OLと女子高生と悪魔の副業【アルファポリス版】

堂宮ツキ乃

文字の大きさ
12 / 24
3章

11

しおりを挟む
 翼は秋の雨が嫌いではない。

 色づき始めた木々をしっとり濡らし、物憂げな秋の匂いを濃くする。その切ない香りでノスタルジーになるのが好きだ。

 今日も秋雨の中で散歩をしようと家を出た。しかし、帰ってきたアヤトによって押し戻されてしまった。

 彼はおもむろにジャケットとネクタイをとると、二階へ上がった。

 なんだかいつもと様子が違う。翼は上着を脱いで彼の後を追った。

 自室で寝たかと思いきや、彼は翼の部屋のカーペットで寝ていた。

 彼を無理やり起こすのは忍びないが、風邪を引くかもしれない。悪魔なら人間の病気とは無縁だろうが。

 翼はそっとアヤトのそばに腰を下ろし、彼の背中を叩いた。

「自分の部屋で寝たら? 床じゃ体痛くなるわよ」

「んー……?」

「ぎゃあぁぁ────っ!!!!」

 寝ぼけているとは思えない力で腰に腕を回された。抵抗する間もなく引き寄せられ、翼は彼の腕の中におさまる形になった。

 まるで悪魔の罠にかかった愚かな人間だ。

「……君ってば本当に免疫が無いな。イケメンに抱きしめられたんだよ? 奇声じゃなくて可愛い声を上げてくれ」

 アヤトは先ほどまで寝こけていたとは思えないほど、ぱっちり目を開けている。声はガラガラだが、そのノイズがくすぐったい。

「自分でイケメンとか言うな……」

 彼は翼の髪を耳にかけると、艶を帯びた笑みを見せた。

「だって真実だから♡」

「コイツ……!」

 顔の良さは否定できない。むしろ良すぎるくらいだ。しかし自分で称賛するのは腹が立つ。

 翼はしかめっ面で彼の胸を押した。

「買い物に行ってくるから」

「え~……出かけるの?」

「今日は卵が安い日なの。早く行かなきゃ無くなっちゃう」

「それが買えなきゃ死ぬってことはないだろ」

「きゃっ!?」

 体を起こしたが、腕を強く引っ張られた。予想していなかった動きに反応できず、翼はアヤトの上に覆いかぶさってしまった。

 いつもより近い顔と顔。翼が罵倒することもできずドギマギしていると、アヤトが碧眼を細めた。背中に腕を回し、抱き寄せようとしている。その手には乗らないと、翼は彼の顔の横についた手で踏ん張った。

