好きなように」

「じゃあ朝来…あなたは父さんのいる時代に連れてきて何がしたい? ただ私に会わせるため?」

 夜叉にとって唯一の瞳、左目を細める。朝来は相変わらず底の読めない笑顔で夜叉のことを見つめていた。

「共に生きよう。僕らは結ばれるべきなんだ」

「は────?」

「本当に何も覚えてないの? 僕はずっと君のことを想っていた。死んで君と引き裂かれてからも忘れたことはない」

 朝来は握った夜叉の手を持ち上げて甲に口づけた。瞳を閉じてそうしている様子は妙に真摯で。今までほほえんで胡散臭ささを発していた人間とは別人だ。

 夜叉は嫌悪感というより戸惑いを隠せない表情で手を強張らせた。

「何を言っているの? 私は朝来とは初対面だけど…。死んで引き裂かれたって?」

「僕らは遥か昔に禁忌を侵した。その罰だよ。二度と会わないために。それでも僕らは再び巡り合った」

 過去の記憶にとらわれ、朝来1人で話が進んでしまっている。夜叉も知っている前提で話すせいかますます置いていかれる。

 分からない。そんな記憶は一切ない。ただでさえ江戸時代での幼少期の記憶も無いのだから。

「あなたは一体何者なの…敵なの? 味方…?」

 夜叉は震える声でゆっくりと手を離した。朝来もあっさりと力を抜く。

「君の敵ではない。君の一族はいけ好かないけどね…。一族からも僕の存在は疎まれているしね」

「それって私の父さんを殺したから?」

「一族にとってはね…」

 朝来は髪を払い、袖に手を入れて首をかたむけた。女にも見える艶やかな仕草に夜叉は息を呑んだ。

 同時に、2人の前に突然風が吹いた。軽やかな足音と共に現れたのは阿修羅だ。

「やー様! こちらにおいででしたか…」

 彼は夜叉を背に隠して朝来をにらみつけて構えた。

「貴様…この方に何もしてないだろうな。この時代に連れてきてどうするつもりだった」

「何って…2人で楽しく過ごしていただけさ。ね?」

 朝来に笑いかけられるが、阿修羅に怒られそうなので素直にうなずけなかった。

────期間は短かったが、朝来と過ごした時間を楽しかったと思った自分がいることに目を見張った。

 阿修羅たちからしたら敵でも、夜叉は良い時間を共にした。敵という意識が薄れるほど。

 朝来はこれまでの赤い長髪の男から、夜叉がよく知る高校生の姿に戻った。もう隠れる気はないらしい。

 彼は両手を上げて一歩下がった。

「彼女を連れて帰るといい。ホントは大事な話をしてた所だったけど…また今度にでも改めてしよう。君がいるんじゃいい雰囲気になれないからね」

「ワケの分からないことを…。二度と我らの前に姿を現すな、忌々しき悪魔め。────さぁやー様。皆が心配しております。元の時代へ帰りましょう」

「う、うん…」

 夜叉の手を引いて朝来に背を向けた阿修羅に連れられたが、名残惜しそうに振り返ってしまった。

 朝来は夜叉に気づき、いつもと変わらぬ笑顔で手をひらひらと振った。反応に迷ったが会釈を返した。阿修羅が気づいていないといいが、ととっさに罪悪感が浮かんだ。

(一族の敵であって私の敵ではない…? 父さんを殺したのはなぜ…。私は────あなたに会ったことがあるの?)

 江戸時代での記憶がないから他にも覚えていないことは多いんじゃないかと思った。

 朝来と侵した禁忌とは。死んで引き裂かなければいけないほどの罪とは。

(分からない…あなたは一体誰────)

「やー様!」

 阿修羅の手を離し、夜叉は倒れこんだ。彼が叫んで呼ばれる声が記憶の片隅に残った。
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