OLと女子高生と悪魔の副業【アルファポリス版】

堂宮ツキ乃

文字の大きさ
2 / 24
1章

しおりを挟む
 仕事の昼休憩。

 今年で27になった翼は、公園のベンチに座っていた。

 秋の訪れを告げる爽やかな風が吹いている。翼はこの季節が一番好きだ。暑くもなく寒くもない季節。年がら年中この気温だったらいいのに、と毎朝考えてしまう。

 お腹も空いたことだし、と翼は膝に視線を落とした。

 膝の上に広げているのはコンビニで買ってきたサンドイッチ。ここはオフィス街で、昼間になるとコンビニや定食屋はあっという間に列ができる。天気もいいしたまには外で食べよう────というのは建前で、本当は寝坊して弁当を作れなかっただけだ。

 外へ連れ添って昼休憩をするほどの仲の人はいない。仲のいい同僚や先輩が退職してからは呑み会にもほとんど顔を出さなくなった。

 付き合いが悪くなったと陰で言われていることには薄々気づいている。そこまで鈍感じゃない。

 昔はこんな人間じゃなかったのにな。翼はスマホを片手にサンドイッチを頬張った。以前は付き合いのある人間がいない呑み会でもよく参加していた。しかし年々冷めていくようで、呑み会に楽しさを感じなくなった。

「君一人なの? 隣いい?」

 顔をあげると、ベンチの後ろ側で目を細める金髪碧眼の男。着崩した派手なスーツはその筋の人間だろう。当然、真昼間の公園には似合わない。彼だけ異彩を放っていた。

 翼は彼を一瞥するとスマホに視線を戻した。

「空いてるベンチは向こうにありますよ。お一人で悠々とお過ごしください」

「ツレないねぇ……わりと顔のいい男に言われたんだよ? ここはぽ~……っとするトコでしょ」

(……めんどくさ)

 翼は金髪の男に反応することなく、スマホの画面を注視し続けた。

 男は臆することなく、ベンチの背もたれに手をかけると彼女の耳元に口を寄せた。

「────何が君をそんな顔にさせるの」

「────っ!?」

 思わず立ち上がって男の顔を凝視した。タイトスカートを穿いた膝の上から、ビニールがはらりと落ちた。

「な……何!?」

「何って見たままを言っただけだよ。君、そこそこ顔いいのに何年も笑ってないような顔をしてるからさ。おもしろいことなんてなんにもないような。過去に忘れ物でも?」

 過去。忘れ物。言われて脳裏によみがえってくるのはかつて好きだった人と過ごした日。

 だがそれを忘れ物と呼ぶことはできない。翼がその人と未来を共にする道は元々なかっただろうから。

 翼はうつむきながら視線はそっぽを向き、膝の上で拳を握り締めた。

(あの人と一緒にはなれない。こんな私なんかじゃ────)

 日光が降り注ぐ教室、ふわふわとした柔らかそうな天然パーマ。屈託のない笑顔は子どものようで。翼は脳内でタイムスリップし、在りし日に身を置いて肩を震わせた。もう戻れることのない、巻き戻せない過去。

 当時は笑うことがヘタで、好きな人の前だと表情が固まり、無愛想な受け答えをしがちな高校生だった。

 男は翼の異変に察したらしいが、気遣うどころかニンマリと怪しげに笑んだ。彼女のことをおもしろがっているように。彼は翼の肩に手をかけた。

「未練があるのかな?それを晴らしたいと思わない?」

 何をバカなことを、と翼はその手をはらいのけた。

 心臓がバクバクしている。たった一言、たった一瞬であの頃へ引き戻された。恐ろしい男だ。心の内を見透かすことができるのだろうか。

 立ち上がると男の碧眼と視線がぶつかった。そらしたいのに絡みついてくる。

「……何を考えてるのかは知らないけどそろそろ警察呼ぶわよ。人の貴重な昼休みにしつこい」

「ご、ごめんって! 警察だけは勘弁!」

「ならさっさとどっか行って」

 翼は手で追い払った。怒りに任せてサンドイッチを口に押し込み、紙パックの野菜ジュースで流し込んだ。

「丸飲みは体に悪いぞー……」

「余計なお世話。あんたのせいで静かに過ごせないから会社に戻るの」

 彼女はゴミを袋にまとめて立ち上がり、タイトスカートを払って整えた。

 男はベンチのヘリに肘をついて彼女のことを見上げている。

「ね、君さ。仕事のことばっか考えるのは体に悪いよ。海が見える静かなとこにでも行って癒された方がいいよ」

「え……?」

 立ち去ろうとしたが、思いも寄らぬ言葉に振り返ってしまった。男は自分の目元を人差し指でトントンと軽く叩く。透き通った水色の瞳は底なし沼のようで奥が見えない。

「俺、人の疲れが分かるんだよね。君は精気が特に少ないね」

「あっそ……」

「彼氏どころか恋もしてn────」

「確かあっちに交番があったわね」

 翼は男を無視してスタスタと歩きだした。手にはスマホ。今すぐ通報してもいいんだぞと言いたげに力強く握りしめた。 

 男はぎょっとしてその後を追い、翼の前に立ちはだかった。両手を前に出し、彼女を通せんぼする。

「待って待って分かった! また後日改めるから!」

「ナンパは他を当たってどーぞ」

 翼は男に向かって後ろ手を振り、今度こそせかせかと公園を出た。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんとの親子丼をちょっと書きたくなっただけです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...