 アヤトは身を起こすと、彼女の耳に口を寄せて唇を薄く開いた。

「……俺が何千年も若さを保っていられる秘密が分かる?」

 耳にふれる彼の吐息がくすぐったい。翼は身をよじりながら首を振った。

「人間の女と交わるのさ」

 アヤトは翼の耳を柔らかく食むと、今度こそ彼女を抱きしめた。

「やめて……っ!」

 アヤトの胸板に手を置いたがビクともしない。彼の胸板は思っていたよりも厚い。

 このまま流れで彼に、悪魔に抱かれるのだろうか。抱きしめる腕の強さに熱い吐息がこぼれそうなのをこらえ、目をぎゅっと閉じた。

 それなりに人を好きになってきた。誰かと体を重ねたのは一度や二度のことではない。もしアヤトが服の中へ手を滑り入れても、強く拒絶できないかもしれない。

 身を縮みこませて震えていると、不意にアヤトが力をゆるめた。翼の頭にぽん、と手を置いて子どもに言い聞かせるような優しい声になった。

「……ごめん」

「え……?」

 顔を上げると、アヤトはきまり悪そうな顔で彼女の頭をなで始めた。

「なんで……」

「君が寂しそうに見えたから。慰められるんなら関係を変えてしまおうかと思ったんだ」

 アヤトは翼の目元を人差し指でぬぐい、尚も頭をなで続ける。

 されるがまま彼の胸の中で丸まり、窓を打ち付ける雨の音をぼんやりと聴いていた。










「うぅっ……。う~ん……」

「二村さん起きたぁ~?」

 目を開けると、クリーム色のカーテンが目に飛び込んできた。ベッドの上でうめき声を上げると、様子を伺うようにカーテンが開けられた。

 現れたのは、一見キツそうな印象の眼鏡をかけた女性。白衣にパンツスーツを合わせた姿はかっこよく、結いあげた髪は凛とした彼女によく似合っている。

「女王……?」

 女王というのは通称で、彼女は翼の高校の養護教諭だ。

「あれ……理科の授業……」

「廊下で倒れたのよ。体調よくなかったんでしょ?」

「はい……」

 体が重くてだるい。起き上がりたくない。翼はかすれた声でうなずいた。

 今朝からずっとそうで、授業中にめまいがひどくなったので保健室に行こうと思ったのだ。しかし、廊下に出た記憶はない。それほどまでに悪化してたらしい。

「ユメ先生が運んできた時はびっくりしたわよ。頭が痛いとか、どっか変なところはない?」

「ユメ先生……」

 子ども園にありそうな先生のニックネーム。翼は口の中でつぶやき、口元に力を入れた。

 ”ユメ先生”というのは翼が恋心を抱いている教師だ。

 ぼんやりしているが、どこも痛がっている様子のない翼に安心したらしい。女王はほほえんだ。

「二村さ~ん……大丈夫?」

「ちょっとノック!」

 ガラガラという引き戸の音と共に現れたのは優男。ヒョロっとしており、女王のしかめっ面に小さく悲鳴を上げた。

 彼は眉尻を下げて引き戸の影に隠れた。

「ふぁっ! すみません。つい……」

「自分んじゃないでしょーがここは」

 ワイシャツに白衣をまとった男性教師は、遠慮がちに保健室に足を踏み入れた。

 天然パーマに丸メガネ。閉じた目の端に涙を浮かべている。

紅林くればやし先生怖いです……」

「弱っちぃわね……。さっき二村さんをお姫様抱っこした力はどこから出て来たのかしら」

「ユメ先生が……」

 ユメ先生こと夢原ゆめはら。彼は翼のクラスの理科担当の教師だ。

(お姫様抱っこ!?)

 聞き捨てならない単語が聞こえ、翼は布団の中の手を握った。力強く握ったせいか震えてくる。

 気絶していたせいで記憶が無いのが惜しい。もしかしたら重かったのではないか……と、恥ずかしくなってきた。

 それにしても女王こと紅林の言う通り、彼にそんな力があるなんて意外だった。

 身長はあるものの、棒のように細くて風でどこかへ飛ばされそうな見た目。だが、よく見ると肩幅が広い。

 ワイシャツを脱いだら端正な筋肉質の肉体が現れたりして……と翼は一人妄想し、ベッドの上で赤面した。

 その様子に気づいたのか、紅林は体をかがめて翼のベッドに寄った。

「あら。二村さん、熱ある? 顔が赤いわね」

「本当だ……。突然倒れたくらいだから今日は帰った方がいいよ」

「だ……大丈夫ですから! なんにもないです……」

 夢原もベッドの端に手をつき、顔をのぞきこんでいた。手を伸ばせば、ふわふわとした彼の髪にふれられる距離だ。

 翼はこれ以上は見られまいと顔をそらし、掛け布団の端を掴んだ。

(もっと他のコみたいに積極的だったらよかったのに……)

 他の女子だったら可愛く反応できるだろう。残念ながら翼は好きな人を前にすると、ロボットのようにぎこちない動きでひきつった表情しか浮かべなくなる。そして帰ってから後悔する。あの時あぁしていればよかった、こう返せばよかったのに……と。

 きっと今夜も、布団の中で浮かない表情をして眠りにつくことになるだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんとの親子丼をちょっと書きたくなっただけです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...